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ハルカトオク 〜Vampire Story〜  作者: 如月ユキ
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episode2 邂逅



 児童養護施設「フェヴリエ」。


 フェヴリエというのはフランス語で二月のことだ。院長の名前である如月からとったものらしい。


 単純だ、と(はるか)は思う。如月だから、フェヴリエ。長男だから一郎、二男だから次郎と同レベルくらいに単純な名付けをされたものだ。

 

 しかし、それは如月の性格を端的に示している。悠という名前を付けたのは如月だが、そう考えてみるとあの男がよくもまあこんな名前を付けてくれたものだと奇跡に近いものを感じないでもない。


 一見オシャレなケーキ屋のような名前をしたこの施設は、院長である如月龍の個人経営であり、現在一二名の子どもたちが入所している。



 「(あかつき)透環(とうわ)です。よろしくお願いします」


 四月。春がやってきたのに少し遅れるようにしてフェヴリエに入所してきたのは、悠と同い年くらいに見える線の細い男だった。


 綺麗な顔だった。意志の強そうな眉、スッと通った鼻筋、少し薄い唇、ダージリンティーのような茶色がかった髪の毛は地毛だろうか、少し癖毛でふわふわとしている。けれど、一番気になったのはその目だった。


 何もない、と思った。


 切れ長の美しい瞳。そこには何も映っていないのだ。どろっと濁った、そんな色。


 またか。


 如月の何でもかんでも拾ってくるところが悠は嫌いだった。来るもの拒まず去る者追わず、だけに留まればいいのだが、如月はそれで終わらない。来る気のない厄介なものまで拾ってくる。その最たる例が自分だとわかってはいるものの、余計なものを背負い込む如月が悠には理解できなかった。


 「今日からみんなと一緒に暮らすことになったの。みんな、仲良くしてね」


 ここで働くスタッフの一人である玉城(たましろ)さんがそういうと、子どもたちは一気に透環を取り囲む。新参者に対する明らかな興味が見て取れた。トイレに向かうふりをして、悠はその輪から離れる。


 新しく入ってくる奴がどんなやつかなんて、正直どうでもよかった。どうせ自分には関係ない。



 暁透環が中学三年生で、悠より一つ年上だということを知ったのは、その日の夕食の時だった。相変わらず透環はみんなに囲まれていて、投げかけられる質問に一つひとつ愛想よく答えている。少し離れた席で、一人夕食を食べながらなんとなくその様子を見ていた。


 おかしいと感じたのはその時だった。何が面白いのか常に笑顔を絶やさずに受け答えを続ける透環。その笑顔がやけに無機質に感じられたのだ。周りの奴らが気付いている気配はない。


 楽しそうにおしゃべりをしているはずのその空間が、悠の目にはいやに滑稽に映った。透環のいる空気だけ浮いていて、周りを寄せ付けないような。そのことに周りが気付いていない様子はどう見ても異常だった。


 俺には関係のないことだ、と思う。暁透環がどんな事情を抱えていようが、自分には関係ない。ここで一緒に暮らすとしても、俺にかかわってくる人間など、いるはずがないのだから。


 そう、思っていたのに。



 「ねえ、名前教えてよ」


 不意に耳に入ってきた言葉が、自分に向けられたものだとはすぐには理解出来なかった。


 いつものように作業のごとく一人で黙々と食事を済ませ、トレーを片そうと一息ついたところでその声は耳に入ってきた。


 あまりに急で、唐突で。しかし声がかなり近くから聞こえたこともあって、思わず顔を上げてしまった。


 上げてしまった、のだ。


 何も気づかずに、立ち去ることだって出来たのに。


 食事を終えて、そそくさと部屋に戻ることだって、出来たのに。


 「は?」


 顔を上げた先にはまだ見慣れない新しい顔があった。暁透環。例の新入りだ。思わず口から剣呑な声が漏れてしまう。


 「だから、君の名前。何ていうの?」


 そんな悠を気にすることなく、透環は質問を繰り返す。


 「……」


 周りを見回すと、食堂中の人間がこちらの様子をうかがっていた。食事の時間は決められているため、今の時間は入所しているほぼ全員の子供たちがここにいる。食堂はそこまで広くない。


 「えっと、聞こえてる?」


 いつまでたっても返事をしない悠を不思議に思い、透環は悠の顔を覗き込んだ。


 悠は小さく舌打ちをして、観念したのか不機嫌そうに言う。


 「…矢吹、悠」


 聞こえるか聞こえないか、そんな微かな声で名前を告げた悠は、言うなり立ち上がってその場を立ち去ろうとする。


 「待って! 俺、暁透環。よろしく」


 そう言って差し出された手を、悠は信じられない、というように見つめた。一瞬の沈黙。静まり返る食堂。それを打ち破ったのは、ぱんっという乾いた音だった。


 「俺は、よろしくする気なんてない」


 透環の白い手を払い、忌々しげに呟いてから悠はトレーを持ってその場を離れる。

 少し驚いたようにこっちを見つめてくる透環の整った顔が、目に入った。



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