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麗列車  作者: 新村彩希
3/7

二日目 1

今回は二つに分けます!

 秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ

 月明かりが部屋に射し込む。その光で拓人は目覚めた。昨日早く寝たからだろうか。今は5時で、自分にしては早起きだ。でも全く眠くない。

 窓を見ると昨日とうってかわって雲ひとつなく、月が堂々と見える。そして綺麗だなあと思い、思わずこの唄を詠んでしまった。……まあ今は3月だが。秋じゃないが。気にしない気にしない。


 さすがに5時で起きるのは早すぎるかと思い、もう一度寝ようとしたがなかなか寝れなかった。拓人は二度寝が出来ない人なのだ。どうしようか。

 長らく悶々としていると、朝日が出てきた。この世界に来てはじめて迎える朝日。なんか感慨深いな、と拓人は思う。もうこの世界に、不安はなかった。


 しばらくして拓人は、もう良いや、起きよう、と思い、莉桜を起こさないようにしてベッドから出た。静かに普段着に着替え、何をしようかと再び考える。あ、そうだ。外をみよう。思い立ったが吉日、部屋よりもっと大きい窓を見ようと部屋を出る。今は無性に外が見たかった。この世界をもう一度見直したい。

 ガチャリ。大きい音がしたが幸い莉桜は目覚めておらず、ホッと胸を撫で下ろした。拓人は電車のドアを目指す。


 この電車のなかで一番大きい窓は食堂にある窓だが、今は閉まっているため入ることが出来ない。二番目は乗降するドアの窓なため、したがってそこに行くことになった。

 案外ここから近くて、すぐそれは見えた。思わず舞い上がって走りそうになった。危ない危ない。普通に歩こう。でも、何故だか足が動かなかった。

 ……先客が、いた。


 20代後半らしき男性がオカリナを吹いており、外を見ればため息、外を見ればため息の繰り返しで優しく綺麗な音色を奏でていた。つい聞き入ってしまう。

 男性は拓人に気がついたのか少し恥ずかしそうにして、「おはようございます。」と声をかけた。

 拓人も「おはようございます。」と返す。そして拓人は窓のそばに寄った。


「…もしかして君、聞いてました? あっ、起こしちゃった?! 大丈夫ですか?」

「起こしてないですよ。俺も早起きしただけです。それにしてもすごく綺麗な音ですね! 俺、オカリナの音色好きなんです。」

「そうなんですか? こんなところに同士がいるとは。自慢になってしまうかもしれませんが、僕は一応プロだったんです。…ここで会ったのも何かの縁ですね。何か聞きたい曲あります?」

「えっ、じゃあ……仲間、お願いします。」

「分かりました。」


 そして男性は再び吹き始めた。また拓人は聞き入ってしまう。

 なんだか、この人はこの柔らかい音色に性格が出ている気がする。だって人見知りの俺でも話すことが出来るんだから。莉桜みたいにぽわぽわしててすごく優しい。そんな感じ。

 窓の外を見れば、太陽はあがりきっており、思わず手をそれにかざした。少しまぶしかったが構わず続ける。

 太陽の回りは雲のように真っ白で、まるで空を飛んでいるような気がした。


 ……曲が終わった。男性はまたため息をついた。

「そういえばまだ名前言ってませんでしたね。僕は浩二。君は?」

「拓人です。」

「拓人くん。言い名前ですね。拓人くんは、どこで降りるのですか?」

「俺は鎌倉で降ります。浩二さんは?」

「そうなのか。君はまだ現世で生きられるんだね。僕は次の天国駅で降ります。天国…ずっと憧れてたんですよね。」

 そういって浩二はまたため息をついた。そういえば、と拓人は思う。浩二は切符を持っているのか。だとしたら何故鎌倉で降りないのか。


 「浩二さんは切符持ってるんですよね。鎌倉で降りないのですか?」

「はい。僕の持ってる切符は天国以外降りちゃいけない切符なんですよ。だから鎌倉では降りれない。終点も行けない。なぜかというと、僕自身がそれを望んだからなんです。」

「どういう意味ですか?」


 「意味ですか? 少し長くなりますが、大丈夫ですか? ……僕は小さい頃両親が亡くなって、家族が誰一人いなかったんです。それで孤児院にいました。浩二と言う名も両親ではなくそこの先生がつけてくれた大切な名前です。

