第69話『新聞』
「……」
この世界で一番早く、朝日が昇るのを見た。その自負を持って、俺の新しい一日が始まる。リンちゃんの家の前に灯した光は消しておいたし、空が完全に明るくなる前に浮き島からも降りた。体重を少しずつ重くして、ゆっくりゆっくりと地面に足をつける。
ラーニングスキルを解除し、丸い石の形へと姿を戻す。丘の上には俺の大きさ、形にあったくぼみができていて、しっくりと形がフィットした。やっぱり、ここが落ち着くな。リディアさん達は、まだ寝ているだろうか。ネックレスとして胸に下がっている石の方へと、意識を転送してみた。
「……」
……ここは、リディアさんの寝室だ。エメリアさんはベッドで寝ているが、リディアさんとシロガネさんは起きている。シロガネさんはリディアさんの着付けを始めていて、そのドレスは昨日のものとは形も色も異なっている。2人はロウソクの灯りの中、なぜか無言のままで事を進めている。
「……」
リディアさんはたゆみなくドレスを身につけ、シロガネさんも黒いメイド服のすそを伸ばした。そのまま2人は何も言葉を交わさず、一緒に寝室を出て1階のリビングへと向かった。管理人さんは階段の下にいて、声を出さずに仕草だけで2人とアイサツをしている。
「お……お嬢様。お目覚めはお茶になさいますか?」
「水でいいかな……」
シロガネさんがポットを持つが、リディアさんは庭にある井戸から水をくみ上げて、その冷たそうな水をグラスに移しかえていた。妙な雰囲気が漂ってはいるが、仲が悪くなったという感じではなく、リディアさんは純粋に水分を欲していたらしい。2人は少し離れた席に座って口をうるおした後、ほとんど同時と言っていいタイミングで声を発した。
「あの」
「いえ」
「はい」
「……」
よっぽど気が合うのか、「あの」から「はい」から沈黙まで、かなりキレイにシンクロした。仕切り直して、リディアさんは気まずい沈黙の核心に迫った。
「……昨日の夜の事、おぼえていますか?」
「おぼえて……」
シロガネさんが口元を隠し、一瞬だけ思案した後に答えた。
「ま……マッタク、オボエテ、オリマセンワ」
「そ……そうだな!私も、そうなんだ。よかった」
俺が空を飛ぼうと頑張っている間に、こちらでは思い出したくないほどの過激なスキンシップがあったと見られる。ただ、どちらも憶えていないのであれば問題のない話である。やや強引ながらも問題を解決し、いつも通りの2人に戻った。
「では、お嬢様。朝食をご用意いたしましょう。ご希望のものはございますか?」
「あまり材料がないが……ありもので工夫して作れないだろうか」
「ええ。お任せを」
昨日の買い出しで用意したものは、夕食で使い終わってしまったらしい。棚の中に余っている材料へ目を向け、シロガネさんは献立に困った様子もなく紙袋を取り出した。
「ムーンケーキをお作り致しますわ」
「シロガネさんのムーンケーキ、久しぶりだな」
ムーンケーキってなんだろう。そう思ってネットで検索してみたところ……月餅の画像が表示された。これ、中国のお菓子だったと思うけど、異世界でも食べられているのかな。俺はリディアさんの胸元あたりから、シロガネさんの調理する様を観察している。
「ジャムのお味は、いかがなさいますか?」
「そうだな……すっぱいものよりは、甘いものがいいな」
粉に水を加えて溶き、生地にはジャムも加える。シロガネさんが手をかざすと、キッチンに置いてある壺っぽいものの中に光が灯った。壺の上にフライパンをそえ、そこへ油も敷かずに生地を流し込む。ジュージューと音が鳴っているってことは……あれ、焼けてるのか?どういう原理で熱されているんだろう。
「ん~。いいにおいですね~」
食べ物のにおいにつられて、エメリアさんが2階から降りてきた。シロガネさんが料理を作っているのに気づき、嬉しそうにリディアさんへと話しかけていく。
「起きたら朝ご飯できてるって、いいですね~。シロガネちゃんなら、調理器具を起動できますものね~」
「私だって魔法が使えたからな。今ならできる……はず」
