リーン・ステラス
進軍するベルーナ帝国の群れ。その先頭をレイジスが歩いている。
今日でレテシア国も終わりだな、とレイジスは思っていた。
兵の士気はあまり高くない。かといって、戦いに参加しなければ臆病者の烙印だ。
ドラゴンを前にして逃げ出した裏切り者になる。
結局、こいつらは戦うしかないのだと、レイジスは馬鹿にしていた。
まず、向かうはフォーレイ。
ジャコンから仕入れた油を兵士達に持たせてある。
油をばら撒き、焼き尽くす。
その行為の理由は、「レイジスがやってみたいから」である。
レイジスは冷酷で、機嫌に左右されやすい人間だ。
恐ろしい男である。
歩いていく集団。上から見ると相当な規模だ。
地は草原が続き、広々としている。
レイジスは目を凝らしてみた。
敵は見えない。
このままフォーレイまで敵との遭遇はないだろう、とレイジスは踏んだ。
もっとも、フォーレイにたどり着いた時にも、敵などいない。雑魚ばかりだろう。
槍兵、弓兵、剣兵、バリスタ兵、鎖兵、そしてレイジス。
恐怖の集団がフォーレイに向けて、ゆっくり進軍していった。
カーラの元に騎馬兵が到着した。
「何か起きたか?」
カーラは急いで説明を要した。
「ベルーナ帝国が動き出しました。かなりの規模の兵たちが動いているようです」
「わかった。ご苦労だった」
カーラは深呼吸をした。
兵達に号令を出す時だ。騎馬部隊だけの力で、ベルーナ帝国を落とさなければならない。
「ベルーナ帝国に攻め入る時が来た!!皆、力を貸してくれ!!」
「はい!レテシア国のために!!」
甲冑の騎馬兵達は、次々に叫びを上げた。
レテシア国は大国ではない。だが、カーラの部隊は精鋭の者が多かった。
皆、準備万全のようだ。
「ゆくぞ!!遅れるなよ!!」
カーラが先陣を切って、馬で駆けだした。カーラの馬は白い。
レテシア国の、未来を懸けた部隊の出撃だった。
フォーレイにて。
リーンとルーベル、それに避難した人たちは、フォーレイで過ごしていた。
リーンは仲間のことを心の中で気遣いながらも、まだ幼い子供や、不安にしている人の為に、
歩いて周り、みんなに明るく接した。
自分に出来ることをやる。リーンは有言実行だった。
フォーレイから見上げる空が、とても綺麗だ。
このままルシル達が持ちこたえてくれるのを待つのだ。
リーンはそう思っていた。
その時、足元にいた、美しい茶色の羽をした鳥たちが、急に羽ばたき始めた。
リーンは少し驚いた。鳥を驚かせてしまったのだろうか?
その時、ルーベルの大声が響いた。
「リーンさん!!リーンさん!!どこですか!?」
リーンは気づいた。ルーベルの声だ。
ルーベルの声は明らかに動揺している。
リーンは何事だろうかと不安になったが、そんな感情に浸る間もなく、
ルーベルの声がする方に向かった。
すぐにルーベルの姿を発見した。街の入り口付近だ。
リーンはルーベルに駆け寄った。青い髪が揺れる。
「ルーベル!どうしたの!?」
「リーンさん!帝国が、ベルーナ帝国が!」
ルーベルは街の外を指さした。
リーンはルーベルの指の先の方向を見た。
赤い群れがフォーレイに向かってくるのが見える。
本都に向かっているわけではない。リーン達のほうに一直線に近づいてきている。
「……なんで?」
リーンは戸惑った。
「わかりません……しかし、このままでは敵が到着するのも時間の問題です」
ルーベルは憔悴している。
リーンは必死に頭を使おうとした。
なんで、この街に来るのか?
