ベルーナ最強の剣士
ベルーナ帝国本都にて。
レイジスは、残りの偵察部隊の帰還を待っていた。
待っている間が暇だったので、剣を振るっていた。
剣を振るうのは自分のため。人を殺すため。
他人のために剣を振るうなど、論外。剣は自分の為の物だとレイジスは思っている。
騎士道精神などという言葉があるが、レイジスはそんな言葉が大嫌いだった。
現実はそんなに甘くない。そんな平和ボケにはつき合っていられない。
レイジスは淡々と剣を空中に振る。
一人で振っているのは、誰も相手にならないからだ。
レイジスには兵士などでは太刀打ち出来ない。速攻で勝負が決まるか、あるいは殺してしまうかもしれない。
次の戦いにでは何人切りになるのかな、とレイジスは想像した。
そよ風が吹いている。
ざわめく樹々が葉を揺らしている。
レイジスの周りに木の葉が舞った。
レイジスは剣を無造作に振るった。
二枚の木の葉が、四枚に割れた。
そしてレイジスは剣を収めた。
昔はレイジスより強い人間が多かった。
しかし、レイジスは生き残るため、金を稼ぐため、自分のために剣を振るい続けた。
段々とレイジスより強い人間がいなくなっていった。
剣の勝負になった時、大抵レイジスは相手を殺してしまう。
殺すのが楽しいのだ。相手が浮かべる苦悶の表情を見るのが好きだ。
だれもレイジスを止められない。弱者は強者に従うしかないからだ。
レイジスが何人切れるか想像していると、偵察部隊の騎兵が戻ってきた。
フォーレイに送った偵察部隊だ。レテシア本都からはまだ来ていない。
「ただいま戻りました」
馬から降り、兵士がレイジスに頭を下げる。
「おつかれ。で、どうだった?」
「フォーレイから馬が一頭、本都の方向に向かっていきました。青い髪が特徴的でした。間違いありません」
レイジスは指をパチンと鳴らした。予想通り。
「ご苦労ご苦労。休んでいいよ」
レイジスは笑顔だった。
このタイミングでフォーレイから馬が出るということは、
何らかの連絡をする必要があったからだろう。
そうでなければ、戦いにまるで関係が無いフォーレイに立ち寄る馬などいないはずだ。
恐らく……住民の退避の申し入れだ。フォーレイに逃がそうとしている。
しばらく動きの無かったレイジスだったが、この情報を元に動き始めた。
城に向かったレイジス。真っ先にジャコンのいる執務室に向かう。
執務室にノックもせず入ると、不機嫌そうな顔をしたジャコンがいた。
「扉くらい叩いたらどうだ?無礼だぞ」
ジャコンはますます不機嫌だ。
「まあまあ。ちょっと、確認したいことがあって」
「なんだ」
「油って、大量に余ってるよな?」
翌日、レテシア国本都にて。
本都の入り口に多くの住民、いや、全ての住民が集まっている。
息が詰まりそうなほど密集している。近くから見れば、そうでもないが。
住民たちは荷物を背負い、子供たちは親に絡んでいる。
フォーレイへの避難の役目は、フォーレイ出身のリーン、そして同じく戦いを苦手とするルーベルの二人だ。
住民達の先頭にリーンとルーベルが立っている。二人は馬を連れて歩くのだ。
二人の周りに、ルシル、フォージ、ヒュンフ、ゴルド、レイア、カーラがいる。
「じゃあみんな、行ってくるね。……絶対死なないで」
リーンが精一杯の願いを込めて言った。
「任せろ。それと……お前に言いたいことがある」
ヒュンフは一歩前に出た。
「なに?」
「お前の事を馬鹿にしていた。すまなかった……お前を認める」
ヒュンフはリーンの手をがっしりと握った。細身だが腕力が強い。
リーンは驚いて、おどおどしてしまった。
「やっとお前も成長したか……こんな土壇場になってな」
ゴルドが大笑いしながら言っている。
「小僧だったよ」
ヒュンフは自嘲気味に笑った。
ゴルドは頷きながら笑っている。
フォージも心なしか優しい表情だ。
「リーンはみんなに笑顔を与える子ですから」
レイアは慈愛に満ちた顔で言った。長い白髪が揺れる。
穏やかな雰囲気が流れた。みんな優しい気持ちである。
「リーン、ルーベル、戦いが終わったら必ず迎えに行く。それまで、頼む」
ルシルは真面目な表情で言った。
仲間を信頼するルシルの心が反映されているかのような、響く言葉だった。
「任せといて!フォーレイのみんな、優しいから、子供たちも安心だよ」
リーンは多少空元気かもしれないが、ガッツポーズをしてみせた。
仲間たちは頷いた。
「みなさんが来るのをフォーレイで待っています。どうか、ご健闘を」
ルーベルが深く礼をした。
「ルーベル、よろしくね。じゃあ……私たち、そろそろ行くね」
リーンは名残惜しそうに切り出した。
「みんなを頼む」
ルシルがリーンに強く握手した。
「うん。行ってきます」
そしてリーンとルーベルは、馬を引きながら歩き始めた。
住民達が後についていく。
リーンとルーベルは名残惜しそうに仲間を振り返りながらも、歩みを止めなかった。
仲間たちは、移動の様子をずっと見送っていた。
少しずつリーンとルーベルの姿が住民に隠れていく。
段々とみんなが歩いていくのを、見送る仲間たち。
「後は我々の役目ですね」
カーラが黒い瞳で住民が避難するのを見守っていた。
「必ず国を守り抜きましょう」
ルシルも住民を見送りながら、そう言った。




