一日目
ガンガンガン。ドンドンドン。そんなうるさい音で拓人は目覚めた。
あれ。ここはどこだっけ。
まわらない頭で、必死に今の状況を思い出す。ベッドってことは…えっと…。
「たっくん!! おはよう!! よく寝てたよ!!」
そうだ。俺は変な寝台列車に乗っていて変な人に絡まれていたんだった。ていうか、何で知らない人と部屋が同じなの。ていうか何で俺はこの列車に乗っているの。
疑問がつきない。
「あの、莉桜さん…あなたは、ここは異世界だとおっしゃいましたが、あなたはこの世界のこと、何か知っているのですか。」
「開口一番に質問ですか! まあ良いんだけどねえ。多少は知ってるよ。」
「じゃあここはなんなんですか?」
「うんっとね。ここはこの世とあの世の境目の世界なの。三途の川の一歩手前みたいな。そしてこの麗列車はこの世とあの世を繋ぐ、一日に一本しかない電車なの。アンダスタン?」
「アンダスタンじゃないです。パニックです。じゃ、じゃあ、俺は何でこの列車にいるのですか。」
「知らないよー。でも考えられるのは意識不明の重体になったか、精神的に死んだか。そのどっちかになっちゃったんだよ、たっくん。でもたっくんは運が良い方なんだよ。本来この麗列車は、この世行きだと今から生まれる物、あの世行きだと死んだ物しか乗れないんだから。途中で停まる駅はあるんだけど、たっくんが持ってる切符を持っていないと降りることはできない。この列車はあの世行きだから——だから良かったね。たっくんは生きることを神様に許されたんだ。だから精一杯生きてね。」
「ありがとうございます。では、最後に。俺は、家へ帰れますか。」
「もちろん。その切符、大事にしてね。」
拓人は最初は疑問がたくさんあった。でも、今はなんだか安心していた。家へ帰れるなら。莉桜がそう言うなら。きっと大丈夫だ。
莉桜はなんだか不思議な安心感がある。太陽の柔らかい日差しを、擬人化したような感じがした。
「ねえたっくん、お腹すいてない? 食堂いかない?」
いきなり話しかけられた。食堂。食堂があるのか。まあでも寝台列車ならあるか。拓人は少し迷った。お腹はすいてはいるが莉桜と一緒にいくのは。まだ初対面だし、自分は人見知りだし。でも莉桜に散々見つめられたため断りきれず、
「……え、一緒にですか。良いですけど。」
と言ってしまった。
「よしじゃあ行こうー!」
莉桜はそう言うと扉をガチャっと開けた。扉の先にはこれまた狭い廊下があり「左食堂右トイレ」と看板が貼ってあった。
……と、その時。
ガッシャーーーン!!!! と大きな音が外から聞こえた。拓人はビックリして固まってしまったが莉桜は臆することもなく食堂へ向かおうとしている。
「たっくんどうしたの?」
「え、いや今外で…」
「ああ、台風だよ。3日前からあったんだけど、昨日は台風の目にあたったみたいでね、あんな晴れてたの。でも今は戻って嵐だよね。うるさいよね! さあそんなこと気にしたくないから早く行こう!!」
莉桜は拓人の手を取り、狭い廊下なのに思いっきり走りだした。
「はあ…やっと落ち着くね。」
「落ちつかないですよ…はあ…疲れた…。」
走って三十秒くらいで食堂に着いた。二人は席を見つけ座り、今は息を整えている。
「そういえばお客さん少ないんですね。何でだろう。」
「さあね。お腹すいてないんじゃない? 今、3時くらいだし。」
「え、この世界に時間はあるんですか。」
「あるよ。まあ、みんな気にしないままあの世へ行っちゃうんだけど。」
客は2人を含めて5人しかいなく、外は荒れているがここはのんびりとした空気が流れている。
「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか。」
しばらくして、ウエイターが来た。拓人はカルボナーラ、莉桜はリゾットを頼み、ウエイターは「10分ほどお待ちください。」と言うと去っていった。
