第60話『市場』
「リディアー。これ食べたいです~」
「まだ家にチカラの種があるだろうが……」
食料品を取り扱っている商店街へと行き着き、みんなは夕食のための買い物を始めている。エメリアさんは干した果物を欲しがっているのだけど、昨晩のおつまみとして食べていたチカラの種がなくなるまでは、次のおやつは買ってもらえなさそうだ。なお、ドライフルーツがお酒とあうのかについては、俺にも詳しく解らない。
「おかーさん。たまには貝とか、食べたいなー」
「入荷しているかしら。輸入品も見てみましょうか」
アネットさんとお母さんは貝類を探して、トタン屋根の大きな建物へと入っていく。そういや、商店街に連なっている店には、あまり海産物が見当たらないな。お魚らしきものはあるにはあるのだけど、貝や海藻の類は1つも並んでいない。俺が不思議に思っていたところへ、エメリアさんとリディアさんの会話が聞こえてきた。
「お魚、高いんですよね~。海のあるところに国を作ればよかったのに……」
「作ればよかったって……そんなこと、今から言われても皇帝だって困るぞ」
「港町で食べた魚卵の塩漬け、美味しかったですね~」
そんな2人の会話から察するに、帝国は海に面していないようだな。国外からの輸入品は届いているみたいだけど、港町から運んで来るとなれば、どうしても鮮度は落ちてしまう。ドラゴンに乗せてもらったら数分で届くだろうが……ドラゴン自体が希少な乗り物のようだから、必然的に値段も上がると見られる。
「……」
リディアさんとエメリアさんもアネットさんたちを追って、大きな建物へと足をふみ入れた。市場に置かれたカゴの中には、凍った魚が並んでいた。なるほど。この世界に冷凍庫はなさそうだけど、魔法で凍らせることはできるのか。ただ、冷凍魚の値段は高いようで、そのコーナーにはお客さんの姿も少ない。アネットさん達は市場の奥へ進んでいく。
「……エメリア。あれ、リンの村で食べた魚じゃないか?」
リディアさんが指さした方向には、冷凍されたダイマグロがオブジェのようにして飾られていた。ただ、それはすでに解体の手が加えられていて、頭と尾のあたりしか残っていない。きっと体が大きすぎるから、切り売りされているのだと思われる。お値段は……たくさんの数字が並んでいる。あんなイルカみたいな大きさの魚を冷凍して運んでくるとなれば、かなりコストがかかっているに違いない。
「……あんないいもの、今後の人生で食べる機会はないかもしれませんね」
「……何かいい仕事が入って、それなりにお金が入るかもしれないだろう。ほら、干物を見に行こう」
ダイマグロのお値段にエメリアさんが人生を諦めてしまったので、リディアさんはエメリアさんの興味を干物のぶら下げてあるコーナーへと誘導した。そちらではアネットさんも食材を見ており、ピカピカした粒状のものを手に取っていた。
「これ、ロカン。1ビンちょうだい!」
「6ジュエルです」
アネットさんが買ったロカンというものは飴玉みたいな形をしていて、手のひらサイズのビンの中にぎっしりと詰まっている。これもエメリアさんの好物であるらしく、うらやましいといった視線でリディアさんにねだっている。
「これを買いましょう。買いましょう!」
「貝料理か。いいな。夕食のために買っていこう」
これが、貝なのか。砂糖のついた飴玉にしか見えないが、たしかに……すぐ隣のテーブルには貝がらも陳列されている。どうやって食べるものなのかな。
「ええと……1ビンだけ買えば足りるか?」
「2つあれば、そのままおつまみにもします」
「じゃあ、1つでいいな……」
「水でもどすと、かなり量がありますものねぇ。戻した水には、うま味も出ますし便利なのよね」
アネットさんのお母さんが、それの使い方を教えてくれた。これは海から運ぶ際に乾物にしているから、水につけておけば柔らかくなるようだ。逆に、そのまま食べれば海水由来のしょっぱい味がついている。凍らせる以外に、こんな形でも輸送されているんだな。
「ところで、リディアさん。参考までになのだけど……これ、どのように料理します?」
「ええ。ピッカブの根や菜っ葉と一緒に、塩バターで炒めます。あとは……ブラックゴールがあればいいのですが」
「ピッカブと塩バター、ブラックゴール……いいわね。うちも、それにしましょ」
