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麗列車  作者: 新村彩希
7/7

最終日

 何で、莉桜さん……言ってくれなかったんだよ。

 でも、もう過ぎたことは言っても仕方がない。拓人は全速力で走る。懐かしい景色。左へ曲がって、右へ曲がって……祖母の家は、複雑な道の奥にある。

 案外、覚えているものなんだな。それにしても何故だろう、さっきは祖母に会うのが恐ろしかったのに、今は不思議と怖くなかった。 

 坂がキツかったが構わず走った。もう、この先だ。


 祖母の家の前には、見慣れた黒い車が停まっていた。

 「な、何で……?」

「拓人!! あんたどこ行ってたの!?」

「母ちゃん……何でここに……。」

 そして拓人が家に近づくと、拓人の母が飛び出してきた。

 「唯一の心当たりがここだったのよ。でも、まさか本当に……。危うく警察に電話かけるところだったわ。無事で良かった。」

母は拓人を抱き締めた。久しぶりに感じる母の温もり。涙が、また出てきた。


 「拓人くん! まあこんなに大きくなってー。」

「ばあちゃん! やばい、何年ぶりだよ!」

 家にはいると、何年ぶりに会う祖母がいた。シワが増えたが、その雰囲気と柔らかさは前と全然変わらない。

 「拓人、りつ子さん……。本当に、今まで会わせなくて、ごめんなさい。」

「いいの。また会えたことだし。それより何回もそれ言わないの。私は大丈夫。」

 祖母はそう答えたが、拓人はあまり理解ができなかった。母はもう一度頭を下げた。拓人はあせる。

「今までおばあちゃんやお父さんに会わせることはできたの。でも、私の決心がつかなかった……。本当に、ごめんね。」

「良いよ、俺まだ小さかったし。」

 じゃあ何で離婚したの、とは言わなかった。言ったら、負けな気がした。


 「そ、そういえばばあちゃん。庭は?」

「ああ、あるよ。行きたいのかい?」

「う、うん。じゃあ行くね。」

 庭へはリビングを通らないと出ていけない。拓人は流行る気持ちを押さえて、ゆっくり進んだ。

 やっと莉桜さんに、いや、久しぶりの光景だった桜の木に会える。

 大好きだった。小さい風景が。この庭が。

 桜の木。何度も遊んだっけ。確かに笛も吹いた気がする。

 震える手で、窓を開けた。


 でもーーーーーー。忘れていた。


 「ああ、桜の木ね。台風すごかったんだそれで倒れてしまってなあ。」

「拓人は、よく遊んでたわね。」

「あんまり近づかんといてなあ、危ないから。」




 麗列車は、死んだものが乗る列車。

 莉桜さんは死んじゃったんだ。

 自分で言ってたじゃないか。私は折れて死んだって。何で忘れるんだ。

 何でまた、桜に会えると、満開の花を咲かせてくれると思ったんだろう。

 せっかく止まった涙が、また溢れ出す。




 「あら、拓人桜好きだったの? 泣くほど?」

「そうねえ。思い出なんだろうなあ。」

 拓人は、へなへなと力が抜けた。そして感情が爆発したかのように、延々と泣き続けた。




 拓人が落ちついた頃はもう8時を回っていた。

「大丈夫かい?」

「……ごめんなさい、急に泣いたりなんかして。」

「良いんだよ。また何かあったら来なさい。おばあちゃんが手作り料理つくってあげる。だから今度は普通に来てな。家出なんかしたらだめだよ。」

「うん、分かった。」

「もう今日は拓人くんも美世さんも泊まっていきなさい。遅いし。」

「えっ、悪いですよ! 失礼すぎます……。」

「良いのよ。おばあちゃんも独り身だしね、慣れてる。あと少し美世さんも休みなさい。」

「じゃあ、お言葉に甘えて……。拓人、今日はおばあちゃん家に泊まろう。」

 母と祖母は、こんなにも仲が良かったのか。少し疑問に思いながらも、拓人は頷いた。


 それから一時間後。拓人は風呂に入っていた。久しぶりの光景に思わず目を細めた。こんなに湯船小さかったっけ。

 夜ご飯は、泣き終わったあと祖母が作ってくれた。ハンバーグ。変わらない愛情のこもった手作りで、また泣きそうになった。

 ……そういえば、まだ母ちゃんに謝ってないや。あんなにも謝れって言われたのにーーー。出たら謝ろう。

 それにしても、体が疲れていた。異世界に行ったからだろうか。泣きすぎたからだろうか。どちらにせよ、もうすぎたことだから仕方がない。

 一瞬意識を手放しそうになったが、無理やり目を開けてなんとか湯船から出た。


 寝室に戻れば、布団が3つ敷いてあった。もう寝る気満々だな。しかしまだ、祖母と母は風呂に入っていない。あ、先に入っちゃって良かったのかな。まあいっか。無意識のうちに癖の自問自答がでて拓人は一人で赤面した。


