第45話『帰宅』
無事に検問所を通過し、リディアさん達は街へと続く通路を進んでいる。通路の幅が広くなるにつれて床の光沢は増し、道脇の甲冑や石像も次第に増えていく。その締めくくりとして、ドラゴンの石像が門の両脇に立っているのが見えた。この国では古くからドラゴンに親しみを覚えていたり、神聖な生き物としてあがめられていたりするのかもしれない。
大きく開いた門をくぐる。外から、ざわざわと大勢の話し声が聞こえてくる。門から出てすぐの広場の中央には、虹色の葉っぱをつけた大樹が1本だけ生えている。老若男女、大勢の人々が、その木陰を各々の歩幅で行き交っている。それらを背にして振り返り、騎士団長はリディアさんに告げた。
「……リディア。私は仕事に戻る。お前は、今後の身の振り方について、よく考えるように」
「言われずとも、それしき自分で決められる」
「シロガネさん。あとは頼む」
「お嬢様は、ワタクシがお守りいたします。どうぞ、ご安心を」
防具のないリディアさん達を街へと送り届け、ひとまず騎士団長も安心したらしい。あとのことはシロガネさんに任せ、城へと続いているであろう大通りを歩き出した。あんな豪勢なヨロイを着た大男は街でも見当たらない為、それなりに騎士団長は周囲から注目を集めている。
「……で、今日はどうするんですか?私は、早く帰って飲もうかと」
「そうだな。もう日も暮れる。家に帰ろう」
徐々に太陽が陰ってきている。入国審査のかいもあって街の治安は悪くはないようだけど、女の人たちだけで夜に出歩くのは避けるに越したことはない。リディアさんは住所が書かれた紙らしきものを村で手渡していたし、宿ではなく賃貸か持ち家に帰るのだと予想される。
「……あ。タネ、買って行っていいですか?」
「お前、ほんとにタネ好きだよな」
広場からは3本の大きな通路が続いていて、リディアさん達は騎士団長が進んだ道とは別の方向へ進んだ。大通りに面した場所は商店街となっていて、右手には食品、左手には雑貨や用品を取り扱った店が並ぶ。そんな中、エメリアさんがベージュ色の壁色をした店へと入っていった。
エメリアさんが店で買い物をしており、その様子をリディアさんとシロガネさんが店の入り口辺りからながめている。店内の棚にはビンがキレイに並んでいて、中にはつぶつぶしたものが詰まっている。アーモンドみたいなものや、落花生みたいなもの。コーヒー豆に似た黒いものもあるな。タネ屋さんというか、豆屋さんって感じ。店内は喫茶店みたいでオシャレだ。
「チカラのタネください。3袋」
「34ジュエルです」
エメリアさんが、チカラのタネというものを買っている。全部で3袋分だが、1袋でもポテトチップスの袋くらい大きさがあって、店員さんはピーナッツみたいな小さなタネをどっさり入れてくれている。今夜だけで全て食べるわけじゃないだろうけど、あれだけあったら俺なら一週間はご飯に困らないと思う。
「2……3……」
エメリアさんは手のひらサイズの缶の中から虹色に光る硬貨を取り出し、パチパチと音を鳴らしながらカウンターに並べている。この街では、お金をジュエルと呼ぶらしい。形はコインに似ているけど、質感は宝石っぽい気がする。黄色がかったものや青色がかったものがあり、それが日本でいうところの1円や10円に値すると思われる。
「エメリア。チカラのタネは結構、体にたまると思うんだが……よく太らないな」
「うふふ……栄養は全部、頭に行くタイプなんです」
「栄養がいってるのは胸とおしりだと思うぞ……」
マメもタネも栄養価が高いイメージがあるし、油分も多量に含まれているだろう。それを好んで食べているエメリアさんの腰はギリギリくびれているからして、存外に食べても太らない食べ物なのかも解らない。チカラのタネって、形は柿の種みたいで美味しそうだな。
タネのつまった袋を抱えて再び街を行く。夕方が近いからか、レストランや居酒屋らしき店の席も埋まっている。ちょっとでも街の香りを楽しみたいと考え、俺は嗅覚スキルをオンにしてみた。これは……パンのにおいだ。
「パンも買っていきます?」
「そうだな。明日の朝に食べよう」
パン屋さんの店頭にガタイのいいおばちゃんが立っていて、その人と話しつつエメリアさんとリディアさんが好みのパンを2つずつ購入している。この2人は財布を共有しているようで、お支払いはエメリアさんがやってくれる。
「シロガネさんも、何か食べます?」
「お構いなく。ワタクシは、すでにお嬢様と同じものを購入しております」
エメリアさんに言われずとも、もうシロガネさんは茶色い紙袋を抱えている。リディアさんと同じものを買う必要があるのかは解らないが、きっと同じものを食べたかったのだろうとは思う。
「あれ……リディアー。こっちの道でしたっけ?」
「次の通路でございますわ」
「エメリアより、シロガネさんの方が家の道に詳しい……」
リディアさん達が住んでいる場所は大通りから外れた場所にあるらしく、魚屋さんと野菜屋さんの間にあるせまい通路へと進んだ。集合住宅らしき建物は石造りが多いが、店や一軒家は木造が多いな。この辺りは街灯も見当たらないし、夜になると見通しが悪くなるかもしれない。