 そこで僕はオカリナに出会いました。先生がなんかの発表会で吹いてくれて、僕も吹きたいって思って。なんとか先生を説得してオカリナを買ってもらいました。その時6歳くらいだったかな。

 そこから僕は毎日練習して、話はとびますが14歳のときに世界オカリナコンクールで優勝したんですよ。それで僕はこれで生きようと思いました。実際、今まで生きれたわけなんです。

 そして僕は世界の色んな場所でコンサートを開きました。たくさんの場所で。

 コンサートをやっているうちに僕は一人の女性に出会いました。僕は恥ずかしながら一目惚れしてしまって。そこで僕は彼女にアタックしました———あっ、このお話はあまり関係ないです。すみません。

 まあそれでアタックは無事成功しました。そしてまたまた話はとびますが僕たちは結婚をし娘も産まれました。

 でも、今からちょうど5年前、娘が6歳のとき、二人は交通事故で亡くなってしまったのです。

 また僕は天涯孤独の身となり一時期はオカリナをやめましたが、二人のためにと思い再開しました。それから5年間、僕はまた色んな場所でコンサートを開きオカリナを吹きました。

 でもスペインでやったとき僕も交通事故にあってそのまま死にました。それでこの列車に乗りました。

 天国駅で降りるのは、あまり過ごせなかった妻と娘ともう一度暮らすからです。ほら、終点で降りると生まれ変わってしまうじゃないですか。天国ならそういった輪廻転生もないですし。だから僕は天国駅で降ります。……そう、自分で縛りました。もう、迷わないように。」


 浩二の話が終わった。そうか、そういう人もいるんだな。必ずしも生まれ変わりたいとは思わない人も、いるよね。

「でも、本当に会えるのか、もし会ったとして拒絶されないだろうか、そればかりが心配で……。だからこうしてオカリナを吹いて気を紛らわせてました。」

 浩二は苦笑いをした。拓人は、だからため息をあんなについていたんだと納得する。

「ははは、本当に会えるのかなあ。」

「会えると、思いますよ。」

「……拓人くん? どうしましたか?」

「大丈夫ですよ! 浩二さんは優しいし、それにそのオカリナがあれば奥さんも娘さんもあなただって分かると思います。あまり、迷わない方が良いですよ。」


 浩二は驚いたように拓人を見つめた。拓人はふと我に帰り失礼なことを言ってしまったんじゃないだろうかと不安になる。

「……拓人くん、ありがとう。そうですよね、二人のことを信じなかったら、会えるものも、会えなくなってしまいますよね。信じます。」

 しかし逆に感謝された。拓人は拍子抜けする。

「なんか、僕ばっかり聞いてもらっちゃって申し訳ないです。拓人くん、何か悩みあります?」

 はい? と、突然悩み相談教室が始まった。え、悩み? うーん、急に言われても。拓人は必死に悩む。あ、そうだ。俺は、……いっぱいあるじゃないか。

 その中の一つを絞りこみ、拓人は話す。


 「…俺、小さい頃両親が離婚したんです。性格の不一致、ただそれだけの理由で。それで俺は母についていきました。だけど、本当にそれで良かったのかなあって。いや、母が嫌っていうわけではないです。ただ、母についていって、父はどう思っているのかなって。ふーん、俺よりも母の方が良いんだな。って、思っていないか心配で。俺は父も母も同じくらい、同じくらい世界一大好きなんです。だから、怖いなって……。」

