肆ノ巻 鬼の村
ぱちぱちと音を立てて篝火が燃える。
火の周りには、鉈や鍬といった、武器になりそうなものを持った村人達。
俺は木の陰から、律の姿を探すが、見あたらない。逃げ果せたのだろうか。
と、村の西の方。村人達が密集している所がある。恐らく、あそこに律がいる。
牢番の話じゃ、久々の飯、何があっても逃がすまいと、村の入り口まで警備で固めてある。厄介な。
「旦那ー!」
緊迫した空気に合わない、すっとんきょうな声が響く。朧か。
「てめえ、ちょっと静かにしろ」
そういわれ、朧が何度も頷く。凄味を効かせたせいか。
「旦那、どうするつもりですか?」
どうする、というのはもちろん、この状況のこと。
「真っ正面から斬ってかかる。それだけだ」
それ以外に方法はないのだから……。
「行くぞ」
朧が、俺の肩に駆け上がる。
バネを使って、跳び上がる。二メートルぐらいの上空、村人達がぽかんと口を開け俺を見上げている。
着地した地面に砂塵が舞う。
抜き身の刀で前の二人を斬りつける。返す刀で後ろの三人も斬り払う。
「応援を呼べ!」
ひとりが大声で叫ぶ。
「何人でも呼べ。全員斬り払うだけだ」
顔の前に刀を持って来て構える。篝火の炎が膝丸に反射して、鮮烈な光が発生する。
周りに、沈黙が走った。
それが、開戦の合図。
鉈を構えた村人が迫って来る。だが遅い!
煌めく一閃が迫って来た村人達を切り裂いた。中には包丁を持った女もいた。俺の手は、確実に血で汚れていく。鬼の、だが人の血で。
「もう終わりか!?」
俺の半径十メートル程は地獄絵図。これを、何も知らない者が見たら、俺こそ鬼だろうな。
……殺人鬼という名の。
残り少ない村人達。ほとんどは、あの家に集まっている。
俺の周りに屯していた鬼はあらかた片付けた。後は、律を捕まえようと集まった鬼のみ。
膝丸を構えたまま、鬼達に近付いていく。
無言で、目に怒りを燃やしながら。自分の顔は見えないが、爛々と目が光っているのが分かる。まさに、慧眼と言った所か。
その目を見て、鬼達が後退る。が、数歩も行かず、何かにぶつかって止まる。
何か、と見上げると、そこには巨大な鬼が一匹……。
何だこいつは!
ふと家の方を見ると、壁に大きな穴が開いている。
まさか……?
鬼が片手で周りの他の鬼を掴んで口に運ぶ。
そして、もう一方の手には、気絶した律が……。
鬼が勝ち誇ったように笑う。その笑いを俺は睨みつけた。ただ、憎々しげに睨む訳ではなく、どちらかというと、冷たい目で見据えるような感じだ。それを見て、鬼の表情が変わった。
目が、月光を反射する。静謐な、碧の光。鬼の丹い欲の光とは、対極のような……。
先制攻撃は鬼だ。子供の身長程もある拳が、俺を殴り飛ばす。どちらかというと、撥ね飛ばされるのに近い。
廃墟と化した民家に背中から激突し、壁にヒビが入る。
「かはっ……」
口から、血が溢れ落ちる。内臓破裂してないといいが。
唇を拭い、再び膝丸を構える。
「次はこっちの番だ」
周囲に、濃厚な霊氣が充満する。蒼い、月と同じ色の氣が。その氣を感じ、鬼が身震いをした。
「蒼破・月麟」
蒼い、三日月のような剣閃。鋭く、かつ美しい剣戟。静派の術技のひとつ。刀に月の霊力を集め、剣閃として打ち出す。月齢が満月に近ければ近い程、威力が増す。生憎今日は上弦の月、鬼は一刀の元、闇に消えた。
鬼が消滅し、律が転落する。急いで駆けよって、抱き止めた。
外傷はなく、脈、呼吸も安定している。命に別状はない。
村の外に律を寝かせ、朧に任せる。そして、村の中に火をかけた。
全ての悪夢と、人食の記憶とともに、村が燃える。
直に村が燃え尽きて、雨が降りだした。
目を細め、火のおさまった、村を見据える。
踵を返し、律を抱え、朧を肩に乗せ、村から立ち去った。
鬼の村から。