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単発作品

世界には僕らが一人なわけで。

作者: 風雷寺悠真

 雨の日――。地面に落ちる雨の音、跳ね返る冷たい雨はズボンの裾を濡らす。空はどんよりと曇り、それは己の気持ちでさえも曇らせる。反して、ほんのりと暖かい電車は人が多くとも人々は電子機器を片手に自分の世界に没頭。自分達の世界に僕もそうやって一人で立っていて、その見えるものを見つめている。

 どこか青春ドラマに出てくるような華やかな学校生活を送れるんだと心を焼くように思い焦がれていた春。そんなものは幻想で今や水溜まりに映る自分の姿を見ては苦笑い、道行く学生達の談笑を見てはポケットにそっと入れておいたイヤホンを取り出す。くだらない毎日はそうやって繰り返し、自分の通学路を少しずつ歩く。横断歩道、立ち止まってふと後ろに振り返ると坂の上から下へと色とりどりの傘を広げては、自分と同じ目的地に向かう学生達の景色が見てとれる。自分はそこで微笑する。何でだろうかは自分でも分からないが自分はこの景色が嫌いじゃないんだなと実感する瞬間だ。雨の降る日でしか見ることのできない貴重な光景。自分はきっと雨も嫌いじゃないんだろう。


「……雨に、なれたらいいのに」


 ふと、そう呟いた。今日の雨は自分の体に染みていくような、そんな雨だった。


 ――昼過ぎの教室。休み時間になったその時間は自分の好きな空気感ではなかった。どんよりと、しっとりとこの身を包んでいたその空気はからっと干からびて、窓からは日が差し込んでくる。はぁ、とため息を吐いてはそこからまるで逃げるかのように気づけば自販機へと足を向けた。太陽の日が差し込み暖かい教室の部屋とは裏腹に校舎の廊下は冷えきっており、あぁ、やっぱりこっちの方が好きだと思った時に後ろから自分の名前を呼ぶ声がした。


「おぉー鍵山くんじゃないかー! こんなところで何をしてるんだい?」

「いやいや、見て貰えれば分かるでしょ桜子先輩。自販機に向かうんです」

「なーにー? 君も温かい飲み物が欲しくなった同志なのかなー?」

「んまぁ……実際問題寒いですし、そうなりますよね」


「やっぱりかぁ、でもね……この寒さとこのひんやりと鼻に入ってくる冬の澄んだ空気、私さ、嫌いじゃないんだ」


 小野桜子先輩、いつも自分の前では明るく振る舞う人なのだがその言葉を発した彼女は自分と近い何かを感じた。彼女の表情、冷めて落ち着いていた……。むしろ落ち着き過ぎて引くほどに。


「ははっ、なんか今の私らしくないよね」


 ――そう言う彼女の顔は痛々しかった。心の底で何かを諦めているかのように。


「いいや分かりますよ、それ。僕も丁度、そう思ってたんです」


「へぇ……そっか。君も、なのか」


 自分の発した言葉に対して彼女は黙り込んでは顔をにんまりとして、ほら、自販機に行くんでしょと言っては顔を隠した。


◇◇◇


 午後の授業は学校から程近いところに位置する公園でのフィールドワーク。どうやら動物の生態調査をするらしく皆揃って池の方へと歩いていく。自分はその途中で面倒になり、サボることを決めては池へと向かう反対の方面にある丘に向かう。その丘はよく使うサボりスポットの中でもお気に入りの場所だ。今日は日が出ているし、丘上にあるベンチはさぞ心地が良い事だろう。木々に囲まれたその場所からは優しい木漏れ日が差し込み、この季節なら少しひんやりとした風が訪問者を包む。お目当ての場所へ辿りつくための勾配のある階段を登り切った僕は、そこにある光景を見ては息を飲み込んだ。

 ベンチに腰掛けて、手には本を広げている。そして風にたなびく髪を抑える様に、長いその髪を耳にかける仕草はとても心が惹かれる瞬間だった。

「……なんだ、先客か」

 気づけばそう呟いてしまっていた。元々は一人でこのスポットを満喫する予定が先客により崩れたのだ。そう呟いてしまっても無理はない。それに反応するように先客は本をバタンッ、と閉じては顔を上げた。

「なんだって、何だよー。君がここに来たりしているのを知ってて私も来てみたっていうのに」

「そりゃあ、桜子先輩だったら……なんだ、ってなりますって。何だか最近校内で会いますね」

「そうだねぇ……。君、鍵山くんとは波長が合う気がするからね」

「なんですかその波長って……」

「そのままの意味だよ? 君ってさ、クラスには馴染んで付き合いをしているのかもしれないけど実際それってさ……合わせてる、だけであって本心からは楽しんだり……悲しんだり、時には喜んだりしていないんじゃないの……?」

