第3話 二人の共通点
昼休み。
僕は桜美さんを連れて、本来生徒は立入禁止である学校の屋上に来ていた。
「ここなら誰もいないから、他の人に話を聞かれることはないと思うよ」
「ありがとう。ごめんね、私のわがままで貴重な休み時間を割いてもらって」
「別にいいよ。どうせ暇してたし」
改めて見ると、本当に綺麗な人だな。女優さんと言われても信じるレベルだ。
前の学校では相当モテてたんだろうなぁ。この学校でも彼女を狙う男子はたくさん増えるだろうし。
まぁ、そんな彼女と今二人っきりの状態にあるわけだけど……。
「それで、僕に話って?」
そう聞くと桜美さんは急に顔を赤らめ、僕から目を逸らして恥じらいを見せる。
「そ、その前に一つ君に確認したいことがあるんだけど……」
え、なにその表情……。
それだけは絶対にないと最初から省いていたパターンが僕の頭の中を過る。
その瞬間、迸る緊張が襲いかかり、僕は自然と息を呑む。
「何……?」
屋上に吹く爽やかな風が僕たち二人の髪を揺らす。
一体この間はなんなんだ……。
まさか、本当に有り得るのか!?いや、それは流石に急展開すぎる。
僕があらゆる場面を想像しているうちに、彼女は僕の方に視線を向けて口を開いた。
そして────
「君ってさ、オムライス好きだよね?クリームソースがかかったやつ!」
「……は?」
想定していなかった彼女の質問に、僕の目が点になる。
な、なぜ急にオムライスの話に?
「あれ、もしかして違った?」
戸惑いを隠せない僕に桜美さんは恐る恐るそう尋ねる。
「いや、まぁ……確かに僕の大好物だけど」
「だ、だよね!よかったぁ、本当に人違いだったらどうしようかと思った」
理解が追いついていない僕のことを置き去りに、彼女は一人で納得してほっとした表情を浮かべる。
「でも、なんで桜美さんがそれを?」
僕は彼女に自分の好きな食べ物のことなんて教えていないはずだ。
「あーそのことなんだけど、今から言うことを驚かないで聞いてほしいの」
桜美さんは真剣な表情を浮かべ、信じてもらえるか分からないけど、と前振りをしたあとに言葉を続けた。
「実は私、夢で未来を見ることができるの。そして夢の通りなら、君はいずれ私と結婚することになります」
再び風が僕たち二人の間を吹き荒れる。
「……え?あーなるほど。そういうことか」
彼女の告白に多少驚いたが、それと同時に僕の中でずっと引っかかっていた謎が一気に解けた感覚がした。確かに未来の彼女なら僕の好きな食べ物を知っていてもおかしくはない。朝のホームルームで彼女が僕を見て驚いたのにも納得がいく。
「え、あれ?思ってた反応と違う……。驚かないでとは言ったけど、本当に驚かないの?」
飲み込みが早い僕の様子を見て戸惑う桜美さん。
「いや、十分驚いたよ」
「あれで!?」
僕は桜美さんに自分も予知夢を見ることができること、そして結婚した僕が彼女と一緒に暮らしている夢を見たことを伝えた。
「えぇぇえええええ!!嘘でしょ!?」
おぉ、いいリアクション。
「嘘をついているように見える?」
彼女は僕の顔をしばらく見つめると、それが事実だということを悟ったようだ。
「た、確かにそれが本当ならいろいろと納得がいくけど。まさか私以外にもいたなんて……」
「それは僕も同感だよ」
まぁ、この広い世界で不思議な力を持つのが僕一人だけだという方がおかしな話か。
「未来を見れることは私以外に誰にも言ってないの?」
「うん、親も知らない。小さい頃に言ったことはあるけど信じてはもらえなかった」
「そっか……」
僕が周りとは少し違うことに気づいたのは、ちょうどその時だった。
「でもよかった、君が私と同類なら話は早いね。そういえば、君の名前は?」
「文月 爽太」
「爽太くんか……うん、なんか爽太って感じでいい名前だね!」
