参ノ巻 狐と鬼
箱から出てきたのは、一匹の狐だった。それも、掌に乗るくらい小さな。
「旦那、出してくれて恩に着ます」
なんとこの狐、人語が話せるのか。とするとこの狐、何か鬼の事を知っているかも知れん。
「お前、鬼について何か知ってるか?」
単刀直入に聞いてみた。化かされない事を祈る。
「あぁ、知ってますよ」
「教えてくれ」
「鬼の名前は殯宮、もともと陵戸をやってた巫女です」
陵戸。古代、天皇の遺体を埋葬する役職の事だ。
何故、その巫女が鬼になった?怨恨か?嫉妬に狂ったか?
「鬼が何処に行ったか分かるか?」
「ちょっと無理ですねえ」
こればかりは幾ら化け狐でも無理らしい。
日もくれて来た。そろそろ帰るか。
「あ、待って下さいよ旦那ー!」
こいつめ、着いて来る気か。
「着いて来ても油揚げはやらんぞ」
「へへーん。あっしは唐揚げの方が好きなんです」
贅沢だな、こいつ。
と、狐が声を潜める。
「気を付けて下さいよ旦那。鬼なんかより、ここの村人の方が怖いですぜ」
・・・どういう意味だ?
村長宅に帰ってからは、食事を済ませ(メニューは何故か唐揚げ、一瞬にして半分なくなるという怪現象が起きた)部屋に籠り、誰があの家の住人を殺したか推理していた。
仮に、鬼が犯人だとしても、何故鬼を見た者がいないのか。幾ら夜中とはいえ、目撃者がいないのはおかしい。悲鳴を聞き付けた人が、鬼を見ていてもおかしくはない。では、何故?
鬼が姿を消せるなど、聞いたことがない。
「お前はどう思う?えーと・・・」
「朧です。あっしは村人の中に犯人がいると思います」
だがその場合、何故死体が消えた?まさか、自分の畑に隠すわけあるまい・・・。
「村人の中に鬼がいる、ということか?」
「まあ、そういうことになりますね」
「だが死体はどうした?まさか、食ったとかいうなよ」
「さあ、どうでしょうかね」
くそ、はぐらかしやがって。
だが、朧のいうことも一理ある。
殺しをやって、一番困るのが、死体の隠し場所だと聞いたことがある。
海に沈めようが、山に埋めようが、いずれか見つかってしまう。
忍んで燃やそうとも、煙を見られてしまっては、まるで意味がない。なら一番安全な隠し場所は何処か?最終的には、人間の腹の中しかない。胃袋の中に入れてしまえば、腹をかっ捌いて中を見られない限り見つからない。それに、消化されてしまえば一生どころか永遠に見つかることがない。隠すことも、処分することも同時に出来る。
・・・何を考えてるんだ俺は?
だが、その時俺は気付いていなかった。
後ろから近付いて来る殺気と足音に。
・・・肌寒い。
頭ががんがん言っている。何か薬をかがされたか。
手で周囲を探ると、触り慣れた感触を感じ、それを掴む。
布にくるまれた棒のようなもの。この中身は刀である。膝丸という妖刀で、とある能では、源頼光が妖怪を斬る時に使った刀であり、罪人の頸を斬る時、膝まで一緒に斬ってしまうため、膝丸という。
全く、嫌な予感って当たるもんだな。膝丸が棒切れにしか見えないなんてな。膝丸には特殊な術がかけてあり、普通の人間にはちゃんと刀に見えるが、魑魅魍魎にはただの棒切れにしか見えない。ならば、あの村人達は?何故棒切れと見た?
理由はひとつ。
あの村人達が、鬼だ。
ならば、律も鬼か?あの子も鬼なのか?
いや、違う。
あの子は鬼じゃない。
あの恐れかたは本物だった。
ならば、次に教われるのはあの子だ。
助けに行かねば。
約束を守るために。
躯と頭がまだ重いが、どうってことない。十分だ。
立ち上がり、目の前に現れた鉄格子に手をかける。錆びてぼろぼろだ。素人が蹴っただけで壊れそうだ。
と、格子に何かが刻まれている。文字のようだ。だが錆びのせいでなかなか読めない。
「後ろ、か……?」
刻まれている文字に従って、背面の壁を見る。と、石の壁にびっしり文字が刻まれている。
「えーと、この村、鬼の村なり。牛の首の如く、人食を行う。奴らの主食は人である。我、ここに記す。誰かが、この村を消してくれることを祈って」
なんてこった!人食の村だったとは!本当に悪い予感ばかり当たるな!畜生!
怒りにまかせて鉄格子を斬りつける。
大きな音を立て、格子が崩れ去る。
早くせねば、朧はまだしも、律が食い殺されてしまう。
急がなければ!
牢番が二人、会話をしている。
「全く、久々の飯だってのに、肉の硬い男の見張り番かよ」
「文句言うな。無いよりゃマシだろ」
「まあな……」
「誰が無いよりゃマシだって?」
一陣の風の如く、二人の間に入り、二刀の元に斬り捨てる。
まだ息あるひとりが呟いた。
「人…殺し……」
「ふん。どっちが。言って置くがな、鬼に取り憑かれて人食った奴を、人間とは言わねえよ」
俺は膝丸を鞘にしまわず、抜き身のままで走り出した。
待ってろ。必ず助けてやる。
膝丸の属性は静。
つまり、心を落ち着けていなければ真の力を発揮しない。心に波風を立てた状態の場合、そこらの模造刀以下の刀になってしまい、役に立たない。
明鏡止水。
立ち止まり、刀を鼻先まで上げ、目を閉じる。
よし、行ける!
改めて、村の中心に向かい、走り出した。
こうして見ると、妙に土を掘り返した跡が多い。骨を埋める穴か。
そして、開けた場所に出た。