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麗列車  作者: 新村彩希
5/7

三日目 1

今回も二つに分けさせていただきます。

「たっくん、そろそろ起きよう? もう11時だよ。」

拓人はその声で目覚めた。昨日とは違い、莉桜が先に起きている。

 「おはよう……。」

「うん、おはよう。顔洗ってきちゃいな。あと七時間で鎌倉に着くからね。心の準備はしておいたほうがいいかも。」


 莉桜はもう準備を済ませてすることがないのか、ボーッと突っ立っていた。

 「あの、莉桜さん……大丈夫? 辛いのか?」

「ううん。私も今日……まあ正確に言えば真夜中の午前一時だけどさ、私も終点につくんだよね。ちょっと感慨深いなって、思ってただけだよ。」

「そっか。なら平気だな。じゃあ、顔洗ってくるな。」

「オッケー。いってらっしゃい。」

 莉桜は力なくそう答えた。拓人は気になるが、莉桜がそう言っているのなら大丈夫だろう。拓人は廊下に出る。

 さすがに最終日だけあって車内は混雑していた。雰囲気もいつもののんびりとした感じではなく、少しだけ哀愁感が漂っている。外の天気もまだ分からず、それが一層皆を悲しくさせた。


 部屋に戻って来ると、莉桜はいつものブラウスではなく淡い桜色の綺麗なワンピースを着ていた。

 思わず見とれてしまう。

 「ははは、ビックリした? 最期くらいは、おしゃれしたいと思って。変かな?」

「いや、全然似合ってると思う。俺、ビックリしたよ。何か全然雰囲気違う。すごく大人っぽい……。」

「え、それいつもの私は子供っぽいって言いたいの? まあそうなんだけどさあ、いや、違うよ! 私はいつも大人っぽいよ!」

「よく言うよ……。」

 拓人は自分のベッドに腰掛ける。時間は十一時半。鎌倉に着くのは六時だから、うん、あともう少しだ。


 少しだけ泣きそうになる。いや、泣くのはまだ早いだろ。必死に涙をこらえた。いくらか時間が経つとその波も治まり、心はまだ余韻に浸っているが涙は出てこなかった。

 そんなこんなで拓人が自分と戦っていると、莉桜も拓人の横に腰掛けてきた。

 「たっくん、お話ししようかな、私。」


 

拓人は唾を飲む。え、唐突に。本当ですか。あっさりですね。言葉は浮かんでくるのに声に出せない。いきなり過ぎて。莉桜は話始めない。なんとも言えないむず痒い雰囲気。莉桜さん、早く話始めてくれ。何か怖い。

 「……莉桜さん?」

「ああ、ごめんね、本当にたいした話じゃないからね。期待しないでね?」

莉桜は、いつもの調子に戻り、笑顔を浮かべると、話始めた。



 ーーー私は、とある家の桜の木だったの。そのお家はね、大きくはなかったんだけど、すごく幸せそうな家族だった。四人家族だった。父、母、お兄ちゃん、弟。弟くんはいつも私のそばにいてね、

「桜さーん、お絵かき!」

っていつも見せてくれてたの。嬉しかったなあ。

 もちろんお兄ちゃんも弟くんと一緒に遊んでてね、"莉桜"って名前はお兄ちゃんがつけてくれたの。そう、四人でおままごとをしていたとき、桜さんはお母さん役ね、じゃあお名前は莉桜!ってね。男の子でおままごとって変かな?でもかわいいよね。あ、名字の櫻井はその子達の名字だよ。


 ちょっと話がずれちゃうけど、私は一応二百年生きていてね、色々世の中は見てきたつもりなの。でも、案外井の中の蛙だった。全然知らなかった。それがね、不幸をまねいちゃうの。