細い路地。裏通りの割には人の姿も多く、見るからに裏稼業に関わっていそうな黒づくめの人なんかも散見される。リディアさんもエメリアさんも美人だから男の人が放っておかなそうだけど、誰も声をかけてこないのは、シロガネさんがあからさまな殺気を放っているからだろうか……。
「久々に帰ってきましたね~。20日ぶりでしたか?」
「いえ、家を出たのは13日前ですわ」
「なんでシロガネさんの方が、しっかり憶えてるんだ……」
ここを出た頃から、もうシロガネさんの尾行は始まっていたらしい。細い路地の奥深く、アパートらしき建物に囲まれた日の当たらない場所に、縦長の一軒家が窮屈そうに建っていた。壁には薄くヒビ割れがあるし、家を守るがごとく植物のツタが絡んでいる。魔女でも住んでいそうな雰囲気だ。
「リディアー。開けてー」
「ちょっと待ってくれ……」
黒いチェーンのついた大きなカギを取り出し、ドアノブの上の辺りについている鍵穴へと差し込む。カチャンと音が鳴ったのを確かめた後、リディアさんは家のトビラを開いた。
「ただいま」
家の中へ入ってクツを脱ぎつつ、リディアさんは誰にともなく帰りを告げた。家の古めかしい外見とは裏腹に、中は花も飾られていてキレイだ。玄関の目の前には階段があって、階段の右にある通路にもドアが見える。
「……シロガネさん。どうした?」
玄関ドアの向こうから、シロガネさんがリディアさんとエメリアさんを見つめている。どうしたんだろう……。
「……あの、お嬢様。そちらの方は?」
「……ああ。管理人さんだ」
……あれ。一軒家なのに管理人さんがいるのか?シロガネさんが指さした方へとリディアさんが振り向き、俺も管理人さんの姿を探してみた。顔が見えないほど髪の長い女の人が、階段の後ろに隠れて俺たちを見ている。
「あの……管理人様?オジャマしてよろしいですわね?」
「……」
「家自体は私が買い取ったものだ。遠慮なく入ってくれ」
管理人さんは無口な人なのか、シロガネさんの質問に応答しない。シロガネさんが家の中に入っても、特に反応も示さずに観察を続けている。2階へ上がっていこうとエメリアさんをリディアさんは呼び止め、階段の横にあるドアを指さした。
「エメリア……グラスと皿がないと」
「あ、そうですね」
お酒とおつまみが楽しみすぎて、食器の用意まで考慮していなかったらしい。台所やダイニングは1階にあるようで、そちらへと3人は足を進めた。その拍子に、ちらっと管理人さんの体がのぞき見えた。
「……」
……あの管理人さん、足が透明だ。髪の間から見える肌は白く光っている。幽霊なんじゃないかと失礼な思いがよぎってしまうが、ここは異世界だ。ああいう種族の人もいるのかもしれない。早々に決めつけるのはよくないだろう。
「ところでシロガネさんは、ずっと私を尾行していたようだが、家の中には入ってなかったのか?」
「さすがに住居へ入るのは失礼と見て、窓の外から監視しておりました。管理人様は初めてお目にかかりましたが……お名前はなんと?」
「いや、それは知らない」
「知らない?」
……えっ。知らないの?自分の家の中にいるのに?
「私が初めて家に来た時からいるのだが、なにせ無口な人だからな。ただ、家の中の掃除はしてくれるし、留守番もしてくれる。とても助かっている」
この家に住んでいるのは、恐らくリディアさんとエメリアさんだけだろう。そしてリディアさんが買い取ったということは、一戸建てにしては非常に安かったと考えられる。その家に最初からいて、足が透明で、体は白く光っていて無口。これは、かなり可能性が高くなってきたな……。
「あの方……ごほん。失礼ですが、もう一度、あの方を拝見したいのですが、お嬢様。お付き合いいただいてよろしいですか?」
「それは構わないが……どうした?」
シロガネさんは管理人さんの正体が気がかりなのか、引きつった表情でリディアさんにお願いしている。俺もホラーゲームやホラー映画には耐えられないほどじゃないけど、本物の幽霊は見た事がないから、ちょっと緊張している。
「……」
シロガネさんがダイニングのトビラを開き、リディアさんと一緒に廊下へと顔を出した。階段の後ろに隠れている管理人さんを探す。ぼやっとした白い光が見えた。
「……」
白い光が、階段の下にある壁の中へと消えていった。もう、管理人さんの姿はない。2人は部屋を出て階段の下を見ているが、そこにはドアなどはついていない。ただ、物置スペースとして脚立などが置いてあるだけだ。
「お嬢様……」
「シロガネさん。震えているぞ?寒いのか?」
「ああ……お嬢様。しかし、ワタクシはお嬢様を守る使命が……」
「シロガネさん……しっかりしてくれ」
シロガネさんの精神が、恐怖心と使命感の間で揺れている。なお、シロガネさんはリディアさんに抱き着きながら激しく息をもらしてもいるのだが、それが恐怖心のせいなのか興奮のせいなのかは俺には解らない。
第46話へ続く




