第37話『翻訳』
「……」
さっき村に来た女の人は、村へと足を踏み入れた後も、しばしキョロキョロと周囲を見回していた。彼女はリディアさん達とは違い、灰色の肌をしている。何かを塗っているようにも見えないが、こういう肌色の人たちもいるのかな。
「私、リンっていうんだ」
「……やっぱり帰る」
「え?」
今まさにリンちゃんが自己紹介をした矢先、お客さんは帰ると言い出した。だからといって彼女は不快な顔をしているわけでもなく、村を怪しく思っている様子もない。なぜ村へ入るのをやめたのかは、全く想像がつかない。
「えっと……遠慮しなくていいのに」
「いいの。ごめんね」
理由も告げずに女の人は走り出し、村の外にある森の中へと消えて行ってしまった。朝方、森で見かけた時も人の声が聞こえていないといった様子だったし、非常にマイペースな人なのだと思われる。
「エメリア。あの子、肌の色が……」
「私も初めて見ましたけど、そうだと思います」
リディアさんとエメリアさんは、あの女の人の出身に見当がついているようだが、リンちゃんや村の人たちを気にして触れるのは避けていた。一体、何者なんだろう……。
「リディアさん。タイマーが鳴きましたよ」
「あ、はーい」
リンちゃんのお母さんが呼んでいる。ケーキが焼けたらしい。時刻はお昼過ぎであり、ごはんを食べ終わった頃には、きっとデザートも食べやすいよう冷めているだろう。リディアさんたちは村から出て行った女の人を気にしつつも、リンちゃんの家へと戻ることにした。
「お母さん。先にケーキ食べようよ」
「まだ温かいわよ。冷めてからシロップと果物を乗せましょう……」
「リディアー。ケーキ食べさせて~」
「それは自分で勝手に食べなさい……」
リンちゃんのお母さんが料理が運んで並べてくれている。食卓に並んだ料理は、ぶつぎりの何かを野菜と一緒に炒めたものや、葉っぱをちぎったサラダ、茶色いスープ。お米らしきものはないけど、ポテトサラダみたいなものはある。どことなく、オーガニック風だ。
「お昼なので軽く作りましたが、晩ご飯は、もっと豪勢にしますね」
「それは、お構いなく……」
「結局、私たちは魔人も倒さなかったし、報酬をもらった上、ごはんまでいただきまして……」
リディアさんもエメリアさんも、魔人退治の役に立てなかったことをまだ気にしている。でも、リンちゃんや村の人たちは2人にガッカリしている素振りはなくて、感謝を込めた態度で接している。結果はどうあれ、誠意が嬉しかったのだろうと思う。
「……」
むしろ、今回の件で最も反省しなくてはならないのは俺の方だ。事が運よく運んだというだけで、もし魔人の血のにおいが蔓延していたら、この場所に他所の魔人が押し寄せていた可能性もあった。それに、リディアさんがヨロイを着られなくなってしまったのも、元を辿れば俺のせいだ。これからは自重の気持ちを強めよう。
「ね~、リンちゃんママ。この料理に入ってるお肉みたいなの、なんですか~」
「クルクルの尻尾ですよ」
「ひえ~……しっぽ切られちゃったんですか?」
「たまに切ってあげないと、どんどん伸びてジャマになってしまうんです……」
クルクルという生き物は話に聞く限り、たくさんお乳を出すし、シッポの毛は赤くて丈夫。しかも、どんどん尻尾が伸びるという。情報が出るたびに、どんな生き物なのか解らなくなっていく。1つ解ることは、人間に色々と利のある動物だということくらいである。
「お嬢様だけでなく、ワタクシまでご馳走になりまして、申し訳ございませんわ」
「いえ、いいんですよ。シロガネさんも、リディアさん達と一緒に帝国へ帰られるのですか?」
「これからは、お嬢様に同行したいと考えております」
「……お母さん。ケーキ食べよう」
みんなが村を去ると改めて聞き、リンちゃんはさみしそうな顔でケーキを指さした。ふくらんだスポンジケーキに赤っぽいシロップがかけられ、キラキラした黄緑色の粉が散らしてある。その姿かたちを地球の食べ物で例えようにも、似たスウィーツが思いつかない。不思議な見た目だ。
「わぁ~。もちもち」
エメリアさんが手づかみでケーキを口に運び、口にくわえたまま手で引っ張って、みょーんとのばしている。触感は、もちもちしているのか。ケーキというよりも、むしろ大福みたいなものなのかもしれない。
「う~ん……我ながら、なかなかの出来栄えだ」
ケーキを食べ始めたところ、女性陣の口数が減った。普段はクールなリディアさんですら、幸せそうな表情を隠しもせずケーキを頬ぼっている。みんな、甘いものが好きなんだな。実のところ、俺も好きだったぞ。でも、残念ながら……もう二度とケーキを味わうことはない。石だから。