 話を戻して、それでまあ毎日幸せに暮らしてたの。でもね、ある日ーー不幸に不幸が重なってね、色々あったの。一つ一つ話していくね。

 一つ目。お父さんの会社が倒産しました。あ、いい忘れてたけどその頃は戦争しててね、倒産するのは日常茶飯事だったんだけど、それでも一家に被害は大きかったみたい。

 二つ目。お母さんが亡くなりました。病気だったみたいで……。皆、すごくすごく悲しんでた。私は、どうすることも出来なかった。最後のお母さんの

「さくら、綺麗だね……。」

が忘れられない。花は、咲いてなかったのに……。


 三つ目、これは私のせい。お母さんが亡くなって一ヶ月後、そうそう一昨日きた台風くらいの暴風雨が、町に吹いてね。私は必死に踏ん張ってたんだけど、……一瞬気を緩ませたときに。二番目に太い枝が、折れちゃって家族のお家を直撃してね。家が崩壊したの。

 そのとき、私は意識がなくなって気づいたら麗列車に乗ってた。枝が折れたことで"仮死状態"になってたみたいで。たっくんと同じ感じ。臨死体験してた。


 それで私も鎌倉で降りて、気づいたら桜に戻ってた。家は倒壊したまま……。でも、私が帰ってきた翌日、1月……だったかな。戦争は終わったみたい。

 ここで四つ目。弟が行方不明になった。倒壊した家の下敷きになってたっぽいんだけど、いなかった。

 全部私のせいだった。見てられなかった。毎日泣き叫ぶお父さん、それをなだめるお兄ちゃん。お兄ちゃんだって悲しかったはずなのに……。

 五つ目。お父さんが、私の木で、首を……。ああ、ごめんね、たっくん。辛くない? 大丈夫? 良かった。

 

 それで、私はものすごく後悔した。私はその時寝てたんだ。気づいていれば、枝を自分で折るくらいできたのに……。助けてあげられたのに……。

 お兄ちゃんは、別の町へ去っていった。その時の表情、忘れられない……。悲しみに満ちた顔。全部、私のせいだった。


 私は、死にたくなった。もう、生きたくない。誰か、私を切らないかな。そんなこと毎日考えてた。でも、無理っぽいね。長く生きすぎたせいかな、天然記念物に指定されてたっぽい。

 それで、私は自分で自分を切れることに気がついた。力めば、枝がおれたんだ。だから私はまず少し太い枝を自分で折ってみた。そしたらまた麗列車に乗ってた。

 それを9回続けたんだ。もう、疲れはててたんだけど、押さえきれなくて。でも、十回目をしようとしたとき、とある男の子が私の前に座ったんだ。弟くんと、瓜二つだった。

 その男の子は、笛を吹いてくれた。私はなんとか十回目をしないですんだ。その男の子は毎日遊びに来てくれた。男の子は一年くらいでいなくなってしまったけど、私にとって命の恩人でかけがえのない大切な思い出になったんだ。


 そこから私は、植物の皆と話すようになった。そう、杉菜ちゃんや奈瑞菜ちゃんとかとさ。楽しかった。

 でも、一昨日の台風で私は根こそぎ持っていかれました。歳だったの。倒れる方向は家と逆向きにしたから、誰も被害は受けてないよ。私はそこで初めて(•••)死んだ状態で麗列車に乗ったよ。あとはたっくんも一緒にいたよね。


 「話は以上です。何かごめんね! 人に話すの初めてでさ、文章がぐちゃぐちゃになっちゃったと言うか……。」

 拓人は莉桜の顔を見ると、その勢いのまま莉桜を力一杯抱き締めた。

 昨日の杉菜以上の力で。

「たっくん……?」

「ごめん、今は、今はこうさせてくれ……。どうしようも、なんねえ……。」

「たっくん、心配してくれてるの? ありがとう。私はね、すごく幸せなんだ。こんなことがあって、弟くんたちの家族に言っていいのか分からないけど、ものすごく幸せだよ。たっくん、私はたっくんに会えて嬉しいな。こんな心配してくれる人に出会えて、私はもう悔いはないよ……。」

 莉桜は、拓人の背中を撫でながらそう言う。拓人は、ふと莉桜はお姉さんだな、と感じた。人生の先輩。たくさんことを経験してきた体。この三日間で言ってくれた言葉、絶対に忘れないようにしよう。


