ストレートフラッシュVSストレート
少しでも楽しんでくださると嬉しいです。
序章
森の近く。傷ついたドラゴンが地に倒れている。
一人の金髪の男が、ドラゴンに傷薬を塗っている。
「何故助ける」
ドラゴンはゆっくりと喋った。
「話せるのか?だって、見捨てておけないじゃないか」
「怖くないのか」
「怖くないよ」
ドラゴンは、人間はくだらない生き物だと思っていた。
自分勝手な生き物だと思っていた。
ドラゴンは別の大陸からこの大陸に飛んでやってきた。
元々住んでいた大陸で、小さいドラゴンだった頃から、見世物にされていた。
檻の中にいるのが日常だった。
ドラゴンは少しずつ体が大きくなっていたが、苦しい日々の中、ドラゴンはどんどん弱っていった。
やがて、見世物にするのは飽きたから、力が衰えたドラゴンを殺して肉を食うと人間が言い出した。
ドラゴンは必死に一瞬の隙を狙って、一生懸命海を渡って逃げてきた。
人間に優しくされたことなどない。
しかし、この人間は心優しい。
ドラゴンは心の中で思った。
ありがとう、と。
男は優しく傷薬を塗り続けた。
ドラゴンの肌にも、心にも染みた。
そこに、ガラの悪そうな四人組の男達が現れた。
ドラゴンを男たちは発見し、驚いていた。
「おい、ドラゴン……?」
「ドラゴンだ!」
男たちは興奮している。
金髪の男は一旦傷薬を塗るのを止め、男たちの方を向いた。
「このドラゴンは深い怪我をしている。処置をしているから、近づかないで」
金髪の男は追い払うように言った。
「深い怪我……?」
男たちはドラゴンを観察した。確かに苦しそうな怪我をしている。
「おい、これ、捕まえられるんじゃないか……?」
男たちはまだ興奮している。
「捕まえたら大金持ちだぜ!」
「近づくな!」
金髪の男は敵意を男たちに向けた。背中に担いである槍を引き抜き、左手で構えた。
「兄さん、組まねえか?四対一じゃ勝ち目はないぜ。そのドラゴン、売れるぜ?」
男たちは剣を腰から引き抜き構えた。
「ドラゴンは自由だ」
金髪の男は四人めがけて飛び込んだ。
突然の接近に反応出来ず、男が二人殴り倒された。
残りが驚いていると、槍であっという間に剣を弾き飛ばされてしまった。
槍が男たちの首元に迫る。
首元の近くで金髪の男は槍を止めた。
「治療の邪魔をするな!」
男たちは実力差を悟ると、怯えて逃げ出した。
逃げていく男達。
金髪の男はため息をつくと、再びドラゴンの治療を始めた。
ドラゴンは黙っている。
やがてゆっくりと口を開いた。
「そなたの名は」
「名前?ルシルだよ。君は?」
「……フォージ」
第一章 戦乱の予兆
「やった!ストレート!」
小さな作りの建物の中に大きな声が響く。
木造で質素な雰囲気が漂っている部屋。
幾つか机が並んでいる。棚には酒と思われる液体がたくさん置いてある。
その部屋の中の一端で、数人の人間がポーカーをしている。
青い髪の女はしたり顔でトランプのカードを机に広げていた。白いワンピースが少し揺れる。
黄色の目が嬉しさに輝いている。
「やるな、リーン……」
茶色い髪の男が頭を掻きながら、ツーペアのカードを机に置いた。
「あ、私はフラッシュです」
笑顔で白い髪の女が手札を机に広げた。上品な黒いカーディガンを着ている。薄いピンク色の目は落ち着いている。
「ええ!?ちょっとやめてよレイア……」
リーンという女はがっくりとうなだれた。
しくしくと泣く動作をしている。
「でもヒュンフには勝てるからいいもんね!」
リーンは腕を組んだ。
「ストレートフラッシュ」
ヒュンフと呼ばれた黒い髪の男は、ストレートフラッシュの札を机に置いた。
赤い目が鋭く、肌が白い。
茶色い髪の男がヒュウと口笛を吹いた。
「ああ!?」
リーンは勢いよく椅子から立ち上がった。
「イカサマだ!」
続けて抗議した。
「リーンがストレートを揃えられる方がよっぽどイカサマだな」
ヒュンフは皮肉を口にした。
「ひどくない!?」
「まあまあ」
白い髪の女がなだめた。彼女の名はレイア。
盛り上がっているポーカーを見ながら、少し離れた椅子に座っている男は微笑んでいた。
金髪で優しそうな緑色の目をしている。
着ている白いチュニックは飾らない感じだ。
微笑みながら温かいコーヒーを口にしていた。
彼の名はルシル。