エメリアさんの口ぶりから察するに、あの壺っぽい調理器具は魔法で起動させているらしい。魔道具というものなのかな。今までのリディアさんは魔法が苦手な人だったらしいので、これからは自分で調理器具を起動できるとすれば、かなり便利になったのではないかと思われる。
「シロップもご用意いたします。しばし、お待ちください」
シロガネさんがフライパンからお皿に移したものは、白いホットケーキのようなものであった。表面にはうすくて茶色の焦げ目がついていて、その見た目は月に似ている。ムーンケーキって、そういうことか。
シロガネさんは白いホットケーキを4枚くらい焼いたあと、熱いフライパンにお砂糖のようなものと水を入れた。フライパンの中がどうなっているのかは見えないけど、先程の発言からするにシロップを作っていると考えられる。キッチンに煙が上がったタイミングで、シロガネさんは白いホットケーキをフライパンへと戻す。ホットケーキをシロップで軽く煮込んでいるようである。
「……完成ですわ。お召し上がりくださいませ」
「ありがとう」
お皿へと戻されたホットケーキは元の白色を保ったまま、黒いシロップをまとった姿となっていた。なるほど。黒いシロップの中の白いホットケーキが、夜空に浮かんだ月の姿に似ているのか。若干、フルーツの果肉みたいなものもシロップに入っている。甘くて美味しそうだな。
「私も、もらっちゃっていいんですか?」
「あなたをお待たせすると、お嬢様のケーキに手を出しかねませんもの」
シロガネさんは自分用に作っていたものをエメリアさんにあげて、追加のケーキを作る準備に入った。リディアさんは前掛けをつけた後、フォークとナイフを使って食事を始めた。ネックレスである俺は前掛けの後ろに隠されてしまったからして、食事が終わるまでは音声のみの把握となる。
「ああ。やはり、シロガネさんの作るムーンケーキが最高だな」
「これはこれは……毎日、毎食、作ってください」
「あなた。栄養が偏りますわよ……」
エメリアさんは毎日毎食でも食べたいと言っている。そんなに美味しいのか。いいなあ……ケーキ。俺は体が石だから食べられない身ではあるけど、味だけでも知りたいものである。
「……管理人さん。どうしました?」
「……」
廊下とリビングを仕切っているトビラの方を向いて、リディアさんが声をかけている。そちらに管理人さんがいるみたいだな。玄関があると思われる方向から、トントンとノック音が聞こえてきた。お客さんが来たのだろうか。
「少し出てくる」
前掛けを外してテーブルに置き、リディアさんは客人を確かめに玄関へと向かった。トビラの覗き穴へ目を当てた後、特に警戒する様子もなくトビラを開く。
「新聞です。いります?」
「新聞か……エメリアー。新聞いるかー?」
まだ薄暗い玄関先に、大きな丸い帽子を被った女の人が家の外が立っていた。その人が、新聞は必要ないかとリディアさんに尋ねている。リディアさんがエメリアさんへと呼びかけると、食事を中断してエメリアさんも玄関へと出てきた。
「今日から仕事再開ですし、聞いておいた方がいいんじゃないですか~?」
「それもそうだな。入ってください」
「はいはいー。ありがとうございますー」
新聞を売りに来たはずなのに、女の人は小さなカバン1つしか持っていない。しかも、わざわざ家の中に入っていく。今から、何をするのだろうか。リディアさんとエメリアさんは食卓へと戻り、新聞屋さんも適当な席へと腰掛けた。シロガネさんはお客さんへと、水の入ったグラスを置いてあげる。
「どうぞ」
「ありがとう!では、本日のタイムラインは……温泉に入ったドロボウの噂と、騎士団と地下組織の戦い。砂漠の国の姫が結婚。今日の騎士団長。あとは~……剣技大会のスコア、ゴシップ。セール情報。こんなとこかな」
ああ……なるほど。新聞といっても、紙に書いたものを売るのではなくて、調べてきたことを話してくれるサービスなんだな。温泉のドロボウというのは、きっとキンコちゃんとギンカちゃんのことだろう。そして、もっとも内容が気になるのは……今日の騎士団長。今日のってことは、昨日のもあったと推察される。
