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竜の本望  作者: 夜乃 凛
戦乱の予兆
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時間稼ぎの戦い

 高くそびえる城があった。

古くからの伝統を感じさせるその城からは、威圧感とも呼べる風格が漂っている。


 その城の内部、赤い絨毯が広く敷き詰められた広場があった。

兵士たちがずらりと奥に向かって一直線に並んでいる。

 その直線の先頭に玉座がある。

玉座には銀髪の、玉座には不釣り合いともいえる年齢の若い男が座っている。


 彼の名はバラージ。

大帝国ベルーナの跡取りである。


 先代の王は病に倒れ、バラージに国を任せた。

そのバラージが今玉座に座り、長い髪の毛を人差し指でくるくるとしている。


 そこに、他の兵士より、風格のある兵士がやってきた。

そして、バラージを前に膝をついた。


「バラージ様、お呼びでしょうか」


「レテシア国への侵攻についてだ」

 バラージは無表情だ。冷酷そうな顔をしている。


 兵士の顔が、少し引き締まった。


「本当にやるのですか」


「当然だ。レテシア国はかつては我が国の領土だった」


 我が国という呼び方が、バラージの権力を象徴している。また、傲慢さも。

 ベルーナ帝国ははるか昔より大陸に存在し、

大陸において一番といえる領土を誇っていた。

しかし、侵略などは行わず、周辺国から信頼されるほど、平和な国だった。


 しかし、バラージの考えは、先代の王とは違った。

もっと帝国の威を周囲に示さねばならないとバラージは思っていた。


「しかし、そのお考えには賛同しかねるという者も多数おります。

もう一度お考え直してみては……?」


 風格のある兵士はバラージに意見をした。


 バラージは不愉快な表情を見せると、徐に玉座から立ち上がった。

そして、腰に携えていた剣を引き抜き、ヒュンと一振りした。

 兵士の頭が、飛んだ。

苦渋の顔が床に転がる。バラージに血が付いた。


 周りの兵士たちは後ずさりした。


「私の考えは絶対だ!」


 バラージは大声で叫んだ。


「反対の者がいるなら前に出よ」


 場は一瞬で静まり返った。

怯えるような表情を兵士達は見せ、誰もバラージに意見しない。


「意見が無いようだな。やはり私の考えは正しい。おい、ジャコン」


 バラージは、右手に立っていたジャコンという男に声をかけた。

口ひげと顎ひげが目立つ黒髪の男だ。


「なんでございましょう、バラージ様」


「この兵士に家族はいるのか?」


「ございます」


「殺せ」


「はっ……どのように?」


「城下で一番人目につくように見せしめにせよ」


「かしこまりました」


 ジャコンはニヤリとした。


「レテシア国への侵攻の準備はどうなっている」


「うるさい連中もいますが、万事抜かりなく進んでおります。バラージ様の命令があれば、

今すぐにでも戦いを始められますとも」


「よろしい。反対している連中も、もう必要ない。火あぶりにでもしてしまえ」


「素晴らしい判断です、バラージ様」


 ジャコンは満足しているように笑みを浮かべた。

バラージは別に特別なことはしていないといでもいいたいような、冷たい表情だった。


「明日だ。明日攻め入る。お前に手配は任せる、ジャコン」


「かしこまりました」


 ジャコンは内心でも笑っていた。

この若い王に取り入れば、いくらでも豊かになれる。

利用するだけ利用させてもらう。

ひたすらに媚びを売るのだ……。

ジャコンは頭の中でレテシア国への進軍ルートを描いた。



 レテシア国とベルーナ帝国の境。

レテシア国の砦があり、砦の上でレテシア国の兵士があくびをしている。

空は快晴。

風も心地よく、眠たくなる陽気だ。


「いやー、平和だねぇ」


「そうだなぁ」


 二人の兵士が眠たそうに雑談していた。

鳥が砦の下に集まっている。

 その鳥たちが、急にバタバタと飛び始めた。


「ん?」


 兵士の片方が、砦の向こう側を見た。

視界に赤色のなにかの群れが映っている。移動している。


「あの群れ、見えるか?」


「見える。あれ、ベルーナ帝国じゃないか……?」


「どんどん移動しているぞ!」


「侵略か?いやまさか……」


 砦の上のざわつきを聞いた砦内の兵士たちが、砦の上に上がってきた。

一番目の良い兵士が赤い群れを見た。


「ベルーナ帝国だ……武装もしている」


「どうする?」


 砦の兵士たちは混乱している。


「とにかく、本都に伝えないといけないよな。あの群れ、この砦とは違う方向に進んでいるみたいだ。

この砦は無事だろうけど、本都を攻めようとしているなら大変なことになる」


 兵士たちの相談で、砦から伝令の馬をレテシア国本都に出すことになった。


「行ってくる」


 しっかりと武装した兵士は砦の仲間に挨拶をし、馬に乗り本都に向けて出発した。


 

