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第5話 揺れる想いと密かな想い

「なにこれ美味しいっ!本当にファミレスのやつ!?」


「僕の一番のおすすめ。気に入ってくれたならよかった」


桜美さんは僕が注文したビーフシチューソースのオムライスを美味しそうに食べる。

その様子を見ながら、僕もスプーンを持ってもう一つ頼んだものを口に入れる。


「爽太くんってクリームソース以外のオムライスも食べるんだね」


「別にそれだけが好きっていうわけじゃないよ。オムライス全般が好きで、特にクリームソースがかかったやつが一番好きってだけ」


「なるほどなるほど。つまり爽太くんはオムライス星人ってわけだ」


どこがなるほどなんだ……。


「はぁ……僕を勝手に変な生物にしないでくれる?」


「お、今のいいツッコミだね!面白くないけど」


「褒めるか貶すかどっちかにしてくれ……」


まったく、そんな満面の笑顔でサラッと僕が傷つくことを言わないでほしい。

僕はコップを持ち、水を流し込む。


「ところで、爽太くんは私と実際に会ってみてどう思った?」


唐突な彼女の質問に僕の手が止まる。


「……どうって?」


「夢で見た君のお嫁さんを実際に目の前で見た感想」


「あぁ……」


僕は飲み干したコップを机の上に置く。


「……正直まだ実感がわかないよ。こうして二人で同じものを食べている時間も、全て夢なんじゃないかって思ったりする」


当然だ。

昨日まで赤の他人だった人が今では僕の彼女であり、将来の結婚相手なんだから。

少しは桜美さんのことを知れたけど、それでも僕はまだ彼女がどういう人なのかを完全に理解したわけじゃない。


「あー確かに。それは私も思う」


桜美さんも共感してくれたらしく、うんうんと首を縦に振る。


「だから、僕がこの時間を現実だと思えるようになるためにも、桜美さんのことをたくさん知りたいと思った」


これからの時間を共にする彼女のこと、僕と出会う前の彼女のこと。

いろいろな彼女を知ることで初めて、未来の僕は桜美さんのことを好きになったのかも知れない。


「ねぇ桜美さん。君のことをもっと僕に教えてくれないかな?」


そうお願いすると、彼女は微かな笑みを浮かべて静かに頷いた。


「いいよ」


すると桜美さんはかばんから携帯を取り出し、僕の前に置いた。


「では早速ここで、私の今までを振り返ってみようのコーナー!ドンドンドンパフパフパフ〜 !」


「なにそのテンション……」


彼女は写真保存アプリを開き、僕に一枚ずつ写真を見せていく。


「これが前の高校の時の写真ね。一年だけしか一緒にいられなかったけど、みんないい子たちだったよ。引っ越す時にたくさん泣いてくれたの」


「みんなに好かれてたんだね」


写真に映る桜美さんはどれも、たくさんの友達に囲まれていた。


「で、こっちが中学の時の写真。この時は本当に楽しかったなぁ」


海に行ったときの写真や夏祭りでわたあめを頬張っている彼女の写真、文化祭でクラスの人たちと撮った集合写真など。そのときのエピソードを聞きながら、僕は数々の写真を見てまるでその場にいるかのような気分に浸っていた。


「それでね、このとき間違えて同じものを二つ買っちゃって」


楽しそうに思い出を語る桜美さん。

こうしてみると、僕と彼女では住む世界が違うことを改めて思い知らされる。


「楽しい毎日を送ってたんだね」


桜美さんは今までたくさんの人たちと出会い、たくさんの思い出を作ってきたんだろう。僕にはこの写真一枚一枚が、輝いているように見えた。


「ねぇ、爽太くんは?私にも中学生の時の写真とか見せてよ」


「えっ……」


そうか、僕が桜美さんのことを知りたいように、彼女も僕のことを知りたいんだ。

桜美さんがこんなにもたくさんのことを教えてくれたのに、僕だけ教えないのは失礼だよな。でも……。


「いや、僕のは……」


僕は自分のスマホをポケットから取り出し、写真保存アプリを開いてみる。

しかしそこには、彼女が求めているような思い出と言える写真はあまりなかった。


「普段写真なんて撮らないし、そんな機会がないから思い出と呼べるものはそんなにないかな……」


「そうなの?」


あるものと言えば、真斗たちと遊んだ時に彼らが撮って送ってきた写真を保存したものくらいだ。中学時代の写真に至っては全くない。

本当に惨めだ。


「……ちょっとスマホ貸してくれない?」


僕が写真を見せることを渋っていると、桜美さんがそんなことを言ってきた。


「え、それはいいけど……何に使うの?」


「いいからいいから」


戸惑いながら桜美さんにスマホを渡すと彼女は僕の隣に移動し、カメラを起動してシャッターを押した。


「っ!」


スマホの画面には、太陽のような笑顔を浮かべる彼女と急なことに驚いて間抜けな顔になっている僕が映っていた。


「はい、これが私たちの最初の思い出ね」


そのままスマホを手渡され、僕はその一枚の写真を見つめる。


「…………」


ファミレスで二人の男女が並んでいるいるだけの写真。

それだけなのに、僕にはその写真がすごく眩しく見えた。


「写真は人生の中で一度しかない瞬間を一つの枠に収めるものなの。ほんの些細な思い出でも、その写真を後で見返すことで得るものは必ずある。だから、その写真は絶対に消さないでね」


僕はもう一度その写真を見る。すると、自然に笑みが溢れた。


「……うん」


僕はゆっくりと頷き、スマホの画面をそっと閉じた。




   ♢   ♢   ♢




「熱はもう無さそうね。明日学校に行くためにも今日はまだ安静にしときなさいよ、雫」


「うん、わかった」


お母さんは体温計の数値を確認したあと、お粥を置いて私の部屋を出ていった。

一日中寝ていたおかげもあり、体調はすっかりもとに戻った。明日にはまた爽太くんやみんなに会えると思うと、楽しみで仕方がない。


「……爽太くん、今なにしてるかな?」


ベッドに潜り込み、そんなことを考える。


私は爽太くんが好きだ。"あの場所"で出会った日からずっと。

しかしその想いは、未だに彼には伝わっていない。


「早く会いたいな……」


とにかく今は、それだけを願ってしっかりと休もう。

明日には、いつもの日常に戻っているのだから。


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