第995話『修羅場』
夜明けも間もなく、エメリアさんは黄金爪の味に耐え切れずダウンしてしまった。リディアさんも食べた時は辛そうではあったが、初めて食べる人はショックが更に強いのかもしれない。常に眉間にしわが寄っている……。
「あ……死にそうです」
「死なないから……大丈夫だ。シロガネさん。苦いお茶を淹れていただけますか?苦みのある飲み物が最も、黄金爪の味の緩和に効果があります」
「承知いたしましたわ」
味には味をぶつけるのが効果的らしく、リディアさんがシロガネさんに飲み物をお願いしている。リディアさんは黄金爪を食べた経験者でもあるから、黄金爪への対処も的確である。
エメリアさんの体調が非常に悪そうと見て、ジェラさんが心配そうに後ろから声を掛ける。
「……リディアさんは手が離せなさそうですね。私も何か手伝いましょうか?」
「いや……本当に、すっぱいだけなんだ。むしろ体は健康とも言える。私は付き添うが、心配はない」
「そ……そういうものなんですか。じゃあ、私とメフィストさんで、聖獣……という生き物の聞き込みをしてくればいいですか?」
「聖女様が良いと言うなら、ワタシは街に行ってくる」
リディアさんとシロガネさんは、宿の部屋を離れられなさそうである。その様子を見て、ジェラさんが聞き込みを買って出てくれている。メフィストさんも自分の得意分野である調査に臨む姿勢だ。
「ジェラはガレッキさんを見つけてくれたのもあって、もう十分に仕事をしてくれた。手伝ってくれるのは助かるが、あまり気負わず楽に過ごしてほしい」
「わ……解りました。でも、私もオーニスの街を見て歩きたいので、そのついでに聞き込みもしていきます」
あまりジェラさんに負担をかけたくないとしてか、リディアさんもできる範囲での手伝いを頼んでいる。とはいえ、まだ時間は夜明けも間もない為、もう少し休んでからジェラさんたちも出発するようだ。
リディアさんがエメリアさんの方へと向き直る。そして、黄金爪を食べた理由について尋ねた。
「……エメリア。どうして、黄金爪を食べるなんて無茶を」
「……」
エメリアさんがベッドに寝込んだまま、歯を食いしばっている……あまり語りたくはないようである。
「天空大陸に行くのはシロガネさんとメフィストさんと、ジェラもいる。エメリアは無理せず残っても」
「……それは、やだったんです」
「……?」
「リディアに置いていかれるの、やだったんです」
てっきり俺は、自分に催眠を掛けるのに失敗して、すっぱい黄金爪を誤って食べてしまったのだと考えていた。でも、催眠を試すだけなら違う食べ物でも代用できたはずである。とすると、故意に食べたものと推察もできる。
「私……あっ。すっぱいです。ヤバい……」
「お茶を飲むんだ。ほら」
何か語ろうにも、すっぱさが邪魔をしてしまう。とりあえず起き上がり、エメリアさんは苦いお茶を口に入れる。
「私……リディアの愛人でいられたら、それでいいと思ってるんです。むむ……」
「ほら。お茶を飲むんだ」
頑張って話すにも、とりあえずすっぱさが絶えない。一言、話すたびにお茶を流し込む必要がある……。
「でも、シロガネちゃんみたくなんでもできないし……メフィストちゃんみたく頭いい感じもないですし。もしかしたら、いらないと思われるかもって思ったんです」
「そんなことはないぞ……」
「最近、魔力補給もしてくれないですし……」
「それは……あまり他の人に見せられない行為だから」
魔力補給……というと簡単に聞こえるが、実際の行為としては生々しいものである。あまりに見たことのない光景であったからして、俺には直視できない場面でもある……。
「でも、空は飛べるので、天空大陸に行ったら役に立てると思うんです。だから……置いて行かれたくないので」
「……」
空を飛べるということが今、エメリアさんの中ではアイデンティティと残されている要素であるようだ。ただ、ジェラさんも飛べる……。
「……そうだな。エメリアが来てくれたら、きっと助かるだろうな」
「……これで一緒に……行けます。すっぱいですけど……よかったです」
リディアさんは話を合わせた……優しい人である。黄金爪を食べた理由を告げ、またエメリアさんはベッドへと横になる。
「……そういえば、ガレッキさん。どこにいたんですか?街ですか?」
「いや、山奥にいた。昨夜、急遽として捜索隊が組まれ、そちらに同行したジェラが山の上まで飛んで……」
「あ……ジェラちゃん、飛べるんでした……私だけじゃなかった」
「あ……」
さっき隠したことをすぐバラしてしまう……うっかりしている部分もある人である。
「ジェラちゃんがいたら……私の居場所がなくなります。うう……」
「ジェラは、補助的に来てくれているだけだから……」
