第82話『依頼』
リディアさんが色々な人からつけ狙われている事実は置いておくとして、リディアさんたちがギルドに属していると知った以上は、あの怪しい人たちも無暗に襲ってはこないだろう。食堂の皿洗いをもって本日の仕事依頼は全て終了してしまったし、これからどうしようかとみんなは会議を始めた。
「……帰って寝よっか?」
「まだ昼過ぎだぞ……」
帰りたがっているエメリアさんの今日の活動といえば、裏路地を案内したことと、ギルドの人たちを呼ぶ笛を吹いたことくらいであり、依頼に関していえば何も貢献はしていない気もする。『今日はリディアさんの代わりに働くのだ』と朝方に宣言してしまった経緯もあり、本人も仕方なく午後の仕事に向き合うことにしたようだ。
「でも……今日で600ジュエルも入ったんですよ?富豪ですよ富豪」
「ここ、100ジュエルもくれたのか。依頼書には80ジュエルって書いてあったぞ」
シロガネさんの働きぶりが気に入られたので、お店からもらえるお給料が上がったらしい。ここで食べたニョンは1杯8ジュエルだから、100ジュエルあれば10杯以上も食べれる。むしろ、ここで100ジュエルももらえるのに、帝国直々の依頼が500ジュエルだと考えれば、そこまで金額としては多くなくも感じる。
「ところで、お嬢様。お住いの家賃は、どれほどで」
「あの家は買い取ったから、家賃はないぞ。なんと、8ジュエルで買えた」
そのお値段を聞いて、シロガネさんもまゆをひそめている。あの家、さっき食べたニョンと同じ金額なのか。2階建ての一軒家で、商店街からも遠くないのに8ジュエル。日本で似たような物件を見つけたら、ほぼ確実に不良物件と考えていい……むしろ、売ったらダメな建物かもしれない。
「つかぬことでございますが……管理人様のチップや、お給料などは」
「渡そうとは思っているのだが、差し出しても置いておいても、絶対に受け取ってくれないんだ……」
「お嬢様……あちらの家にお住みになられて、何か違和感はございませんの?」
「……ん?何がですか?」
いまだに管理人さんの正体が明らかでなく、お家のお値段もリディアさんは不思議としていない。幽霊という概念が一般的でないとはいえ、もう少し何か感じ取るところがあってもよさそうなものだが……とにかく、現時点では誰も呪い殺されたりはしていないので、住む分には安心していいはずと好意的にとらえておく。
「そろそろ行こう。ご馳走様でした」
「また来てー!」
お茶を飲みながら1時間ほど店内でくつろぎ、3人はスイカ食堂を後にした。おみやげにボロニョンももらったし、夕食の買い出しは少なくて済みそうだな。午後の仕事に適した依頼がないかと、みんなは再びギルド支部へと向かった。
「……あなた、リディアさんではないですか?」
入国門がある中央広場の近くまで来ると、見覚えのある女の人に声をかけられた。女の人の他に、騎士団の制服を着た人も同行している。
「ええと……フローラさんでしたね。もう、お体はよろしいのですか?」
そうそう。この女の人は……魔人に誘拐されていたフローラさんだ。精密検査を受ける為に帝国へ来ていたはずだが、もう街を出歩けるくらい体調はよくなったんだな。一緒にいる騎士団の服を来た人は、遠征任務に同行していたお医者さんだったはず。フローラさんの護衛と体調管理をかねて、共に街を歩いているのかもしれない。
「私の体調は……どうなのでしょう。先生」
フローラさん自身、自分の体調をあまりよく解っていないようで、リディアさんの質問にはお医者さんが答えてくれた。
「彼女の吸い込んだ悪しき魔素は、順調に排出されている。もう3日もすれば、村へと帰れますよ」
「そうでしたか。お勤めご苦労様です」
「ははあ。そうして2人で歩いてると、なんかいい感じですね~。デートですか?」
エメリアさんに茶化され、フローラさんが困ったように笑っている。お医者さんはフローラさんと歳も近そうだし、並んで歩いているのを何も知らずに見たら、恋人同士に思えなくもない。フローラさんは村でもお医者さんに声をかけていたし、キライじゃないとは思うんだけど……なんだか微妙な反応だな。
「あはは。私が結婚していなければ、周囲の目も気にせずに済むんだけどね」
「既婚者でしたか~。それは失礼しました」
ああ……なるほど。お医者さんは結婚しているから、フローラさんの好意は最初から届かないものだったんだな。村に帰っても恋愛に発展しそうな若い人もいない訳で、その点で言えば残念なんだろうな。
「……」
いつもリディアさん達は女の人同士で仲良くしているし、こういう男女の関係って逆に新鮮だ……でも、恋愛話なんて俺は学校でも蚊帳の外だったし、まったくもって遠い世界の話を見ているような感覚。人と仲良くなるだけでも怖いのに、恋人になるなんて相当なことだ。結婚まで行き着いた両親に至っては、俺から見れば勇者にすら思える。
「お二人は、お買い物ですか?」
「はい。村へのおみやげを選びに、街へと出してもらいました」
おみやげか。そういや、この街の名産品ってなんなんだろう。商店街にはなんでもあったし、市場に行けば海の物だって売っている。様々な人種の人が店を持っていて、料理店の看板にも多様性がある。これだけ彩りがあると、何を買って帰るかも悩むだろうな。
「フローラさん。あと1時間で、病室へ戻ります。行きましょう」
「はい。では、失礼いたします」
外出できる時間は決まっているらしく、2人は別れを告げて商店街の方へと歩き出した。なにはともあれ、フローラさんが元気そうで良かった。リンちゃんも早く会いたいだろうな。
