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スキアの心  作者: 缶詰
3/7

憂と疑と

 いつもの夢だ。

 夢を見ている間は覚えている。

 白い廊下と黒い壁。どちらも表面には僅かな凹凸すら存在せず、どのような材質なのかもわからない。それ以外には何もなく、無限の谷間がただ伸びているだけ。天井もなければ灯りもなく、空はただどこまでも続く黒。しかし、道標のように目の前は明るい。

 まぁ、いつも通りということである。

 苦笑を浮かべたいが、歩く自分は眉ひとつ動かさない。これもまた、いつも通りだ。

 左手を覗き込むと、やはりいつも通りに時計を握っている。

 それも当然、壊れたままだ。

 なぜ壊れた時計を持っているのかという問いに対しても、いつも明確な答えが存在した。壊れたものは直さなければならないのだ。ただ、それにしては自分の表情は今一必死さというか使命感にかけているような気がしないでもない。

 仏頂面に見えて、少々不機嫌そうな表情に見える。要は、この旅路があまり好みではないのだろう。ならばなぜ未だ飽きもせずに歩き続けているのか。

 そうしなければならないからだ。最初の問いに逆戻りだ。これ以上はどうあってもループしてしまう仕組みになっているのだろう。

 道標の明かりが薄れていく。

 いや、世界が白み、黒が晴れていく。

 これは夢が終わる予兆だ。

 このタイミングだ。

 決まって彼女が現れる。

 こちらに背を向けて立つ、小さな少女。

 光に包まれていく世界の中で、一つだけの黒。

 まるで夜が形をとったような、深い闇だ。

 彼女が向き直る。丸く見開いた瞳からは、小さな驚きと疑問が伺えた。

 いつもならば夢はここで終わりだ。

 しかし、リアリティを失っていくはずのこの世界は、依然として目の前に広がり続けていた。

 少女が手を差し出す。自分もそれに応えて手を差し出す。いつの間にか自分の視点は、登場人物としての遠野悠の視点と重なっていた。

 手が触れるか触れないかという距離で、少女が口を開いた。

 

                  *

 

 まず、ため息をついた。

 深呼吸というよりは、ため息なのだ。

 いつもの習慣であり、彼の日常的な行為である。

 しかし、今回はいつもと違うことがあった。

「覚えてる、よな」

 彼は先ほど見た光景を反芻した。モノクロの谷間、永遠に続く道、左手に持った懐中時計。そして黒い少女。いつも同じ夢を見ており、またその夢を全く覚えていなかったということも、今の彼は知っていた。思い出せないことといえば、自分は最後に何を聞いたのか。

 何か自分は変わったことをしただろうか。この夢に関わるようなことを。彼はぼんやりと考えてみた。そして、思い当たった。

「あー、まさか、なぁ」

 そうは言ってみるが、夢は所詮夢でしかないことを彼は知っている。彼の思い出した要素によって自分の夢に対する価値観が変化し、今まで取るに足らないものとして終わると同時に忘れていた夢を意識して覚えるようになったとしても不思議ではない。

 その時、けたたましい電子音が鳴り響いた。電子音の方向を向くと、枕元に置かれた携帯電話が正午になったことをがなり立てていた。それが僅かな時間差であったとしても、目覚まし時計より早く目が覚めることは、彼にとって極めて珍しいことであるといえる。

「色々と、なんか忙しいな……」

 そんなことを口ずさみながら布団を抜け出して台所へ行き、冷蔵庫の蓋を開けると、やはり中には二リットル入りのジュースが収められていた。それ以外には何もなく、昨日の夕飯は学食で済ませてしまったことを彼は思い出した。

 今回の起床は講義の開始時間が遅いこともあり、多少の余裕を持って設定されている。今から大学に向かったとしても、暇な時間が増えてしまう。彼は居間に戻ると、テーブルの上のノートパソコンに電源を入れた。前にかかった時とほとんど同じ時間をかけて、ノートパソコンは起動した。

「まぁ、いつもどおりかな」

 その言葉に含まれるのが安堵か失望か、悠にはわからなかった。

 

