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2017年/短編まとめ

きっと優しい世界で

作者: 文崎 美生

「誰でもいいから、優しくされたい」


人気のなくなったオフィスで小さく、けれど確かに響いた戯れ言を聞き入れた先輩の視線がこちらに向く気配がした。

それから数秒、私がそんなことを言う原因を思い出した先輩が、微かに笑う。


なんてことはない、ただのクレーム。

しかし、それを立て続けにとなれば散々で、それに加えて今日は体力ゲージであるHPが回復するようなこともなかった。

これは教会にでも行かないと回復しそうにないですなぁ、と背中をぐっと逸らす。

すると、お疲れ、といつもよりも優しげな声が耳へと届く。


「本当、疲れました……。なんか、途中から逆にハイになってきましたからね!」

「最後らへん、お前だいぶ無感情だったから面白過ぎたわ」

「いやいや、先輩が笑いこらえてるの見えて嫌だったんですけど!馬鹿にされてたみたいで!」

「あはは、悪い悪い。糖分補給する?」

「わーい。頂きます」


ひとしきり笑った先輩の背広のポケットから出てきた個包装のチョコを受け取り、すぐに口の中へ放り込めば、しばらく何も食べていなかったために、いつもよりも数倍口の中が甘さでいっぱいになる。

「でも珍しいですね、先輩が甘いものなんて」チョコを口内で溶かしながら言えば、先輩は思い出したように、ああ、と頷き「後輩から貰ったんだよ」と答えた。

成程、納得だ。


もう一つ、もう一つ、と食べていき、最後の一つを飲み込んだ後に「やっぱり、甘いものは世界を救いますね」と言えば、残念なことに砂糖もミルクも入れないブラックコーヒーを飲む先輩からは、同意を得られなかった。

下唇を舐めながら余韻に浸り「あー、美味しかった。お腹空いた」と零す。

続いて腹部が悲鳴を上げた。


「どっちだよ」

「いや、お腹鳴ったじゃないですか。だから、そういえば、お腹空いたなぁって」

「聞かなかった振りしてやったんだろ。……あぁ、うわ、もうこんな時間か」


軽口を叩き合いながら、腕時計に視線を向けた先輩は、そう言って眉を寄せる。

まあ、そんなことだろうとは思っていた。

どうせ一時間程度の残業、と思い気付いた時にはこの時間、なんてこと、先輩の失敗談としては良く聞く話だ。


お前鍵持ってたっけ?などと言いながら、パソコン内部のファイルを閉じ始める先輩に、私も慌てて帰宅準備を始める。

「まだ持ってないです」「後十分で帰る準備しろよ」私の返答に問答無用な先輩。

ならばお手洗いにも行ってこよう、と腰を上げる。


「あ、そうだ。お前どれがいい?」

「え?何がですか?」

「松屋、すき家、吉野家」

「……その三択なんですか?私は今日、カレーを食べたいんですけど」

「んじゃ、ココイチな」

「はーい」


私は私の食べたいものが食べたい、とアピールすれば、それはあっさりと承諾された。

しかし「後お前ね」先輩の言葉は続く。

「誰でもいいとか、そういうことはあんまり口にすんなよ」と、パソコンに視線を向けたままの先輩の小言に、はーい、と間延びしながらも聞き分けの良い返事をして、今度こそ席を立つ。


先輩だから、言ったんですよ、そんなことを言えば、この優しい先輩はどんな表情をするのだろうか。

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