フローラさんを見送って、リディアさん達は街の広間に立っているギルド支部へと入った。この時間になると、あまり人はいないようだな。ふと何かを思い出した様子で、リディアさんは壁際へと移動してシロガネさんへと頼みを打ち明けた。
「シロガネさん……言い忘れていたが、ヘビの魔獣の依頼や、姫様のことは、なるべく他言無用で頼みたいんだ」
「承知いたしましたわ」
特に理由を聞かず、シロガネさんはリディアさんの申し出に頷いて見せた。エメリアさんには言わない辺り、城で騎士団の人やメイドさんに釘を刺されたのかもしれないな。依頼内容をすでに知っているシロガネさんに今さら隠しても仕方がないので、姫様のことについても明かしたのだと思われる。
気を取り直して、一行は依頼書が貼ってある場所へと移動した。貼り付けられた依頼書は数多だが、あちらこちらに空きがある。それらは恐らく、今日で解決した案件なのだろう。これは、ギルドが街から頼られていて、結果を出している証拠だな。
「……?」
貼り紙をながめている内に、なにやら不審な人影を目撃した。壁に貼られている依頼書をめくって、その奥に顔をうずめている人物がいる。しばらくはリディアさんも構わずにいたのだが、その人の肌の色が他に見ない独特な灰色だった為、声をかけながらにリディアさんは肩へと手をかけた。
「ええと……どうしました?」
「ひゃ……あ……はい」
ビックリした様子で、背の低い女の人が俺の方を向いた。この人は……昨日、ギルド本部で腕相撲をしていた人だ。依頼を出すためにギルド支部へ向かったはずだが、依頼書をめくったりなんかして、何をしているのだろう。
「は……はじめまして?」
彼女とはリンちゃんの村でも会ったのだけど……どうも、あちらは忘れているらしい。ただ、エメリアさんの大きな胸を見たところで、女の人は2人が誰だったのか思い出した様子だ。
「あ……村で会った。胸に爆弾を入れてる人」
「爆弾じゃないぞ……そんなところで、何をしてるんだ?」
相手は完全にリディアさんとエメリアさんの胸を警戒している。爆弾じゃないと言われても、まだちょっと疑っている様子。なお、そんな彼女の胸は、ほとんどない。ぺったんこである。
「それ、触りたい。いい?」
「……それは構わないが」
リディアさんの胸元を見ながら、女の人は手をわしわしさせている。はずかしそうにしているリディアさんの気持ちに反して、女の人が触ったのは……胸に下げてある俺の方であった。
「……万世の石」
「……?」
万世の石。そう彼女は俺を呼んだ。でも、今の俺は大きな体でもないし、擬態スキルだって使用している。普通の石にしか見えないはずなんだけど……。
「……もういいかな?」
「待って」
女の人は背が低いので、リディアさんは屈んだ姿勢で待機している。それにしても興味津々だ。女の人の澄んだ瞳に見つめられると、その奥に自分の姿さえ映し出された。なにより……こんなに見られては恥ずかしい。
「……」
リディアさんは10分近くも女の人につき合ってあげていて、それをそばでじっと監視しているシロガネさん。こちらには構わず、エメリアさんは勝手気ままに壁の依頼書をながめている。
「……これ、貸そうか?」
「……うん!」
さすがに30分も経ったところで、リディアさんが俺の貸し出しを許した。俺は見つめられるのが怖くて目をつむっていたのだが、まだ観察は続くと知って気が気じゃなくなってきた。ギルド支部の部屋の隅にはテーブルとイスが用意されていて、そちらへと移動して女の人は引き続き俺に目を向ける。ここで改めて、リディアさんは彼女に名前を尋ねた。
「ええと……お名前は?」
「メフィスト。考古学者」
メフィストさんは考古学者なのか。見た目は15歳くらいなのに、大した人である。丘の上に鎮座している大きな俺の体を調べていたのも、学者さんとしての仕事の一環だったのかな。
「エメリア。何か、私たちにも受けられそうな依頼はあった?」
「マンホール研究会……」
「それは……今日はやめておこう」
行き止まり研究会だけでなく、マンホール研究会もあるという。依頼内容までは明かさなかったが、きっと街中のマンホールを数える仕事なのだと俺は察した。飽きずに俺を観察しているメフィストさんに、リディアさんが何気なく声をかけている。
「……先程は、何をしていたんだ?」
「……そうだ!依頼書!」
「……?」
メフィストさんは俺から視線を外して、大量に貼り付けられている依頼書へと興味を移した。再び依頼書をめくって、その裏をまじまじとながめ始める。
「ワタシの依頼書……ないの」
「いつ、申請したんだ?」
「今日。朝」
結局、昨日は依頼の申請を出せなかったようで、今日付けで受理してもらったようだ。自分の出した依頼書が見つからなくて焦っていたのか……ギルド本部の時といい、冷静そうに見えて意外と放っておけない人である。またしても、依頼書をめくって自分の申請したものを探し始める。
「本日付けで受理された依頼書は、明日にならないと貼りだされないぞ」
「……ッ!?」
依頼書の束に突っ込んだ顔を引き戻し、メフィストさんは俺をにぎりしめつつもリディアさんへと向き合った。
「あなた、ギルドの人?」
「そ……そうだが」
「ワタシ、あなたがいい。仕事、受けてほしい」
思わぬところから仕事が舞い込んだ。でも、どんな仕事なんだろう。受け入れる気持ちは見せながらも、リディアさんは内容について尋ねる。
「それは構わないが……どのような依頼なんだ?」
「それは……」
明らかに目を泳がせながら、メフィストさんは少し顔を赤らめながら小さくつぶやいた。
「友達……ワタシと、友達になって」
「……?」
……友達?
第83話へ続く