「…拓人くんは、家族思いの優しい子なんですね。そっか。お父さんね……。もし、不安なら、お母さんに話してみればどうですか。お父さんに、会いたいって。何事も心に秘めていただけじゃ何もできませんから。僕みたいに、いつ亡くなってしまうか分かりません。下手したら、一生後悔しますよ。」

 その言葉は重みがあり、浩二は浩二自身に言っているようにも聞こえた。僕のように、なってはダメだよ。そう、昨日の莉桜の声とダブって聞こえる。


 「…ありがとう、ございます。俺の悩みを聞いてくださって。少し気が楽になりました。」

 拓人が感謝の言葉を口にしたとたん、「まもなくぅ天国、天国~」とアナウンスがかかった。

「拓人くん、僕も気持ちが軽くなりました。でも拓人くん、まだ悩みがありますね。もしあれだったら、同室の女の子にでも愚痴っちゃった方が良いですよ。悩みは抱えているとふくれあがってパンクしてしまいますから。」

「はい!」

「では拓人くん、お礼にもう一曲吹きましょう。僕が唯一作曲した曲です。ホープ。どうぞお聞きください。」


 こうして浩二は吹き始めた。電車はだんだん遅くなっていく。太陽はもうあがりきっており、天国の町も見えてきた。

 駅に止まる寸前、浩二は吹き終わった。天国駅では、少女と女性が浩二を待っている。

 駅に止まった。

「では拓人くん、ありがとう。僕は君のことをずっと忘れません。だから拓人くんも忘れないでください。あ、インターネットで僕を調べれば出てきますので。CD良ければ買ってください。」

「は、はい!」

「では。また会いましょう。」

 浩二は降りていき、少女と女性に抱きつかれていた。浩二はふっと電車を見やる。拓人は笑い、会釈した。

 電車が発車した。


 て、ていうか最後にさりげなく宣伝された! さすがプロ。まあでもCD買うよ。だって本当に綺麗な音色だもんな。何度も言うけど。

 窓を見るつもりが、とんでもなく長話をしてしまった。莉桜、怒ってるかな。今は8時。

 部屋に戻ると、莉桜はまだ寝ていた。ちょっと拍子抜けするがまあいいやと思う。

 拓人は再びやることがなくなってしまいそれから2時間ひたすらボーッとしていた。いや、ボーッとせざるをえなくなっていた。莉桜のこと。浩二のこと。なんだか色々考えてしまって仕方がない。


 10時になった頃、莉桜はやっと目覚めた。

「うええ…たっくんおはよう…今何時?」

「10時20分だけど。」

「え、嘘もう10時!? うわあ、寝過ぎちゃった。たっくんお腹すいてるよね、ちょっと待ってて顔洗ってくる!」

 拓人はオッケーと言いながら再びボーッとした。

 ……ん? 待てよ。俺も顔洗ってない。つまり、つまり、顔洗ってない状態で浩二さんにあっていた?

