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第52話『衣服』

 「リディアー。これ、なんですか~?」

 「魔素鑑定の壺だろう。恐らく、これを使って、私のネックレスを調べたのだと思う」


 交番内にて、エメリアさんはテーブルに乗っている壺を気にしている。リディアさんは俺を調べた壺について知っているらしく、その壺の表面についている色を確認している。


 「私の魔素に、いつの間にか紫色が入ってるんだが……」

 「あら~……もしかして、リディア。私の色に染まっちゃったんじゃないですか?」

 「なんですって!けがらわしい夢魔め!お嬢様に近づかないでくださいまし!」


 リディアさんを自分色に染めたエメリアさんは、ご満悦ながらに彼女の腰を抱き寄せている。それを見てシロガネさんは不満そうなのだが、これだけベタベタしながら歩いていたら、エメリアさんの魔素が体に染みついていたとしても仕方がなさそうである。そうして3人が話していると、誰かが交番の戸口に立った。


 「あの、お客様。失くしものは見つかりました?」

 「ああ……見つかった。よく解らないが、盗まれたらしい」

 「よかった。荷物の預かり箱に、穴が見つかりまして……本当にすみません」


 ええと……この人は、温泉で受付をしていた女の人だったはず。ロッカーから物がなくなったと知って、心配して見に来てくれたらしい。ひとまずトラブルは解決したと見て、温泉のスタッフさんも胸をなでおろしている。


 「再入場の料金はいただきませんので、どうぞお戻りになってください」

 「……すまない。そうさせてもらうよ」


 そうか。シロガネさんを追って外へ出てきたから、まだ2人も温泉に入れていないのか。シロガネさんも交番に置いていかれたということで、野外露出の罪に問われはしないだろうして、みんなはスタッフさんと一緒に温泉への道を戻り始めた。


 「シロガネさん……汗が凄いぞ」

 「やや走りましたので。これは冷や汗ではございませんわ……」


 とはいっても、もうちょっとで逮捕されるところだったからな……冷や汗が出るのもやむなしである。スタッフさんがお辞儀してくれている横を通って、リディアさん達は温泉の脱衣所へと入った。リディアさんが使っていたロッカーは封鎖されており、そこを見ながらリディアさんは別のロッカーへと服をしまっていく。


 「しかし、建物の外からここまで、かなり距離があるよな。どうやって、ここまで入り込んだのか」


 「ん~。掘ったんじゃないですか~?」


 「掘ったのか?頑張ったな……」


 確かに、建物の入り口から脱衣所まで、歩いて5分くらいあった。その距離と掘る労力を足して考えると、かなり頑張ったとも言える。なお、リディアさんは頑張った末に物を盗まれた人であり、そこを純粋に評価しているあたりは寛大である。俺は再びロッカーの中へと入れられてしまった為、そんなリディアさんとエメリアさんの会話をロッカーのドア越しに聞いている。


 「……」


 さすがに……今回は盗まれる様子はない。俺は暗いロッカーの中で、ぼーっとしている。


 「……」


 こんなことを言ってしまうと根暗だと思われそうだが……暗くてせまい場所に1人というのは、すごく落ち着く。リディアさん達は女の人だから、入念に体を洗っているのだろうか。10分してもリディアさん達は戻って来ない。


 視界に映っているサブウィンドウをちらっと見ると、大きな方の俺の体を調べていた女の子は、依然として同じ姿勢のまま眠っている。寝心地はいいのだろうか。さすがの俺も、岩に顔を押しつけたまま、膝立ちの状態で寝たことはない。あれはあれで器用だな……。


 「……」


 ロッカーにしまわれてから40分くらい経った頃、リディアさんが脱衣所へと戻ってきた。彼女は服を着るより先に俺を取り出し、やや湿っている胸へと俺をぶらさげた。


 「リディア、それお気に入りですね」

 「いや、なんだか……つけている方が気持ち、体が楽でな」


 一応、俺が持っている補助スキルの効果は体に伝わっているらしい。俺自身では、どのくらい装着後の体感が変わるのかは解らないが、少しでも役に立っているのなら幸いである。