 ドライヤーを取ろうとリビングに戻れば祖母と母がいた。二人は明るく談笑していた。

 拓人は話しかけづらかった。さっき、謝ろうと決心したばっかりなのだ。しかし、あの雰囲気に話を割り込むとそれを壊してしまいそうで怖い。

 ……でも、言わなきゃ。俺、言ってしまったから。謝れる気がするって……。

男に二言もくそもない。言おう。

 「あの、ばあちゃん、母ちゃん。」

「ん? どうしたの?」

「今日は迷惑をかけて、本当にごめんなさい。……成績が、部活が、自分が、何もかも嫌になってしまって。それで、こんなことした。ごめんなさい。おばあちゃん家に行こうとしたのは、……本当は父ちゃんに会いたいからだと思う。行ってはいけないってわかってたけど、来てしまった。本当にごめんなさい!」

 拓人は、たどたどしくそう言った。何度もつっかえた。文章も、ぐちゃぐちゃ。しかし、拓人なりに頑張ったつもりだ。

 母と祖母は、顔を見合わせて、そして爆笑した。

 「あっはっは! 拓人が反抗期中こんな風に謝ってくれるの滅多にないわね。もう、いいわよ。あんまり負い目感じないでちょうだいね。あなたはストレスが溜まりまくってたんでしょ、それで家出という暴挙に走ったんでしょ。もうストレスを溜め込まないで。」

「そうだね。拓人くんはよーく反省してるの、おばあちゃんたちわかってるから。とにかく、今は早く寝なさいね。自分のガス抜きしてね。」

 拓人はただただ唖然としていた。てっきり怒られるかと思った。でも、もういいよと言われた。もう、大丈夫だよと。


 たっくんは、思い詰めすぎなんだよ。


 案外、そうかもしれない。この世で生きるのは、もっと気楽でいてもいいのかもしれない。

 「……ありがとう。」

 拓人がそう笑うと、二人も微笑んでくれた。



 「そうそう拓人、これからおばあちゃんと二人でレストラン行ってくるから。」

「えっ! 何で?」

「……もっと決まってから言おうと思ってたんだけど、お母さんね、お父さんとより戻すかもしれないの。まだ、確定じゃないけど……。今日はその話し合いなんだ。」

 え。えっ? 父ちゃん戻ってくるの!? え!?

「え、それ、本当なのか?」

「うん、実は二ヶ月前、連絡が来てね……。それで、ちょくちょく話し合いしてたの。おばあちゃんも来てくれて、それで仲良くなったのよ。

 ごめんね、秘密にしてて。それが嘘になる可能性もあるから、言わないでおいてたんだけど。でも、もう九割は確定かな。

 拓人、いいかな? お父さん、戻ってきても。」

「良いよ! もちろん! ただ、今日は会わない。疲れたし、もっと成長した自分を見せたいんだ。」

 「分かったわ。それは良かった。お父さん、きっと喜ぶわ。じゃあ、行ってくるわね。」

 二人はもう準備していたのか時間かかることなくすぐに家を出ていった。なんか謝ってから嵐のように時間が去った気がする。でも、良いか。これがうちの家族。懐かしい雰囲気。

 


 拓人は髪を乾かし終えると、布団の真ん中に入った。

 電気を消して、寝る体制にはいる。しかしさっきはあんなに眠かったのに今は興奮して眠れなかった。窓を見る。この寝室から、倒れてしまった桜が見えた。少しだけ、寂しくなった庭。何もなくて、まるで穴が開いたようだ。莉桜さんも、杉菜も、ここの庭にはいない。もう、誰もいない。

 

 でも、この景色も、小さな花々がきっと美しくしてくれるのだろう。永遠に忘れることのない思い出となるだろう。そう、教わったから。

 なんとなく考えていると、興奮も収まり、疲労だけが残った体は眠気に襲われていた。早く、こっちへおいで。誘われてるような気がする。拓人は目を閉じた。

 徐々に、眠りに落ちていく。思考回路の光が、だんだん暗くなっていった。





 ……今日は素晴らしい日だった。たくさんの人に出会えた。自分に気づけた。少し怖かったこともあったけど、とても楽しかった。

 明日になったら、浩二さんのCDを買おう。季節外れだけどつくしを探してみよう。桜の前で、もう一度笛を吹こう。

 何となく、夢の中の体験だったような気がしてくる。おぼろで、幻の記憶のような気がしてくる。

 でも、それはない。ちゃんと一緒に過ごした時間は存在していた。莉桜さんからもらった手紙が、それを物語っている。


 なあ、莉桜さん。俺は、もう弱虫でネガティブでバカでアホな中学生じゃないよ。もう、変わったから。だからさ、もう莉桜さんがいなくても平気。

 もう、悩まないから。

 ずっと、笑っているから。

 

 誰かに約束した少年は、完全に意識を手放した。






———————————————————————————




 「まもなく、終点~終点~」

 アナウンスがかかる。もう、聞くのはこれが最後だ。

 今まで、何度も繰り返し自分を傷つけてこの列車に乗ったのだ。少しくらい、懐かしんでも良いだろう。

 ああ、私もついに最後かあ。

 すこし寂しいけど、まあ年相応ってことで。

 


 ……はは、たっくん、私、さっきも言ったけどやっぱり怖いみたい。足は震えるし冷や汗はかくし動悸がするし。

 でも、たっくんはこんなことがあっても負けないよね。だから私も負けない。

 絶対、勝つよ。自分との戦いに。負けたくない。

 もう、恐ろしいことなんてないからね。


 約束された少女は、未来を見ながら列車を降りた。

 

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