第80話『厨房』
「財布は渡せない。困る」
「ならば、はぎとるまで。やれ!」
謎の集団が歩み寄って来る。発光スキルで威嚇しようかと俺は準備するが、それより先にエメリアさんが笛らしきものを吹いた。ヒョロヒョロという独特の音が響き、それを聞いた男の人たちはたじろいで見せている。
「……呼んだ?」
数秒後、ゴトンと音がしてマンホールが動き、ドロドロの体をした人が穴の中から現れた。建物の窓が開いて、そこからも別の人が顔を出す。鳥みたいな人が空から降りてくる。あれよあれよという間に、こんなせまい場所へと6人ほどが集結した。
「お前ら、鉄のギルドのやつか……撤収だ!おぼえてやがれ!」
数で勝てないと解り、暴漢たちはリディアの財布を諦めて逃げ去っていった。笛の音に集まってくれた人たちは……仲間なのかな。一件落着したところで、リディアさんが皆さんに感謝を告げる。
「ありがとうございました……」
「良き。争いを避けるための、ギルドの掟なのだ。さらば」
鳥みたいな人が空へと飛び立ち、他の人たちも自分たちの居場所へと戻っていった。あの笛を吹くと、ギルドの人たちがかけつけてくれるのだろうか。2人きりになったところで、引き続きリディアさんたちは裏路地を進む。笛を指でいじりながら、それについてエメリアさんが言い及んでいる。
「初めて吹きましたけど、ほんとにみんな来てくれるんですね」
「怪しい人物と遭遇、または暴力事件を目撃した場合、すぐに笛を吹くようギルド長に言われているが……こんなに早く来てくれるとは思わなかったな」
よく裏道をぶらぶらしているというエメリアさんでも、今まで笛を吹いたことはなかったんだな。それだけ、街の治安がいいという証左なのだろうが、なぜ今日の、それも日中にも限って、あの人たちはリディアさん達を狙ったのか。
「……」
そういや、暴漢たちは財布を奪おうとする前に、何か聞きたい事があると言っていたな。どんな質問が控えていたのだろうか。今となっては謎のままである。
「やろうと思えば全然、私だけでも退治できましたけど」
「警戒レベルは低いとはいえ、お前は街の危険種族ランクに入ってるんだから、あまり魔法は使わない方がいいぞ……」
リディアさんは武器を持っていない訳だが、エメリアさんは1人でも男たちを退治できたと豪語している。エメリアさんの種族は世間的には夢魔と呼ばれていたはずだけど、その種族は街から危険視されているという。
まあ、体に刃物みたいなヒレがついている人もいれば、自由に空を飛べる人すら街には住んでいるのだ。極端な話、急に爆発する恐れのある人や、人を食べる人だっているかもしれない。そんな環境を束ねるとすれば、それ相応に警戒する必要があるのは当たり前なんだろうな。
「そろそろ着きますよ~」
マップ上で確認してみても、現在地は商店街に迫っているのが解る。さっきの一件以降は危険な人物にも遭遇せず、順調に順調に……たまに行き止まりに差し掛かりつつ、いくつかの宝箱を発見しつつ、俺たちは目的地へ近づいていく。徐々に道も広くなってきた。やっとの事で、日当たりのいい場所を拝むことができた。
「……見覚えのある場所に出たぞ」
「リディア~。お店の名前って、なんでしたっけ?」
「ええと……スイカ食堂だ」
裏路地を出て、なにやらカラフルな煙が舞っている通路を進む。広い道に面した商店街の一角に、緑色の看板をかけた店が見えた。うわ……すごい行列だ。軽く見て、30人待ちはかたいだろう。どんな料理を出している店なのかは、店名と看板からではイマイチ想像がつかない。
「表からは入れそうにないな……裏から入ろう」
仕事を依頼された関係者とはいえ、この行列を差し置いて表玄関から入るのは気が引ける。店の横にあるせまい場所を通って、厨房があると思われる店の奥へと進んだ。ドアにカギはかかっていないようなので、裏口より勝手にお邪魔させてもらう。
「ピリ辛ニョン!できたー!」
「運べー!」
ドアを開けた途端にも、威勢のいい声が耳に入って来る。店内は熱気で湯だっており、非常に湿度が高い模様だ。そんな中を丸い体の小さな人が、せわしなく走り回っている。ぽよぽよという独特な足音を立てて、店員らしき1人がリディアさんたちに近づいてきた。
「誰ー?」
「ギルドの者です。お皿洗いの依頼を受けた本人なのですが……」
「今、黒い服の人がやってくれてて、足りてますー!その辺で待っててー!」
店員さんの姿は間近に見ると、歩くスイカに他ならない。一頭身だ。緑色の丸い体にはニョキッと手足が生えていて、体の真ん中に犬みたいな口と、黒くて丸い目が2つついている。そんな種族の人たちで従業員は構成されていて、背が低くても使いやすいように台所も床すれすれに作られている。
「あまあまニョン!2つできたー!」
「運べー!」