 温泉施設を出て、晴れ晴れとした空から降り注いでいる光を浴びる。リディアさんもエメリアさんも、シロガネさんも、お風呂に入ったからか肌がキラキラしている。どんな温泉だったのか見られなかったのは残念だけど、きっとお湯自体に何かしら効能があると考えられる。俺も彼女たちの肌に負けないよう、光沢を持って日光をはね返している。


 「お嬢様。そろそろ、査定が終了した頃合いかと」

 「そうだな。まあ、買い取り価格には、あまり期待できないが……」


 まず、お財布のお金を増やしてからいこうと、一行は防具屋へと向かった。エメリアさんとシロガネさんは店内をながめており、リディアさんは引き換えの札を店員さんに差し出している。


 「リディアさんですね。防具の買い取り価格ですが……こちらでよろしいですか?」

 「……高くないか?」


 査定に出したヨロイは特価品の上、それなりに使用した中古品である。想定以上に買い取り価格が安いなら解るが……高いってことはあるのだろうか。店員さんは説明に困った様子で、店の奥にいるオジサンの方へと振り返った。


 「あの、店長。値段、これでいいんですよね?」


 「いいぞ。魔人の魔素が付着している。そちらを素材屋が欲しいと言っておりまして、その買値だと思っていただければ」


 店長さんが言うには、アーマーに魔人特有の成分が付着していたらしい。きっとリディアさん達は村へ向かう際に魔人のアジト付近を歩いたし、魔人と直に対峙はしていないものの、魔人が何度も訪れていた村にも滞在した。装備本来の価値ではなく、そちらを含めた価格だったんだな。


 「そういうことだそうです。とすると……お客さん、魔人の近くまで行ったんですか?危なかったですね」


 「あ……ああ。最後まで、結局は会わなかったがな」


 「それは運がよかったですね。これからも頑張ってください」


 「ありがとう」


 さっき盗難にあったばかりで運がいいと言われるのもアレだが、店員さんはいたわりの言葉をかけてくれている。買値が高くなったことを喜ぶ素振りはないが、リディアさんも説明に納得してお金を受け取った。

 

 「……あれ?エメリアは?」

 「この店に飽きたようで、はす向かいの店へ向かいましたわ」


 ヨロイを買い取ってくれた店は金属製のガッチリした品物が多く、魔法使いであるエメリアさんの趣向とは少し異なる。はす向かいにある店はローブやドレス、アクセサリーなどが店頭に並んでいて、そこにエメリアさんの姿もあった。


 「エメリア。私の方は、終わったぞ」

 「私も、これ買っちゃいました~」


 エメリアさんはウキウキした様子で、腕に装着したブレスレットをリディアさんに見せつけている。それは紫色にキラキラしていて、エナメル質の何かを編んだような見た目をしている。そういや、体を軽くする効果のある装備が欲しいと前に言っていたし、これがその装備なのかな。


 「キレイだが……これ、どんな効果があるんだ?」

 「全然、見てない」

 「呪われていることはないと思うが、ちゃんと見て買いなさい……」


 装飾としてキレイだったから買っただけで、その効果までは興味がなかったらしい。その商品があったと思しき場所を見てみる。値段と一緒に、装備の効果が記載されている。


 『所持者の魔力最大値の底上げ、また性欲向上』


 「……魔力値の底上げはともかく、お前に後者はいらないだろ」

 「いらないですね~」


 これ以上の性欲は本人もいらない様子だが、買ってしまったあととなっては仕方がないので、魔力最大値上昇の方の効果に期待する事となった。こうして会話している中でも、エメリアさんのボディタッチが普段以上に過度な気もしているが、きっと装備のせいなんだろうな……。


 「……シロガネさん。どうした?」

 「……いえ」


 なぜかシロガネさんが、ちょっと離れた場所に身を隠しながらリディアさんを見つめている。あれほどエメリアさんに敵対心を持っていたのに、どうしたのだろうか。


 「……ワタクシ、あまりお嬢様へ近づくと、騎士団に捕えられる恐れが」

 「ないだろう……そんなに騎士団も暇じゃない」

 「では、ワタクシも、お嬢様へ触ってもよろしいのですか?」

 「触る必要はないと思うが……」


 近いと近すぎるし、遠いと遠すぎるし、お嬢様と使用人というのは、なかなか距離感が難しい。とはいえ、リディアさんも拒んでいるわけではないし、それなりのスキンシップでいいのではないかと考えるが……俺もコミュニケーションが苦手な人間だったからして、シロガネさんの気持ちも解るには解る。