拓人は用がなくなり気まずくなり目のやり場に困りでずっとメニューを見ていた。どうやらここのラインナップは豊富なようだ。他にも、アイス、ハンバーグ、寿司など、皆が好みそうなものが多くおいてある。
拓人は後でデザートを頼もうかな、どうしようと考えていると莉桜が心を見透かしたように、
「デザートならケーキが一番美味しいよ。絶品! あとゼリーはあんまり美味しくない。はっきり言って不味い。パフェは豪華でしょー、食べるならパフェだけにしたほうがいいよ。ハンバーグとか一緒に食べるとお腹が破裂しそうになる。和菓子なんかもおいてあるよーせんべい意外に美味しいんだよね。あとはお団子なんかもあるよ。」
と言った。
「く、詳しいんですね。ありがとうございます。えっと俺は…ケーキにします。」
「私も頼もうっと。私はねー、マカロンにする! じゃあ後でウエイターさんが来たら頼もうっか。」
莉桜はニコリと微笑んだ。拓人は再び目のやり場に困ったが、今回ばかりはどうしようもできずうつむいてしまった。
「たっくんかわいいねぇ~。」
「ちゃ、茶化さないでください。あなた仮にも年上でしょうが…。」
「えへへだってかわいいんだもん。あ、そういえばたっくん、さっきも言ったけど敬語じゃなくていいよ。疲れるでしょう?」
「いやでも、年上のお姉さんですし。敬語の方が。」
「…私敬語嫌いなの。だからお願い。ダメかな?」
莉桜は少し悲しそうに言った。
「おしゃべりするのは大好きなんだけど、何分人と話すのが久しぶりで……久しぶりの相手が敬語だったら、こっちだって話しづらくなるじゃない?だからお願いします。」
「そ、そうなのか。おう。分かった。」
話すのが久しぶり? 嘘だろ。何でこんな饒舌な莉桜が? 拓人は不思議に思う。でもここ自体不思議なところなんだから今さら気にしたって無意味だろう。よし、何も気にしてはいけない。気にしない。
一人で疑問を解決していると、ウエイターが、
「お待たせいたしました。」
と料理を持ちこちらに来た。
「あの、すみません。追加注文でチョコケーキとマカロンをいただけますか?」
「かしこまりました。……あ、もうすぐ底根駅に着くのですがお降りになられますか? もしお降りになられるのであれば、召し上がっていただける時間がないかもしれません。」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。降りませんので、そのまま持ってきていただいて結構です。」
「かしこまりました。では、後程持っていきますので。」
料理はとても美味しそうだ。さっそく一口食べてみると、頬がとろけそうになるくらい濃厚で美味しい。久しぶりにこんなカルボナーラを食べた。
莉桜は「やっぱり美味!!」と言いながらバクバク食べている。
「そういえば、莉桜さん。俺、チョコケーキが欲しいって言ったっけか?」
「言ってないよ。ケーキとだけ。でも、チョコケーキが好きそうな顔してるから。頼んだよ。」
「どんな顔だよ! でも、俺の好きなのはチョコケーキで合ってるんだよなあ。ドンピシャだな。じゃあ、お前が好きなのは、うーんレアチーズケーキか?」
「う、うん! よく分かったね。そうだよ、あれスッゴク美味しいよね~幸せになる~!」
「そ、そこまで好きなのか。まあいいや。ていうか人の好みって意外に当てられるものなんだな。」
少し拓人が呆れていると、いきなり、
「次はぁ底根~底根~お出口は~左側ぁぁ~です~」
とアナウンスがかかった。拓人は反射的に外を見たが相変わらず荒れている。が、さっきと景色は違うようで、遠くにかすかだがビル街が見えた。
「底根駅は、とっても良い場所なんだ。何もかもが、幸せにいられるところ。不幸なんて存在しない。誰でも、好きなことができる。死ぬことでさえも、あそこでは幸せなんだ。」
