結束すること
ベルーナ帝国本都にて。
ベルーナ兵は着実に、レテシアへの侵攻の準備をしていた。
歩兵部隊、対城壁装置、ドラゴン対策。特にドラゴン対策には力を入れていた。
鎖を用意している兵士達が多い。絡めて地上に引きずり出そうという魂胆だ。
レイジスはそんな準備をしている兵たちを横目に、どこか抜けがないかを考えていた。
赤い目がぎらついている。
レイジスは偵察兵の到着を待っている。
恐らく、最初にドラゴンが現れた城塞都市には、敵はいないだろうと、レイジスは読んだ。
戦略上、どうしても落とさなければならない都市ならともかく、
最初に侵略に失敗した城塞都市は、
位置的にまったく落とす必要がない。無視すればいいだけの話だ。
それは、相手側にもよくわかっているはずだ。
だとすれば、無駄な戦力をそんな所に割くわけがない。
だが、一応偵察部隊は向かわせた。念のためである。
レイジスが、そろそろだな、と思っていると、その通り偵察部隊が帰ってきた。
最初にドラゴンが現れた城壁都市に向かわせた偵察部隊だ。
「レイジス様、ただいま戻りました」
三人の馬に乗った兵士たちがレイジスの前に並ぶ。
馬は茶色く、兵士たちは甲冑を身に着けていた。兜はしていない。
「おつかれ。どうだった?」
レイジスは楽しそうに尋ねた。その楽しさは、不気味さを感じさせる。
「都市は、見たところ無人でした。城塞の防衛設備も放棄したようです」
レイジスの思い通りだった。ビンゴだ。レイジスは指をパチンと鳴らした。
「ご苦労ご苦労。当然ドラゴンも飛んでいなかったよな?」
「はい。そのような物体は確認しておりません」
「それでいい。おつかれ」
レイジスは兵士の一人の方をぽんぽんと叩いた。肩を叩かれた兵士は、緊張した。
レイジスはレテシアに対して評価を下した。攻めっ気がないと。
逃げてばかりのレテシア国。やはり弱小か。
守ってばかりじゃ勝てないよ、と笑みを浮かべた。
それに、住民も避難させるというわかりやすさ。
逃げ切れるという、淡い、流れ星に願うような観測。
甘い、甘すぎる。
レイジスはいよいよ他の偵察部隊の到着が楽しみになった。
特にフォーレイ。残念ながら消えてもらおう。
レテシア国本都の街の一角で、ルシルとフォージが立っている。
ルシルの金髪が風に揺れ、緑の目がフォージを見つめている。
フォージの目は相変わらず吸い込まれそうな黄色だ。
「ねえ、フォージ、提案があるんだけど……」
ルシルは切り出した。
「なんだ?」
フォージは遅い動作でルシルの方を向いた。
「この戦いが終わったら、旅に出ないか?