 兵士は馬を走らせた。

砦を出て、まっすぐに北西へ。

本都まで馬で飛ばせば、日が暮れるまでにたどり着くはずだ。

誰もいない草原をひたすらに走った。

 馬の足音だけが響く。

順調に馬を飛ばしているその時、不意に馬が足元の石に引っかかった。

馬は体制を崩し、兵士は空中に飛ばされた。

どさりという音と共に、空中から落ちる。

兵士はなんとか受け身を取ったが、上半身を強く打ち付けてしまった。


「う、馬は……」


 兵士はよろよろと立ち上がると馬の様子を見た。


 最悪だった。

馬自体は生きているものの、足が折れている。


 兵士は痛みの中考えた。

馬にはもう頼れない……。本都が心配だ……。

 意を決して、兵士は自分の足で本都に向かおうと思った。

道中に拠点があれば、馬も補充出来る。

 とにかく、急がなければならない。

這ってでも本都に向かうのだ。


 ルシルは川で釣りをしていた。

ぼーっとする時間が長いが、ルシルにはそれが性に合っていた。

ぼーっとする時間が良いのだ。

魚はおまけである、と誰かに説いたこともあった。

釣り竿をたらしながら、ルシルは空気の気持ちよさを楽しんでいた。

 

 そこに、レイアが走って現れた。


「ルシル!来てください!」


「どうしたの、レイア?」


 レイアの様子はかなり動揺しており、只事ではないとルシルは感じた。


「ベルーナ帝国が攻めてくるって……とにかく、来てください!」


「な……ベルーナが!?」


 レイアは道案内をするように草むらを走り始めた。

ベルーナ帝国が攻めてくる?

ルシルの頭の中には疑問符が浮かんだ。

確かにそんな噂があるとみんなで話した。


 しかし、そんなことはにわかには信じがたい。

とにかく、レイアの後を追わないといけない。

ルシルはレイアを追って走り始めた。


 ルシル達の住む街。城塞都市である。城塞に囲まれるように街があり、防衛の設備も整っている。

 その大きな街の、自警団の白い建物の内部。

医務室がある。白いベッドが並んでいる。

その部屋で、息絶え絶えの兵士がベットに横になっている。

ベッドの隣にヒュンフ、ゴルド、リーン。兵士を見ている。


 兵士はベルーナ帝国が攻めてくる様子を砦から見たことを、ヒュンフ達に伝えていた。

レイアが急いてルシルを呼びに行き、兵士にはヒュンフ達が手当てをした。

「まずいな」


 ヒュンフが呟いた。


「嘘をついているとも思えないしな。確かに砦の兵士だ。

それにこの上半身の打撲……よくここまで走ってきたもんだ」


 ゴルドは兵士の手を握った。


「ルシルはまだ?」


 リーンがそわそわしている。


「すぐ来る。俺たちがすべきは今何をするべきか考えること」


 ヒュンフは手を顎に当てている。


「まずは馬だよな」


 ゴルドが立ち上がった。


「そうだな。本都に伝えないといけない。すぐ手配しよう。

自警団のメンバーが行った方が得策だ。本都に信頼される。

この兵士にも一緒に行ってもらいたいが……無理だな」


 兵士はとても苦しそうにしている。同行すれば、命に関わるだろう。


 ルシル達の自警団は本都にも一目置かれている。

傷を負った兵士は、まだ安静にしていなければならない。

「誰が行く?」


 ゴルドが眉間に皺を寄せている。

「ルーベル」


 ヒュンフが即答した。


「どうしてだ?」


「あいつはもともと本都の出身だ。それに大した戦力にもならない」


「戦力って?」


 リーンが不安そうに尋ねた。


「自警団でベルーナ帝国の足止めをするしかない。本都が落ちたらお終いだ」


「ベルーナ帝国の足止めなんて出来るの?」


「やるしかない」


 ヒュンフは天井を見上げた。


「やるしか」


 そこにレイアとルシルが駆け足でやって来た。レイアは少し汗をかいている。


「ヒュンフ、どういうことだ?」


 ルシルが真っ先に質問した。

「ベルーナ帝国が侵略してきている。まずは……」


 ヒュンフは状況説明を始めた。


 

