レベッカ
「君は勇者のところに行かないの?」
和哉はバトルアクスをスイングし続ける少女に問いかけた。
「レベッカ」
少女は動作を止め、感情のないような目で和哉を見やった。
「お前が変な呼び名であたし達を呼んでいるのは知っている。あたしの名前はおさげじゃなくて、レベッカだ」
「ごめんごめん一度に名前を憶えられなくって」
「まぁそれもそうかもね。……質問の答えだけど、あれに混ざる気がおきないだけよ」
今日も勇者は仲間達(少女達)に囲まれて笑顔なのに死んだ魚のような目をしている。
顎をしゃくってレベッカは勇者一行の団体様を見やる。
「まったく、よくやるよ」
それは勇者に対しての言葉か、勇者に群がる女子達に対しての言葉なのか。
「そろそろ助けだしてあげないと限界じゃない?」
見れば、勇者はこちらを向いており、和哉に何か訴えるかのような視線も感じる。
「レイ!剣の指導をしてくれよ?」
「今いく」
他のメンバーに睨まれても、レイからのヘルプ要請は断れない和哉である。
勇者もすごくいい笑顔で手をあげるとこちらへと歩いてきた。
「よくレイが限界だってわかったね」
「何となく。あたしと似た顔…表情をしているような気がしたから」
レベッカのトラウマはセクハラであろうと想像がついている。
レイが限界であるとレベッカがわかると言う事は、勇者も本人はソレと気がついていなくても、周囲の女性達から相当の苦痛を与えられていると感じているのかも知れない。
「勇者の場合とあたしの事情を一緒にしちゃうのは違うとは思うけれども、
好意の一方的な押し付けにはうんざりする事ってあると思うな」
なるほど、そうでなくても好きな相手からの好意からくる行為とそうでない相手からの行為とでは、同じ事をされてもハラスメントと捕えられる事もあるし、好感を持つ事もあるしと言った事もある。
勇者が周囲の少女達を仲間としてしか見ていないのは明らかなのに、対して少女達の方は肉食獣のように勇者という獲物に群がっているのである。
少女達の行為を純粋な好意からだと仮定しても少々暑苦しいのではないか。
さらに勇者の場合は数が多すぎる事がストレスの一因かもしれない。
たまには一人でぼうっとしたい時などあるのではないだろうか。
「何の話?」
「ん。レイは女の子達の相手を真面目にしてるけど、一人になりたい時とかないのかなって話。疲れない?」
こちらに歩いてきていた勇者は、和哉とレベッカの話が途中から聞こえていたらしい。
「いや。それも『勇者』としての勤めのうちだから……。でも、そうだね、たまには地面に寝転がって、一人でとりとめのない事を夢想したいって思う事はあるかも」
「すればいいんだよ。レイも、好きなこと」
和哉が言えばレイは首を傾げて笑う。
「この戦いが終われば、そういう日も来るかもしれないな」
ほろ苦さを含んだ笑みだった。
和哉は、胸を突かれたような気がした。
「じゃ、あたし汗流してくるんで」
レベッカはぶっきらぼうにそう言うとその場から離れていった。
その後ろ姿を見送っていると、勇者が言った。
「めずらしいね。あの娘はめったに男性とは話さないんだけど」
それは男って意識されていないからですかね?
和哉は思ったが口には出さないで、苦笑した。
たしかに、和哉はこの世界の同じ年齢の若者と比べても子どもだと思われているようである。
筋肉の付き方も優しい感じだし顔は童顔で髭だってない。
エルフからも子どもだと間違われる始末である。
そうこちらの世界の男はゴリマッチョですごく男くさいのが普通である。
勇者であるレイだって顔は王子様みたいな顔をしているがしっかり逆三角形な体形であるのだ。
「さ、昨日の続きをはじめようか」
レイはすごくいい笑顔で和哉を誘う。さっきまでの女の子達に囲まれているときとは大違いである。
レイを囲んでいた少女達のじと目を背中に感じつつ、和哉は訓練用の剣を構えた。
とは言うものの、剣を交えはじめると和哉もレイに負けず劣らず夢中になって周囲の視線など気にならなくなるのだが。