僕はレイアと故郷に帰るつもりだけど、そのあと、フォージと旅に出たい。
フォージに色々な景色を見てもらいたいんだ」
「旅……か……レイアと共に居た方が良い」
フォージは首を振った。
「旅が終わったら、またレイアの元へ戻るよ。世界は広いんだ。
見たことが無い景色があるし、食べたことがない食べ物があるし、珍しい生き物もいる。
生きているうちに見にいってくれないか?」
「それは……楽しそうだ」
「フォージは一人で飛んでいかないから、僕が一緒にいかないとね」
ルシルは笑顔を見せた。ルシルは戦いを通じて、フォージへの思いを強くしていた。
フォージは小さなころから人間に捉えられていたので、
そういえば、世界の多くを知らなかった。
ルシルに恩を感じていたのでルシルの傍にいるが、確かにいろいろなものを見るのも楽しいかもしれないと、フォージは思った。
人間だって捨てたものではない。ルシルのような人物もいるのだ。
旅という言葉に想いを馳せた。
遠い景色に飛んでいく自分とルシルの姿が見えたような気がした。
その想像は幸せだった。
幸せを感じる瞬間が来るなんて思ったことは、昔は無かった。
「わかった。生き残り、旅をしよう」
「約束だよ」
ルシルとフォージは約束を交わした。
新しい地平線を旅する自分たちを想像しながら。
リーンはレテシア国本都に帰ってきた。
青い髪を揺らしながら馬に乗っている。
ルシルに報告しにいかなければならない。
良い知らせなのだ。早く知らせたい。
ルシルはどこだろう、と想像しながら馬を歩かせていると、酒の絵が描かれている木の看板が目についた。
酒場だ。ヒュンフがいるだろうか。
リーンは馬から降りて、入り口近くに馬をつなぎ止め、酒場の中に入った。
円状の机がいくつか並んでいる。人気は少ない。
酒の匂いが強いわけでもなく、どちらかというと上品さを醸し出している酒場だった。
正面のカウンターに店主らしき人物がおり、椅子が五つ並んで設置してある。
その中の一つに、ヒュンフは座っていた。
リーンに気が付いていないようだ。背を向けている。
「昼間から酒ばっか飲みおってからに!」
リーンはヒュンフに接近して、肩を叩いた。
ヒュンフは驚いた。驚いたが、振り返り、自分の肩を叩いたのがリーンだと知ると、
すぐに冷静に戻った。
「落ち着きがない」
ヒュンフは淡々と言った。事実である。
「ええ、ええ。どうせ落ち着きがないですよ」
リーンは不満足そうである。
「でも、やれることはやってきたよ。フォーレイの皆が、住民を退避させてくれるって」
「良い知らせじゃないか」
「そうなの。皆とっても優しいんだよ。ルシルに報告しに行くんだ」
「それがいい。それと……退避したら絶対に本都には近づくな。お前はフォーレイで出来ることをしろ」
「うん。フォーレイで皆を安心させることに専念するよ。だから……」
「だから?」
「死なないで、迎えに来てくれるよね?」
リーンの瞳が少し潤んだ。
ヒュンフは少し黙ってしまった。次の戦いでは死ぬかもしれないと思っていたからだ。
「……努力する」
ヒュンフは呟いた。
「努力じゃだめ!絶対!」
リーンは泣き出してしまった。
ヒュンフは戸惑ってしまった。確かに、ヒュンフは仲間を深く信頼したりしていない。
しかし、目の前のリーンは仲間のために涙を流している。
死ぬかもしれない。どこか投げやりに、そう思っていた。
しかし、生き残る価値のようなものが、ヒュンフの心に芽生えた。
「……約束しよう」
ヒュンフはリーンを見つめながら言った。
「約束ね」
「そうだな。さあ、ルシルに報告に行け」
ヒュンフはリーンの肩を叩いた。
リーンはこくりと頷くと、酒場を後にした。
ヒュンフは考え込んだ。
仲間のために心配してリーンが泣いた。
それだけのことだが、妙にヒュンフの心に響いた。
人に心配されるのが嬉しいのだろうか。
自分を求めてくれる人が必要?
いや、自分は必要とされなくても……。
しかし、そういえば、昔から人に頼りにされてきた。
ルシルもそうだし、自警団の仲間もヒュンフを頼った。
ヒュンフは、人間は一人だとカーラに対して語ったが、自分は一人ではない。
仲間……。
戦場で仲間に背中を預ける気のなかった自分。
しかし、預けてもいいのかもしれない。心が揺れている。
ベルーナ帝国とレテシア国の違いは?
そう、団結力だ。自警団は団結していた。
自分もその集合体の一部だ。
人間は一人だと言っている割に、集合体の一部に身を置いている。
近すぎて、気づかなかっただけなのか。
一人では戦えない。酒を飲みながら仲間とポーカーをしていた自分を思い出す。
不可能だ。
自分一人では、何も……。
ヒュンフは視界が広がった気がした。
リーンに気づかされたと言うべきだろうか……。
ヒュンフはフッと笑った。
リーンはつくづく不思議な奴だ。
自分には仲間が必要なようだ……。
そのまま机の上の酒を飲み干した。




