8.魔王様が、協力してくれるようです(泣)【ユメ視点・前編】
今日もはるちゃんはユメに優しい。
夜更かししてゲームしてたのがばれて叱られたけれど、なんだかんだいいながら、ユメの髪を梳かしてくれる。
「全く、肌荒れもしてるじゃねーか。パックするぞ」
「えーっ、冬だし寒いから嫌だよ」
「文句いうな」
はるちゃんはとても世話焼きだ。
ユメはあまり身なりとか気にしないけれど、乙女ゲームの主人公に容姿は大切なのだと、いつも気を使ってくれている。
まぁ本当はユメが自分でやるべきなんだろうけど、はるちゃんが構ってくれるから、やらなくてもいいかなぁなんて思ってしまう。
パックをした顔に、はるちゃんはしばらく手を添えててくれた。
こうした方が美容液がよく染みこむとか言っていたけれど、ユメが寒がらないようになんだとわかる。
そういう優しいはるちゃんが、元の世界にいたころから大好きだ。
グズで要領が悪くて。
駄目駄目なユメを、はるちゃんだけは見捨てないでいてくれる。
ちゃんとした人になろうと思ったところで、ユメの意志は豆腐以上にもろいのだけど、はるちゃんが側で叱ってくれたなら、頑張ろうって気になるから不思議だ。
まぁ、気だけだったりするときもあるけどね!
本当はるちゃんが攻略キャラだったら、何の問題もなかったのになぁ。
手のマッサージをされながら、そんなことを思う。
はるちゃんはユメを他の男の子とくっつけることに一生懸命で、恋愛対象としては見てはくれない。
はるちゃんがユメを意識してくれないのは、元の世界の時から変わってないから、しかたないとは思っているんだけど。
ユメとはるちゃんが今いる世界は、乙女ゲーム『ドキドキ★エステリア学院』の世界。
このゲームは、この世界にくる直前にユメがクリアした乙女ゲームで、高校の三年間に攻略対象たちと恋に落ちるのが目的。
ユメが主人公で、はるちゃんはそのサポートキャラ。
はるちゃんは全くやる気のないユメに代わり、このゲームをクリアしようと一生懸命に努力している。
攻略対象とユメをくっつけて、元の世界に戻ることがはるちゃんの目的なのだ。
ユメが他の男の子とくっついても、はるちゃんは全然平気らしい。
それがちょっと面白くない。
けれど、ゲームだとはるちゃんは割り切ってるみたいだから、しかたないかなぁとも思う。
どうしてこんなことになったんだと落ち込むよりも、前向きなはるちゃんの方がユメは好きだ。
暗いはるちゃんの顔なんて、ユメはみたくない。
だから、はるちゃんのやることに付き合うとわたしは決めている。
それにしても、と思う。
何故かわたしは昔からトラブル体質で、はるちゃんはそれに巻き込まれてきたけれど。
まさか、ゲームの中に入りこんでしまうなんて、いくらわたしでも予想はつかなかった。
けれど居心地は前の世界よりもいいし、はるちゃんは元の世界に帰りたいみたいだけど、わたしにそんな気は全然なかったりする。
だって、ここにははるちゃんがいるし。
ユメははるちゃんさえいれば、他に何もいらないのだ。
美味しくお昼を頂く。
今日のメニューはチャーハンだ。
本来はもっとパラリとさせたいんだけど、家のコンロじゃ火力が足りないんだよなとはるちゃんは言っていたが、これで十分だ。
はるちゃんが作ったものならなんだって美味しいし、徹夜でゲームをしていたからお腹が空いていた。
最後の一口を、水で飲み込む。
「攻略対象、もう一人いるよな」
ふいに、はるちゃんがそんな事を言って、思わず口に含んでいた水を吐き出してしまった。
「なな、なんで!」
突然のことについ、うろたえてしまう。
はるちゃんのいうとおり、このゲームにはもう一人攻略対象がいたのだ。
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わたしがはるちゃんに隠している攻略対象の名前は、相川真央。
この世界での、はるちゃんの父方の従兄弟で、わたしの母方の従兄弟でもある。
はるちゃんは一つ年上の真央兄を慕っていて、この世界がゲームであることとかを全て打ち明けていた。
しかし、はるちゃんは知らない。
真央兄はいっけん爽やかで優しそうに見えるけど、その中身は真っ黒で、実はヤンデレ腹黒ドSな、俺様キャラだということを。
ゲームをはじめたころは、ユメだってあの容貌と言動に騙された。
主人公に優しくて、みんなの人気者。
辛いときも一人だけ主人公の味方。
しかし、裏返してみれば、主人公が自分だけを見るように裏から手をまわしていたというヤンデレっぷり。
つまりは主人公の不幸の元凶だ。
絶対にこのキャラだけには関わらない!
