第2話 転校生は未来のお嫁さん
数秒間、クラスの中で沈黙が流れる。
そこで僕は初めて自分が思わず大声を出してしまったことに気が付き、恥ずかしさのあまり顔を下に向ける。それから転校生の方に目をやると、彼女も同じく顔を真っ赤にして硬直していた。
「えーっと……もしかして二人はお知り合いなの?」
担任の先生が僕たち二人にそう問いかける。
「いや、えっと……」
僕は先生の質問にどう答えれば良いのか分からず、そのあとの言葉が出ないまま黙り込んでしまう。
「…………」
どうしよう。みんなの視線が僕の方に集まっている。
この状況を何とかして抜け出したいところではあるが、事情を説明しても信じてもらえるわけがないし、変なやつだと思われるのがオチだ。
かと言ってこのまま黙っているわけにもいかないし、とにかくここは適当に何か言って誤魔化すしかない。でも何を言えばいいんだ……。
「すみません、人違いでした」
「っ!」
クラスの静寂を断ち切ったのは、僕ではなく彼女の方だった。
全員が僕から視線を外し、彼女の方に目を向ける。
「あら、そうなの?まぁ、それならいいのだけど……」
先生は戸惑うも、触れられたくない事情でもあると思ったのかそれ以上追求はしなかった。
「あはは……転校初日に恥ずかしいところを見せちゃいましたね」
そう言いながら作り笑いを浮かべる彼女。
ここにいる誰もが不自然に思っただろうが、彼女のおかげでひとまずはその場をやり過ごすことができた。
「とにかく皆さん、桜美さんと仲良くしてくださいね」
担任の先生がそう言って締めくくると、クラスのみんなは各々にはーいと返事をした。
「じゃあ、桜美さんはあそこの空いてる席に座って」
「わかりました!」
彼女は目もくれることなく僕の場所を通り抜けると、先生に指示された席に向ってそこに座った。僕は今起こっている出来事に困惑し、その後の先生からの連絡事項は全く頭に入ってこなかった。
「何がどうなってるんだ……」
ホームルームが終わると、クラスのみんなは一斉に桜美さんのもとに集まった。
騒がしすぎて何を話しているのかは全く聞き取れないが、彼女が既にこのクラスの和に溶け込んでいることだけは遠目からでも分かる。
「……間違いない」
僕が夢で見たあの人と同じ顔だ。彼女が、僕の未来のお嫁さん……。
未だに信じられないが、予知夢通りにいくとすれば今後僕は彼女を好きになり、彼女もまた僕のことを好きになるということだ。
自分で言うのもなんだが、こんな僕を好きになる人なんて絶対に現れないと思っていた。
でももし……もし彼女がそうなのだとすれば、僕のどこを好きになるんだろう?
そんなことを考えながら自分の席から彼女を見つめていると、
「まさかお前にあんな可愛い子の知り合いがいたなんてな」
「うわっ!」
背後から唐突に真斗が声をかけてきた。
「そんなに驚くことしたか?」
「急に出てこられたら普通驚くよ。あと、あの子は別に知り合いじゃない。本人も言っていただろ」
「じゃあ、爽太と桜美さんはお互いに人違いをしたって言うのか?」
「うっ……そ、そうだよ…………」
痛いところを突かれ、僕は不覚にも動揺してしまう。真斗はそんな僕の様子を見てクスッと笑った。
「爽太、嘘つくの下手すぎだろ」
「本当に知り合いじゃないんだって!こっちにもいろいろあるんだよ」
「ふーん……そのいろいろを知りたいところではあるが、まぁお前が言いたくないなら聞かないわ」
「そうしてくれると助かる」
真斗がしつこく人の秘密を聞こうとするやつじゃなくてよかった。
それはそうと、彼が僕たちについて疑問を抱くのは分かる。実際、僕も一つだけ引っかかることがある。
なぜ彼女は僕を見て驚いていたのか。それだけがさっきから腑に落ちない。
このままずっと考えていても仕方ないし、いっその事本人に直接聞くべきか。
「ねぇ、君」
思い立ったら即行動と考えて立ち上がると、後ろから突如誰かに声をかけられた。
僕はすぐに振り返ると、そこにはさっきまでクラスメイトたちに囲まれていた転校生──桜美 心春が立っていた。
「……え?」
予想だにしない出来事に、僕は驚きを隠せないままその場で固まった。
なぜ彼女がここに?僕に何か用でもあるのか?
混乱状態に陥っている僕のことなんかお構いなしに、彼女は笑顔を振り撒きながら言葉を続ける。
「突然話しかけておいて申し訳ないんだけど、君に話したいことがあるから昼休みにどこかで二人っきりになれないかな?」
その一つの発言が、クラス全体をざわつかせたのは言うまでもない。
「爽太にもついに春が来たか……」
真顔でそう呟く真斗に、僕は一発パンチをお見舞した。