壱ノ巻 虎落村
京都の奥地にある寒村。
要するに、金田一耕介シリーズに出て来る辺鄙な村と思ってもらってもいい。が、あのシリーズに出て来る村ほど、変な名前ではない。
虎落村。
虎落、というのは戦で使った柵のようなもの、または昔の物干しのことらしい。
名前の由来は恐らく、この村でその虎落を作っていたんだろう。
それにしても、暗い。そして寒い。「京の底冷え」と言う言葉があるとおり、京都は寒暖の差が激しい。
寒村らしく山に囲まれているため、暗くなるのも早い。いくら夜目の利く俺でも、三回ほど転びそうになった。
光と言えば、申し訳程度の街灯か、中天に浮かぶ三日月くらいだ。あとは、それぞれの家の玄関だな。
その明かりを頼りに、一軒の家を探し出す。この村の村長の家である。
その家の呼び鈴を押す。しばらくすると、一人の老人が顔を出した。
「どちらさまで?」
老人が俺を見て、怪訝そうな顔をしながら言う。無理もない。こんな夜遅くの訪問者を疑わない方がおかしい。
「夜分遅くすみません。依頼を受けた、神前晴間です」
「おお、神前さんでしたか。わしが、村長の鈴木です」
確かにレギの持ってきた手紙には鈴木と書いてあった。彼で間違いない。
「さ、上がって下さい」
中に入ると、まずは居間に案内された。
炬燵があったり、テレビがあったり、普通の家庭の居間。よくテレビ番組で見る、地方民家の居間だと思ってくれても構わない。
炬燵に入ると、村長の奥さんらしき人が茶を入れてくれた。
「して、何故私に依頼を?ただの村に見えますが」
一見唯の村。不審な謂れは残っていなさそうに見える。まあ、狸か狐が人を化かすくらい残ってそうだが。
「近頃、鬼が出るようになったんです」
「鬼」
鬼が出るだと?確かに京都の大江山には酒呑童子が住んでいたが、今は何処にも住んでいないはずだ。いや、姿を隠しているだけかもな。
だが、何故今頃目撃されたのか?何故今頃出没したのか?
考えを廻らせながら、茶を飲もうと湯飲みに手を伸ばす。飲もうと思ったら、触っていられないほど熱い。熱さ如きで動揺するな、格好悪いぞ!と自分に言い聞かせる。
俺は必死に動揺を隠しながら聞いた。
「原因は何か分かってますか?」
「はい。恐らく村の子どもが、神社の結界を破ったことが原因でしょう」
結界。
今頃珍しい名が出たな。
そういえば、玄関にも一枚札が張ってあった。恐らく鬼の侵入を阻むためのものだろう。
その結界があった神社に、鬼が封印されていた。が、子どもの悪戯で破かれた。
俺は無精髭が生えている顎に触れながら考えた。
「今日はもう遅いですし、続きは明日に」
村長が言ったとおり、もう11時を廻っている。このまま考え込んでいたらまた寝不足が悪化するかも知れん。寝よう。
村長に通された部屋はちょうど5畳ほどの小さな部屋だが、寝るのには苦労しない。
押入れから布団を引きずり出す。力はある方なので、このくらい、朝飯前だ。
まだ、朝じゃないが。
調べるのは明日にして、さっさと寝よう。