02.詐欺師の集まる旅宿で
オレみたいな半端モンが、なぜこんな危ない森にのこのこやってきたか?
それは、昨日ある場所で聞いた儲け話のためだ。
オレの住むアッパス村のはずれにある、旅宿屋・サギシーズ。
まっとうな定職につく気など鼻クソのかけらほどもなく、いつか一発当ててやる!と一攫千金だけをアホのごとく夢見る山師が村の内外から集まってくる小汚い宿屋兼喫茶店だ。
サギシーズには、オレも数年前からひんぱんに出入りしてる。
ここのオヤジもまた、かつて「一発」を求めて国じゅうをさまよった山師のひとり。そんなオヤジが気ままに、というかテキトーに経営しているので、宿屋といってもほとんどの客は酒代だけ払ってホールで好き勝手に寝泊まりする。
この宿はそのくせ、二階には宿部屋が10以上揃っていた。
だからオレみたいな半浮浪児は寂しくなると何となくサギシーズにやってきて、酒くさい鼻息を荒らげてバカげた成り上がりの夢を語るおっさんたちの話を楽しく聞き、眠くなるとそそそっと二階へ上がって空いてるベッドに勝手に横になったりしていたわけだ。
ここに集まるならず者たちは、村のまともな連中からはたいそう嫌われてた。腐ったウンコの臭いがする、陰でそんな風に笑われたりもしていた。実際にそんなような臭いのするおっさんもいた。
でも彼らはいつもキラキラと目を輝かせ、明日こそは、明日こそはと少年のように夢を追いかけてた。そしてオレのようなガキであっても、同じように成り上がる野心を持つ者は仲間と認め、邪険にもせず話にまぜてくれた。
要するにオレは、あの宿にたむろする無邪気なおっちゃんたちが大好きだったのだ。
昨日も、太陽が遥か西のダット山脈の向こうに沈みかけた頃、オレはサギシーズに足を運んだ。
ホールはすでに知らない顔の荒くれ者たちで溢れ、あちこちから怪しげで滑稽な儲け話が聞こえてきた。
その中で、ひときわ多勢が群がるテーブルがあった。
「君たちは本当にラッキーだ、だって本当はあの森には、ぼく一人で行くつもりだったんだから」
中央に座る金髪の男は、自分を囲むおっさんどもをゆっくりと眺めながらそういうことを言っていた。
明らかに場違いな風体のその男は、整った顔立ちと長い髪、透きとおるような白い肌をして、酒気と臭気に満ちたホールでは完璧に異質な存在に見えた。
けどおっさんたちは気にしていない。男が語る儲け話に夢中みたいだ。
それで俺たちは何を狩りゃいいんだよ、と鼻に大きなニキビのある太ったおっさんがムダにでかい声で聞く。
山ネコだ、と男は答えた。
「ここから少し離れたダムドの森には、貴重種の山ネコがまだわずかに棲息しているんだそうだ、山ネコは観賞ペットとして金持ちの間で根強い需要があるからね、1体でも獲れたら、ほら」
そう言って男は、細身のふところから小さな皮袋を取り出して見せた。
うぉぉぉ、と場がどよめく。銀貨だ。それも大量の。
「これはつい先日、別の場所で山ネコを捕まえたときにもらった報酬なんだけどね、もちろんけっこう使っちゃったから残りでしかないけど、それでもこれだけあるんだ、どうだい、君たちの中にこれだけの報酬を近ごろ手にした人はいるかい?」
誰も手を挙げない。当たり前だ、半年は食い物に困らないほどの銀貨だぞ。
その場の全員が銀貨に釘づけだ。誰かが息を飲む音が聞こえる。オレもつばが止まらない。
1体でも捕まえたら、男は長い人差し指を立てながらオレたちを見渡す。
「1体でいい、今回の依頼主はそれほど強欲じゃないんだ、1体捕まえたら、その人にはこの銀貨をそっくり譲ろう、どうかな、悪い話じゃないと思うけど」
男がそう言い終える前に、おおお!と荒くれ者たちが歓喜の雄叫びをあげ始めた。
てめえらはおとなしくしてやがれ、ゼッタイに俺が捕まえるぞ、ハッハッハ!
そんな声がホール中にこだまする。いつの間にか、他のテーブルの連中まで輪に加わって狂喜している。
もちろんオレも、その輪の一員には違いなかった。
けどオレは見た。
狂喜の渦の中心にいるはずのあの男が、恐ろしく冷めた表情でならず者たちを見据えているのを。
なんだ、こいつ?
胸に生じたそんな疑問も、やがて、騒がしい男たちの賑わいにかき消されていった。