敵が到着すれば、みんな殺されてしまう……。
本都とは少し距離がある……。
色々な考えが頭の中を走った。
しかし、一つ確かなことはわかった。時間が無いことだ。
「ルーベル、私、みんなにこの事をフォーレイのみんなに知らせるよ。
皆に、逃げるように伝える。ルーベルは、馬に乗って本都に行って」
「それでは、リーンさんは?僕だけ逃げろというのですか!?」
ルーベルは目を開いた。
「逃げるんじゃないわ!ルシル達にこの事を知らせる必要があるのよ……馬は二頭しかいないのよ!」
「しかし、それは……」
「早く行きなさい!!!!!」
リーンは物凄い剣幕だった。
否定を許さぬ固い声だった。
ルーベルは頭の回転が速い青年だ。
リーンの言っている事が理にかなっていることも、わかった。
「必ず、必ず迎えにきます!どうかご無事で……神よ……」
ルーベルは目に涙を貯めながら、馬に飛び乗った。
そして、フォーレイの街から飛び出した。敵と遭遇しないようにルーベルは迂回しながら馬を飛ばした。
リーンはルーベルを見送ると、すぐに街の皆を呼びに行くことにした。
歩きながら考えた。
皆が生き残るには、どこかへ逃げるしかない。
本都に逃げると、今度は市街地戦になったときに巻き込まれる。
しかし……逃げるなら本都以外に無さそうだ。
街でも城塞で無くてもいいから、とにかくフォーレイ以外の場所に出なくてはならない。
間に合うのか、リーンは不安だった。しかし逃げるしかないのだ。
リーンは本都にみんなを逃がそうと思った。
街の人々に、次々と話しかけていくリーン。
本都に向けて逃げなければならないことを皆に伝えてほしい、と住民達に拡散して、皆を集めようとしている。
ベルーナ帝国は南から来ている。レテシア本都は西の方角だ。
小さな子供が、怖いと言いながら泣いている。住民たちは怯えている。
リーンは、ごめんね、と謝りながら皆を集め続けた。
急いで話を拡散させたので、荷物の準備は出来ていないが、住民達に話は行き届いた。
「みんな!西へ逃げて!!時間がないの!さあ早く!」
リーンは焦りながら、皆を西へ逃がすために呼び掛けた。
団体で行動している余裕はない。とにかく早く西に逃げないといけない。
しかし、やはり住民の規模が多い。全体に言葉が行き渡らない。
一人でも情報が伝わらなかったら、その人はここに取り残されてしまう。
全員が逃げ切るのは、無理だ。ベルーナ帝国はどんどん近づいてきている。
間に合わない。
リーンは皆に情報を拡散させてほしいと皆に告げると、フォーレイの入り口に向かった。
レイジス達ベルーナ帝国は、フォーレイの前まで来た。
レイジスの予想通り、人がたくさんいるようだ。
油を撒いて、火あぶりにする計画。
レイジスは油を撒く前に、恐怖を与えるために威嚇してやろうと思った。
しかし、フォーレイの入り口に誰かいる。
青い髪をした女の姿だった。一人である。
レイジスは奇妙に思い、その女に近づいた。部隊も後ろをついてくる。
「お前、誰?」
レイジスとリーンが相対した。
「私はリーン……レテシア国の住民よ」
「へえ。それで、一人でどうしたの?」
「あなた達に、みんなは殺させない!」
リーンは内心、とても怖かった。
少しでも時間稼ぎをしなければ、という思いと、恐怖が戦っていた。
仲間たちの顔が頭に浮かぶ。
こんな自分にも優しくてくれた仲間たち。勇敢な仲間たち。
決めたじゃないか。
そうだ。
逃げないって決めたんだ。
もう逃げないって決めたんだ!!
「お前たちなんて、自警団とドラゴンが倒してくれるんだ!」
リーンは気後れせず叫んだ。
「ドラゴンの情報を知っているのか。こいつは幸運」
レイジスは腰から剣を抜いた。
剣を向けながら、リーンにレイジスは接近した。
リーンは一歩も後ろに引かない。剣を向けられても。
レイジスはリーンの目の前まできた。
「その、自警団っていうの?あと、ドラゴンの情報。兵力の規模、教えてもらおうか。教えなければ殺す」
レイジスは余裕の表情である。
リーンはレイジスを睨んだ。
「……もんか」
「あ?」
「頼まれたって教えてやるもんか!」
リーンは吠えた。
レイジスは不機嫌な表情になり、左手でリーンの首を掴んだ。
リーンの顔が苦しそうに歪む。
「死にたいのか?」
「お前たちは、臆病者だ!弱い人間を狙って……お前たちなんか、みんなが……」
レイジスは臆病者と言われてカッとした。
「もういい!他の奴から聞くよ。死ね」
レイジスは剣をリーンの腹に突き刺した。
リーンは苦しそうに呻いて、その場に倒れこんだ。
リーンの血が地に滲んでいく。
絶命していく最中、リーンあの頭に、みんなの顔が浮かんだ。
最後まで頑張ったよ……。
みんな……。
リーンの呼吸が、止まった。




