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第98話『出国』


 携帯食料が美味しすぎて、夜遅くまでパーティが続いてしまったのだ。シロガネさんは途中で自分の部屋へ帰ったが、リディアさんはエメリアさんのベッドで一緒に眠っている。俺は詳しく見ていないが、2人とも服が脱ぎかけなので、エメリアさんの魔力の補給も行った様子である。


 「……」

 

 うっすらと、窓から陽の光が入ってくる。雨は降っていないけど、やや空は曇っているようだ。1階の方でタンタンと物音が聞こえる。もうシロガネさんが起きているのかな。


 「……エメリア。そろそろ起きるぞ」

 「ん~……キスしてくれたら起きる」

 「まだ寝てていいぞ……」


 エメリアさんの部屋に時計はないが、時刻としては6時くらいである。寝ぼけているのか甘えているのか解らないエメリアさんは放置して、リディアさんは脱ぎかけの状態になっている服のエリを正し、自分の部屋へと移動を始めた。


 「……」


 部屋のドアの横にはカゴが置かれていて、その中に聖女の服が入っている。これは昨日の夜に脱いだものだが、しっかりと折りたたまれている。夜の内にシロガネさんが洗ってくれたのだろうかか。


 シロガネさんって、いつ作業しているのかと思うほど、知らぬ間に仕事をしてくれているんだよな。その仕事量の多さといえば、実は分身が使えるのではないかと疑ってしまうほどである。


 「乾いてるな……」


 リディアさんは聖女の服を手に取り、着られそうかどうかを確かめている。そもそも聖女の服は水着と同じ程度しか布地がないから、濡れても乾きやすい衣服なのだとは思われる。


 今日はメフィストさんと一緒に神殿へ行く予定だ。聖女の服を着てきてほしいと、メフィストさんからもオーダーが入っている。リディアさんは自室で聖女の服に着替え、脱いだゴスロリドレスを持って1階へと下りた。ドアを開き、料理していると思しき物音がしているキッチンをのぞく。


 「……あ。おはよう……ございます。もう来たのか」

 「はい……来てしまったのです」


 キッチンでは、シロガネさんがお弁当におかずを詰めている。それと……食卓の席にメフィストさんがいるのを発見し、だらけ姿勢だったリディアさんも背筋を伸ばした。メフィストさんは飲み物のカップをテーブルに置き、パタパタと足音を立ててリディアさんに近づく。


 「聖女様だ……資料と同じ」


 「形だけのにわかじこみですけどね……」


 「お嬢様。こちらの方が、未明より家の前で待機しておられまして……招き入れてしまいましたわ」


 「そんなに早くからいたんですか……」


 リディアさんの質問に、メフィストさんは、うんうんと頷いている。リンちゃんの村に来た時も、俺を調べていた時も、メフィストさんはずっと1人だったから、誰かと一緒に出かけるのを楽しみにしていたのかもしれない。にしても、夜明け前から家に来ちゃうあたり、人付き合いに不器用な面が透けて見える……。


 「聖女様。お茶、飲む?」

 「あ……はい。いや……自分の家なので、自分でやります」


 リディアさんの方が、客人にもてなされている。お茶をいただく前に、リディアさんは顔を洗いたいらしい。キッチンの水場で前かがみになると、胸にぶら下がっている俺は溜まっている水に浸かってしまった。石の体だから冷たさは感じないが、朝の水というのは独特の清涼感がある。


 「……メイドの方。そちらは、お弁当ですか?」

 「ええ」

 「そんなに遠くに行くの?」

 「あの……どうなのですか?」


 シロガネさんの作っているお弁当や、用意されている携帯食のコグ。その用意周到な様子から見て、メフィストさんの方が逆に行き先を尋ねている。神殿は近いとメフィストさんも言っていたし、そんなに準備しなくてもいいほどの近場なのだろうか。


 「ええと……メフィストさん。どのくらい近いんですか?」

 「すぐ近く」


 国周辺の地図をテーブルに広げ、リディアさんが具体的な場所を確認している。メフィストさんは地図をくるくると回した末、ピッと人差し指で神殿の在処を告げた。


 「ここ」

 「……ここか?」


 ええと……入国門が、ここだよな。そして、ここが神殿だとすると……本当に近いな。近いっていうか、国を出て目と鼻の先だ。地図の縮尺は解らないが、俺の実家から最寄りのコンビニに行くより、もっと近いかもしれない。


 「……シロガネさん。昼食どころか、朝飯前に帰って来られるかも」

 「まあ……」

 「あ……メフィストちゃん、来てたんですか?」


 遅ればせ、エメリアさんが2階から降りてきた。みんながテーブルを囲んで何かしていると見て、そこへ加わりエメリアさんもメフィストさんの指先をながめる。


 「……そこで、お弁当を食べるんですか?」

 「いや、そこが目的地らしい……」

 「……おお」


 あまりにも神殿が近すぎて、エメリアさんも驚いた声を発している。したら、今度は別の疑問が頭に浮かんだようで、エメリアさんがメフィストさんへと尋ねた。


 「……そんなところに神殿なんて、本当にあるんですか?見た事ないですけど」

 「ある。ちゃんとあった」


 ここまで頑なにあるというので、本当にあるのだろう。すると、リディアさん達も早く正体を確かめたくなったのか、お弁当箱にフタをしてバッグへと入れ始めた。お弁当は4つあって、その1つをシロガネさんがメフィストさんに渡している。