 「たっくん、食堂行こう。お腹すいてきちゃった。」

「そうだな。最後だしな。行こうか。」

「私はまだ一食分あるんだけどね。行こう—!」

 莉桜は体を離し、立ち上がる。するといつの間にか拓人の手を繋いでいたのか、それを思いっきり引っ張った。拓人はよろめきそうになったが、なんとか踏ん張り、莉桜を睨んだ。莉桜はクスクス笑い、部屋を出た。あとに拓人も続く。


 

 二人は席に着いた。ウエイターを呼び、拓人は最後ということで寿司と茶碗蒸しと天ぷらとデザートのセットを、莉桜もつられてそれにして、料理が来るのを待った。

 「たっくん、そんなに落ち込まないでよ~。私は大丈夫だから、ね?」

「いや、そうだけどそうじゃなくて……。俺、莉桜さんの話聞いて、馬鹿馬鹿しくなったんだ。自分の悩みはどれだけちっぽけなんだって。杉菜や浩二さんの話も莉桜さんのように深刻な悩みだったのに。なのに俺はあんな小さいこと悩んでたの、恥ずかしいと思ったよ。」

拓人はため息を着く。


 「はは、まあね。ここは人生の終点だからね。大体乗ってくる人はおじいちゃんおばあちゃんが多くて、たっくん何かより壮絶な体験した人多いから。だからたっくん、これからは小さなことでもあんまり悩まないでね。テストの点数とか、前も言ったけどもっと下の人いるし。私なんかにやらせたらほぼ0点だよきっと。だから家出とかもうしないでね。」

「もちろん、こんな体験したらこりごりさ。」

拓人はふっと笑った。すると莉桜は驚いた表情をした。

 「どうした?」

「いや、ごめんね。今日始めて笑ったなって。たっくんの笑う顔、やっぱり好きだなあ。笑うとき少ないからさ……。人は表情があるから、いっぱい笑った方がいいよ。植物は、喜怒哀楽すら表せないからね。」

「俺、そんなに笑ってなかったか?」

「うん。あんまりね。でも今笑ってくれたし、私は十分だよ。」

 莉桜は微笑んだ。拓人もまた、笑った。


 「莉桜も、今日でいよいよだな。」

いきなり、誰かに話しかけられた。声の主の方を見れば、それは車掌だった。

 「次郎さん!」

「車掌でいいよ。たくっ、昨日は大変だったんだぜ? お前らが変な騒ぎ起こすから。おっ、今日はボーイフレンドを連れてるのか? これは失敬。お前はほどほどにしとけよ?」

「そんなんじゃないよ! あ、たっくんごめんね。彼は麗列車車掌の次郎さん。怖いけどいい人だから。」

「怖いとは何だよ! まあいいや。俺は六十年間車掌やってる大ベテランだぜ。ただ、時間経たねえから今もこうして20代の体でいれるんだわ。お前は? たっくん?」

「ああ、拓人と申します。俺は鎌倉で降ります。」

「ああ、マジ? じゃあ今切符見せてもらっても良いぜ。あと楽だし。」

拓人は切符を見せる。次郎はチャキチャキっと端を切ると拓人に返した。

「これで駅員に、次郎に見せたって言ったら分かるからな。」

「ありがとうございます。」

「そっか、お前はまた死んだら麗列車に乗るのか。莉桜と同じパターンか? まあでもいいや。次会ったら俺のこと呼んでくれ。拓人、その名前きちんと覚えてやっからよ。じゃあ俺そろそろいくわ。莉桜、後で話そうぜ。」

「うん、鎌倉過ぎたらね。あ、ちょっと待って!」

莉桜は次郎を呼び止めた。何かを耳打ちしている。

 「たーっく分かったよ。やりゃあいいんだろ? お前の最後の望みだし。んじゃあやっとくわー。またな。」

「ありがとう! 次郎さん!」

 次郎は去っていった。


 「何かすごい人だな。莉桜さんは知り合いなのか?」

「うん。ほら、普通麗列車って人生で一回しか乗らないじゃない? まれに二回乗る人もいるけど。でも私は今回合わせて十回乗ったからさ。さすがの次郎さんにも覚えてもらったの。まだ麗列車に乗って一も分からないときに色々なことを教えてくれたんだ。優しい人だよ。」

