第23話『空気』
「救助者の容体は?」
「いいと思います。ええ」
「そうか。出発するぞ」
お医者さんらしき男の人からの返答を受け、騎士団長は右手を上げて出発の合図を出した。救助された女の人は担架みたいなものに乗せられていて、ぼんやりした目でお医者さんの男の人を見つめている。意識はあるようだけど、まだ声は出せない様子だ。
「あれ……あそこ、なんかいるよ?」
森の中にキラリと光るものを見つけ、アネットさんが騎士団員の人たちに報告している。他の人たちも、怪しい光へと視線を向けている。なんだろう……。
「あれはレリクスだ。まあ、心配ないだろう」
騎士団の1人が森を指さし、その正体に言及している。レリクスというのは、俺が変形しているオオカミの姿、その原型となった魔物だ。マップで見る限りじゃ、近くに5頭はいる。でも、騎士団の人たちは警戒する様子もなく、木々の合間を進んでいく。
「……」
アネットさんはレリクスを気にしているようだが、あちらも襲ってくるでもなく、じっと茂みの中へ身を伏せているだけだ。弓の弦をピンピンと弾きながら、アネットさんがクリスさんへと声をかけた。
「クリス。あれ、どういう動物なの?」
「青オオカミだ。用心深いから、滅多なことでは襲ってこない」
「……ワンコロちゃんに似てたけど、お友達?」
アネットさんの疑問が、今度は俺に向けられた。もちろん友達ではないし、見た目が似ているだけで全くの別ものなのだけど……オオカミさんの方も俺を気にしているのか、こちらへと目の光を向けているように思える。
「お友達のところに帰る?」
「……」
アネットさんは俺を服から取り出し、レリクスへと向けて地面に置いた。周りの人たちも俺が魔物と対峙すると見て、自然と足を止めている。
「……」
魔物の前に繰り出されてしまった。しかし……レリクスの群れに加わったとして、クラスにすら馴染めなかった俺が、仲良くやっていけるかは疑問だ。転生しても根暗な部分は変わっていないと自覚して、やっぱり自分ってダメだなと深く落ち込んでしまう。
「……」
「……」
森からそそがれる眼光へ、恐る恐る俺も目を向けてみる。キラリとした目の光が俺をとらえるが、次の瞬間にはオオカミの一頭が走り出すのが見えた。それを追って、他のオオカミたちも立ち去っていく。レリクスは嗅覚に優れた魔物だから、俺が森の生き物でないことを臭いで理解したのかもしれない。とりあえず、俺はホッとしてアネットさんの方へと向き直った。
「あれれ……ワンコロちゃんのお父さんとお母さんかと思ったのに、違ったみたい」
「体の色が違うから、別の魔物なんじゃねぇのか?博士なら帝国近辺に生息している動物は、大抵は知っているはずだ」
アネットさんが俺を持ち上げて、また服の胸元に戻している。クリスさんが言っている博士というのは……リンちゃんの家の前で、俺の観察をしていたお爺さんだろうか。
「……」
あの人がオオカミの姿の俺を見つけたら、また色々と実験されてしまうかもしれない。今のうちに対策しておこう。そう考えて、俺はスキル習得画面を開いた。
『スキル:光源増加』
『スキル:模様変化』
開いた画面いっぱいに、習得可能なスキル名が並んでいる。ええと……俺の体がオリハルコンであることを隠せばいいんだろうけど、宝石化したり模様を変えたりすると逆に怪しまれそうだ。すると……どうしようか。
『多視点化 レベル1(スキルポイント2)詳細:分裂スキルを使用している際、分裂した体の視点を別枠で表示できる』
「……?」
今の問題とは全く関係ないのだけど、ちょっと気になるスキルを発見した。説明文を読んだ感じ、別の体の視点を別枠で表示できるというものらしい。だとしたら……。
「……」
スキルを習得する。視界の右下に別ウィンドウが小さく開き、広い空が映し出された。遠くの景色には海が見える。これは……この世界に来て、最初に俺がいた場所の風景だ。こうして別の場所にある体の視点を表示しておけば、何かあった時にいち早く気づくことができる。便利に使えそうだな。今度は画面のチャンネルを切り替えて、リンちゃんの家の前にある体へと視点を移してみた。
「……!」
「光の粒子が細かいな」
望遠鏡のようなものを俺に向けて、博士がぶつぶつと独り言を発している。望遠鏡は長さが3メートルくらいあり、まるで長距離ライフルの銃口を突きつけられているような感覚。怪しいことはされてないようだけど、この状態で体を変質させると、さすがにバレる……。
「ハカセ。偵察隊が帰還しました。騎士団長が戻って来るそうっす」
「そうかそうか。報告書類をまとめておこう」
丁度よく、若い学者さんが博士を呼びに来てくれた。今だ。再び俺は適当なスキルを探し始めた。