お客さんたちの待っている客席は厨房の向こうにあり、前掛けをつけたウェイターっぽい人が、1頭身を精いっぱいに動かして料理を運んでいる。厨房の片隅ではバシャバシャと音がしており、そこにはお皿を洗っているシロガネさんの姿があった。自分が汚れるのも顧みず、どんぶりらしき器や小皿を洗いまくっている。
「えっと。あれ、手伝いに入った方がいいんですか?」
「いや、邪魔になるから、そっとしておこう」
近づこうか悩んでいるエメリアさんをリディアさんが止めている。料理人が料理を作る。お客さんが食べる。シロガネさんが洗う。この一環とした流れがあり、そこには誰も踏み込めない。気圧されている俺たちに気づき、シロガネさんが声をかけてくれる。
「お嬢様。お騒がせしております。ただいま、お茶のご用意を……」
「いや、いいから……そちらに専念してくれ」
この事態に置かれても、お茶を入れてくれるくらいの余裕はあるらしい。まさしく敏腕だ。まだまだお客さんの混雑は引かなそうなので、俺は調理風景に目を向けてみた。
「塩ニョンできたー!」
「お前、オーダーは塩辛ニョンだー!」
「まちがえたー!」
ニョンと呼ばれているものが、この店の看板メニューらしいな。何か長いものをゆでているから、恐らくは麺類だと思われる。透きとおった緑色の麺をお椀に入れ、そこへスープをそそぎこむ。寸胴は幾つもあって、ニョンに使われるスープも溶岩みたいに真っ赤だったり、さっぱりした茶色だったりと様々だ。料理像としてはラーメンに近い。
具材は全てのニョンで統一されているのか、細く切られたキュウリみたいなものや、コロコロした茶色いものが乗っている。料理の中央へ、お花の形のものを乗せれば完成だ。お客さんたちは食欲に満ちていて、ものの数分でニョンをたいらげて店を出ていく。なかなかの回転率の高さである。
「お昼が終わったー!」
店の外に見えていた人影が消え、ついに店内にも空席が出てきた。ピークが去ったと見て、麺をゆでていた店員さんの1人が水場へと立ち、シロガネさんと交代する。
「もういいぞー!」
「ありがとうございましたわ……」
お皿洗いを終えたシロガネさんの姿といえば、プールで泳いできたのではないかと見間違えるほどの濡れようであった。スカートをしぼって水を出しつつ、やや照れた表情を見せつつリディアさんの前に立つ。
「はしたない姿をお見せして、申し訳ございません」
「いや、仕事を任せてしまって、すみませんでした」
「お前ら、まかない食ってくー?」
「食べます~」
店を出ようとしている3人を呼び止め、店員さんがまかないをすすめてくれた。エメリアさんがお誘いに即答した為、みんなで裏口から出て、すっかり人気のなくなった表口から入店しなおした。シロガネさんはタオルをもらい、よく体をふいてから席へとついた。ごちそうしてもらえると見て、エメリアさんはワクワクしている様子だ。
「やった~。ここ、まだ入ったことなかったですから、どんな味か楽しみですね~」
「私たち、何もしてないんだが……いただいちゃっていいのかな」
そう心配しているリディアさんにも構わず、手の空いた店員さんたちも客席へとやってきた。みんな、シロガネさんを大いに気に入ったようで、どの店員さんもシロガネさんをほめちぎっている。
「お前、うちではたらかないー?」
「また来て欲しいー!」
「機会がありましたら、よろしくお願いいたしますわ……」
「できたー!まかないだー!」
歳の若そうな店員さんが、トレーに乗せた料理を客席へと持ってきた。ほかほかと湯気の立っているお椀が、1人1人の前に置かれる。エメリアさんが意気揚々とフォークに手をつけるのだが、お椀の中身を見て、やや目を丸くしている。
「……?」
まかないとして出してくれた料理は、お店で売っているニョン……ではなく、なにやら茶色いそぼろみたいなものであった。これは、なんだろう。
「えっと……これ、なんですか?」
「ボロニョンだー!」
「ニョンを作る時に余ったやつだー!」
ぼそぼそとしたものではあるけど、ニョンと同じ素材らしい。店員さんの説明を聞くに、ニョンを作るにあたって出た副産物との事。まかないがニョンではないと知り、ちょっとガッカリした様子でエメリアさんは口へと運ぶのだが、その割には食がスムーズに進んでしまう。
「おいしいですね~」
「うん。こんな料理があるんだな」
エメリアさんもリディアさんも、ボロニョンを美味しくいただいている。予想外に味が良かった為、これを買って帰りたいとリディアさんは店員さんに交渉している。
「これ、売ってないんですか?」
「売らないぞー!」
「あまったボロニョンを売るなんて失礼だぞー!」
「ダメだぞー!」
「……いい味だと思うのだがな」
「ダメだぞー!」
美味しいけど、絶対に売らないという。そこは職人、頑固である。
「じゃあ、ください」
「いいぞー!」
売るのはダメだけど、ただであげるのはいいらしく、エメリアさんの頼みは快諾された……そこのところは職人。なかなか気難しい線引きである。
第81話へ続く




