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麗列車  作者: 新村彩希
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二日目 2

お久しぶりです。今回は半分以上杉菜の話となっております。よろしくお願いいたします。

 拓人は急いで風呂を出た。二人はもう、外で待っていた。拓人は軽く会釈する。杉菜も、軽く返してきた。

 「たっくんさんですか? どうも、杉菜です。」

杉菜は背丈が莉桜と拓人よりも低い。見た目で言うと13歳くらいに見える。しかし上品で、立ち振舞いから見ると二人よりも大人に見えた。


 「どうも。たっくんさんではなくて、その、拓人で大丈夫です。」

「拓人君ですか。カッコいい名前ですね! 私のことは杉菜とお呼びください。あと、私のほうが全然年下だと思うので、どうぞため口で。植物界での年は15歳なんですけど、人間の年で考えるとまだ一歳半なので。」

「えっ、そうなのか? じゃ、じゃあ杉菜……よろしくな。」

「はい。楽しみです!」

 拓人はここで人見知りが発令された。人見知りにとって初対面は恐怖。言葉を噛む。焦る。動機がなる。目を合わせられない。どうしよう。混乱。


 そんな拓人とは裏腹に、莉桜と杉菜は女子トークに花を咲かせていた。今日、なに食べる? 私は、今までずうっと食べたかったラーメンを食べます!

 二人は拓人を置いて食堂へ向かう。なんと理不尽な。拓人はとぼとぼと二人の後ろをついていった。結局、どこでも男子は女子に勝ることはない。


 「拓人君は、終点で降りますか?」

「いや、鎌倉駅で降りるよ。杉菜は?」

「私は欠片駅で降ります。莉桜さんは?」

「私は終点で。いやあ皆降りるところ違うんだねえ。」

三人は席についた。今までで一番良い席。一番大きな窓の真ん前。少しだけ気分が上がる。三人はそれぞれオーダーし、再び話始めた。

 「そういえば、欠片駅って。聞いたことないなあ。どこの駅? 次、三途駅じゃないの?」

「欠片駅は、つい最近、一ヶ月前にトンネル内に出来た新しい駅だそうです。なので欠片駅、三途駅、鎌倉駅、終点の輪廻駅です。欠片駅は今日の夜中3時に着きますね……。駅は名の通り欠片を探せる駅で、記憶や思い出をなくした方々が降りる駅なんです。この駅は、例外で切符を持っていなくても降りることができます。ただ、降りたら最後、自分の存在が消えます。跡形もなく、なくなってしまうのです。永遠に……。私は、……それでも降ります。記憶を、忘れてはいけない大事な記憶を、ちょっと……。何て言うんですかね、その、私は、」

「えー、何? 私は?」

杉菜は言おうか迷っていて軽くぼかしていた。しかし莉桜は間髪いれず言わせようと促した。いつか、話したほうが楽だよ、と言っていたのを思い出す。

 杉菜は一回深呼吸をして、その勢いのまま一気に喋った。


「私たち植物は、子供ができます。勿論見ることはできるし、植物同士だったら話すことだってできます。ただ、私はスギナーーシダ植物なので、愛する相手はいませんでした。皆は楽しそうに未来の話をしているのに、私だけ置いてけぼり。その頃は、親友の奈瑞菜もいなくて、ただ一人ぼっちでした。……あ、莉桜さんはきっと私に気づかなかったんだと思います。まだ小さかったし。

 話を戻しますが、そんな私を助けてくださったのは同い年の方でした。カナムグラという、誰でもどこかで、見たことのある植物だと思います。彼は一人ぼっちではありませんでした。仲間がたくさんいて、いつも幸せそうな……。私になんて目もくれないような、人気者だったんです。

 でも、話しかけてくださいました。何、一人なのって。皆と話さないのって。私は、ーーー怖かった。周りにシダ植物はいなかったんです。いや、いたんですが皆死んでいました。もう、ご老人だったから。

