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第30話『詰問』

「……うう……ううう」


 すすり泣く声が岩場の陰から聞こえており、俺とアネットさんと騎士団長で声の正体を探ってみた。


 「……?」


 女の人がいる。自分の肩を抱いて、震えながら座り込んでいる。白いレースのついた灰色の服ははだけており、今さっき着直した様子でよれている。彼女の口元や髪は黒い布で隠されていて、パッと見ると忍者に似た風貌だ。この人、前に見た事があるような気がするな……。


 「……あの……大丈夫ですかー?」


 アネットさんが小声で話しかけている。そこで俺は、彼女のことを思い出した。たしか……夜中にリンちゃんの家に来て、リディアさんの名前をぼそぼそとつぶやいていた人だ。日の下で姿を拝むのは初めてだけど、見た目はリディアさん達と同じくらいの歳に見える。


 「兄さん。そこに誰がいるんだ?」

 「リディア……待て。見ない方がいい」

 「……?」


 悲鳴の主を確かめようと、俺たちの後ろでリディアさんがそわそわしている。だが、それを騎士団長は体をはって止めていて、リディアさんとエメリアさんは怪訝な顔をしていた。


 「被害者は、そんなにケガが酷いのか?早く手当をした方が……」

 「そうではない。そうではないが……」


 騎士団長の様子がおかしいのを察したのか、リディアさんとエメリアさんは2人がかりで騎士団長を押し退け、岩場の裏へと視線を向けた。


 「……え?シロガネさん……どうして、ここに」

 「……お嬢様。ううう」


 リディアさんが女の人の名前を呼ぶ。やはり、2人は知り合いだったらしい。アネットさんはシロガネさんの服を着せ直しつつ、何があったのかと尋ねている。


 「ねえ、何があったの?」

 「お恥ずかしや……ワタクシは、やつに襲われたのです」

 「……やつって?何に?」

 「……」


 シロガネさんを襲った、『やつ』とは誰なのか。その指は怖々と、リディアさんを指さしている。いや……これは、リディアさんじゃなくて、その横にいるエメリアさんだ。


 「ワタクシは、やつに襲われました!やつは悪い悪魔です!お嬢様、早くお逃げください!」


 「エメリア……シロガネと何があったんだ?」


 「いえ、襲われたのは私なんですけど……」


 「間違いありませんわ!やつに、ワタクシが襲われたのです!」


 「……?」


 双方ともに被害者として名乗り出てしまったからして、これではラチが開かない。騎士団長は都合が悪そうによそ見をしているし、もう部外者のアネットさんしか頼りがない。

 

 「んじゃあね。はい。先に手を出した人は?」

 「それは……」

 「先に飛び掛かってきたのは、その人ですよ~」


 いいよどんだところを見るに、先に戦いを挑んだのはシロガネさんの方らしい。でも、悲鳴をあげて震えていたのもシロガネさんだった訳で……それでは理屈にあわない。


 「シロガネちゃんは、エメリアちゃんと戦おうとしたんだ?」

 「……」

 「負けちゃったの?」

 「……不覚」


 話を整理しよう。シロガネさんがエメリアさんを襲ったものの、返り討ちにあって逆に襲われたらしい。なお、エメリアさんは顔を赤くして、軽い照れ笑いを浮かべている。話がややこしくなってきたところで、アネットさんはシロガネさんについて、リディアさんへと尋ねた。


 「リディアちゃんの知り合い?」

 「ああ。彼女は私の実家で働いていたお手伝いさんで……あっ。さては、兄さん」

 「……ほら、シロガネさん。アネットも。村に帰るぞ」


 騎士団長は立ち上がれずにいるシロガネさんを背負い、逃げ出したいと言わんばかりに森へと歩き出した。ただ、ここまで中途半端に情報が出てしまった次第、騎士団長を追いかけつつ、リディアさんは詳しい事情の説明を求めている。


 「兄さん。シロガネさんに、無茶なことを頼んだんじゃ……」

 「ぼっちゃま……ワタクシは、あの淫魔を倒さねばなりません!降ろしてくださいまし!」

 「リディア~。私、淫魔だって。はずかしいな~」


 俺の知る限り、淫魔って誉め言葉じゃない気はするが……エメリアさんの口調は嬉しそうである。俺を抱き上げたアネットさんは口をはさまず、騎士団長たちの様子を後ろからながめている。さすがに言い逃れはできないと見てか、騎士団長は森の中で立ち止まり、いやいやながらにリディアさんへ真実を告げた。