「大体飲み込めた。この人には休んでもらおう。

竜も飛べるけど、そんなに長い距離は飛べない……

ルーベルに今すぐ出てもらわないとね。ルーベル、行けるか?」


 招集されたルーベルという男は若い青年だった。金の髪が爽やかさを感じさせる。


「行けます。皆さんはどうするのですか?」


 ルーベルの問いにルシルは考え込んだ。

ヒュンフは時間稼ぎをすべきだと言っている。

しかし、敵はあのベルーナ帝国なのだ。

侵略した歴史こそ最近は無いものの、昔は武力で勢いづいた、間違いない強国だ。

自警団で、本都が備えをするまでの時間稼ぎをすることは出来るかもしれない。

 しかし、そこら辺の悪党とは違うのだ。

仲間に被害が出る。それがルシルを悩ませた。

自分の一存で、仲間を危機に晒していいのか?

 国を守りたい。

しかし、この街で迎え撃つとして、敵の規模も正確ではない。

本当に時間稼ぎが正解なのか?


「……」


 ルシルは黙っている。


「何を迷っているんだルシル」


 ヒュンフが淡々と言った。


「時間稼ぎをすれば、仲間が危なくなる……」


「俺たちが今戦わないと本都はもたないぞ。国が危ないんだ」


「相手はベルーナ帝国だ。仲間を危険には……」


「私はいいですよ」


 レイアがルシルの迷いを察知したかのように強い口調で言った。


「みんなのことを心配しているんでしょう?

大丈夫、大好きな国のためなら。この平和が好きだから。

人間なら、生きている間に何らかの試練が訪れるわ。

今がきっとその時なのでしょう。戦わなければ」


 レイアは目を伏せた。


「……少し考えさせてほしい。ルーベルにはさっそく出向いてもらう。

ルーベル、時間稼ぎをする可能性があることも報告してほしい」


 ルシルは目を閉じている。


「わかりました。では、行ってまいります」


 ルーベルは一礼すると、建物から出て行った。

パタンというドアの音が響いた。


 のちに、静寂。

ルシルはまだ迷っていた。

この国を守りたい。愛する国を守りたい。

ドラゴンなら、ベルーナ帝国にも立ち向かえる。

しかし、仲間は……。

ルシルは苦渋の選択をした。


「僕一人で戦うよ」


「は?」


 ヒュンフが驚いた表情で言った。


「僕一人で戦う。ドラゴンならそう簡単にやられないはずだ」


「ふざけるな」


 ヒュンフは傍にあった机をドンと叩いた。怒りの表情だ。


「それは……ふざけんな、だな」


 ゴルドも怒っている。


「いいかルシル。俺たちは国を愛している。戦いたくないやつは戦わなくてもいい。

だが、国を愛する者が国を守るために戦うのは自然なことだ。お前が何と言おうと俺は戦うぜ」

 

 ゴルドは厳しい表情である。


「同意。自警団の本領発揮だろう」


 ヒュンフが腕を組んでいる。

 ルシルは自警団を頼もしく思った。

国を愛する心。その一点において仲間たちとはブレないのだ。

レテシアの大地を愛している。


「……わかった。戦う気がある人だけ集める。無理はさせない。

国を守ろう。みんなを呼んでくれ」


 ヒュンフとゴルド、それにレイアが頷いた。

 リーンはそわそわとしている。


「リーンは無理して戦わなくてもいいのよ」


 レイアがリーンの様子を見て、優しく言った。


「で、でも、みんな戦うんでしょ?」


「そうだけど……あなたに戦いは向いていないわ」


「それでも、みんなが戦うのに私だけ逃げるなんて……」


「足手まといだ」


 ヒュンフがぴしゃりと言った。


「そもそも戦力にならない。安全なところにでも行くんだな」


 そのままヒュンフは仲間たちを呼びにいった。

 リーンは泣きそうな表情をしている。


「……ごめん」


 涙をこらえながらリーンは言った。


「いいんだ。リーンは立派な自警団の仲間だよ。怖いのは当たり前なんだ。

安全なところで僕たちのために祈っていてほしい。仲間たちを呼んできて」


「ルシル……ごめん……」


 リーンは泣きながら仲間たちを呼びにいった。

 ルシルとゴルド、レイアが残っている。


「俺も仲間たちを呼んでくる。しかし、よかったぜ」


 ゴルドは安堵した表情で呟いた。


「よかった?」


 レイアが首を傾げる。


「リーンに危ない橋は渡ってほしくねぇ」


「なるほど……そうですね」


 レイアは微笑んだ。


「そうだね。リーンは、戦いには向いていない……生きていてほしい」


「この時間稼ぎ、成功させなきゃいけねぇな。時間がない。行ってくる」


 ゴルドは駆けだして仲間たちを呼びに行った。

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