 

 その日の講義に、日下白川は参加していなかった。悠は軽い失望と退屈を味わいながら、例によって講義を傾聴している振りをしていた。隠れてメールを打ってみたが、返信は返ってこない。仕方なしに彼は、興味のない講義を半分眠りながらやり過ごしている。

 彼の知る限り、日下は不真面目な学生ではなかった。講義を休むこと自体珍しく、体調不良などによって共通の講義に出られない時は律儀にメールを打ってきていた。今までにもなかったわけではないが、少々珍しいことではある。

 この講義は複数のコースがあるが、悠は中でも最も人気のないものを受講していた。この大学の建物には少人数用の小さい教室ほど上階にあるという傾向があり、この教室も地上五階、この教室棟の最上階に位置している。

 講義は終盤にさしかかろうとしており、後十分もせずにこの講義は終了する。この講義が終わったあとは、また次の講義までコマが空いている。

「なるべく当たり障り無い講義をできるだけ少なく」

 いい加減な考えで時間割を決めた彼が悪いには違いないが、講義を聞いているよりも退屈な時間が多いということは確かである。

 どう時間を潰したものか。そんなことを考えながらふと窓の外を見やる。少々老朽化の進んでいるこの教室棟は近々改築の話が持ち上がっている。それに合わない曇りひとつない窓ガラスからは外の様子が一望できた。

 見るでもなくそれを眺めていると、隣の棟の教室に人がいることに気がついた。講義が行われているというのではなく、一人だけである。その人物もまた、窓際から外を眺めていた。

 外を眺めるという行為は、苦痛となる現実から目を逸らすと同時に新しい興味を探すものだと悠は考えていた。彼にとってそれは、暇なときに自然に行う行為ではないのだ。

 変わった人間がいるものだ。

 と考えてみて、少なくとも一人そんな人間を知っていることに彼は気がついた。  

 

 

 たまにはこちらの教室で講義を受けたい。築後一年しか経過していない新しい教室棟の廊下を歩きながら、ぼんやりとそんなことを考えてみる。

 周りが新しくなったから何が変わるということはないだろうが、古くなった先の教室棟よりは幾分か気分よく講義が受けられるのではないだろうか。

 実にくだらないことだと彼は考えたが、くだらないことを延々と考え続けることも立派な暇つぶしであると考え直した。

 下の階には先に訪れた時より多くの学生が見られたが、上階に登るにつれてやはりその数は減っていった。しかし、全くいなくなるということはなく、人数は少ないながら多くの教室が使用中である。

「見間違いだったかな……」

 確かこの辺りだったはずだとぼやきながら、彼は教室を横目に廊下を歩き回る。彼の専門外である心理学や福祉など、様々な知識が言葉に乗って廊下にも漏れ聞こえてくる。それらは全く興味を惹かない内容ではなかったが、彼にとっては暇を享受することと比べれば、それらに耳を傾けることを優先すべき要素はない。

 やがて自分の見間違いだったのだろうと結論づけ、彼は真新しい教室棟の廊下をあとにした。

 悠の視界から教室が消えたあと、教室の前に佇む人があった。それはこの場所には全く似つかわしくないほどに幼い外見をしており、この大学の学生ではないことが誰の目にも明らかだった。

 少女は誰とも目を合わせようとしないが、誰も少女と目を合わせようとはしなかった。そこにいるのかいないのか、彼女の存在は空気のように希薄である。

 やがて、少女は誰にも気づかれることなく姿を消した。

 

 

 

 呼び出しをおこなっていることを示す規則正しい音が、耳に当てた携帯電話から伝わってくる。きっかり十回目が鳴ると同時にそれは通話に切り替わった。

「現在、電話に出ることができません。ピーっという発信音の後……」

 最後まで聞かず、悠は携帯電話を畳んだ。予想はしていたが、やはり日下は電話に出なかった。

「一体何やってんだか」

 食堂の机に腰掛けながら、彼は手持ち無沙汰に携帯電話を弄んだ。

 示し合わせていつも一緒にいるというわけではないが、それでも毎日見るものが急になくなると気になるものである。ただでさえ講義の合間という退屈な時間、焦燥とも苛立ちともつかない感情が余計に時間の流れを遅く感じさせた。

