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召喚

 「やべぇ。ぜんぜんわからん、微分積分難しすぎるだろ」


 夏休み中盤、工藤和哉は一人で家で夏休みのホームワークに取り組んでいた。


 父と兄はお盆休みをもぎ取る為の、魔の休日前勤務体制が続いていて朝は早く、帰宅は遅かった。

 母はスターの追っかけに忙しく、昼飯代の1000円をテーブルを置くと出かけてしまった。


 パート先の同じ韓流好きの仲間と泊まりで来日するスターを空港まで見に行くのだそうだ。


 夕飯は父か兄の帰宅を待ってという事になるのだろが、健康的な高校生男子である和哉にはそれまで待てる訳でもなく。


 「2食分1000円て、たりねーよ」


 最悪明日の昼は小遣いの持ち出しになるだろう。


 明日の昼までには帰ってこないだろうと和哉は予想していた。


 「親父に小遣いをねだるか…」


 この家では間違いなく一番稼いでくるはずの父親の小遣いが少ないのを知っている和哉は、少しだけ父親に悪いような気がしたが、腹は減るのである。

 父には気の毒だがここは譲歩してもらおう。


 外はうだるような真夏の日差しでセミがミンミンと夏を謳歌している。

 今日も体温より高い気温になるのだろうか。


 勉強をすると言えば、クーラーをつけてもよい事になっている工藤家では朝からクーラーがしっかり仕事をしていた。


 それでも暑い。


 

 和哉の頭皮から出た汗が筋となって額に垂れ、ポタっとノートの上に垂れる。


 「あ、やべ滲む」


 机の上のティッシュをシュッシュッシュッと慣れた動作で抜き取り、落ちた部分の水分をぬぐおうとしたその時。



 ノートの上の雫が滲んで広がっていく。


 それは蜘蛛の巣のごとく外側へ外側へと滲んでいき、机の上からはみ出した。

そして見る間に床に広がっていく。



 「な、なんだこれ」


 蜘蛛の巣のように広がった物は一度光ったと思うとぐるぐる和哉を中心として周り、大きな円となる。


 そしてその円にはさまざまな記号が浮かびあがると再び輝きだす。


 その円から逃げ出そうと和哉は椅子から立ち上がった。


 すると、円の中心から水色の手のような物がのびてきて和哉の足をつかんだ。

 

 「ひっ」


 悲鳴をあげようと口を開けかけた所を更に伸びてきた手が塞ぎ、あっという間に全身を拘束されてしまった。


 そして…



 ズルズルッ



 和哉の身体は円の中心に向かって引きずり込まれた。


 「うぁぁぁああああ!」


 叫んだ声はくぐもっていた。


 そして和哉は工藤家の部屋から消えた。


 外はセミの鳴き声がミンミンと響き、クーラーは誰もいなくなった部屋を冷やすために風を送り続けた。



 チリリリリン


 どこかの家の風鈴がなった。


 「わらび~餅。わらび~餅。冷たくて美味しいわらび餅~」


 夏の風物詩であるわらび餅売りのトラックも工藤家の近くを通りすぎた。



 隣の小学生がプール解放から帰ってきても、夕闇が部屋を染めても、工藤家の家の中で動く者はなかった。


 やがて熱帯夜をフラフラになりながら工藤家主の工藤博一51歳とその長男

工藤遥希が帰ってきたが、出迎える者も誰もいなかった。



 「ただいまー。和哉。牛丼買ってきたぞー」

 「何やってんだ。雨戸もたてないで。あーあ家の中ヒエヒエじゃないか。電気代が…」


 「コンビニでも行ってるんだろ?親父先に食べようぜ」


 彼らは次の日になるまで工藤家次男が行方不明であることに気がつかなかったのである。


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