「リディアのことだから絶対、ジェラちゃんも愛人になっちゃいます。私のできること他にないので、愛人から外されちゃいます~……」
「愛人を連呼するんじゃない……」
ジェラさんは、あくまでギルド仲間だからな。主なパーティメンバーであるエメリアさんやメフィストさんとは、ちょっと立ち位置は違う気がする。シロガネさんは……メイドさんなので、また別のポジションにいる人である。
やけに会話に名前が出てくるからか、ジェラさんがも関わらずにはいられなかったようである。この集まりの本質について、リディアさんへと問いかける。
「え……このパーティって、リディアさんのことが好きな人の集まりなんですか?」
「いや……違うぞ」
「うん。ワタシは聖女様が好き」
「ワタクシは……メイドとして、お嬢様を愛しているに過ぎませんわ」
「リディアのことが一番好きなのは、愛人の私です……」
本人は否定しているが、周囲は満場一致である。そこで初めてジェラさんは自分が、いていいのか解らない集団に含まれていると気が付く……。
「あ……そういう。なんか、すみません。ついてきちゃって……」
「だって、ジェラちゃん。想像してみてください。リディアとデートしたり、手を繋いで歩いたり……キスしたり……そんなの女の子だって、してみたいですよね」
「え……いえ、私は……」
エメリアさんに言われて、ジェラさんがリディアさんを見つめる。
「……あっ!今、ジェラちゃん!色っぽい目でリディアを見てました!やっぱり、リディアのこと……うう」
「エメリア。もう喋るな……お茶を飲め」
「はわわ……私、そんな気持ちは……」
むせているエメリアさんに、リディアさんがお茶を勧めている。ジェラさんも言われて初めて、リディアさんのことを意識してしまったらしく、ひどく顔を赤らめている……。
すっぱい苦しみと、自分の居場所を確保できない悲しみで、エメリアさんがベッドにつっぷしながらに嘆いている……。
「うううう……私は、何の役にも立たない半人前の夢魔です。お父さんみたいに催眠も使えないので、黄金爪の味も消せませんでした」
「あ……お前、なんということを」
ついつい出たエメリアさんの言葉を聞き、リディアさんが慌ててエメリアさんの頭に布団を掛ける。でも、これはもうシロガネさん達にも聞こえてしまっている……。
「……お嬢様。催眠とは一体」
「ええ……いえいえ。催眠……グリーンズさんが、得意というだけの話で」
「さては……怪盗のアレは黄金爪の味を消したのではなく、ワタクシたちに催眠術を掛けて味を感じなくさせていたのですか?」
まずい……バレた。
「ああ……種明かしされた途端に、急に喉にむずがゆさが走りましたわ……これが黄金爪の威力……」
「あ……ワタシも……口の中に違和感」
催眠は掛けられたことが解ると、解けてしまうものであるらしく、シロガネさんとメフィストさんが急に、口内の異変具合を訴え始めてしまう……。
数日前に食べたシロガネさんとメフィストさんも、まだ黄金爪の味が消えてはいないようだ。それも前触れもなく催眠を解かれたせいで、かなり堪えているようである……。
「申し訳ございません……お嬢様。ワタクシも、少し休ませていただきますわ」
「ワタシも……」
「ああ。どうぞ」
思いがけずも朝方から、パーティ中の3人がダウンとなった。そんな謎の事態を前に、ジェラさんが戸惑い気味に尋ねる。
「……リディアさん。い……一体、何が」
「全員、黄金爪にやられた……私も実は、まだ少し辛い」
一番、早く食べたリディアさんも、完全には黄金爪の味は消えていないようだ。動けるだけマシとは言えるかもしれないが……。
「……お嬢様。ワタクシは、室内で動く程度であれば問題ございません。夢魔とメフィストさんのことはお任せいただき……お嬢様は、どうぞご自由にお過ごしくださいまし……」
「……大丈夫なのですか?」
「……やや口の中を酸味が走っている程度の苦痛でございますわ」
シロガネさんとメフィストさんが不調となれば、聞き込みに行けるのはリディアさんとジェラさんだけである。シロガネさんも動けないわけではないようなので、この場はお任せするのが一番良いかもしれない。
「……ジェラ。私と二人だが……調査に行ってくれるだろうか」
「は……はい」
ジェラさんが、まばたきも多めにリディアさんを見つめる。そして、改めて顔を赤くしてしまう……。
「はっ……いえ、私……一人で行ってきます。昼には戻りますから……それでは」
「ああ……ジェラ」
何を思ったか、ジェラさんはリディアさんとの調査を拒み、急いで部屋を出て行ってしまった。
「……私が悪いのだろうか。そして、何がいけないのだろう」
リディアさんが悪いのか、そうじゃないのかは俺には解らないが……人に好かれるってのも大変だなというのは今、見て実感したところである……。
続きます。




