第4話 そばにいて気づくこと
「あと十分で食い終わるのか?五限の英語の準備もまだだろ」
「意地でも食べ切る。だから今は話しかけないでくれ」
教室に戻った僕はすぐに席に座って弁当を広げ、残りの少ない休み時間で昼食を取っているところだった。
向かいには、いつもの事ながら真斗が椅子を持ってきて座っている。
「で、桜美さんと何話してたんだ?」
「僕の話聞いてた?」
「いやだってさ、めちゃくちゃ気になるじゃん。このまま五限目に突入したら俺気になりすぎて授業中お前のこと凝視するぞ」
そんな真斗の様子を想像してみる。
「それは流石にきもいな……」
「だろ?」
僕は口の中の物を喉に流し込むと、さっきまでの出来事を思い出しながら声を控えめにして喋る。
「……桜美さんと付き合うことになった」
「はぁ!?なんで!?!?」
すると真斗は驚き、身を乗り出して大声を上げた。
「声デカイ!あと顔近い!」
「あぁ、すまん……」
真斗が椅子に座り直すと、僕は彼の質問に答える。
「実は僕たちが知り合いじゃないというのは嘘だ。本当は少し前に一度面識がある」
まぁこの話は嘘ではあるが、夢の中で僕たちがお互いの顔を見たことがあるという点では嘘じゃない。
「そうなのか。でも、だとしたら朝の時に最初からそう説明すればよかったじゃん」
「あの時はお互いに確信がなかったんだよ。会ったのだって一回きりだったし」
「ふーん……それで?そこからなんで急に付き合うことになった?」
「……最初に会った時からその、一目惚れ……だったらしい」
僕は猛烈な恥ずかしさに耐えながら、桜美さんに言われた通りにそう言った。
「おぉ、あの爽太を照れさせるなんて……桜美さんやるな……」
「うっさい!」
こいつ、絶対僕のことからかってるだろ……。
真斗は相変わらず憎たらしいほど爽やかに笑う。
「それで爽太は桜美さんの熱意に負けたってわけだ」
「そ、そうだよ……」
赤面しているであろう僕を見て、真斗は微笑を浮かべる。
「なんか新鮮だな。まさか爽太と恋バナをする日が来るなんて」
「僕はこんな話したくなかったよ」
「雫が聞いたらびっくりするだろうなぁ。そう言えばあいつ、明日には学校に来れるらしいぜ」
「風邪で休んでからもう三日経つよな?もう回復したなら良かったけど」
そう言って、僕は弁当箱の中に入っている肉団子を一つ口の中に入れた。
その瞬間、教室のスピーカーからチャイムの音が鳴り響く。
「あっ……」
僕は肉団子を咀嚼しながら、真斗にジト目を向ける。
「なんかすまん……」
結局僕は弁当をあまり食べることができず、五限目の授業が始まった。
♢ ♢ ♢
午後の授業に全く集中できない僕は、桜美さんの方にそっと視線を向けていた。
そんな僕とは裏腹に、彼女は先生の話を熱心に聞きながらペンを走らせている。
その平然とした様子を見ていると、自分だけが未だに昼の件で動揺しているのが馬鹿らしく思えてくる。
なぜこんなことになってしまったのか、僕は桜美さんとの会話を思い返す────
「つ、付き合うって……なんでそんないきなり!?」
僕は彼女の発言に耳を疑った。
その時、彼女はなぜそんなことを聞くのかと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「なんでって、私たち将来結婚するんだよ?そのための準備として付き合うのは当然だと思うけど」
「だからって、今すぐに付き合う必要はないだろ!」
誰かと付き合った経験は今までにないが、そんな僕でも出会ったばかりの人とすぐに付き合うなんて普通じゃないことくらいは分かる。
「私たちはお互いのことをまだ何も知らない。その問題を解決するためには、恋人としてお互いのことを間近で見て知るのが一番効率的じゃない?」
「そ、それは、そうかもだけど……」
彼女の言葉には謎の説得力があった。
僕は変に納得してしまい、そのあとは何も言い返せなかった。
「みんなには私が一目惚れして告白したってことにすればいいから。ね、お願い!」
「うっ……」
顔の前で手を合わせる桜美さんに迫られ、結局僕は押しに負けて彼女のお願いを受け入れてしまったのだ────
そして今、僕たちは恋人同士ということになっている。
最後の授業が終わり放課後になると、かばんを持った桜美さんが僕のもとに近づいてきた。
「爽太くん、一緒に帰ろ!」
ハイテンションで僕の前に現れた彼女には、既にこのクラスの中心的存在のオーラが漂っていた。
「……別にいいけど」
僕は帰りの準備を終えると、桜美さんの後ろに付いて行き学校を出た。
彼女は僕の隣に並び、通学路を楽しそうに歩く。
「みんないい人たちで本当に良かったぁ。安心したらお腹空いてきちゃったよ」
「転校初日とは思えないくらいに馴染んでたよね」
きっと他の誰にもない桜美さんの魅力が、クラスのみんなを惹きつけたのだろう。
「友達も彼氏もできたし、今日は私の大勝利!」
満面の笑みを浮かべてガッツポーズをする桜美さん。
もしかすると僕は、とんでもない人を彼女にしたのかもしれない。
「…………」
そんな桜美さんの横顔をそばで見ていると、いくつか些細なことに気が付く。
肌の綺麗さや髪の艶やかさ、まつ毛がふさふさで長いことなど。笑顔も間近で見る方が迫力がすごいし、心無しか彼女の体温も感じる。そして何より────
「いい匂い……」
「え?」
っ!しまった!つい心の声が。
「あっ、ごめん!別に変な意味じゃなくて、何て言うか……桜美さんの言う通り、こうして並ぶことで分かることもあるんだなと思って」
僕は慌てて言い訳を並べる。
やってしまった。今の絶対引かれたよな?いい匂いとか気持ち悪すぎるだろ僕……。
「でしょでしょ!遠くから分かることがその人の全てじゃないんだよ」
彼女はそう言って、満足そうに微笑む。
「……じゃあ、桜美さんも僕の隣にいて気づくこと、あるの?」
「あるよ」
即答だった。
「例えば?」
僕が問うと、桜美さんは僕の顔を覗いていたずらな表情を見せる。
「爽太くんが意外にも私のことをちゃんと意識してくれているところとか」
「なっ!」
見てるのバレてたのか。
「そ、そりゃ多少は意識するさ。会ったばかりだけど、一応は未来のお嫁さんなわけで……」
「それはどうも。あと、爽太くんの照れた顔が可愛いということにも今気づいたよ」
「からかわないでくれ……」
僕は外方を向いて顔を隠す。穴があったら入りたい気分だ。
「えーいいじゃん。可愛いのは本当なんだから」
「僕は可愛くなんかな――――」
反論しようとしたその時、ぐぅううという音が隣から小さくもはっきりと聞こえた。
「えっ、今のって……」
その音の方向に目を向けると、そこには顔を赤らめた彼女がいた。
「……僕は桜美さんの恥ずかしがる顔が可愛いということに気づいたよ」
「うぅぅぅ……爽太くんのバカ……」
彼女に仕返しができたことに満足した僕は、辺りを見渡してどこか軽く腹を満たせる場所を探す。
「ちょうどあそこにファミレスがあるけど、寄っていく?」
店の方向に指をさしてそう聞くと、彼女は無言のままこくっと頷いた。
「じゃあ行きますか」
僕はちょっとした楽しさを感じながら、桜美さんを連れてファミレスに入った。