大陸に一人しかいない、竜騎士である。
ルシルは自警団の団長で、その自警団は優秀だと国で噂になるほどだった。
そんな自警団のメンバーはポーカーで勝負している最中である。
ルシルは参加せずにそれを見守っていた。
騒ぐ仲間たち……。大事な仲間たちだ。
「ヒュンフが五連勝だな」
茶髪の男が笑顔でそう言った。綺麗に整えた顎髭が印象的だ。彼の名はゴルド。
「うーん、いい線はいってると思うのですけど、勝てませんね」
レイアが苦笑。
「五杯目の酒が飲める」
ヒュンフは左手で机の上のグラスを取ると、黄色い液体を一気に飲み干した。
「断固抗議!」
リーンは頬を膨らませている。
ルシルは温かく見守っていたが、立ち上がり仲間たちのそばに寄った。
「盛り上がってるね」
「ルシル!ヒュンフが!ヒュンフがぁ……イカサマを……」
「してない」
ヒュンフは冷たく一蹴した。
「こいつ勝負事には滅法強いからなぁ」
ルシルが苦笑した。
「お前もやるか?」
「いや、やめておく。勝負の流れじゃない」
「逃げるか」
ヒュンフがフッと笑った。
「調子に乗りおって!もう一回だ!」
リーンが席に座りなおした。
「この辺にしといたほうがいいんじゃねぇか?」
ゴルドはまだ笑っている。
「これからがいい所なの!」
「私は抜けます」
レイアが言った。
「俺も勝負の流れじゃねぇなぁ」
ゴルドは立ち上がった。
「え?え?みんな?孤立無援?」
「もう一回だったな?」
ヒュンフがカードを切っている。
「え、えーと、やっぱりパスで……」
リーンは逃げた。
みんなが笑った。今、建物の中には仲間たち五人だけである。
ルシルが一番最後まで笑っていた。
「ちょっとルシル、そこまで笑わなくてもいいじゃない!」
リーンはむすっとしている。
「ごめん、なんか……平和だったから幸せだ」
「最近は自警団の役目もほとんどないものね」
レイアは微笑んだ。
「そうだね。国も平和になってきている……とても嬉しい」
「苦労の成果が出たってとこだな」
ゴルドもニヤリとした。
「うん。この国がとても好きだ。国を守りたい」
「ルシルはまっすぐだねぇ」
リーンは笑顔になっていた。
「こいつじゃなきゃ自警団なんてとっくに解散してる」
とゴルド。
「同感」
ヒュンフが小さく頷いた。
「ヒュンフはルシルには優しいんですよね……」
レイアが笑った。
「ふん」
ヒュンフはぶっきらぼうだ。また、ルシルの幼馴染なのだ。
ルシルは褒められて少し嬉しかった。
元々は弱気で、自警団なんて程遠かったルシル。
今でこそ天空を駆ける竜騎士だが、十六の頃には誰にも意見できない程弱虫だった。
そんなルシルを自警団の先代の団長は助けてくれた。
十六歳だったルシルは、あまり裕福ではない家の子供たちが食料を悪党に奪われる場面に遭遇した。
相手は十人以上いたが、ルシルは食料を返せと食い下がった。
囲まれて何度も殴られた。しかし、ルシルは諦めなかった。
「返せ!」
弱虫のルシルが見せた、強い勇気だった。
そしてその場面で、元団長が間に入り、悪党に威厳を持って圧した。
その団長から教えられたことをルシルは忘れていない。
国を愛する心。大事な人のために戦うこと。自分の信念を貫くこと。
ルシルは今は愛する国を良くするため、団長の座を引き継いで信念を貫いているのだ。
「そういや国といえば」
ゴルドが切り出した。
「なんでも隣のベルーナ帝国の動きが不審って聞いたな」
「不審って?」
リーンが不思議そうに尋ねた。
「戦の準備をしているって風の噂で聞いた」
「あの帝国が動いたら恐ろしいことになるでしょうね……ただの噂では?」
レイアは不安そうだ。
「ああ、多分ただの噂だろう。ベルーナ帝国は規模は大きいが、温厚な国だ」
「ベルーナ帝国か……」
ルシルは呟いた。
ルシル達の住む、レテシア国のすぐ隣の国、ベルーナ帝国。
ベルーナ帝国は、レテシアの三倍はあるかのような大きな国だ。
王は善政を行い、民の心も優しかった。
しかし、ベルーナ王は病に倒れ、跡継ぎの息子、バラージという人物が、今は国を治めている。
バラージは若く、そして残忍な性格であった。
ベルーナ帝国に出入りしている商人が噂した話が、レテシアで少し話題になった。
ベルーナ帝国に渦巻いている、悪の気配をルシル達はまだ知らなかった。