 「どうぞ」

 「……え?」

 「お好きな時に、召し上がってくださいまし」

 「ありがとう」


 お好きな時にとシロガネさんが言ったのを受けて、その場でメフィストさんがお弁当を食べ始めてしまう。朝ご飯も、まだだったのかな。シロガネさんはエメリアさんの服も用意してくれたようで、そちらを受け取ったエメリアさんは着替えを済ませに2階へと上がっていった。


 「……メフィストさんが食べ終わったら行こうか」

 「食べ終わった。おいしかったの」

 「エメリアが降りてきたら行こう……」


 メフィストさんがお弁当箱を洗って返却していると、着替え終わったエメリアさんがキッチンへと戻ってきた。この服は、リンちゃんの村まで騎士団長が持ってきてくれた服だな。ワンピース風の素朴な衣装である。出かける素振りを見せているリディアさん達へ、メフィストさんが朝ご飯の心配をしてくれている。


 「聖女様たち、朝ご飯は?」

 「聖女様って呼ぶのやめてください……リディアでいいです」

 「リディア様、朝ご飯は?」

 「コグを食べながら行きます……」


 リディアさん達は携帯食として用意したコグを1つずつ口に含んで、管理人さんに見送られつつ家を出た。シロガネさんやルビィさんと違い、メフィストさんは幽霊の管理人さんにも全く動じない。むしろ、ぶんぶんとお別れに手を振っていたりもする。


 「雨の心配、ない。安全」

 「……あの、それ。メフィストさんの車ですか?」


 家の前にリアカーらしきものが置かれており、その持ち主の所在をリディアさんが聞いている。昨日までは置かれていなかったから、メフィストさんが持ってきたものなのだとは思われる。でも、荷台には何も乗っていないな。メフィストさんの持ち物は、大きめのリュック1つだけだと思われる。


 「乗って」

 「え……いえ、これに乗っても、引く魔物もいませんし」

 「引く。乗って」


 そんな問答を通して、やっとリアカーの使い方が発覚した。体重の軽そうな女性とはいえ、3人を乗せてリアカーを引くとメフィストさんは自信満々だ。しかし、そんなマネはさせられないと、リディアさん達はお断りの姿勢を見せている。


 「さすがに、それは……」

 「そっちの方が早く着く。乗って」

 「……でも、無理はしないでくださいね」


 今までの傾向からして、メフィストさんは割と頑固である。言い負かすのも難しいと見てか、疲れたらやめてもいいと保険をかけつつ、リディアさん達はリアカーへと乗り込んだ。リアカーの横に手すりがついているので、そこにしっかりとつかまって腰を下ろす。


 「出発」


 もう陽が出ているから、街には仕事へ向かう人たちも大勢いる。魔物の引き車が通っている車道に混じって、軽快にメフィストさんは中央広場へと走っていく。一応、買い物はしていくようで、道のジャマにならない場所へと駐車する。


 「買う?何か」

 「あ……飲み物だけ買います」


 みんなは500ミリリットルペットボトルくらいの大きさのビンを買い、うすいオレンジ色をした飲み物を入れてもらう。メフィストさんは疲れを全く見せず、リディアさん達がリアカーに乗るのを今か今かと待っている。


 「お待たせしました」

 「出発する」


 メフィストさんは汗すらかいていないのだけど、リアカーに乗っているリディアさんとシロガネさんの方が恥ずかしそうに赤面していた。まあ、人間に引きまわされている車なんて他にないし、ましてやリディアさんは半裸に近い聖女の服を着ている。俺のスキルをもってしても、なかなか存在感を消せないくらい、周囲の視線を集めている。


 「私は、人力車に乗るのは初めてだな」

 「わたくしもですわ……お嬢様」

 「私もですけど、楽しいですね」


 まあ、日本で言う人力車というと、人が乗りやすいように設計されたものだし、観光用に作られたものとして周知もされている。でも、リディアさん達が乗っているのは本当に普通のリアカーだからな……荷物として運ばれている感じがありありである。


 「……」

 「……?」


 入国門前の広場まで来ると、メフィストさんは急に立ち止まって何かを考え始めた。どうしたのかと、リディアさんが話しかけている。


 「どうかしましたか?」

 「……貨物用の門と、人間用の門」

 「……?」

 「どっち行くか悩みどころ」

 「あの……私たち、人間として出ます……」


 このまま、貨物として運び出すこともできる模様である……でも、人間として尊厳を忘れずに、リディアさん達は人間用の門を通って国を出ると決めた。

 

第99話へ続く

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