「都合が悪いんなら、仕方ないか」

 口に出してしまう時点で、仕方ないと割り切れていない。そんな自嘲を飲み込みながら、彼は以前にも見ていたネット掲示板のまとめサイトを表示させた。

「新型ナルコプレシー患者、未だ増加中。解決の目処はあるのか」

 このサイトではこの名前で定着させるつもりなのだろうか。まだ正式な学名が示されていないにも関わらず、例の病気に名前がついている。

 どうやら、まだ解決してはくれないらしい。難儀なことだ。

 そう簡単に切り捨てるには、タイミングが悪すぎた。

 所詮対岸の火事でしかない病気のはずが、彼の不安を奇妙なほどに強く煽り立てた。

 

 

 事実暇な講義であると彼は考えていたし、講義を聞いていないことなどいつものことだった。しかし、今回はこれまで以上に彼の意識は講師の語る言葉から遠いところにあった。どうしても、漠然とした不安をぬぐい去ることができないのだ。

 悠と同じく、日下も一人暮らしをしていた。悠ほど大学の近くに住んでいるわけではないが、それほど遠い場所でもない。彼も何度か遊びに行ったことがある。もし日下に何かあった場合、彼は外部に助けを求めることができるのだろうか。

「まさかなぁ」

 思わず口に出してしまった言葉に、数人が悠の方を振り向いた。

 なんでもないなんでもないと彼らをごまかし、再び教壇の方を向いた振りをする。

 そうしている間に、いつの間にか講義は終わっていた。講義が終わると、学生たちは思い思いに帰り支度や次の準備を始め、それぞれの友人たちと連れ立って教室を出ていった。

「いや、まさか」

 呟いてみてから、不意に彼は自嘲的な笑みを浮かべた。

 確証のない不安に踊らされ続けるなど、滑稽もいいところだ。日下の方が彼より遥かにその手の適応力に優れていることなど、悠自身がよく知っている。そもそも、そんな能力が必要な状態になっているという確証がそもそもない。多方iPhoneかスマートフォンか、彼の使う情報端末が故障でも起こし、修理にでも行っているのだろう。

 そう自分を納得させ、彼もまた家路につく準備を始めた。

 

 

 外はほとんど日が沈んでいた。

 校庭を照らす灯りは十分な量が用意されているが、古い棟の周りにはそれらを避けるように闇が巣食っている。少々肌寒くなるほどに気温も下がってきており、学生の数も昼の頃より減っている。

 明日はなにをして過ごそうか。並木の間を抜けながら、悠は空を仰いだ。

 講義はない。ならば学校にくる必要はないが、強いて明日すべきこともない。一日中家で過ごそうか。それも悪くない。なにか思いついて外に出る気になったら日下を誘ってみるのも良いだろう。その時は今日余計な心配をかけたことをなんとか言ってやるのがいい。

 一度何かの区切りがつくと想像以上に心が軽くなることに、悠は驚いた。同時に、どうやら自分は考えているうちに無駄に問題を深刻にしたがる性質であるらしいと考えた。

「珍しい、また会ったな」

 全く予想のしなかった声に、彼は思わず悲鳴を上げそうになりながら背後を振り返った。

「こっちだ」

 再び声をかけられたが、見つからない。いや、並木の影を注視すると、そこに人影があった。それは闇に紛れるかのように黒一色であり、その為に発見が困難だったのだと悠は悟った。