そう決めて、わたしは真央兄を避けようとしたけれど、はるちゃんの方が真央兄に近づくものだから、心配で関わらざるを得なかった。
けれど子供の頃の真央兄は、わたしに優しくてブラックな所もなく。
もしかして、ゲームの中とは違うのかな?
なんて、甘い考えを持ちながらも、束縛監禁調教エンドが頭を離れなかったから、やっぱりわたしは真央兄を警戒してしまっていた。
「ユメちゃんってさ。唯一、僕の見た目に騙されてくれないよね」
そんなある日。
はるちゃんがいないところで、真央兄――魔王様が本性を現した。
爽やかな笑顔だけど、目が笑ってなくて。
他の人と違って、自分になびかない存在が、気に障ったようご様子だった。
「いいか。このこと、絶対にはるには言うなよ? いったら、どうなるかわかってるよな?」
あの白さをどこにおいてきたんですかというような、混じり気のない黒さ百パーセントの声。
それでも爽やかなんだから、イケメンっていうのは凄い。
そして逆にそれが怖かった。
「はぃぃっ!」
いい返事をわたしは、その日から完全に魔王様の下僕になった。
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ある時は限定のアンパンをお小遣いで買いに行かされた。
苦労して手に入れたそのアンパンは、魔王様からはるちゃんへのプレゼントとして使われ、はるちゃんはキラキラした目で、魔王様を見ていた。
ある時は、はるちゃんの相談から、わたしがはるちゃんに迷惑をかけたことがバレた。
飼育当番だったわたしは、鶏小屋の鍵を閉め忘れ全部逃がしてしまったのだ。
はるちゃんはお気に入りの鶏がいたらしく、夜遅くまでその鶏を探していた。
鶏は犬に食べられて死んでいたのだけど、魔王様は全く似たような奴をどこからか手にいれて、はるちゃんに差し出した。
魔王様は、一緒に謝りに行ってくれて、わたしのフォローまでしてくれたけれど。
「次はるを悲しませたら、お前も犬に食わせるからな。覚悟しとけよ」
ブリザードのような目で、睨まれた。
小さい頃から頭のよかった魔王様。
にこやかな仮面の下で溜まったストレスはわたしに向かい、そしてその歪んだ愛情は、乙女ゲームの主人公であるわたしじゃなくて、はるちゃんに向かって行ってしまっているのだと、いくら鈍いわたしでも気づいた。
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そもそも、ユメは最初からこの世界で、攻略対象と結ばれる気なんてなかった。
ゲームにはなかったはるちゃんとのエンディングしか見えてなかったし、これは転生だから諦めて、ユメと一緒に過ごそうね! と洗脳していくつもりでいた。
けれど、それが狂ったのは真央兄――魔王様のせいだ。
「きっとユメちゃんが他の人とくっつけば、ゲームがクリアできて元の世界に帰れるんじゃないかな?」
そんな迷惑な入れ知恵を、はるちゃんにしたのは魔王様だったりする。
なんてことをしてくれたんだと問い詰めれば、あぁん?と睨まれた。
「そんなの決まってるだろ。面白いからだよ。この世界は退屈すぎるし、つまらないけど、はるだけは見てて面白い。俺様の楽しみを、邪魔したりはしないよな? 下僕」
「ももも、もちろんでございます」
意見できるわけがない。
ユメは自慢じゃないが、長いものには巻かれる主義だ。
はっきりいって、魔王様にしてみれば、ユメなんて蟻んこ以下だ。
ユメやはるちゃんは一般庶民なのだが、魔王様の父上は一代で大企業の社長になっており、世間的にも力を持っていたりする。