「お客さん。どれから聞く?どれでも1ジュエル」
「では……砂漠の姫の結婚と、セール情報を」
「え!?騎士団と地下組織、オススメなんだけどなぁ」
一面記事は、騎士団と地下組織の件らしい。でも、昨日の段階でクリスさんが逃げられたと言っていたし、温泉に入ったドロボウの一件については、ここに被害者と被害物がいる始末。こうなってしまうのも致し方なしである。リディアさんがニュースの内容に言及する。
「地下組織には逃げられ、密入国ルートが見つかったんだろう?盗みを働いたのは、2人の少女だったようだし」
「お客さん、情報通だね……何者?」
「この人……昨日、物を盗まれた当事者なんです。かわいそうな人なんです」
「へぇ!取材料を払うから、ちょっと聞いていいかな?」
「いやです……」
新聞屋さんはエメリアさんからのリークを受けて、逆にリディアさんへと情報提供を求めている。ただ、温泉で起こった窃盗事件の犯人は子どもだったわけで、あまりリディアさんは話を広めたくないらしい。シロガネさんも逮捕されかけた人なので、この話題には関わりたくないと見られる。
「んじゃ、砂漠の姫の結婚の話だな。ここ、アレクシア帝国から東南の方角へ向かった先に、コクサという国がある。黒い砂漠のオアシスにある国なんだけど、そこの姫様が一般男性と結婚したと情報が入ったよ」
「一般男性か。王族が一般人と結婚するのは珍しいな」
「この2人、実は幼馴染。小さい頃に交わした約束を守る為、結婚に反対する勢力へ精いっぱいに理解を求めた。それが国民からの賛同を得て、国民からの後押しを得て結婚に至った。良い話なんですよ~」
ここと同じ大陸かは解らないが、砂漠のある地域もあるようだな。王族ともなれば、結婚相手によって国が左右されるとも解らない一大事な訳で、それを承知のうえで一般の人と結婚したとすると、なかなか勇気のある決断とも言える。
「よし。あとはセール情報!それは書いといたから、これね」
セール情報だけは事前にリストを作ってくれているらしく、新聞屋さんは手のひらサイズくらいの紙をテーブルに差し出す。リディアさんから2ジュエルを受け取ると、これにて終了とばかりにグラスの水を飲み干し、新聞屋さんはドアを開いて戸口へと立った。
「あと、他に聞きたい事ない?今日の騎士団長とか、それなりに人気あるんだけどなー」
そういう新聞屋さんの言葉を聞いて、エメリアさんとリディアさんは顔を見合わせた。エメリアさんがリディアさんを指さして、新聞屋さんの知らないであろう情報を口にする。
「でも、この人……騎士団長の妹なんですよ」
「え?ウソでしょ?」
「……ああ。はい。ウソです」
「ウソか。ははぁ。そうだよねぇ。では、失礼いたしますー」
すぐにリディアさんが否定した為、新聞屋さんも面白おかしそうに笑顔を見せて、居間のトビラを閉めようとした。その間際で、再び新聞屋さんは室内へと顔をのぞかせた。
「え……ほんとにウソだよね?」
「ウソです……」
「だよねー!ごめんごめん!失礼しましたー!」
それだけ再確認して、新聞屋さんは家を出て行った。玄関ドアの閉める音が聞こえた後、ムーンケーキをお皿に乗せながらシロガネさんはエメリアさんに注意した。
「あなた。不用意に人のことを話すべきではありませんわよ」
「……ごめんね。リディア」
「いや、別にいいけど……」
リディアさんはエメリアさんを許し、前掛けをつけなおして食事を再開した。どこかリディアさんの言動に違和感をおぼえたのか、エメリアさんは食事を続けながらも質問している。
「……どうしました?」
「いや……大したことではないのだが」
「……?」
やや沈黙をはさんで、リディアさんは考え事の種を告げた。
「今日の騎士団長って、なんだったのだろう……」
「気になるなら聞けばよかったじゃないですか」
「兄の近況に1ジュエル……払いたいか?」
「払いたくないですね……」
確かに……。
第70話へ続く