うつぼ?」

「別に息を潜めていたわけでじゃない。君が気づかなかっただけだ。眼鏡でもかけたほうがいいんじゃないか」

 ため息を吐きつつ近づいていくと、黒い物体は見知った人物として判別できた。

 黒雲御影は寄りかかっていた並木から背を離しながら、くくっと喉を鳴らして悠の比諭を笑った。

「それより、何かあったのか」

 悠は言葉に詰まった。ないとはいえないが、真面目に相談することかといえば、また違う。

「なにって、なんのこと?」

「いや、別にいい。変なことを言ったな」

 言いながら、御影は悠の隣に歩み寄る。彼女の身長は低く、並ぶと自然、彼女からは見上げる形になる。

「講義でもあった?」

「いや、少し図書館に寄っていた。音さえ立てなければ、どこかの教室にいるよりも快適だからな」

 何をしていたのか想像してみて、悠は軽く苦笑を浮かべた。それが通じたのか、御影も苦笑らしき表情を作った。

「まぁ、調べ物も少しはしていたよ。最近妙なものがはやっているからな。君はどう思う」

 妙なもの。彼が思いつくものは一つしかなかった。

「どうって……早く解決するといい、かな」

 すると、してやったりとでも言いたげに御影は喉を鳴らして笑った。

「なるほど、君はわかりやすいな」

「嫌われるんじゃないか、そういうの……」

 御影は肩をすくめたが、悪びれた様子はない。

「立ち話をするには、今日は些か涼しすぎるな。そこにでも入ろう」

 そう言って御影は教室棟の一つを指差した。

「そんな涼しい中で、何してたのさ」

「別に何もしていない。これからどうしようか考えていたら君が来たから声をかけた。で、どうするんだ」

 悠は軽く溜息をついた。彼女についてあまり深く考えても仕方がないのだ。

「わかった。話を聞くよ」

 そこでふと気づいて、悠は御影を振り返った。

「そういや、三つ前の講義の時間、どこにいた?」

「図書館にいた。それがどうかしたのか?」

「いや、なんでもない。ちょっと聞いてみた」

 

 

「君が面白いことを聞いてくれたものだから、私も少し調べてみた」

 既に消灯されていた教室の一つを占領し、椅子の一つに腰掛けながら御影が切り出した。悠もそれに倣って向かい側の椅子に腰掛ける。古い教室棟の若干狭い教室も、二人だけで使うには少々広い。

「十分詳しかったように感じたけど……」

「勝手に自分で考えたことを喋っただけだ。それを詳しい、とは言わないだろう」

「他人の夢をよく見るっていうのは?」

「私がそう捉えられる夢をよく見るということだ。実証する方法がないんだから、そういう夢を見る、以上の話にはならないだろう。無論、私は間違っていないと思っているが」

 さも当然とでも言いたげな御影の態度に、悠は盛大な溜息をついた。少しでも真面目に聞いた自分が馬鹿だった。

「なんだその態度は。失礼なやつだな」

「ネットの嘘情報見て賢くなったとよろこんでたことに気づいたみたいな気分が……」

「それは気の毒だな。警戒心が足りてないんだろう」

 通じているのかいないのか、飄々とした口調からは愉快であるということしか彼には読み取れなかった。

「それで、何か面白いことでもわかった?」

「少し、興味深いものを見つけた」

 そういって御影はカバンを漁ると、一冊の本を取り出した。それは古書といっても差し支えのないような代物であり、経年劣化の進んだ表紙で紐とじされていた。裏表紙にはバーコードと認識番号が貼られており、この大学の附属図書館の所有物であることを示している。

「普通の学術書も見てみたが、やっぱり私の趣味じゃないな。精神性が可逆的なものであるとする考え方など、なんの面白みもない」

 やや大仰に呆れるような仕草で肩を竦めると、本のページをめくり始める。

「こっちは日記みたいなもので、これに書かれていることに科学的な裏付けなどないといっていいが、こっちの方がよほど面白い。さすがに保存されているだけあって、優れた読み物なんだろうな」

「何が書いてあったの?」

「まだ前書きを読んでみただけだが、この本の筆者は夢の中で見たこともない人物と出会い、言葉を交わしたんだそうだ。そしてなぜか、現実でもその人物に出会った。だが、その人物はほかの人間からは全く見えていない。自分だけが現実でも言葉を交わすことができる。今見えてるものが現実なのか夢なのかわからなくなった筆者は、現実と夢の境目を見極めるためにこのこの本を綴った。と、そんな話なんだそうだ」

