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第6話 二人の失恋

「え?」


教室の扉を開けると、そこには私の知らない女子生徒が一人、クラスの中に混じっていた。その奇妙な光景に、私の足が扉の前で止まる。


「ねぇねぇ桜美さん、昨日テレビでやってたあの映画観た?」


「観た観た!最後のシーン凄かったね」


「へぇ、桜美さんも映画観るんだね。ねぇ、今度みんなで一緒に観に行かない?」


「え、いいの!?行く行く!」


すごい馴染んでる……。


次から次へと人が集まり、まるで今までもずっとこのクラスにいたんじゃないかと錯覚させられる。


「おっ!雫、もう体調は大丈夫なのか?」


そう言いながら物凄い勢いで近づいてきたのは、中学からの同級生である真斗だった。


「ねぇ真斗、あの子は誰?」


私はクラスのみんなと楽しそうに談笑している彼女を指差す。


「え?あぁ、あの子は桜美さん。昨日、転校してきたんだよ」


「そうなんだ」


まさか私が学校を休んでいる間に転校生が来ていたなんて想像もしなかった。

とりあえず私は自分の席に着いて荷物を置き、いつもの場所に足を運ぶ。


「おはよう、爽太くん」


手元の文庫本から目が離れると、彼の優しい視線が私に向けられる。


「あ、美波(みなみ)さん。体調はもう大丈夫なの?」


「うん、もうすっかり。心配してくれてありがとう」


その短かい会話一つだけで、単純な私の心は勢いよく弾んだ。


「それならよかった」


爽太くんはそう言って、うっすらと笑顔を見せる。

そこで私は微かな違和感というか、あることに気が付く。


「あれ?爽太くん、ちょっと明るくなった?」


「えっ、そうかな?」


「うん、少し変わった気がする」


本人は気づいていないようだけど、いつもに比べて雰囲気が違うように感じる。

何て言うか、硬く凍った冬の雪が春が来て溶けたような。


「ふっふっふ、俺がその秘密を教えてやろう」


隣にいた真斗が何故か自慢げに笑う。


「何か知ってるの?」


「ああ、実はな――――」


真斗が私の質問に答えようとしたそのとき、


「なになに?皆で集まってどうしたの?」


転校生の子がひょっこりと顔を出してきた。


「おっ、ちょうどいいところに」


「え?」


私も彼女も何が何だか分からず小首を傾げる。

どうしてこの子がここに?




   ♢   ♢   ♢




「桜美さん、こいつは俺たちの友達の美波 雫。昨日は風邪で休んでたからいなかったけど、良いやつだから仲良くしてやってくれ」


俺が雫のことを紹介をすると、桜美さんは「はじめまして」と言って明るい笑顔を向けた。


「よろしく」


それに対して雫は、相変わらずのクールな表情で受け答えする。


「そして雫、聞いて驚け。なんと桜美さんは爽太の彼女だ」


「……は!?」


想像していた通りのリアクション。雫は首を振って二人の顔を交互に見る。


「本当に……?」


雫が呆気にとられたような表情を浮かべながらそう聞くと、爽太は顔を赤らめて視線を逸らし、「まぁ、一応」と答えた。


「そう、なんだ……」


えっ……。


俺は雫の肩が微かに震えていることに気が付いた。


「……爽太くんって好きな人いたんだね。ちょっと意外だったかも」


無理やり笑顔を作る雫の手は、震えていた。

全然気づかなかった。


どうやら俺は、人が失恋するところを目の前で見てしまったようだ。

そしてこの瞬間、俺の恋は彼女の恋と共に終わりを迎えた。

ホームルームが始まる合図のチャイムが、やけに俺の心に強く響いた。




一限目の授業が終わり休み時間に入ると、俺は真っ先に雫のもとに向かった。


「雫、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」


「え?別にいいけど」


俺は教室を出ると、階段の踊り場まで彼女を連れて行った。

そして俺は、早速彼女に本題を切り出した。


「お前、爽太のこと好きなの?」


「えっ!」


雫は顔を真っ赤に染め、彼女にしては珍しいほどに慌てふためいた。

爽太の名前を出しただけでこれだもんな。


「やっぱりな」


いつもは可憐でクールな黒髪ロブの女の子。

しかし今目の前にいるのは、どこにでもいる恋する可愛い乙女だ。


「……いつから、気づいてたの?」


「朝のホームルーム前」


「そう……」


他クラスの女子三人が、楽しそうに話しながら俺たちの前を通る。


「告白はしないのか?」


「できるわけないでしょ。あんなこと知っちゃったら」


寂しそうな声で言う彼女の顔は、下を向いていて見えない。


「……じゃあ、爽太のことは諦めるのか?」


そう聞くと、大粒の涙がぽとりと、雫の目から落ちてきた。

そして彼女は、声を絞り出すようにこう言った。


「諦められるわけ、ないじゃん……」


さらにぽとりぽとりと、水滴が小雨のように目の前に降ってくる。

俺は彼女の言葉を聞き、なんとも言えない感情に駆られた。


「そっか……」


俺は、爽太と桜美さんのことを素直に喜ぶべきか、分からなくなってしまった。

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