第77話『歌』
「さぁて。行くかー」
お菓子を食べ終えると、男の人は眠そうに伸びをしつつベンチから立ち上がった。なお、ヘビに飲み込まれた方の俺の体を確認してみたところ、そちらの映像に少し変化があった訳なのだが……なんの因果か旅の道連れにしていただいたので、このままお兄さんと一緒に港町まで行こうと思う。
町まではそう遠くないようで、港町にある建物の形まで、はっきりと視認できる。ゆっくり歩いていけば、一時間くらいで到着するだろうか。男の人は水の入ったビンを片手に、俺をけりながら再び道を行く。
「……」
今までは通路にも土がむき出しだったのだが、ここからは茶色いレンガらしきもので舗装されている。まばらだった道の縁石も隙間がなくなり、道の広さは車が行き交える程度となった。俺の体は湿っているから、転がるたびに砂がついたり落ちたり。道のレンガに俺の体が当たると、こすれてカリンカリンと音が鳴る。
「おお……絶景だな」
お兄さんは足を止めて、路傍に並んで咲いている花をながめている。花びらが風にふかれて、風車みたいにクルクルと回っている。森や村では見かけなかった花だな。そんな花が、町への道しるべとして、遠くまで色とりどりに咲き誇っている。これは、町の人たちが植えたものなのだろうか。
「……?」
花と景色を鑑賞しながら歩いていると、後ろからカラカラと車輪の回る音が聞こえてきた。お兄さんと俺が道脇に寄って待機していたところ、軽自動車ほどもありそうな大きなネズミと、それに引かれている荷車が後方から現れた。荷車に乗ってネズミの手綱を引いている人が、お兄さんへと声をかけてきた。
「あんた、この先の町まで?」
「ああ。そうさ」
「乗ってく?」
「ええ?いいの?サンキュー」
あれ……この荷車に乗っている人、リンちゃんのお父さんだな。どこか別の町へ寄ってきたのか、荷車の積み荷は少し減った様子がある。でも、まだまだ荷車の中にはお兄さんの乗る場所はなさそうだ。
「えっとー……どこに乗ればいい?」
「そこだ」
「……」
リンちゃんのお父さんが指さしているのは、大きなネズミの背中である。クラはついていないものの、ネズミの体はおはぎみたいな形をしているので、そこはかとなく背中には乗りやすそう。今度こそ置いていかれるかと思ったが、律義にもお兄さんは俺を手に持って、ネズミさんの背中の上へとお邪魔していた。
「なんだ?その石」
「あ、これ?丘の方から、ずっと蹴ってきたのさ」
「ふぅん」
お兄さんの腰が自分の背中に落ち着いたのをネズミさんは確認し、急かされるでもなく自ら再出発した。のんびりとしたスピードで道を行く。多分、この速度ならネズミさんから落っこちても、ケガする心配はないだろう。お兄さんが手で俺をもてあそんでいるのを見て、何か思い出した様子でリンちゃんのお父さんは村での出来事を語り始めた。
「うちの娘も、どこかから石をひろってきて、家の前に飾ると言い出してな……」
「そんなにいい石なのかい?」
「解らないが……気づくと、それが村の神様に祀りあげられていたぞ。村を救ったとかで」
「すげぇ」
当の俺からしてみても、あがめられるほどになるとは予想できなかったのだ。今後も村に悪さをするつもりはないからして、できればリンちゃんの好きなようにしておいてあげていただきたい……。
お兄さんはネズミさんの背中に手をついて、ちょっとかたそうな毛並みの上でくつろいでいる。ネズミさんは手足が短いから、ちょこちょこと細やかな動きで歩いている。岩場を歩く際にケガをしないようにと配慮してか、クツも履いているな。かわいい。そうして俺がネズミさんを見ている横で、リンちゃんのお父さんがお兄さんに話しかけている。
「ところで、あんた。変わった格好だが……どっから来た?」
「俺?コクサからだ。海産物を求めてはるばる来たぜ。知ってる?砂漠のオアシス。コクサ王国」
「コクサ?そこだったら……なんだか、ニュースに出てたぞ」
リンちゃんのお父さんは新聞らしき1枚の紙を差し出し、お兄さんは受け取って内容に目を通している。見出しを読んだだけでニュースの概要は明らかになったらしく、特に悪いニュースでなかったのは彼の表情ですぐに解った。新聞を持ち主に返しつつ、お兄さんがもったいなさそうな声を出した。
「姫、結婚したのか。あー、いいなー」
「なんだ?そんなに美人なのか?」
「美人だけども、それより……今頃は国をあげて、祝宴の真っ最中だ。どこの店でも、好きなだけタダで飲み食いできただろうなー」