いい料理法をもらったとばかり、アネットさんのお母さんは嬉しそうに笑っている。菜っ葉がついているとなると、ピッカブというのは野菜だろうか。塩バターは名前の通りだろうが、ブラックゴールとはなんだろう。これから買いに行ったところで見られるかもしれないな。お母さんはお魚の干物を幾つか購入し、建物の出口へとつまさきを向けた。
「お魚の干物も買ったし……お野菜を探しに行きましょう」
「お肉はよろしいのですか?干し肉も売ってますが」
「お肉はね。家の近所にあるレストランが扱っている物を割安でゆずってもらっているの。国産ですから安心よ」
リディアさんは干し肉を買っているが、お母さんは別口で購入するという。アネットさんの家の近くには高級な店が多かったから、そこが仕入れているお肉となれば、質に関しては普通に市場に出ているものより上等と考えられる。お店で売っている干し肉は丸い形となっており、元々どのような生き物だったのかは、これだけを見ても解らないな。
海産物以外は商店街でそろえられるらしく、みんなは大きな建物から出て露店で買い物を始めた。目当てのものを見つけたといった様子で、2つ先の店からエメリアさんがリディアさんへと呼びかけている。
「リディアー。ブラックゴール、あるみたいですよ~」
「ありがとう。買っておいてくれ」
ビンに入った粉みたいなものが、店の中にはたくさん並んでいる。コーヒー屋かな……でも、白や黄色、赤い粉も売っているし……そうか。これらは調味料か。ビンに入っている細かな粒から察するに、ブラックゴールというものは黒コショウに似ているものだと予想される。
「……」
アネットさんのお母さんが、八百屋さんの前で気難しそうな顔をしている。野菜を選んでいるのかな。そんな彼女の様子が気になったのか、リディアさんが何事かと声をかけている。
「どうされました?」
「いやぁね。今晩は、何を作ろうかと思って。だって……ほら。似たような料理を続けて作ると、食べる人たちが……ねぇ?」
「ああ……解ります」
「……なになに?おかーさん、なんの話?」
「リディア、なんですか?」
自分たちの話をされていると気づいたのか、もっぱら食べる専門であるアネットさんとエメリアさんがやってきた。この機会にと、リディアさんはエメリアさんに苦言を呈する。
「エメリア……私が毎日、同じ料理を作ると、ちょっと文句を言うだろ?ちょっとだけど」
「毎日、カレーにしてくれたら、なんにも文句は言いません」
「それは私がイヤだ……飽きる」
ようやく、何が悩みなのか俺にも理解できた。食事がマンネリ化してくると、食べる側から不満が出てくるのか。だからといって、何を食べたいかと聞かれても料理の知識がないから、いつも同じものをお願いしてしまうという。
かくゆう俺も、母親に「今日、なにがいい?」って聞かれたら、カレーかハンバーグの二択しか出さなかった人間だ。今になって思えば、もう少し考えて答えてあげればよかったな……。
「シロガネさんだったら、たくさんレシピを知ってるんだがな……」
「その辺りに呼びかけてみたら、来てくれるかもしれないですよ?」
「さすがに来てくれないだろ……どこにいるのかも知らないのに」
リディアさんも料理は得意なようだが、メイドさんをしていたシロガネさんの方が知識はあるという。ここにいたら、調理法も含めて材料選びから手伝ってくれそうだけど、彼女はお嬢様のゴスロリを作ることに忙しいであろうことは想像にも容易だ。そうして相談している2人の近くで、アネットさんとお母さんは別の商品を選んでいる。
「カレー買うけど、アネットは、あまい方がいい?辛い方が好き?」
「アネットはねー。甘い方がいいなー」
アネットさんとお母さんは、カレーの粉を選んでいるようだ。この店は調味料屋さんというよりかは、スパイス全般を取り扱っている店らしいな。そして、この世界でもカレーはカレーらしい。カレー粉の見た目も、カレーっぽい茶色い粉である。リディアさんとエメリアさんも、カレー粉を買って帰るらしい。
「リディアって、辛い方が好きですよね」
「なんか……カレーが甘いと、損した気分になるんだよな」
「あら。でも、カレーに甘味の強い果実を入れると、コクが増すんですよ」
「本当ですか?意外だな……」