 うわああああ!! 恥ずかしい!!!!! 拓人は急いで顔を洗いにいった。


 二人は部屋に戻り少しゆっくりしていた。

「たっくんはどこに行っていたの? 結構早起きしてたよね。」

「も、もしかして起こしてしまったか?」

「うん、でも大丈夫。二度寝したから。で、どこに行っていたの?」

「オカリナ吹きの人と話してた。その人は天国駅で降りてったけど。なんか悩みも聞いてくださって。仲良くなったよ。もう一生会えないけどさ…」

「オカリナ吹きの人! カッコいい!! 私もその人とお話したかったなあ。ていうかたっくん悩みあったの? 大丈夫?」

「あ、ああ。大丈夫。……でも、相談あったら、のってくれるか?」

「も、もちろん! いつでもオッケーだよ!」

 莉桜は少しびっくりしていた。たっくんが素直になってる。これも、オカリナ吹きさんのおかげなのかな。良かった。

「なあ莉桜さん、食堂行かね? 俺おなかすいた。」

「うん! 行こう行こう~。」

 たっくんが誘ってくれた! 嬉しいなあ。莉桜はルンルン気分で食堂に向かった。でもこのあと、その気持ちは最悪となる。


 食堂は意外と混んでいた。ほとんどお年寄りばっかりだが、ちらほら小さい子供や若い人が見える。でも席は空いていたため、座ることはできた。

「今日は何頼もうかなぁ。わっ、グラタン美味しそう! 新メニュー追加されたんだぁ。私これにする。たっくんは?」

「俺はハンバーグで良いや。今日はガッツリ食べたい。」

 そして莉桜は昨日同様ウエイターを呼び拓人の分も頼んでくれた。

 

 「そうそう、たっくんは精神的に辛くなっちゃったからこの列車に乗ったんだよね?事故じゃなさそう。怪我はないし。なんか辛いの? 大丈夫?」

「えっ、いやあ、まあ…。なくは、ないかな…。でも、平気だぜ。」

「…嘘でしょ。平気じゃないでしょ。話しちゃった方が楽だよ? …部外者がおこがましいけどさ。でも、初対面の人に言えば普段人に言えないことも言えるじゃない。だから、お願いします。話して?」

「……な、なんでそこまで言うの。俺になんか構って……。」

「たまたま一緒の部屋になったから。近くの人が困っていたら助けるのは当たり前じゃん。理由はそれだけで良いよ。理由なんて。」

「莉桜さん……。ありがとう。じゃあ、部屋に戻ってからで良いか。ここでは話しにくいから。」

「…本当? ありがとう。ああっ、でも今更だけど本当に話せる? なんかごめんね?」

「……お前そこは最後まで堂々としてろよ。まあ、そこは莉桜さんらしいわ。」

「えっ、どういう意味なの~それ~!」


 拓人は、自分と一緒に笑ってくれる莉桜を見て、歳は一歳しか違わないのにすごくお姉さんに見えた。と同時に、自分はひどく幼く見えた。

「莉桜さんは、何か悩みは?」

「ないよ。」

 即答された。

「本当かよ。」

「うん。あったとして今更感は否めないよ。もうすぐ生まれ変わる身だしね。」

「そうか。なんか俺ばっかりしてもらって申し訳なくてよ。俺に出来ることあるか?」

「…えー? うーん、なんだろ。じゃあ、私の昔話、聞いてくれないかな。明日。明日がいいかな。」

「オッケー。莉桜さんの昔話かあ。ちょっと楽しみかも。」

「え、楽しみって……。変態?」

「ちっげーよ! そういう風に解釈するな!」

 再び笑顔が生まれた。やっぱり莉桜さんは太陽の光みたいだ。

 そこでウエイターが料理を持ってきた。二人は勢いよく食べ物を掻き込みながら談笑していた。昨日は無口だったから、大きな進歩だ。


 ……すると。

 莉桜でもウエイターでもない手が、拓人の腰に伸びてきた。

 その手は拓人のポケットにたどり着き、拓人の切符を抜き去る。

 二人はまだ気がついていない。

「おっしゃあああああ切符ゲットおおおおおお!」

 抜き去った男はバカなのか大声をあげた。そこで二人は気づき、しかし拓人はパニックになってどうすることもできなかった。

「これで俺も生き返れるぜぇぇ。やったあああ!」

 周りの客は知らんふりしていた。

「あの、盗まないでください。それ、俺のです……。」

「ああ? てめぇが疎いから盗まれてんだろ。これは取ったもん勝ちだぜ? これは俺のだ!」


 男はがははとわらった。どうしよう。それがないと帰れない。どうしよう、どうしよう……。

「…待ちなさい。」

「ああ?嬢ちゃんなんか言ったか?」

「待ってっつってんのっ! このくそバカがあああっ!!!!!」

 するといきなり莉桜は男を殴った。男は吹っ飛ぶ。さすがに回りの客も唖然として二人を見ていた。

「その切符はてめえが持っていいもんじゃねえんだよ。選ばれた人しかもらえないの。お前は選ばれてねえし、こんなことしでかしたらもうあの世へは行けねえだろ。地獄で罪を償え。バーカ。」