「お嬢様。こちら、おぼっちゃまに1つ、取り置きしてもよろしくて?」
「いいけど……」
「やった」
シロガネさんがリディアさんに断って、ケーキの一切れを葉包みにしてカバンへと入れている。なぜ、お兄さんのための取り置きなのに、『やった』なのか。まあ、深くは考えない。
「リディアさん。いつまで村にいるの?」
「日が沈む前には、兄さんが来るはずだが……」
「……じゃあ、これから出かけていい?」
「……?」
残ったケーキはお父さんに取っておくらしく、こちらもリンちゃんが葉っぱに包んで日陰に置いている。迎えが来るまでは時間があると見て、どこかへ案内したいとリンちゃんはリディアさんたちに伝えた。
「リン。どこに行くの?」
「ちょっと近く」
「危ないから、ちゃんとネックレス持って行くのよ」
お母さんに注意され、リンちゃんはオリハルコンのついた家宝のネックレスを装着した。特にやることもないとして、リディアさんとエメリアさん、シロガネさんはリンちゃんと一緒に出かける準備を始めている。一体、どんな場所に行くんだろう。
「よし。準備はいいぞ」
「じゃあ、出発するよ!」
出かける前にリディアさんは胸を布で縛って、下着がなくても歩きやすいよう着つけていた。リンちゃんが家を出て、村の門へと向かう。門から出て、村を囲っている壁伝いに裏側へ回り込む。森の中には草の生えていない道がうっすらとあり、そこを辿って木々の合間をぬって進む。
「リン。この辺りに、凶暴な魔獣はいるのだろうか」
「う~ん。お昼は、あんまりいないと思うけど、夜になると危ない動物も出てくるって」
リディアさんが剣に手をかけて歩いているが、リンちゃんいわく日中は危険な生き物もいないらしい。ということは、俺が森の中で見た恐竜みたいなやつも、あの見た目で意外と安全なのか?
「リンちゃん。なんか、大きいのがいましたけど……」
「ガジリンちゃんだよ。いっつも木をかじってるの」
エメリアさんが赤い恐竜の姿を見つけ、小声でリンちゃんに正体を尋ねている。ああ、前に俺が会ったのも、この魔物だ。木々には歯型がついていて、地面にも木屑が散らかっている。人間の姿を見かけても特に気に留めず、どこかへと恐竜は去って行った。草食動物というか、木食動物って感じなのかな。
「……エメリア。この辺り、来た事あるよな」
「えと……そうですか~?」
森の中だから目印も少ないが、リディアさんは景色に見覚えがあるらしい。ちなみに、俺もかすかに既視感をおぼえている。これ……向かってるのって、あそこじゃないか?森の奥に、開けた場所が見えてきた。
「これ!見て!」
見慣れた広い空と、遠くにある港町。そして、陸の果てにある海。見なれた場所に出た。リンちゃんが指さしているのは、俺の本体といっても過言ではない、家ほどもある大きな岩だ。
「大きい岩だな……どうして、こんな場所に」
「昔、お爺ちゃんが教えてくれたんだ。石神様なんだって」
俺、神様だったのか。初めて知った。頼りない神様でごめん。
「……リン。それ、光ってるぞ」
「……ほんとだ!リディアさんのヒカリちゃんも光ってる」
リンちゃんのネックレスについたオリハルコンが、大きな岩に反応するようにして光っている。同時に、リディアさんのネックレスにぶら下がった俺も、光を放っているらしい。ご本尊である大きな岩に近づくと、他のオリハルコンは同調して輝くのだろうか。そんなことを考えている内、なにやら大きな岩の表面に、模様らしきものが浮かび上がってきた。
「……ね~、なんか出てきましたよ」
「うん。これを持ってくると、なんか出てくるんだ」
エメリアさんの声を受けて、リンちゃんが大きな岩へと視線を向けた。模様は文字に見えるけど、俺には読み解けないな。リンちゃんやリディアさんも文字の意味までは解読できない様子だ。
「エメリア。読めるか?」
「むり~」
「ワタクシにも、これはちょっと……」
みんな、文字とは認識していても意味までは解らないらしい。では、俺のスキルで解読できないだろうか。
『翻訳 レベル1 (スキルポイント1)』
言語翻訳のスキルがある。これを習得してみた。
「……」
ダメだ。スキルレベル1では解読できない。よし、スキルのレベルをマックスまで上げてみよう。
『翻訳 レベル8 (スキルポイント10)』
おお。岩の表面で光っている文字の形が変わって、日本語に近くなってきたぞ。これなら……。
『エラーメッセージ:あなたには、まだ碑文を読み解く資格がない』
「……?」
スキルで無理やり解読しようとしたが、なにやらエラーを吐いてしまった。どういうことだ……これ。
第38話へ続く