 だから最初は彼を無視しました。今思うと最低な行為ですが。それでも彼は私に話しかけてくださった。次第に、仲間が離れていってしまっていたのに。

 私は簡単に恋におちました。理由は簡単です。優しくされたから。ただ、許されない恋でした。植物は、同じ種類じゃないとできません。人間だって同じでしょう。人間と、ネコはできないでしょう。

 そこからは苦しかった。でも、彼は構わず話しかけてくれました。私も、少しずつそれに答えるようになって。仲良くなるのも、簡単でした。

 でも、それから一週間後。暴風雨が私たちを襲いました。

 莉桜さんと私以外、皆、どこかに行ってしまっていた。

 彼は、根すら、いなくなってしまっていた……。」

 

 それから杉菜はどのくらいうつむいていたのだろう。さすがの莉桜も黙っていた。周りが騒がしい。拓人はいたたまれなくなって視線を泳がす。時計は八時半を指していた。

 「その一週間は、かげがえのない大切なものでした。なのに私は、時と仲間が増えると共に、その大切なものを忘れてしまった。 

 私は、思い出したいのです。消えても。それくらい、幸せだったから……。」


 ウエイターがやっと料理を運んできた。でも、食べれる雰囲気ではない。

 「話は以上です。さあ、食べましょう。私も、最後の晩餐です。そんな暗い顔しないでください。もう過去話です。楽しく、」

「杉菜ちゃんどうして私に相談してくれなかったのさ! 話したほうが重荷もとれるのに!」

いきなり莉桜が喋った。いや、叫んだと言うほうが近いかもしれない。二人は驚いて莉桜を見る。杉菜は十秒ほどで言葉の意味を理解すると、こう言った。

 「確かに、話したほうが楽かも知れません。でもそれは莉桜さんの価値観でしかなくて、話さないほうが楽な人もいます。特に私の場合は話したところで何になる? ってわけです。得なんてものありません。寧ろ話して、軽蔑される損のリスクのほうが高いです。でも、あなた方二人は信頼できるので、今日、はじめて話しました。

 あのーー、楽しく食べませんか? 私が作ったので言うのも何なんですが、こういう哀しい雰囲気、好きではないのです。」


 そのあと、三人は喋りまくった。拓人と莉桜は、杉菜の顔色を伺いながら。杉菜は気づかないのかそのまま笑顔だった。それでも、悲しそうに見える。

 さすがに二人はもう触れないでいた。これから消える杉菜。初対面の拓人ですら、その恐怖と希望は痛いほど伝わってきた。

 今、拓人たちのできることは、皆で笑うこと。笑顔は、時には自滅する道へと繋がるが、時には心を強くする。笑おう。

 「私ね、生まれ変わったら人間になりたい。」

「えー、それはまた何でですか?」

「人間は植物と違ってコミュニケーションが多くできるし、勉強もできるし、家族もいるし。毎日が幸せそうだなあ。」

「そうですねえ。私も、もし新しい存在として、この世にいられるのなら、人間さんになりたいです。」

「そうか? 人間は醜いぜ、この麗列車に乗って分かっただろ。それに、二人が一番よく分かってるでしょ。人間は破壊魔だ。どんな物でも、すべてぶち壊す……。自然は当たり前、人の心でさえも。」


 だんだん笑えない雰囲気になってきた。杉菜がいるとやっぱりこんな雰囲気になってしまうのか。

 「私は、それは仕方のないことだと思っています。」

「あー、確かに! 人間って、絶対滅びるよね。」

「はい。でも、やっぱり絢爛華麗だと思います。この広ーい宇宙で、複雑な感情を持ち、試行錯誤しながら生きている生物って人間さんしかいないと思うんです。そう考えると、人間さんは自分たちを卑下しすぎですよね。自分なんかいないほうが良いんだーって、考える人多いですよね。そんなこと考えたら、ただの時間の無駄なのに。」