加えて魔王様自身の人望も、面の皮並みに厚い。
魔王様が本気になれば、ぷちっと指で潰されるがごとく、学校生活の中で抹殺されちゃう自信があった。
「よしいい返事だ。はるに面白いことがあった日には、ちゃんと報告してこいよ? そうじゃないと、何のためにお前がはるの側にいるのを許してやってるか、わからないからな」
この世界の全てが自分のものであるかのような、尊大な態度で魔王様は笑うのを見て。
はるちゃんは面倒なのに好かれちゃったなぁと、しみじみ思った。
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「おい、ユメ。お前このゲームの世界のことで、俺様にまだ隠してることがあるよな?」
わたしとはるちゃんが高校生になって。
以前から話していた攻略対象たちを確認した魔王様が、そんな事を言ってきた。
「な、なんのことでございましょうか」
「とぼけんな。俺様も攻略対象の一人なんだろ?」
今までははるちゃんの話を半身半疑で魔王様は聞いていたのだろう。
はるちゃんの話を信じることにしたらしい魔王様は、その事に気づいてしまったみたいだった。
「ひぃぃ! 許してください。監禁も束縛も、調教も嫌ですぅ!」
頭を隠してぶるぶる震えていたら、何言ってるんだこいつという目で見られる。
「なんでお前なんかに、俺様がそんなことをしなくちゃならないんだ。自分にそんな価値があると思ってるなら、自意識過剰にもほどがある」
「ですよね! ありがとうございます!」
吐き捨てた魔王様に、心の底からほっとして礼を言う。
こんなに魔王様に感謝したのは、初めてかもしれなかった。
「その嬉しそうな態度もむかつくけどな?」
「いひゃい。魔王様、ほっぺいたいれふ!」
思い切り加減なしに頬を抓られる。
魔王様にはサディスティックな笑みが、よく似合う。
「まぁそれはいいとしてだ。この世界が乙女ゲームの世界だとすると、少し引っかかる点があるんだ。まぁこれに関しては俺様の気のせいということもありえるんだが……それはそれで複雑だしな。お前何か知ってないか?」
魔王様にしては、珍しく思い悩んだような表情にどきっとする。
わたしの様子を、魔王様はつぶさに観察していた。
「まぁいい、いずれわかる話だ。何かあったらすぐに電話しろよ」
心配して言ってくれてる言葉にも聞こえるけれど、意訳すると『面白いことがあるのに俺様をのけ者にしたら殺す』ということだ。
「もちろんですとも!」
訓練された下僕であるわたしには、魔王様の副音声がばっちり聞こえていたので、しっかりと返事をしておいた。
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わたしには、辛いこととか面倒なことがあると、先延ばしにしてしまう悪い癖がある。
後回しにすると、後でさらにとんでもない事になるとわかっていながら、つい避けちゃうのだ。
はるちゃんと一緒に、どうにかギリギリ二年生として進級できたわたしは、ついつい魔王様への定期連絡を怠っていた。
魔王様も魔王様で、最終学年なので忙しかったらしく、催促の電話がそこまでこなかったせいもある。
ちなみに受験勉強で忙しいというように、魔王様は周りに振舞っていたけれど、あれは嘘だとわたしは知っていた。
魔王様は勉強をあまりしない。
しなくても、頭がいいからだ。
つまりあれは、皆から嫉妬を受けないための演技だったりする。
魔王様が三年生になって行っていたのは、幅広いネットワーク作り。
