球技大会
翌日。朝五時。薄青色の空が冷たく広がっている。
激闘の防衛戦から一日が経った。
防衛戦が嘘だったかのように、静かな空気だ。
ルシル達は昨日のうちに手筈を整えた。
住民の移動準備、自警団の移動準備、戦闘準備。
いずれも、一筋縄ではいかない内容だったが、
ルシル達の準備は迅速に終わり、
確実に、ベルーナ帝国が再び攻めてくる前に出発出来そうだった。
カーラの騎馬部隊は、歩く人たちと足並みを揃えながら進むことになった。
そんな進軍準備の中。
街の中に芝生が広がっている、平地の場所がある。横に広く、縦もそこそこ幅がある。
その広場の右側に、十一人の人間がバラバラに立っている。
そして、左側に右側と同じく十一人の人間が立っている。
広場の端には、右手と左手に網のような物が張ってある。
「試合開始!」
自警団の一人が叫んだ。
彼らは何をしているのか?
球技である。別の大陸から渡ってきた球技で、サッカというらしい。
自警団のチームと街の住人のチームの対抗戦だ。
街の住人達の方が、サッカに慣れているらしい。
この球技は、相手の網にボールを入れれば一得点となる。
ゴールの前の人間だけ手を使ってもよい。他の人間は手は使ってはならない。
自警団のゴール前はリーンが守っている。
「みんな前に出すぎじゃないの!?」
リーンが叫んでいる。周りに人がいない。孤立無援。
自警団は動きがど素人で、戦術の欠片もない。
ルシルはボールを追いかけてばかりで、すぐに体力が切れそうだ。
ヒュンフはサッカの戦術を素早く立てた。状況判断力を見せる。だが彼は控え選手。
相手にパスしてしまうレイア。
強く当たると怪我をするので住民に紳士なゴルド。
「ひどい」
カーラが唖然として試合を見ていた。
冷たい朝に穏やかな歓声が響く。
球技をやろうと提案したのはルシルだった。
みんなの緊迫した空気を感じ、このままでは良くないと感じたからだ。
退避の準備など、やることはやった。そこで、少しみんなの呼吸を整えたかった。
故郷を捨てて本都に向かう程深刻な事態なのだと、住民は先行きが不安だった。
その通り激しい戦いが予想されるのであったが、住民達だけでも気を抜いてほしかった。
「リーン、戻しますよ!」
レイアがリーンにボールを蹴った。
「レ、レイア強く蹴りすぎ!」
ボールは勢いよく自警団側の網に放り込まれた。
見事一点である。住民側の。
「ひどい」
カーラは絶望している。
穏やかな時間が流れていく。
ルシルの気遣いは成功したようだ。一時的なものでもいい。場に平穏が戻ったのだ。
自警団、騎馬隊、住民が大門の近くに集まっている。
「それでは気を取り直して!みんなで王都に向かおう!焦らずに、まとまって行動しよう!」
ルシルが自警団と住民達へと語りかけている。少し汗をかいている。
いよいよ大移動が始まる。
ルシルとフォージを先頭に、皆は歩き始めた。
フォージは活動限界が短く、途中で休憩しなければならないと思われる。
ゴルドとレイアが並んで歩いていた。
「なあ、レイア」
「なんですか?」
「お前は死ぬんじゃないぞ」
「突然ですね……何かありましたか?」
「そういや、この話、したことが無かったな……」
ゴルドは昔の話を始めた。
強盗に愛する人を殺されてしまった話だ。
大切な人を、守れなかった話。
レイアは絶句してしまった。
「あの時、立ち向かっていればな……」
「……なんと言ってよいのか……」
「一瞬の隙をつけば、救えたかもしれない……それ以来だ。人を守る自信が無くなったのは。
この戦いで仲間に死んでほしくない……だが俺は守る自信が無いんだ……」
「ゴルド……」
レイアは目を伏せた。
レイアの目から涙がこぼれ落ちる。
「ゴルド」
レイアはゴルドを真っすぐに見据えて言った。
「あなたは強い人です。とても強い人」
「違う。俺は誰も……」
「あなたは強い」
レイアは涙を流したまま断定した。
「自分で気が付いていないだけです。あなたの心は強い」
レイアに断定されて、ゴルドの目が潤んだ。
何故、涙が……。
ゴルドは目元を拭った。
「すまねぇな、レイア……」
「いいんです。仲間でしょう?」
ゴルドは、少し救われた気がした。
心が強いとレイアは言ってくれた。
ゴルドの心境に変化があった。
自分の力で、仲間を守り抜く。
長年背負ってきた重荷が少し下ろせた気がした。
ベルーナ帝国との戦いに、命を懸ける。ゴルドはそう誓った。