透明
少年はいっそ透明になってしまいたいと思っていました。
物心ついてからずっと、少年は何かと人の悪意を引き寄せてしまうのでした。
少年の何かが周囲の人を苛立たせているのですが、少年にはそれがなんなのか分かりません。
学校でも少年は身を小さくし声を殺していますが、それでも人は目ざとく彼を見つけてしまいます。
家にいても両親は少年と目が会うたびに小言ばかりいい、気が休まりません。
毎晩布団の中で彼は、どうして皆僕をほっといてくれないのだろうと思い、
いっそ透明になって誰も自分に気が付かなくなることを想像しながら眠りにつくのでした。
――ある日、少年が目を覚ますと、何かが変わってしまった、という感覚がありました。
それがなんなのか分からないまま、部屋を出ました。
母は台所で朝食を作っており、父親は出社の準備をしています。
少年がその場にいるのに、両親は少年がまだ起きてこないとぶつぶつ言っています。
そこで少年は気が付きました。彼は本当に透明になっていたのです。
両親に話しかけようとしましたが、声も出なくなっていました。
少年はしかたなく彼らの姿を眺めています。
母親は朝食の目玉焼きをフライパンから皿に移しています。
父親はネクタイを結び終え、腕にいつもの時計をつけています。
小言を言われるのが嫌でいつもは両親を避けていましたが、
その心配から自由になって眺めていると、彼らの表情や手際のよさは、なんとなくキレイだなと思いました。
もっと早く気付けたら良かったなと、少年は思いましたが、
もう、彼らに見てもらうことも、話すこともできません。
朝食の準備ができ、母親はいつまでも起きてこない少年を起こしに行くようです。
少年はその母の姿に背を向け、玄関の方へ、そしてそのまま扉をすり抜け、
朝の日差しの中へと消えていきました。