父親の会社経営を少しずつ習い始め、大学の人たちと顔を繋ぎ、住みやすい環境を着実に整えていくあたり、かなりの手腕だと思う。
何故こんな時期からそんなに将来の事を考えているのか聞いたら、好きな相手に苦労させないためだと魔王様は言った。
「まぁ色々障害のある恋だからな。せめて他のことくらいは、あいつの手を煩わせないようにしておきたいし」
魔王様にも恋の相手がすでにいるらしい。
その事を話す時の魔王様は、まるで普通の少年のようだった。
魔王様も、恋ってするんだなぁ。
恋愛を取り扱ったゲームの攻略対象だから当たり前なのだが、そう思った。
そしてそれと同時に、その相手が自分じゃないことにユメはほっとした。
その恋の相手がはるちゃんじゃないかなんて思ったけど、そんなの縁起でもないから頭の中で打ち消す。
魔王様に好かれてしまった相手に、心底同情したのは内緒だ。
それからしばらくして、沢渡くんや竜馬くんと出会い、色々あって。
一瞬魔王様に報告しなきゃなとは思ったけど、後回しにしてるうちに、どんどん電話がかけられなくなって。
季節は冬になり、はるちゃんにもう一人の攻略対象がいる事がばれたその日。
わたしの部屋に――魔王様が光臨した。
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「ユメちゃん水臭いよ。言ってくれれば、僕いつでも協力したのに。それに、はるから聞いたけど、色々大変なことになってたみたいだね。どうして電話で教えてくれなかったの?」
頼ってくれなかったことを残念に思うような口調で、魔王様がそんな事を言う。
その柔らかな声に、多くの女子はいつもうっとりしているが、わたしはげっそりしかしてなかった。
『なんでそんな面白いことになってるのに、俺様に報告しなかったんだ。あぁ?』
その理由は当然、わたしにちゃんと魔王様の本当の声が届いていたからだ。
この様子だと、はるちゃんがもう一人の攻略対象に気づいたのは、魔王様の差し金なんだろう。
かなりご立腹のご様子だった。
「魔お……真央兄は受験で忙しいから、お手を煩わせたくなくてですね」
正座で魔王様の言葉を受け止める。
どうか許してくださいと、潤んだ目で魔王様の顔を見上げれば、天使のような極上のスマイルが浮かんでいた。
あっ、これ駄目なやつだ。
ちゃんとユメにはわかっていた。
魔王様は、本気で怒ると笑うタイプだ。
「何を言ってるの。僕は二人のためなら、何だって協力したいんだ。だから僕、ユメちゃんと付き合うよ」
健気ともいえる感じで、魔王様がそんな事をいう。
嫌がらせをする気満々だよ!
これ優しさからくるヤツじゃないよ!
だってまとうオーラがどす黒いもの!
「いいのか、真央兄!」
しかしはるちゃんはそれに全く気づかない。
こんな面倒なことを引き受けてくれるなんてやっぱり真央兄は俺の味方だとか、そう思ってる顔だ。
騙されてるよはるちゃん、気づいて!
そんなユメの心の叫びも、はるちゃんには届かない。
「うん。これも二人のためだし、ユメちゃんのこと大好きだしね」
魔王様は、わたしの手をとって再度笑いかける。
ぎりぎりと握りこまれた手が痛い。
「たっぷりお仕置きしてやるから、覚悟しておけよ?」
耳元で囁かれた言葉は、はるちゃんには聞こえないくらい小さなものだったけど、わたしの心をきゅっと縮ませるには十分だった。
これからの日々を思うと、めまいがして。
「おい、ユメ!」
「あらら。気絶しちゃった。照れて可愛いなぁ」
心配そうなはるちゃんの声と、魔王様の満足そうな声を聞きながら、わたしは意識を失ったのでした。
3/30 微修正しました。