「…てめえ…誰に向かって口を聞いてると!?」

「てめえだよ。腐った口きいてるお前。いいか? 死んだら昔の名誉なんて関係ねえよ。お前がどっかの大富豪だろうか大統領だろうが極悪人だろうがここではおじゃんだ。なーんも関係ない。平家物語で習わなかったか? 死ねばみんな塵だ。いいから切符を返せくそやろおおおおお!!!!!!!」


 莉桜は再び男を殴った。男は驚いたのか切符を拓人に返し、観念したのか舌打ちすると食堂を出ていった。 

 周りからは拍手が起こった。被害を減らしたのだから。けれど莉桜はうつむいていた。いつものように笑っていなかった。

「たっくん、ごめん……。先に部屋に戻ってもいい? ちょっと寝る。疲れた……。」

「お、おう。無理すんな。」

 莉桜は少しふらついて部屋に戻っていった。同時に拍手をしていた客はそれをやめてもう何も無かったかのように席に座り料理を食べていた。

 拓人も席に座り同じようにハンバーグをを食べた。


 時計は一時をまわっていた。

「こちら、お下げしてもよろしいでしょうか。」

「え、あ、はい。どうぞ。」

 ウエイターは莉桜のグラタンを下げた。まだ残ってはいたが。

 拓人はむしゃむしゃと自分のを食べる。

 ……莉桜さんはどうして、あんな感傷的になったんだろう。あんなに。いつもの莉桜さんじゃなかった。誰か別人のようだった。

 早く部屋に戻ろう。

 ハンバーグを食べ終わる。拓人はデザートを頼もうとしたがそれをやめ、急ぎ足で戻った。


 莉桜は部屋に戻ってから、寝ずに考え事をしていた。自分でもどうしてあんなに怒ったのか分からなかった。第一私はそんなキャラじゃない。

 でも、と莉桜は思う。昔、同じことがあったからだろうか。そういえばいつから——こんな犯罪が増えたのだろう。

 私が麗列車に乗るのはもう10回目。やっと今回は終点に行ける。

 1回目はーーもう何年前だろう。覚えてないや。

 でも、同じように私も切符をもらったなあ。懐かしくなる。

 そういえば麗列車は誰が創ったんだろう。あー、昔ウエイターに聞いたっけ。もういつくらい前だったかな。この麗列車の創立者は分からないらしい。皆が死んだときにはもうできていたからだ。

 一説ではアダムとイブらしいが……。まあそう考えてしまうのは仕方がないよね。

 ああ、もう一時かあ。拓人と別れるのも、あと二十……九時間くらいかな。わりとあるように見えるけど、私はまだまだ一緒にいたいんだ。


 「おいっ、莉桜さん、大丈夫か!?」

 ほら。拓人が帰ってきた。ダイジョウブ。私はいつもに戻る。

「たっくんお帰り! 急に帰っちゃってごめんね? もう寝たから大丈夫!」

「本当か? 良かった……。びっくり、したから。莉桜さん、何か辛いんじゃないのかなって、思った。」

「それがあるのはたっくんのほうでしょう? 私は平気だよ。もうピンピン! たっくんは話したいことあるんだよね。さあどうぞ話してくださーい。」

 莉桜はにっこりした。拓人は安心する。いつもの莉桜さんだ。

「え、今話すのかよ。お前もう少し寝ろよ。」

「良いから! 私何気に待たされてるんだよ?」


 「そっか。じゃあ……。……俺な、何でこの列車に乗ったかと言うと、家出したからなんだ。莉桜さん、精神的に死んだからって言ったろ。多分、家出して、電車のって、そこで不安に押し潰されたからだと思うんだ。それで、この麗列車に乗った。切符を持って。どこで乗ったのかは覚えてないんだよなあ。

