初日
初めまして。新村彩希です。初投稿です!緊張していますが、どうぞよろしくお願いいたします。
「拓人。あんたの学年末テスト、全部30点台。成績、本当に大丈夫なの? 勉強してる? だいたいねえ、困るのはアンタなんだから。勉強しなさい。」
「ああ、もううるせぇなあ…。母ちゃんには関係ねえだろ。」
彼の名は後藤拓人。中学2年生。全国どこにでもいる、反抗期なただのバカだ。吹奏楽部に所属しており、最近はその仕事の多さに日々疲れている毎日である。
そして今はテストの成績で母に怒られている真最中である。
「関係なくないわよ。いや関係なかったとしても、私は拓人のために言ってるんだから。」
「それが余計なお世話なんだよ…。」
「それに驚いたわよ。アンタ吹奏楽部にいるのに、音楽100点満点中で31点。もっと取れないの?」
「吹奏楽と音楽は関係ねえよ。」
「だったとしてももっと取りなさいよ。」
それに社会なんて覚えるだけじゃない。数学は公式あるでしょう? 英語は書くだけ。何で取れないの……?
母のマシンガントークは続く。拓人はいい加減イライラしてきた。テストなんてどうでもいいよ。やっても出来ない。どうせ。
実は拓人は1年生の頃は普通に80点台をキープしていた。やれば出来たから。しかし、2年生になってがた落ち。70点台、60点台、40点台となっていき、終いには30点台になっていた。
気が落ち、うつむく。
「拓人は、頑張れば出来るんだから。頑張りなさい。」
「…は?」
「昔は出来てたじゃない。頑張れば出来るわよ。だからさ……って拓人?話聞いてる?」
拓人はその言葉で顔をあげ、母をキッと睨み付けた。
「…何? 頑張れば出来る? 頑張れば? ……勝手に決めつけんな。出来ねえものは出来ねえんだよ! 母ちゃんは分かってない! 何で、そんな価値観を押し付けるの? できるって。やめろよ。出来ねえんだ!! 俺は!!」
——拓人は頑張れば出来ると言われるのが大嫌いだった。昔からそうだ。
拓人は天才だね、何でもできるねえ。あれ? どうしたの? 失敗しちゃったの? 大丈夫、<頑張れば出来る>よ。…えー、また失敗? でも大丈夫、拓人は天才だからね。<頑張れば出来る>わよぉ。
…え? また失敗? バカじゃない? 何で出来ないのお?
何度も重なる嫌な声。我慢出来なくなり、後ろから
「あらまあこの時期に台風が……。拓人? ちょっと、拓人!? どこ行くの!?」
と母の声が聞こえたが、それを振り切って家から飛び出して行った。
ここはどこだ。無我夢中に走っていたら、いつの間にかどこか遠くに来てしまっていた。しかし、周りを見てみたら分かった。ここは横浜駅だ。
拓人はどこか罪悪感を感じながらも後悔はしていなかった。だが家出は悪いことくらいは分かっていた。でも今さら家に帰って謝っても許してはくれないだろう。しかし今何もしないわけにもいかない。どうしよう。
………あ、そうだ。ばあちゃん家行こう。
拓人は心のなかで自問自答をしながら、これは名案だと言わんばかりに、ホームに向かって走り出した。
人の波をかきわけ、前へ進んでいく。
幸い定期は持っていたので案外すんなり電車に乗ることができた。
席に腰掛け、向かいの窓をぼーっと見つめる。
電車が発車した。ゆっくり、視界が動いていく。横浜駅が、遠ざかっていった。
ちなみに祖母の家は鎌倉駅にある。東海道線に乗り横須賀線に乗り換えればすぐだ。
拓人は電車に揺られながら、ふと昔のことを思い出していた。
拓人は三歳から四歳の一年間祖母と共に鎌倉に住んでいた。だから鎌倉には何があるのか少しはわかる。
鶴岡八幡宮。源頼朝公の墓。銭洗い弁天。大仏。思い出せばきりがないが、一番に好きだったのは"普通の景色"だ。
有名な歴史的建造物ではなく、公園にある小さなブランコ。庭の大きな木。少し自慢だった秘密基地。川岸で見つけた丸い石。有名でなくとも、一つ一つ輝いていたから、そっと見守ってくれていたから、拓人は大好きだった。
しかし「おとなのじじょう」とかでそれらと別れなければいけなくなった。その時、父と別れた。悲しかったが、今となってはどうでもいい。