拓人はそっか、と相槌を返す。優しいんだ。そりゃ、六十年もいればそうなるよな。ていうか麗列車に乗っままってことは駅に降りたことないのかな。次あったとき聞いてみよう、一人悶々と考える。


 しばらくするとウエイターが寿司を運んできた。大トロがたくさん。旨そうだな。今ここで贅沢しておかないと鎌倉に戻ったときげんなりしそう。最初にサーモンを食べる。

 「寿司は日本の味だねえ! ああ、美味しすぎるー。」

「本当だな。……あ。」

 「まもなく、三途駅、三途駅~」

アナウンスがかかった。降りる人は少ないのか、食堂からは誰一人ドアに向かわない。しかし天国の次に有名な三途の川とあって皆は落ち着かない様子でいた。

「もう三途駅。早いな。」

「驚くのはまだ早いよ。あとねえ、三分くらい待っててね。そしたら、もっと驚くから!」

莉桜はニコニコしながらそう言い放った。その言葉は三分間は話しかけるなという意味も含まれているように思えて、以降何も話せなくなってしまう。


 「たっくん、目つむってくれない? ちょっとだけ!」

「ああ? 何訳の分からないこと言ってるんだ……。」

「お願い! 良いでしょう?」

 拓人は仕方ないといった風に目を閉じた。周りは相変わらず騒がしかった。しかし目を閉じ暗闇にいたので、なんとなく独りな感じが否めない。取り残され野郎。今の俺のあだ名はきっとこうだ、そんなくだらないことを考えながら莉桜を待つ。

 

一瞬、本当に取り残されたのかと思った。


 周りの皆が黙る。あんなに騒がしかった車内は、静寂に包まれていた。

 え、何。ワッツハープン? さすがに不安になり、莉桜に話しかけよう、そう思ったその時。

 「たっくん、目、開けていいよ!」

 少しだけ声が震えている莉桜が、やっとオーケーを出した。

 拓人はすぐに目を開ける。

 「え、な、何、これ……!」


 列車はトンネルから抜けていた。太陽がこちらを向いている。

 外の景色は、涙が出そうなくらい美しかった。大草原。そしてその間に咲く小さな花たち。遠くに、かすかに見える古びたビル街。そして、穏やかに流れる川。まるで、今までに見てきたのを足して割ったような、そんな景色だった。


 「綺麗でしょ。ここが今までで一番の見所なの。あの川が、かの有名な三途の川だよ。でも、あの川だけじゃなくて全体が素晴らしく綺麗でしょう。そう、麗列車の名前の由来はここから来てるんだ。綺麗の麗をとって、名付けて麗列車……。しばらく、景色を見といた方がいいよ。また、トンネルに入っちゃうからね。」

 電車はゆっくりと減速していった。

 電車が停まる。無人駅だった。降りる人は少ないためか電車は数十秒で発車した。デジャヴかな。莉桜はなんとなく思う。拓人は、窓の外を食い入るように見つめていた。


 やっと、気づいたんだ。生きる意味。自分が、死にたいって思った理由。どうして、逃げてしまったのか。家出、してしまったのか……。

 怖かったんだな、ただ生きることに。まるで幽霊のように毎日を淡々と過ごして。特に変わったこともなくて。こんななら、死んだ方がましって。だから自分の責任を家族に押し付けて、俺は逃げた。

 でも、逃げてはいけないんだ。俺わかった。この美しい景色は、小さな植物やたくさんのビル、そして川と太陽とで成り立っている。俺たち人間はきっと、この植物やビルなんだ。誰一人いなくなってはいけないんだ。一人でもいなくなってしまったら、誰がこの景色を成り立たせる? 周りが悲しんで、植物は枯れてしまうかもしれない。ビルは崩れてしまうかもしれない。そうしたら太陽も川も、美しいから汚いに変わってしまうだろう。


 だから、生きなければならない。この景色、地球に、いらないものなど存在しない。だから———。


 列車は、再びトンネルに入っていった。


麗列車、残り二部です。よろしくお願いいたします!

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