 「リディア、両手に花じゃないですか。よかったですね~」

 「シロガネさんはともかく、お前の花は毒がありそう……」


 リディアさんが男の人だったら両手に花だが、囲まれている人も女の人なので花畑かもしれない。ともかく、このチームは仲良しだな。なお、俺がチームの一員なのかは微妙なところ……。


 「職業適性検査だが……服を買ってから行くか?」

 「ですわね。体も洗った事ですし」


 リディアさんの提案で、みんなは大通りから細い路地へ入った。その通りには、ショーウィンドウのある店が軒を連ねている。思い返せば、リディアさんもエメリアさんも、リンちゃんの家で着替えた時と同じ服を今日も着ているんだな。キレイに体を洗ったことだし、新しい服を用意するには確かにいいタイミングだ。


 「お嬢様!これ!」

 「……」


 お店に飾ってある黒くてフリフリしたドレスを指さし、シロガネさんがリディアさんに期待の視線を向けている。これは……いわゆるゴスロリってやつだな。こういうの、この世界にもあるのか。


 「私には似合わないだろ……」

 「似合いますわ。似合います」

 「値段が高い……」

 「では、ワタクシがお作りいたします」


 なんとかして穏便に拒否しようとするも、シロガネさんが強すぎて逃げられなかった。いずれは着せられるという運命から目を背けつつも、リディアさんは手身近な服を手に取った。


 「これ、いいな」

 「……あ、いいですね~」


 リディアさんとエメリアさんは服をながめた後、そっと自分たちの胸へと目を向けた。一旦、服をハンガーにかけ直し、リディアさんは店員さんに尋ねてみる。


 「あの……すみません」

 「はい?」

 「……私に着れる服、あります?」

 「……」


 お店のお姉さんが、リディアさん達の胸を見て、そのサイズを目算している。『似合う服あります?』なら難しい質問なのだろうが、『着れる服あります?』は非常に簡単な問題である。


 「あー……ないですね。すいません」

 「そうですか……」


 もう、こうなったら服のデザインに頓着しないらしい。一軒一軒、着られそうな服がないかと探していく。だが、どこの店にもない。リディアさんは自分の着ている服を確認し、どこで買ったものなのかを調べている。


 「今、着ている服はアネットさんたちが用意してくれたようだが、これ……どこで買ってきたんだ」


 「さっき、騎士団支部で聞いておけばよかったですね~」


 これだけ胸が大きいと、着られる服も限られてくる。そして、売っている店も同様であった。そうして路頭に迷ったリディアさんへと、シロガネさんが控え目に声をかける。


 「……あの、お嬢様」

 「はい」

 「……ワタクシ、お召し物のご用意に取り掛かってよろしいですか?」

 「……」


 シロガネさんが、リディアさんのサイズにあう服を作ってくれるとの事。なお、どんな服を作るのかというと……先程の会話から察するところ、ゴスロリドレスで確定と見られる。


 「では、お嬢様!しばし、失礼いたします!」

 「ああ……」


 ドレスの材料を集めに行くらしく、シロガネさんは深々と頭を下げてから街へと消えていった。その後、リディアさんとエメリアさんも、店に並んでいる着られない服を観賞しつつ、再び道を歩き始めた。


 「リディアー」

 「なんだ?」


 お店に飾ってあるワンピースの前で立ち止まり、エメリアさんがリディアさんに告げた。


 「……シロガネちゃんが1から作ってくれるより、お店で買ったものを細工してもらう方が早かったんじゃないですか?」


 「……エメリア。それは……早めに言って欲しかったぞ」


 確かに。それは一理ある。だけど……シロガネさんが嬉しそうだったから、あれはあれでよかったのではないかとも俺は思います。

第53話へ続く

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