「……!」

 桜子先輩のその言葉に僕は返す言葉が見当たらなかった。その言葉は僕のこれまでの学園生活を見透かしているかの様な言葉であったからだ。

「君さ、心の奥底からワハハって笑った事ある……?」

「……あ、ありますよ」

「いいや、それは嘘だね。その言葉はまさに本心じゃあ無いよね」

「……ッ。なんで分かるんですか、そんな事……ッ」

「分かるんだよ、私には。何せ、波長は合うからね」

「……一体全体何なんです、その波長波長って。僕には全く理解できないですよ」

「……簡単なことだよ。ねぇ、鍵山賢士くん……突然だけどさ、十人十色っていう四字熟語を知っているかい?」

「……そりゃ知ってますけど」

「あれってさ、単純に十人いたら十人分の色があるっていうことになるよね。だけどその色たちの元になる原色ってものもあるあるわけで」

 桜子先輩が何が言いたいのか、僕には分かる様な気がしていた。

「私が思うに人間ってさ二色だと思うんだ。自分の個を重んじ、突き通す者。そして周囲の強い個に流され染まってしまう者。まるで白と黒の様にさ」

「白と、黒のように……か」

「そう、白と黒。最初はピカピカで美しい純白であってもその周りに黒があればじわじわと黒に染まっていってしまうんだ……こういうことわざもあるよね、出る杭は打たれるって」

「……先輩はこう言いたいんですよね、その個が強い者、つまり白色は打たれてしまうと。だけど、それでも打たれまいと今の学園生活を送っているのが……それがの僕たちだと」

「ふふふっ、分かってるじゃん。そうだよ、だから君とは波長が合うんだ」

「なるほど……なるほどですよ、そういう事だったんですね」

 意味をやっと理解できた僕は、思わず頬が緩んだ。

「はははっ……やっと笑ったね鍵山くん? いつもなんかふてくされてるんだか知らないけどムッと何かを考えている様な顔つきだったからね」

「何ですか、先輩。僕を心配してくれてたんですか?」

「さぁねぇー? どうだろうか?」

「そうやって誤魔化すんですね、先輩は」

「誤魔化してなんかないよー、うん、誤魔化してない!」

「じゃあ何でこの場所知ってたんですかー?」

 僕のその発言にハッと自分の言った言葉を思い出したのか、桜子先輩の額に汗が流れる。

「僕がここに来たりしてるの、知ってたってことは僕の事心配してくれてたってことにつながると思うんですけども……」

「い、いやっ、それは……」

「でもまぁ、こういうのもあれですけど……有難う御座います、桜子先輩」

「急にお礼を言われてもだな……その……うん……どういたしまして」

「……だから今度からは僕も先輩の心配をしようかなって、思います」

 そう言う僕の脳裏には自販機へ向かっていたあの時の先輩の表情が浮かんでいた。

「なにせ、先輩とは波長が合いますからね」

 最後に言葉を無意識に付け足す。その言葉に桜子先輩は顔が赤らむのを見ては笑った。……ああ、これが本心で笑うってことなのかと自覚しながら。


◇◇◇


 ――放課後。今日の授業で使った教科書類は全てロッカーに叩き込み、軽くなったリュックサックを背負っては校舎の三階へ向かった。有言実行、桜子先輩の心配をすることにしたのだ。あの様子だときっと僕と同じでクラスでの生活は退屈なのだろうから。

 上級生の圧が凄い三年生の群衆を抜けて先輩のクラス教室へと辿り着くがどうやらまだ帰りのホームルームが終わっていないようだ。引き戸ののガラスからクラスを見ると窓際にやはり、本を読んでいる生徒が一人。そして少し待つとクラス担任が教室を出てから、ぞろぞろと生徒が教室を出ていくのを確認する。勇気を出してその流れに逆流して教室に入った。

「先輩、桜子先輩? 小野桜子先輩ー!」

 声を大にして言ったが良く見ればその耳にはイヤホンが入っていたため、聞こえていなかった。これは仕方ないと近寄ってはとんとん、と肩を叩く。

「桜子先輩、読書中失礼しますが……良ければ一緒に帰りませんか?」

 夕日が入り込む放課後のその教室で黙々と本を読んでいた先輩の姿はとてもサマになっていて声を掛けたら邪魔になるのは承知の上だったが……何故だろうか、この時の僕はすごく邪魔をしたいと思っていた自分がいたのだ。