莉桜は食べ終わったのかスプーンをおき、ニコッと笑いながらそう言い放った。その言葉にはトゲがあり、何かを笑いでごまかしているようにも見えた。
「そうなのか。そんな世界があったのか。今の若い世代が行きたそうな場所だな。行ってみようかな。」
「ねえたっくん、降りても良いけど、もう一生戻ってこれないよ。いいの? それにね、嘘っぱちな幸せばっかりじゃ人生はつまらないよ。良いことも、悪いことも、全部含めてはじめて『幸せ』って、本当の幸せって言えるの。嘘っぱちな幸せばかりの世界に、行きたいの?」
「い、行きたくなくなった。そんな嫌な世界なら行きたくねえや。」
「嫌ではないよ。ただ、つまらないだけ。」
拓人はビックリしていた。酷く明るい顔で莉桜に説教されたからだ。普段優しくて怒らなそうな人が怒るとすごくすごく怖いというのは本当なんだな、と一人で納得する。
電車の速度はだんだん落ちていった。
「でも降りる人、いるみてえだぜ。すごいな、切符持ってんだったら鎌倉で降りればいいのに。」
拓人は同意を求めようとして莉桜をみると、気難しそうな顔をして、窓の外を見ていた。しかし拓人の視線に気づくとニヤっとして何がおかしいのかクスクスと笑った。
「莉桜さん?」
「たっくんって面白いねー! 何で心配そうな顔してたの? かわいかったよ~。ていうか早くカルボナーラ食べちゃいなよ、私食べちゃうよ?」
「いやあやめろ。食べるな。あと男をかわいいと言うな。虫酸が走る。」
「そこまで言わなくても、うんやっぱりかわいい。」
「懲りないな。」
電車は完全に止まり、ドアが開いた。2、3人、人が乗ってくる。でもそれ以外はいないらしいのかすぐドアは閉じ、再び走り出した。この間わずか20秒弱。
「え、もう出発、早いんだな。」
「まあ乗る人も降りる人もこの駅は少ないからね。丁度良いくらいだよ。あ、デザートきたよ。やったね。美味しそう~」
ウエイターはテーブルにおき、「それではごゆっくり」と言って去っていった。
「お金とかは要らないんですか?」
「要らないよ。だってこの電車はあの世行き。大体みんなあの世駅で降りるから、最後くらいは好きなもの食べたいでしょ。サービスみたいなもんだよ。」
「まるで最後の晩餐だな。」
……その言葉で一気に空気が寒くなった。空気が重くなった。何か悪いことを言ってしまったのだろうか。一気に嫌悪感が拓人に向けられる。なので以降二人は喋らずもくもくとデザートを食べた。そうせざるを得なかった。そうしたらたったの10分で食べ終わってしまった。
「うわっ、もう7時なんだ! 4時間も長居してたんだね気がつかなかったよ。そろそろ戻ろっか。」
「そうだな。」
二人は歩いて部屋に戻った。心なしか客の視線がこちらに向かっているような気がした。
二人は部屋に戻ると、莉桜は窓の外を見、拓人は突っ立ったまま部屋をうろうろしていた。
「なあ、シャワーってここにあるのか? 汗かいてしまったから、浴びたいんだが。」
うろうろしていた理由はこれだ。少し聞きづらかったのだ。ちなみに拓人は祖母の家に泊まる気でいたため着替えは持っていた。
「シャワーっていうかお風呂あるよ。廊下の右側トイレを突っ切った先に。私も入ろうかな~。一緒に行こう。」
二人は着替えを持ち、部屋を出て廊下を右に曲がった。時たま人とすれ違うが誰も風呂に行こうとする気配はない。
「なあ。みんな風呂に入らねぇの?」
「あ、そっか。うん。ほとんどの人は死んじゃってるから汗とかかかないしお腹もすかないんだよ。だからお風呂とかは滅多に人来ないかな。」
「そうなんだ。意外だな。あ、着いたぜ。うっし、入るか。」
二人は別れ風呂に向かった。莉桜の言っていた通り、人は誰一人いなくて、浴槽をのぞくと普通にしては狭いがそれでも広く見えた。