『スキル:宝石化《赤色》』
『スキル:宝石化《青色》 レベル1(スキルポイント1)』
『スキル:宝石化《緑色》 レベル1(スキルポイント1)』
様々な宝石に変化できるらしいけど、今はもっと地味なものになった方がいいな。あ……これはどうだろうか。
『擬態 レベル1(スキルポイント1)』
(スキル詳細:現在地付近に最も多く存在している鉱石に擬態する。性質に変化は生じない。
スキルレベル2:見た者の記憶から見え方を復元。
スキルレベル3:全ての体で、常にスキル発動状態を保持。
レベル4以上 :迷彩化精度上昇)
性質は変わらず、見え方だけが変わるスキルらしい。これならよさそうだな。
「顕微鏡を片付けておかねば……」
博士が戻ってきた。迷彩の状態になると姿が消えてしまうと見て、俺は擬態スキルのレベルを3まで上げてみる。望遠鏡のような顕微鏡を片付ける前にと、その覗き穴へ博士は目を向けた。
「……?」
「……」
効果はどうだろう……緊張するな。
「……おや?」
顕微鏡の片付けも始めず、博士がまじまじと俺を見つめている。
「……石の表面にあった、光の粒が弱くなった。これは……石灰石に似ている」
ちゃんと見え方が変わっていると思われる。突然、俺の見た目が変化したからか、博士はまゆをひそめて顕微鏡の中と外を見比べている。でも、何度も確認しても、やっぱり普通の石にしか見えないらしい。
「……おかしいな。しかし、どう見ても……う~ん」
怪しまれてはいるけど、どう見てもオリハルコンの面影はないようだ。しぶしぶ博士が顕微鏡を片付け始めたところで、俺はアネットさんの胸元から見える視点へと意識を戻した。
「……」
これで、しばらくは大丈夫だと思われる。騎士団も着々と村への帰路を辿っていて、あと少しすれば到着すると予想される。
「ねえ、見て見て!みどりダケ!」
「……?」
森の木々が少なくなってきた地点で、どこからか女の子の声が聞こえてきた。これは……多分、リンちゃんの声だ。騎士団が歩みを止めた中に、土や木の根をふむ音が届いている。しばらくして、大きなカゴを背負った村の人たちが森の奥から現れた。
「……おお、騎士団の人たちか……ッ!フローラ!無事か!」
二十代後半くらいの男の人が、手に持っていたカマを地面に落としながら、騎士団の運んでいる女の人へと駆け寄る。その様子を知り、他の村人たちも騎士団へと足を近づけた。
「ちょ……まだ安静に」
「生きてるんだな!あ……ありがとう!助けてくれて……」
「……あ……ああ」
村の人たちを止めようとするクリスさんだったが、感謝の気持ちを面と向かって告げられ、逆にたじたじにされていた。まだ体を自力で動かせない救助者も、村の人に手を握ってもらうと、心なしか表情が和らいだように思えた。
「……」
村の人や騎士団、にぎやかなグループの向こうで、リディアさんと騎士団長が気まずそうに向き合っている。お兄さんが無事に戻ってきて、リディアさんは嬉しいのか。妹さんが外を出歩いていて、お兄さんは怒っているのか。いや、俺には、さっぱり解らない。
「……帝国騎士団長。ご無事でなによりです」
「……」
うつむいたまま、リディアさんがつぶやく。しかし、依然として騎士団長は厳しい視線を向けている。その後ろでエメリアさんがムッとした顔をしているのだが、兄妹の複雑な空気にはなかなか入っていけないようだ。そこへ、緑色のキノコを持ったリンちゃんがやってきて、怖々ながらに騎士団長へと声をかけた。
「あの……あの……」
「……?」
「お姉さんを助けてくれて……ありがとう」
「……」
騎士団長はリンちゃんに視線を高さをあわせ、柔らかな笑顔を見せていた。口調もほがらかであり、リディアさんに向けていた気迫は微塵も残っていない。
「君。山菜採りか。用事は済んだのかな?」
「うん。もうたくさん採ったから大丈夫」
「では、私たちと共に村へ戻ろう。冒険者だけに警護を任せてはおけない」
それだけ言って立ち上がると、騎士団長は団員の人たちに呼びかけて移動の再開をうながした。そのあとを村の人たちも嬉しそうについていく。立ちすくんでいるリディアさんも、エメリアさんとリンちゃんに背中を押されて、ゆっくりと歩き出した。
「ワンコロちゃん。だんちょーさんって、実は不器用なんだー」
「……?」
やっぱり、騎士団長はリディアさんの事がキライなのだろうか。でも、アネットさんの言い分だと、騎士団長は不器用な男の人という位置づけらしい。そういうものなのかな。
「……」
ほんとだ……騎士団長、リディアさんの方をすごいチラチラ見てる。すごいチラチラ見てる。不器用な俺が見逃さないレベルで、騎士団長は不器用な人なのだと心で理解した。
第24話へ続く




