ドラゴンの傷
果物がルシルとレイアの前にたくさん並んでいる。
街の石畳の通路、建物が立ち並ぶ中の一軒、家の外にカゴがたくさん置かれている。
色とりどりの果物たちはとても美味しそうだ。
大きな麦わら帽子を被った店主らしき人物が奥から現れた。
「買い物ですか?」
すごくゆっくりな喋り方だった。太陽のようにゆっくりだ。
「はい。少し見させてください」
レイアが丁寧に対応した。
二人は並んで品物を見た。
フォージが好きそうな赤い果物もたくさんある。
「どれにしようか、レイア?」
「うーん、不思議な感覚なのですけど、これだけ素敵なものが並んでいると決められないのですよね」
レイアは苦笑した。選択するのが難しい。
「じゃあ、僕が選ぶよ。えっと……」
ルシルは迷った。種類が多いのだ。
「ルシルも迷っていますね」
レイアは笑顔を見せた。
「うん、やっぱり、迷うね……」
ルシルは苦笑した。
結局、種類多く果物を買うことにした。たくさん買ったので店主から茶色いカゴも貰えた。
茶色いカゴに果物を詰め込んで、ルシルが背負った。
レイアとルシルが二人で、てくてくと広場の方へ歩いていく。
幸せな時間である。
「レイアは、何か見たい物はないの?」
ルシルがふと、疑問に思って聞いた。
「私は、そうですね……ルシルと一緒にいられれば」
少しレイアの顔が赤くなった。髪は相変わらず真っ白で長い。
「嬉しいな……」
ルシルはのほほんと笑顔になる。幸せだ。
「フォージが喜んでくれるといいですね」
照れ隠しで話題を変えるレイア。
「そうだね。フォージは絶対喜んでくれると思う」
「よくルシルと一緒に食べていましたもんね」
「昔は食べられなかったって言っていた……」
ルシルは遠くを見つめるような瞳になった。
「食べられなかった?」
レイアが首を傾げる。
ルシルは、フォージから聞いた話をレイアに打ち明けた。
小さなドラゴンだった頃から四角い檻の名に入れられて、口も塞がれていたこと。
食べ物は満足に食べられなかった。
ひどい虐待を受けたこと。
人寄せの道具に使われ、客が少ない日には役立たずと言われ、より強く虐待されたこと。
逃げようとしても逃げられなかった。
最後には、フォージを人間が食べようとしたこと。
動けないフリをして、なんとか隙をついて逃げてきたこと。
そして、たどり着いたのがこの大陸。
「ひどい……」
レイアは絶句した。悲しみが襲う。
「そうなんだ。あまりにも酷かった。僕がフォージを見つけた時、フォージは重症だった……」
ルシルも悲しそうだ。当時の事は今でも、思い出せる。
「フォージになんとか手当ては施したけど、僕にはフォージが何故飛んでいかないのか、わからなかった。
人間に酷い仕打ちをされたんだ。飛べるようになったら、弱ってしまったとはいえ、どこへでも自由に行けるのに……」
「……フォージはきっと、高潔な心を持っているのでしょう。恩返しがしたいんだわ」
レイアが一つ手に取った赤い果物を見ながら、小さな声で言った。
「ありがとうの言葉だけで、十分だったのに……
しかし、今はフォージの力が必要だ。頼りにしているし、戦いで、死なないでほしい」
「そうですね。私、何も知らなかった……早く果物を持って行かなくちゃ」
「そうしよう」
二人は歩いていく。
重い話題からか、口数は自然と減った。
フォージの体の傷も、心の傷も、癒えないだろう。
それでも、フォージはルシル達の手伝いをしてくれる。
優しいドラゴンだ。
フォージの背中に乗れることを、ルシルは誇りに思った。
「美味しい」
池の広場でフォージが果物をもぐもぐと食べている。
気のせいかもしれないが、幸せそうな表情に見える。
「たくさんありますよ」
レイアがカゴから果物を取り出し、両手に一つずつ持った。黄色と緑色である。
「幸せだ。ありがとう」
フォージはレイアの取り出した果物を口に入れてもらった。
もぐもぐと食べる。味わっているようだ。
ルシルはフォージが食べる姿を見て、嬉しい気持ちになった。美味しかったようだ。
ちょこちょこと果物を食べている姿が可愛い。たくさん買ってきてよかったと思った。
「お前たちも食べるのだ」
フォージは促した。
「そうだね」
ルシルもカゴから果物を一つ取り出した。薄緑色の果物である。
比較的柔らかい果物なので、ルシルはかぶりついた。
酸味が口に広がる。とても美味しい。
「美味しい」
ルシルは素直に口に出した。
「幸せだ」
フォージは再び言った。幸せなようだ。
広場は先ほどとは違い、人気が少なくなっていた。みんな解散したようだ。
ゴルドも、ヒュンフも、リーンも、カーラもいない。
その時、大きな鐘の音が三回、周囲に鳴り響いた。
とても大きな音だったので、ルシルはなんだろうかと思った。
レテシア兵士の姿が広場に見えたので、兵士に尋ねてみることした。
「今の鐘の音はなんですか?」
「ああ、集合の合図ですよ。城の前に集合するんです」
どうやら人を集めようとしているようだ。
広場の人たちが続々城の方に歩き出した。
そういえば、自分とフォージの姿を皆に見せる用事があった。
まだしっくり来ていないルシルであったが、今、城に行っておいた方がいいだろうと思った。
「フォージ、城に行こう。レイアも」
フォージはもぐもぐと果物を食べていたが、果物をごくりと飲み込むと、頷いた。
フォージはばさっと空中に飛び、城へ向かって飛んでいく。
それに気が付いた街の人々は驚いている。
いきなりの飛行物体が当たり前のように飛んでいるので、街の人々は硬直してしまった。
「お披露目はルシルとフォージの役目だから、私は下で待っているわ」
「そうか……わかった。下で見ていてくれ。行ってくるよ」
ルシルは頷いた。
フォージの後を急いで追いかけるルシル。
城への道の途中で、フォージの姿に驚いている人たちがいたが、無理もないな、とルシルは苦笑した。