それでここ、横浜に引っ越してきた。それからはずっと、純情な横浜ピーポーだ。
「次はぁー戸塚ぁー戸塚ぁーお出口は、左側です。…」
思い出していたらあっという間に次の駅だ。でも拓人は耳に聞こえる軽快な声とは裏腹に、船をこいでいた。
走ったので、疲れたのだろうか。それとも母に反抗した緊張から解放されたからだろうか。電車のドアがしまる頃には、完全に寝てしまっていた。
どのくらい時間がたったのだろうか。拓人は目を覚ました。
まだ光に慣れない目を擦りながら辺りを見回す。
「…ん? 俺ベッドに寝てる…? えっ、はあ!? おい、ここどこだよ、なんなんだよ、ここどこだよ…」
拓人が驚くのも無理はなかった。だって今乗ってる電車は、寝台列車だったからだ!周りは狭く、どうやらこの部屋は二段ベッドが一個あるだけで他に窓以外なにもない。拓人は二段ベッドの下で寝ていた。
「俺が乗っていたのは東海道線じゃねえのか? いや、れっきとした東海道線だよ。じゃあここはなんなんだよ!! 寝台列車が通ってる都道府県はうーんと……北海道? いや、ないだろ。ここは神奈川だ。神奈川は何か寝台列車通ってるっけ……。あ、一個はあった気がするけど……でも絶対違う。これはその列車じゃない。だったらなんなんだ!!!」
「これは¨麗列車¨だよ。」
突如、上から女の子の声が聞こえた。
「え?」
「麗列車。知らないの?」
女の子はまくし立てるように言った。拓人は驚いて、声がでない。俺以外にも客がいたのか。知らなかった。
いや、知らなかったと言ったってここについて知ってるものなど一つもないのだけれど。
「…もしかして、切符もってるの?」
また女の子の声が聞こえた。すると女の子は、何も答えない拓人に不満を感じたのか下に降りてきた。
少し明るいセミロングの茶色の髪。白いブラウスに、ピンクのロングスカート。周りに花が飛んでそうな、そんな雰囲気の少女が拓人の目の前に立った。
「切符持ってない生物は終点まで降りられないんだけど、切符持ってる生物は途中下車できるの。ねえ、切符持ってるの?」
拓人は持ってねえよと思いながら探した。すると、ポケットの中に買った覚えもない切符があった。
…誰だ君。何なんだ君。なぜ切符があると分かった。俺ですら知らなかったのに。
声は出そうで出ない。緊張して、喉がかすれてしまう。
「あなたの目的地は?」
「か、鎌倉」
「鎌倉は~、あと3日かかるね。終点の一個手前!」
「はあ!? 3日って…意味わかんねえ…。ていうか、ここどこです? 俺乗るのはじめてで。」
窓の景色は見慣れない大草原とお花畑。空はいつもより濃く青々している。
「ここは、うーん…今風に言えば、異世界かなあ。」
異世界かあ。そうかあ。俺は14になってはじめて異世界にはいったよ。記念だね。って記念じゃねええ!!
俺はばあちゃん家行きたいのに。ていうか3日もかかったら家族は心配するに決まっている。どうしよう!拓人は心のなかで一気に喋る。
「ね、君の名前は?ほら、少なくとも3日一緒ここで過ごすわけだし。名前教えて。」
「後藤拓人。14歳です。……あなたは。」
「敬語じゃなくても良いのに! あーー、わたしは櫻井莉桜。歳はにっ、あ、15歳だよ!」
「……莉桜さんはどうしてここにいるんですか。」
「んー、何でかな? それよりはたっくんは?」
「…たっくん?」
「うん! たっくんって呼んでも良い? 3日の短い付き合いだから!」
どうやら拓人が3日間麗列車という不思議な列車に乗ることは確定らしい。
…この不思議な少女と一緒に?
意味がわからない。
なぜこうなった。
俺は家出しただけなのに。
罰か。家出した罰ですか。
ああもうよくわからないよ!!!
疲れたのかじきに莉桜も喋らなくなり、沈黙が訪れた。
それからしばらくたった頃。拓人も吹っ切れ、鎌倉に着くならどうでもいいよと思い始めていた。なんだかここは不思議と気分が良いんだ。暖かい。
そう思いながら、まだ不安だらけなのに安心して眠ってしまった。