「なにその褒め方……」
どこがおかしかったのか、桜美さんはくすくすと笑う。
彼女と話していると、なんだか調子が狂う。この人は一体なんなんだ。
自然と口からため息が漏れると、桜美さんはそんな僕の様子をにっこりとした笑みを浮かべながら見つめてくる。
「何?」
僕がそう聞くと、彼女は上を見上げて雲一つない青空を眺める。
「このまま行くと、爽太くんが私の旦那さんになるんだよね。なんか不思議だなぁと思って」
「あぁ……まぁ、確かに」
本当に彼女と結婚する未来があるなんて今でも信じられない。
明るくて優しいお嫁さん。そんな彼女と結婚すれば、誰もが幸せ者になれるだろう。
だからこそ思うんだ。
「でも、未来は変えることだってできる。夢で見た未来に忠実に従う必要なんてないんだ」
僕は彼女から視線を逸らしてそう言った。
彼女は僕には勿体無い。僕と彼女では釣り合わない。
「桜美さんは僕なんかよりももっと素敵な人と結婚するべきだよ。僕のことを好きになるなんて何かの間違いだ」
────根暗で地味なお前のことなんて誰も好きにならねぇよ
奥底にしまっていたはずの嫌な記憶が脳裏に蘇る。
全くもってその通りだ。今までだってそうだったじゃないか。
恋は僕にとって残酷なもので、容赦無く人の心を傷つける。
なぜそんなものが存在するのか。なぜ人は恋に生きるのか。
僕にはそれが全く分からない。ずっとずっと分からない。
……もう、あの頃みたいに痛い思いをしたくない。
「私はこの未来を変えようとは思わないよ」
僕は俯いていた顔をすぐに上げた。彼女が発した言葉の意外さに驚いたからだ。
「……なんで?」
気づくと僕は聞いていた。すると桜美さんは、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「だって、あんなにも楽しそうだったもの!」
「っ!」
その瞬間、夢で見たあの光景が凄まじい勢いで次々と思い浮かんできた。
暖かくて心地よいあの空間が、僕の目の前いっぱいに広がる。
あの時感じた幸福感が、僕の肌全体を包み込む。
夢の中での彼女は本当に幸せそうに笑っていた。他の誰でもない、僕と一緒に。
「それ以外の理由なんてない。私は爽太くんに惚れたの!」
そう言った彼女の笑顔に僕は思わず見惚れてしまった。
「正確には、未来の爽太くんにだけど」
「あぁ、そっちか」
桜美さんの紛らわしい言葉に僕は苦笑いを浮かべる。
そりゃそうだよな。出会ったばかりなのに何を勘違いしているんだ僕は。
「少なくとも私は、今まで生きてきた中であの時間が一番幸せだった。もっとあの夢の続きを見たいと思った。その願いを私は、叶えたいと思った」
「そんな風に君は……」
どうやら彼女の答えは最初から決まっていたらしい。
明るくて、真っ直ぐで、どこまでも道を照らしていってくれそうな彼女。その姿は、間違いなく僕が夢で見た時の彼女だった。
「それで、爽太くんは?君はあの未来を変えるつもりなの?」
彼女は問う。僕はその問いをそのまま自分の心に聞く。
これから先、僕は彼女を幸せにできるのだろうか。
夢で見た未来の自分に、僕はなれるだろうか。
「……正直、今の僕には分からない。その未来が僕たちにとって最善なのか。僕にとっても、桜美さんにとっても、もっと良い未来があるかも知れないって思う。でも────」
少しでも、僕は夢の自分に近づきたいと思った。
「僕はあの未来が、僕たちにとって一番の未来だと信じたい」
僕の答えは、今決まった。
「うん、いい心構えだね。私も信じるよ」
桜美さんはそう言うと、こちらに近寄って僕の両手を握った。
「というわけで爽太くん、早速私と付き合ってくれない?」
突然の交際の誘いに、僕の頭は真っ白になった。
「……はい?」