「それって、昔話とかじゃなくて?」

「実録、と分類されていた。妙な夢を見始めてからそれがなくなるまでの内容が書かれている。まぁ、出版物ではなく個人制作のものだし、大学の創設者あたりと筆者のあいだに縁があって、寄贈することになったとか、そんなところだろう」

 この大学は今年で創立百三十年を迎える。この規模の大学としては比較的古くから存在しており、その分古い文献などは充実していると言える。大学附属図書館の規模そのものは大きいとは言えないが、外部からの評価も高い。

「まぁ、それだけならただの面白い話なんだが」

「何かあった?」

「副題のこれ、どう思う」

 そういって御影はタイトルの隣に書かれた副題を指差すが、残念ながら悠には記号か何かの羅列としか見えなかった。

「ごめん。毛筆の行書を訳す訓練とか、俺はやってない」

「……精神結線、だそうだ。これくらいなら見た感じで分からないか?」

 面倒くさそうにノートとボールペンを取り出すと、楷書体でそれを書き出してみせる。意味のわかる字になってみると、彼にも御影の言わんとするところがようやく理解できた。

「この間の話?」

「あぁ、そうだ。私以外にもこんな妄想を本気で考える人間がいることに少々驚いてね。俄然興味がわいてきた」

「自分で妄想って言っちゃうのか」

「考えるだけなら自由だからな。まぁ、私はそんなバカバカしいことがあり得ることだと考えているから、想像ではなく妄想、だ。結果として妄想からリアルになった話だって数え切れないほどある。臨床物理の世界だって、実証する方法が確立されていない時は妄想妄言と何も変わらないだろう。しかし、それも裏付けの取れたものから順次リアルに変わっていく。私が考えていることも、この本の筆者が考えていることも、なにかきっかけがあればリアルになってもおかしくないだろう」

 なるほど、と悠は頷いた。それも捉え方の一つだろう。

 その後も題を変えながら御影の話は続いた。完全に日は落ち、夜という意味での闇が

空を包んでいる。

「そろそろいい時間じゃないか?」

「確かに、その通りだな」

 時計を見れば、既に時刻は七時を回ろうとしていた。腹の具合も晩御飯が恋しくなってくる頃合である。

「そういえば、君は明日暇はないか」

 椅子を立って背伸びをしていると、彼女がそう切り出した。そちらは既にしたくを整えている。

「暇といえば暇だけど……」

「なら、夕刻に私の話に付き合ってくれないか。何かしら知識を得ると、誰かに話したくなる」

「読みきるの前提?」

「別に途中でもいいだろう」

 どうやら拒否権はないらしい。ほかに話し相手はいないのかと考えてみたが、誰かと連れ立っているところはおろか、一人でもあまり見かけないのだから、そこは推して知るべしだろう。今日何度目かわからないが、彼の口から溜め息が漏れた。

「わかったよ」

「あぁ、それとだ」

 忘れるところだった、と呟きながら、御影はカバンの中を漁ると一枚のビラを取り出した。

「大したことじゃないんだが」

 それには学部主催で応募中の小説大賞の予定が示されていた。悠も、大学の中で同じものが張り出されているのを見たことがあった。

「こんな勉強をしているんだ、興味がないわけじゃないだろう」

「まぁ、ないわけじゃないけど」

「ならもらっておいてくれ。友人から知り合いにばら撒いてくれと頼まれているんだ。もっとも、その友人はゼミの教授から頼まれたものを私に押し付けただけなんだがな」

 受け取って内容に目を通してみる。締切まではまだ半年近く間があり、今から応募を目指して制作を始めるだけの時間が十分にある。

「応募するかはわからないけど」

「そういう気がおきた時に、改めて見返してみればいいさ」

 そう言うと御影は席を立った。それに倣って悠も立ち上がる。

「余計な時間をとらせてしまったな。今度こそ帰りはじめるとしよう」

「りょうかい」

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