「なんだこの邪魔する奴はと思ったら……なんだ、君だったか……ふふっ、良いよ。一緒に帰ろうか鍵山くん」

「なんだって、ひどくないですか……先輩方の重いオーラを抜けてここまで来たってのに」

「……さっきのお返しだよ。私もさっきそう言われたからね、仕返し仕返し!」

「……ぐ、確かに僕は先ほどそう言いましたね、ははは……これは一杯飲まされましたわ」

「ふふっ、ざまぁ見やがれってやつだよ鍵山くんよ」

 また、二人顔を合わせては笑い合った。この頃から先輩と一緒にいると本心でいれるような気がしてならなかった。


◇◇◇


 ――帰路の公園。日は既に落ちきっており、空は暗く風はひどく冷たい。

「桜子先輩って、いつもああやって教室とかで本読んでるんですか?」

 塗装が剥がれ落ちて、代わりに錆でギィギィ音を立てるブランコに腰を掛けながらそう言い放つ。

「いつも、とは失礼な。……って言っても最近はどうも周りに付いていけなくてね……その通りなんだけども、ね」

「はははっ、さっきの話だとまさに先輩……黒に飲み込まれそうですね」

「うぅ、うるさいなぁ……。でもこの世の中が生きづらいのがいけないんだよ」

「あぁ、それ。凄い分かるっすよ先輩……クラスのスクールカースト最下位な僕はクラスのリーダーの決めた事とかからは逃れられなくて、仕方なく従うしかなくて。今日も掃除をやらされてきたばっかりで。本当に生きづらいですよねぇ……」

「この学園生活もまさにそれよね、自分のやりたいことがあってもそれよりもクラスの事を優先させられる。皆一緒に……みたいなの、あぁうるさいんだよってなるんだ、私さ」

「なりますなります、僕も。それも自己犠牲で仕方なく合わせる、それで済むならちゃっちゃとやってしまおうって」

「私たちもあれなのかな、知らない間に周りの色に染められていくんだろうね……」

「だけど社会に出てみれば、個性と言う自分だけの色を求められたりしますし……矛盾ですよねこの世界」

「ふふ、本当にね……矛盾だらけ。世界には私は私しかいないというのに……」

「確かに、世界には僕らは一人なわけであって……それが当たり前であるのが普通なはずなのに学園生活でこれまで求められてきたのは、皆同じことばかり。そこから外れた者は時に仲間外れにされ、時にはいじめも生まれる」

「世界は残酷……だよね、本当に」

 僕ら二人は黙り込んでは、二人揃ってふと空を見ていた。今日の夜空は雲一つなく、星々が綺麗に僕らの瞳に映っていた。

「桜子先輩、僕は……僕らは一体どうしたらいいんでしょうね……」

 そんな事を呟いてみた。それに先輩は少し考えては口を開く。

「そんなの、簡単だと思うな。……足掻くしかないんだよ、きっと。私たちが自分を保ち、周りに飲まれるのが嫌だと思うならば足掻くんだよ、周りに飲まれないよう、溺れないよう……ただひたすらに。それがどんなに苦しくても、さ」

「ねぇ、桜子先輩。先輩は卒業後、どうするんですか……?」

「どうしたのいきなり進路の話なんて?」

「……良いから、教えてください」

「普通に大学進学するよ、あの隣の駅のとこ」

「……そうですか」

「……?」


「先輩、桜子先輩……僕決めました。僕も先輩と同じところ受けようと思います」


「ふふっ、どうしたの? いきなりさぁ……」

「先輩言ったじゃないですか、本心で笑っていないって。僕が本心でぶつかれる人が見つかったんですよ」

「それって……」

「そうです、そのまさかですよ。だから……その、待ってて貰えないですか?」

「待つっていうと……?」

「後一年、僕は必死で足掻きます……僕を突き通す為に。僕が僕である事を止めずに、そして周りの色に染まらないようただ、ただ足掻きます。だから僕と一緒に大学ではあるんですけどけど……その無色だった空白の学園生活を華やかにして、一緒にやり直しませんか……僕、頑張りますから」

 自分らしくない、そんなものは分かっていたがこれが本心なんだと自分で自分自身を再確認した。桜子先輩は僕の事を見透かしていたのか微笑んだ。


「ん……分かった。君を待ってる、私も君がいたら私自身でいれるような気がするし、何より君との時間は……楽しいんだ。だから……その、待ってる……よ?」


 先輩の先輩の返答とともに分かったことがもう一つ僕にはあった。あの時の自分に染みるような雨がなぜ心地よかったのか。それは僕が雨に似ていて、そして雨が僕に似ていたからだ。 雨は空を流れる雲から降ってくる。僕は流行やクラスの連中を真似てこれまで生きてきた。己を殺すことで周りが喜べば良いと。雨は果たして自分を殺すことで周りが喜ぶか? それは違う。雨が無くなれば植物は育たない。つまりは僕はただただ流されていただけなのだ。だからこれからは自分の個を貫き、足掻く。その先にいる先輩と波長を合わせていくために。


――必ず、追いついてみせますから。……ほんの少しだけ待っていてください。


 そう、本心へと強く刻み込んだ。これからはそれぞれの個が光り輝くあの綺麗な夜空になれるように……。

……ハッピーエンド?もたまにはいいよね、と思いました(いつもは後味悪いやつが好みな作者です)

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