 ……まあそれで、悩みっつうのは、家出した原因なんだけど。俺ね、父親がいないの。離婚して。それで母親一人なの。だから俺、勉強とか運動とか、お母さんを心配させないようにいつも学年一位を取ってた。小学生のときなんか小4くらいで学校一位だったんだ。だけど、最近がた落ち。部活とか始まって、先輩にもなって。ひどいくらいに落ちた。

 中2になって成績がどんどん下がって……今は三十点台なんだ。それで母親に怒られてさ。なんかやるせなくって。ここまで頑張ってきたのはなんなのかって。それで反射的に家出しちゃったんだ。

 しかも行こうとしたのは父方の祖母んちなの。本当バカだよなあ俺。でも、鎌倉が好きだったから。祖母も父親も大好きだったから。安心できたから。俺は家出の先を祖母んちに選んだ。

 俺、どうすればいいかなって。これから。もう母親にも父親にも祖母にも会わせる顔がない。バカ。俺、バカだ。」

 拓人はそこでポロっと涙をこぼした。しかしまだ話を続ける。

「俺、友達も少なくて。吹奏楽だし、男子いないし、皆明るいし、俺は根暗だしさ。もう生きている意味あんのかなって。」


 「あるよ。」

 莉桜は即答した。その勢いでしっかりと目を見る。

「たっくんは何か勘違いしてる。まずね、たっくんはどこが根暗なの? 普通の男子中学生だよ。DCだよ。

 後ね、お母さんのためにって満点とかいっぱい取ったんだろうけど。まあ確かに、それは嬉しいと思う。でもたっくんがさ、そうやって思い悩んじゃって、もう嫌だーーってなるほうがお母さん絶対悲しいと思う。まして家出なんか。絶対心配してるよ。あ、それはわかってるか。

 とにかく。たっくんは思い詰めすぎなんだよ。いい? 世の中にはねえ、もっとバカな人がいっぱいいるよ。私が見た限りではね、

『くっそww私国語九点wwww』

 と友達に自慢してる人もいたんだから。

 あと麗列車に乗ってわかったと思うけど、死んじゃえば皆関係ないよ。だから、楽に気持ちをもって、生きてください。

 たっくんはこれからおばあちゃんちに行って謝るんだよ。精一杯。それでお母さんを呼んでもらってお母さんにも謝ってね。絶対だよ? そうしたら、平手打ちされるかもしれないけど泣いてたっくんを抱き締めてくれるから。きっと。ううん、たっくんの家族なら、絶対に。ね?」

 拓人はうなずきながら莉桜の話を聞いていた。そして、言葉にならない声で、

「……ありがとう。」

 と言った。


 「嫌だなぁ~たっくん。そんな顔しないで~…。」

「だって……なんかもう……いろんな思いが……。」

「さあさあたっくん、もう4時だ。はやいね。一回、寝よう。そしたら気持ちも落ち着くよ。」

「そうだな。でも、莉桜さん寝たんじゃ……?」

「ううん、まだ寝たりなくてさあ! 寝たいの。寝よう。」

 二人は布団に入って寝た。疲れていたのか、すぐ眠りに落ちた。


 二人はアナウンスのおとで目が覚めた。

「次はぁ~地獄~地獄~お出口は~右側です~」

 拓人は飛び起きた。じ、地獄!? 怖い。

「たっくんおそよう……もう七時半だね。あ、もう地獄駅かあ。」

「莉桜さん!? 怖くないの!?」

「もう慣れたよ。あー、廊下には出ないでね。多分アナウンスかかると思うけど。」

「……まもなく到着いたしますが~、降りないお客様はお部屋で待機してください~。鬼につれていかれます~。」

「お、鬼に連れていかれる!? 怖っ。」

「まあ、鬼さんは地獄に連れていかれる人全員把握してるから間違えることはないんだけど。でも廊下にいたら、あ、こいつ地獄駅で降りるんだなって思われちゃうでしょう? 一応ね。あ、ちなみに地獄にいかなきゃいけない人は部屋に待機しててもここで引きずり降ろされるからね。たっくん、連れてかれちゃうかもよ?」