 「彼女に、お前の監視を頼んだのは、私だ……」

 「また、そんな手間なことを……シロガネさん。兄が面倒をおかけして」

 「ですが……志願したのは、ワタクシめでございます……ぼっちゃまは悪くございません」

 「……?」


 シロガネさんは陰に身をひそめて、お嬢様であるリディアさんを観察していた。そして、それを頼んだのはお兄さんだけど、願い出たのはシロガネさんだという。まとまりかけた話が、また複雑になってきた……なお、シロガネさんは悔し涙を流しながらに、思いのたけを吐き出し始める。


 「ああ……毎日、愛しのお嬢様を静かに見つめ、時として陰ながら補助する日々。幸福な日々でしたわ。ワタクシ、天職に出会ったと実感しておりましたの……」


 「シロガネさん……私の知らないところで、そんなことを」


 「だというのに……だというのに!その淫魔が現れてから、お嬢様が変わられてしまった……悪魔にそそのかされてしまったのです。排除しようにも、つねにお嬢様とベタベタと……ましてや、寝室にまで。ああ、辛抱なりません!辛抱なりませんわ!」


 「リディア……この人、いつもこうなの?」


 「いつもこうだぞ……」


 エメリアさんはシロガネさんを変な人だと思っているようだが、リディアさんいわく昔から、こういう人らしい。キッと厳しい目をエメリアさんへ向けて、シロガネさんはくやしさを叫んでいる。


 「お嬢様から離れたのを機に、その淫魔を成敗してしまおうと……なのに。お嬢様だけでなく、ワタクシまで幻術にかける始末。気づけば体も動かず……ううう」


 「エメリア……吸ったのか?私以外から魔力を」


 「正当防衛でして……許してください~」


 エメリアさんは自他共に認める淫魔らしく、人間から魔力を吸う技をもっていると思われる。昨日の晩もリディアさんから吸っていたと見られる訳で、今は魔力が万端な状態と見られる。


 「リディアちゃん。エメリアちゃんって、強いんだ?」

 「エメリアは、かなり強いからな……女の人には」


 こっそりとアネットさんがリディアさんに聞いている。今日までリディアさんを尾行し続けていたのに、まったく気づかれなかったシロガネさんも手練れだとは思うのだが……エメリアさんは女の人に対しては滅法に強いらしい。シロガネさんはビクつきながらエメリアさんを責め立てており、でもエメリアさんはマントにくるまったままリディアさんとベタベタしている。


 「この悪魔!お嬢様から離れなさい!」

 「リディア~。今日の夜もよろしくね~」

 「……仕方ないな」

 「あなたのせいで、お嬢様は騎士団にも入れず……おいたわしい!」

 

 シロガネさんの言葉を聞き、ふと騎士団長は立ち止まった。そして、エメリアさんをしばし見つめた後、となりにいるリディアさんへと尋ねる。


 「あの日、帝国騎士団の入団試験を受けないと言ったのは、彼女が理由なのか?」

 「……私が、エメリアを助けると決めたんだ。責めるなら、私にしてほしい……」

 「リディア……やっぱり、私……」

 「いいから……」


 リディアさんは騎士団長から借りたマントの中で、エメリアさんを抱き寄せている。だけど、なんでエメリアさんに魔力をあげると、騎士団に入れないんだろう。何か理由はあるのだろうけど……それは話題にのぼらなかった。


 「……兄さん。これを」

 「……?」


 まとっていたマントを脱いで、リディアさんは騎士団長に返す。そして、マントと引き換えにして、騎士団長が背負っていたシロガネさんに手を伸ばした。


 「……お嬢様。何を」

 「……じっとしていてくれ」


 大きくなった胸のせいでつけられなくなった装備はエメリアさんに預け、リディアさんはシロガネさんをしっかりと背負いあげた。


 「今日まで鍛えてきたんだ。いつまでも、子ども扱いはさせない」

 「……お嬢様」


 リディアさんとシロガネさんの背は同じくらいなのだけど、シロガネさんは足が引きずられることもなく背負いあげられている。むしろ、今となってはリディアさんの胸の方が傍目には重そうに見える。


 「リディア……ケガをさせないよう、気をつけて運びなさい」

 「……解っている」


 騎士団長はシロガネさんをリディアさんに任せ、マントをひるがえし背中を隠した。再び歩き出した一行を見て、アネットさんも軽い足取りでリディアさんの横を歩き始めた。


 「恐れ入ります……お嬢様。無理はなさらず。重荷であれば、捨て置いてくださいませ……」


 「問題ない。私も、立派になったものだろう」


 「……それは。ええ」


 「……もう昔の、弱い私とは違うんだ。安心してほしい」


 背負われているシロガネさんはほほを赤らめつつ、リディアさんの大きな胸を見下ろしている。確かに昨日より随分と立派にはなってはいるけど、そっちの事を言っている訳じゃないと俺は思う……。

第31話へ続く

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