アネットさんのお母さんが、甘いカレーに対してフォローを入れてくれる。リディアさんは果物を入れたカレーの味を頑張って想像しているのか、まゆをよせて目をつむっている。俺の世界じゃカレーにリンゴ、はちみつは基本だったが、よく考えたら辛い物に甘いものを入れるって、なかなかチャレンジャーだ。
結局、アネットさんの家では甘いカレー粉を買い、リディアさんは辛いカレーのスパイスを選んだらしい。粉の色味がまるで異なっており、リディアさんの持っている粉の方は、ビックリするほど赤い。見るからに辛そうだな……。
「ねー、塩バターいるんだっけ?」
「そうだった。買い忘れると面倒だからな……ありがとう」
アネットさんが、リディアさんの分まで塩バターを買ってきてくれた。商店街はリディアさんの家から歩いて10分もかからない場所にあるけど、夜遅くまで店はやっていないのだろう。材料が1つ足りないだけでも、別の料理を検討しなければならなくなる可能性はある。リディアさんは指折り、必要な食材を確認している。
アネットさんの家の買い出しは本当に手いっぱいで、お母さんは布袋2つ、アネットさんも2つ、リディアさんとエメリアさんも自分たちの分に加えて、1つずつ袋を預かっている。これで何日分の食料なのだろうか。まさか、今晩でなくなることはない……とは思うけど、お父さんの食べっぷりを見た今となっては、その確証はない。
「お嬢様ー!」
「……?」
ほとんど買い物を終えた頃になって、どうしてかシロガネさんがリディアさんの元へと駆けつけた。なんで、この場所が解ったんだろう……。
「シロガネさん……どうしてここに?」
「いえ……お呼びがかかったかと」
「いや、呼んでないぞ……」
呼ぼうかという話は出たが、確かに呼んではいなかったな。まさか、聞こえたのだろうか。そんなわけはないか。
「丁度いい。シロガネさん。塩バターとロカンの炒め物を作るのだが、ピッカブの他に何かオススメの具材などはあるだろうか」
「調味料ですが、ブラックゴールのご用意は?」
「それは、シロガネさんが、よく使っていたからな。買っておいた」
そっか。リディアさんとシロガネさんは同じ家に住んでいたから、食べていたものも共通していたんだろうな。この2人に料理を教えた人も同じであったならば、その味付けも似ていて当然だ。
「そうですね……あとは、サザラ油脂を数滴、加えてみるのはいかがかと」
「……それはよさそうだな。さすがシロガネさんだ」
シロガネさんからのアドバイスを受けて、リディアさんは目的のものを探して視線を動かした。店が見つかるまでの間、シロガネさんが何をしていたのかについて何気なく尋ねている。
「ええと……今まで、ずっと私の服を作ってくれていたのか?」
「はい。3着ほど完成いたしましたので、ご帰宅の際には、ご試着を願います……必ず、お似合いになります。えへへ……」
作った服の出来栄えも上々なようで、すごくシロガネさんは嬉しそうである。そんな彼女の手に残っている白いアザを見て、リディアさんはクリスさんからもらった塗り薬を思い出した。
「シロガネさんの手のアザなんだが、それに効くゼリーをクリスさんがくれた。私のカバンに入っている。開けて使ってみてくれ」
「お……お嬢様。ワタクシのために……はああ……」
薬を用意してくれたのはクリスさんだが、それとは関係なくシロガネさんは感謝の涙を流している。リディアさんの腰に下がっているカバンを開け、その薬の容器を探している。
「……」
薬は見つかったらしいが、それを手に塗ることも忘れた様子で、シロガネさんはリディアさんから視線を外して歩き始めた。
「……どうした?」
「あ……いえ、あの……こほん」
何度か咳ばらいをした後、シロガネさんはリディアさんから荷物を少し預かった。そして、思わず見てしまった何かについて、恐る恐るといった口調で言及した。
「お嬢様。ワタクシが申し上げるのも……ですが」
「……?」
「ええ……その。そのようなハレンチな服装は……どうかと思われますが」
「……あ。いや……あれはだな」
バッグの中に、聖女の服が入っているのを思い出した……あの過激衣装を見られてしまったとあっては、その反応も致し方ない。
「しかし、ワタクシ!お嬢様が望まれるとあれば!いくらでもお作り致しますけど!」
「そういうのじゃない……やめろ」
ドン引かれても困るのだけど、受け入れられてしまうのも、それはそれで……きっと困っちゃうんだよな。
第61話へ続く