「そっちの話か……うちの村でも、最近あったな。祝宴」
国をあげてのお祭りか。それが次にあるとするならば、姫様のお子さんが産まれた時だろうか。国中がお祭り騒ぎだなんて日本では考えられないし、どれほどの喝采ぶりなのか見てみたいな。そういや、リディアさん達がいるアレクシア帝国の偉い人については、まだ顔も名前も全く知らない。どんな人たちが国を統治しているのだろう。
「……」
さわわと風が吹き抜け、広い草原に波を立てた。付近には段々畑が作られており、やぶにも似た背の低い木が並んでいる。木の実がなっている様子もないのだけど、こんな海風に吹かれる場所でも、農作が行われているんだな。お茶畑だったりするのだろうか。
お兄さんはビンに入った水を飲み干したところで、後ろ向きにネズミさんにまたがる。そして、荷車の中を指さし、リンちゃんのお父さんにお礼したい気持ちを口にした。
「なんか買うよ。乗せてもらったお礼」
「山の物しか入ってないぞ。はるばる海産を求めてきたんだろ?いいって」
「まあ、そうだけどよぉ。う~ん……」
むしろ、お兄さんが住んでいた砂漠では、何を主に食べていたのか。そちらの方が気にはなるのだけど、どうも山の幸に関しては食べ慣れていると見られる。食べ物を買って感謝の気持ちを示すのはお父さんに拒否されたので、やや口をとがらせて考えた末に、お兄さんは別の提案を差し出した。
「そいじゃ、歌うぜ」
「歌うのか?」
「ちょいと待っててくれよ」
お兄さんは俺をポケットに浅く押し込み、背負っていたギターケースを開いた。そこから出てきた楽器の特徴を言えば、形はギターっぽいけど弦がなくて、全体がガラスでできたように透明であった。ケースにしまってあった布で全体的に楽器を拭き、お兄さんは嬉しそうに笑顔を見せる。
「コクサ王国の白い砂嵐と呼ばれた俺が、あんたの為だけに今は歌うぜ」
「それだけのスターが不在なら、今頃は祝宴も物足りない雰囲気だろうな」
「そいつは違いねぇ」
『コクサ王国の白い砂嵐』が、どれほど凄いのかは解らないが、それは歌を聞かせてもらえば解るはずだ。この場に便乗して、俺も特等席で楽器の音色に耳を傾ける。
「……」
楽器を演奏する様子が、ポケットの中からでもわずかに拝見できた。楽器のネック部分に指をはわせると、鈴を鳴らしたような澄んだ音が鳴った。ギターというよりかは、バイオリンの音に近い。でも、もっと甲高い。風の吹き抜ける音にも似ているな。
人差し指、中指、薬指。楽器に触れる指が増えるにしたがって、環境音と聞き間違いそうな響きの中に、はっきりとしたメロディがのぞいていく。そこに歌声が乗れば、それは美しいバラードへと変わる。活舌が独特だから歌詞は聞き取れないが……聞いていると、スッと空気が澄んでいく感覚すら心に芽生える。
地球にはないであろう楽器と、声量のある力強い歌声。きっと、故郷で名の知れたシンガーだったというのは本当なのだろう。5分ほどで歌が終わり、お兄さんの普段通りの話し声が聞こえてくる。
「いぇい。サンキュー」
「いやぁ、すごかった。歌手というのは、本当だったんだな」
「うたがってくれるなよ。王国一なのはマジだから」
リンちゃんのお父さんは手綱を引いている為に拍手はできないが、口ではお兄さんの歌と演奏を褒めている。俺も文句はいいようがない。手放しに賞賛を送りたいほどであった。楽器をケースにしまって、お兄さんは俺をポケットから取り出した。
「俺のサインいる?」
「おお。芸能人には人生で初めて会ったぞ」
書いてもらう物が手身近になかったからか、リンちゃんのお父さんはズボンにサインをもらっている。その時、あちらこちらから視線を感じ、俺は改めて周囲に目を向けた。
「……?」
道脇にあいた穴からモグラのような生き物が何匹も顔を出し、道行く俺たちを見つめている。他にも、シカやタヌキみたいな生き物などなど、様々な生き物が荷車を追ってきているのが解った。敵意はないようで、こちらを見ながら、ただ耳をぴくぴくさせている。
「あんたの素敵な歌を聞きつけて、お客さんが増えたぞ」
「おいおい。しょうがねぇなぁ」
お兄さんがケースから楽器を取り出すと、動物たちがピクリと反応を示した。もしかしたら、さっきの歌に惹かれてやってきたかもしれない。町までまだ距離があると見て、お兄さんは先程とは別の曲を演奏し始めた。
「よーし、アンコールだ。みんな、しっかりついてこいよ」
第78話へ続く