「や、やめろ。怖いこと言うな。」


 まもなく地獄駅についた。部屋の外を見ればマグマみたいなのがぐらぐらと煮えたぎっている。さっきの天国駅とは大違いだ。

 一分くらいで電車は出発した。緊張が解ける。

「はあ、びびった……。」

「たっくんすごい怯えてたね。面白かった~。インターイスティング!」

「そういう面白い!? ファニーじゃなくて!? なんか恥ずかしいわ……。」

 外のマグマはじきになくなり、長いトンネルに入っていた。

「次はね、三途の駅だよ。着くのは明日だけどさ。鎌倉駅の前の駅。その駅に着くまでこのトンネルは抜けないよ。ずーっとこの景色。」

「はあ。そうなんだ。つまんねえの……。」

 拓人はため息をついた。ちょっと気が滅入る。景色、見たいのに。

「あ、たっくん、私お風呂入るね。たっくんも来る?」

 莉桜は、気晴らしにとそう提案してきた。拓人はうなずき、準備をする。

 二人は廊下に出て、昨日と同じように風呂場に向かった。


 脱衣場についてもやはり人はいなかった。少し寂しくなったが、仕方がない。風呂場にはいる。

 すると、隣から話し声が聞こえた。女湯には人がいたのだろうか。盗み聞きはよくないがそれでも聞き耳をたててしまう。

杉菜(すぎな)ちゃんじゃない? 久しぶり!」

「え、ええっ莉桜さんですか? お久しぶりです! 私のこと覚えてくださってたんですか? 私ただのつくしなのに……。」

「あたりまえじゃない! 奈瑞菜(なずな)ちゃんと仲良かったよね。私もお話にいれてくれたりして。嬉しかった!」

「本当ですか? 良かったです。そういえば莉桜さんはどうしてここに……?」

「あー、私もついにつきが回ってね。……折れた。」

「そうなんですか……お気の毒ですね……。私は踏み潰されて台風でポーンです。私もおれました。」


 一体全体なんの話をしているんだろう。……折れた?

「でも莉桜さん、桜なんだからそう簡単には折れないんじゃ?」

「私病気にかかっててさあ。台風でボキッだよ。意外にね、スギナよりも桜のほうが死ぬ確率高いんだよ?」

「あー、そうなんですか。」

 さ、桜? 莉桜さんが、桜? そして杉菜さんはスギナ? つくし? え、もしかして。

 莉桜さんは桜で、杉菜さんはつくし?

「莉桜さんっっっ! 莉桜さんは桜なんですか!?」

 思わずさけんでしまった。だって、そんなこと。

 でも、そう考えれば……あのとき、この時ーー少し違和感があった言動も、全部説明がつく。


 「たっくん!! あはは、ごめんね。そうなの。私は桜の木。明日話そうと思ってたんだけどさ……。ごめんね。驚いた?」

「驚きますよ! そりゃあ……。」

 思わず敬語になってしまう。

「嫌わない、かな。」

「……はい?」

「たっくんに嫌われたくなくて、私は言ってなかったんだけど。私のこと、嫌にならないよね?」

「当たり前だろ。嫌うもんか! ところで、俺も杉菜さんと話したい。」

「あはは、じゃあ後で食堂で三人で食べよう! 良いかな? 杉菜ちゃん。」

「は、はい! たっくんさん、よろしくお願いします!」

 拓人は急いで風呂を出ようと心に決めた。



今更ですが改名いたしました。新村彩希と申します。当たり前ですが本名ではないので、ご安心ください。

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