 杉菜は同意を求めようと二人を見た。ーー二人は、意表をつかれたような顔をしていた。

「莉桜さん、拓人君……?」

「あは、ごめんごめん。ちょっとボーッとしてたかも。たっくんも、……あれ、たっくん?」

 拓人は、どうしようもなく笑顔が溢れてきそうだった。なんか、俺、情緒不安定だ。でも、すごく、すごく嬉しい。


 「たっくん……?」

「ごめんなさい、嬉しかったんだ。俺、死にたいって……。私情になるが、俺結構キテて。学校でいろいろあってさ。消えたいって、思ったこと何度もあるんだ。でも、杉菜の言葉でハッとしたんだ。時間の無駄って。それが嬉しくってーーー。」

「……拓人君は、大丈夫ですよ。……ごめんなさい、語彙力なくて。でも消えたいなんてこと、考えないで。生きることは、とても素晴らしいことなんですから。」


 三人は食べながら喋っていたせいか、料理はもうなくなっていた。時間はもう10時。

 「そろそろ、行きましょう。二人とも、眠いと思います。最後に話すことができて、とても嬉しかったです。」

 別れは、案外あっさりと来た。もう、永久に杉菜には会えないだろう。でも、共に過ごした時間は、忘れることはない。

 「杉菜ちゃん、ありがとね。私も話すことができて、幸せだったよ。元気でね。」

「杉菜、最後の言葉、絶対に忘れない。ありがとう。」

「私も、ありがとうございました。あ、最後にいいですか……。」


 杉菜は泣きそうな顔を一瞬だけ見せると、二人を力一杯抱き締めた。

「ありがとうございました。本当に……話を聞いてくださることだけでも十分だったのに……。私の心配までっ……。」

 杉菜は二人に背を向けながら、言った。

 「拓人君にあんなカッコいいことを言ってしまいましたから、私の泣き顔は見せられません。よって、ここでバイバイです。さようなら。……私は、きっと世界一の、幸せ者です!」

 杉菜は、走り去ってしまった。


 「たっくん、私たちもそろそろ寝よっか。」

「杉菜を、見送らなくて、良いのか。」

「うん。だってそんなことしたら杉菜ちゃん迷っちゃう。後悔しちゃいそうだからね、それはしないよ。」

「そうか。分かった。」

 二人は狭い自室に戻ってきた。もう眠かった。早く着替え、そして歯を磨き昨日と同じスピードで寝た。

 拓人は電気を消し、まどろみはじめる。


 「たっくん、もう明日だね。」

「莉桜さんは喋らないと眠れないのかよ……。」

「ごめんね、でも私だって明日はこの世とのお別れの日なんだ。もっと誰かとお話ししたい。」

「はは、そうだよな。ごめん。」

「ねえたっくん、たっくんは何か話足りないことある?」

「ないよ。いろんな人に愚痴ったおかげですごく楽になった。明日も家族に、謝ることができそうになったよ。」

「それは良かったなぁ。私もたっくんに絡んだかいがあるね。」

「そういえば莉桜さんの過去話、明日のいつ聞かせてくれるんだ?」

「えっ、いつがいい? あとそんなに期待しないでね。杉菜ちゃんや浩二さんとは比べ物にならないくらいちゃちいからさ。」

「そんなの気にしてねえよ。そういうことはどうでもよくて、それを愚痴ることに意味があるだろ。莉桜さんだって前言ってたじゃないか。」

「それもそうだね。」

 

 だんだんと時間がゆっくり流れるように思えてきた。

「俺、この列車で、浩二さんや杉菜、そして莉桜さんと出会えて良かった。莉桜さんに会えて、本当に良かった……。」

 拓人は眠りに落ちた。時間は、11時。もう、二人が別れる時間まで、もう一日もなかった。


 「そんなこと言われたら、照れちゃうじゃんもぉ~。……あ、寝たのか。よし、じゃあ……。」

 莉桜は、起きて何やら紙に書き始めた。

 明日は、私がついにさよならする日。遺書じゃないけど、たっくんに手紙でも託します。

 麗列車はまだトンネルの中。外の景色は見えない。天気は晴れているのだろうか。それとも雨か。あるいは曇りか。まだ、分からない。


 明日にならないと分かるはずのないその天気は、まるで誰かの心も、表しているかのようだった。



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