拓人は脱衣場を出るとシャワーを浴びた。シャンプーもボディーソープも完備しており入らないのはなんだか惜しく思える。そしてしっかり体全体を洗い、湯船に浸かると、今までの疲れが出たのか急に体が鉛のように重く感じた。外では雷がうるさく、あまり静かには入れない。でもゆっくりはできた。
拓人はふーっとため息をつき目を閉じた。こんなことを思っていたからだ。
ここは、死んだ奴を運ぶ列車だ。乗ってくる奴はみんな死んでいる。俺のような例外もいるが。ていうか俺は今世間で言う臨死体験をしているのか? 貴重な体験だな。じゃなくて。莉桜さんのことだ。莉桜さんはおそらく死んでいる人間だ。いや、おそらくではなく絶対だ。でもなぜだろう。彼女は余裕を持っているように見える。普通これからあの世へいくとなるとパニックにならないのか? ならなかったとしても他には気がまわらないはず。なのに俺に構ってくれて…何故だ。
「たっくん!! 聞こえる?? ねえ、一緒に歌おうよ!! お風呂に来たら歌うのが醍醐味でしょう?」
いきなり莉桜の声が聞こえた。拓人は莉桜のことを考えていたため心臓が飛び上がりそうになった。ていうか歌うって。小学生じゃないんだから。でも何となく楽しそうで拓人は「分かった。」と言った。
ちなみに男湯と女湯の壁の上の方に少し隙間がありそこで声が聞こえるしくみになっている。
「なに歌うー?」
「え、っと。じゃあ。今流行ってるさ、仲間って曲、知ってる? 有名な歌手のなんだけど。歌える?」
「いいよー! せーのっ」
……
「はあ!! やっぱり名曲だね!! たっくん歌うまいねってたっくん? どうしたの? おーい返事してぇーー。」
拓人は、返事が出来なかった。なぜなら、涙がこぼれてしまっていたからだ。そうだ。自分は今、誰も知らないところにいる。一人ぼっち。母さんもばあちゃんも友達もいない。不安でしかない。怖い。辛い。寂しい。すごく、気持ち悪い。ねえ、誰か、だれか助けて……!
「たっくん! 倒れてない!?」
「…あ、ああ。大丈夫だ。」
拓人はふと我に帰りあわてて目元をこすった。泣くな自分。
「たっくん泣いてるの? 大丈夫? ねえたっくん、このまま死んじゃおうとか思わないよね? 私、たっくんに生きてて欲しい。たっくんは優しいよ。たっくんといると楽しいよ。だから、生きて。何度嫌なことがあっても生きて。生きて。」
「バカ。死なねぇよ。そんな気持ちで泣いたんじゃねーよ…ちょっと気が滅入ってて。」
「そっか。そうならたっくんそろそろ出よう? 気が落ち込んでいるときは寝るのが一番だよ。」
莉桜はそう言ってお風呂からばしゃりとでた。拓人も出ると、急いで服を着髪の毛を乾かし廊下へでた。
外には莉桜が常に待っており牛乳を飲んでいた。そして二人で部屋に戻った。
部屋に戻ると時刻は9時。さっさと歯を磨いて寝よう、二人はトイレに行き洗面所で歯を磨いて部屋に戻った。この間10分。
莉桜はさっさと上段のベッドに乗りいつの間にか寝れる体勢でいた。拓人もさっさと寝ようと思い電気を消した。そして拓人も下段のベッドに寝た。
しばらくして。
「たっくんもう寝オチした?」
「んー。してねえよ…。」
「ちょっと話を聞いてくれない? たっくんはまだまだこの世界について不安なことだらけだよね。私も最初はそうだった…。でも大丈夫。私がいる。しかもあと二日で鎌倉につくよ。だからあんまり深く考えすぎないでね。もし詰んだら、私にぶちまけて。お願いね。」
「んー。分かった…おやすみぃ…」
「ホントに聞いてる? まあでもいいや。…私のように、なっちゃダメだよ。」
最後の呟きは、果たして拓人に聞こえたのだろうか。拓人は寝息をスヤスヤとたてていた。
「本当に、私もやっと……死ねる。それでも拓人とまだまだ話したいと思うのは、私の欲かな。」
底根駅の名前の由来…底根國です。一応解説を。