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5.お嬢様に喧嘩を売って、弟くんを味方につけようと思います【後編】

 竜馬たつまの体調も回復し、しばらく経った頃。

 ユメに重大な異変が起こっていた。

 前々からその兆候はあったけれど、様子見をしていたのがいけなかったらしい。

 もう見逃せないところまで、事態は緊迫している。

 俺はユメを家に呼んで、緊急会議を開くことにした。


「それでね、乙女ゲームを薦めたんだけど、桜ちゃん実は男嫌いだったみたい。だから女の子が女の子を落とすゲームを一緒に買いにいこうって話になったんだ。桜ちゃんって、いつも嫌そうな顔しながらちゃんと付き合ってくれるんだよ!」


 近況を尋ねると、ユメはウキウキとした様子で話してくる。

 桜子の説得を始めてからというもの、ユメは楽しそうだ。

 ころころとした頬を興奮に染めながら、身振り手振りを加えて報告してくる。


 元の世界にいたころ、ユメは女の子たちの中で浮いていた。

 一緒にいればトラブルに巻き込まれるし、空気も読めない。

 ユメはユメでいいところがあるのに、それをわかってくれる子はいなかった。


 そのためかユメは引きこもり、学校にまれに出たとしても、はるちゃんはるちゃんと俺にべったりだった。

 こっちの世界でも同じようなモノだったので、それに関しては諦めていたのだけど。

 コレに関しては、ユメにとっていい傾向なのかもしれない。

 あのユメの初めての女友達が、学院の女王である桜子というのはちょっと意外だったが。


「よかったな、ユメ」

「うん! でもごめんねはるちゃん。今日も桜ちゃんに、はるちゃんと仲直りして欲しいって言ったんだけど、駄目だった。いっぱいはるちゃんの良いトコ話してるんだけど、わかってもらえないんだよね」

 ユメは残念そうな顔になる。


「俺の良いトコって、一体いつもどんな話を桜子としてるんだ?」

「次遅刻したら留年って言われた時に、一緒に学校に泊まってくれようとした事とか、小さい頃お漏らししちゃったときに、自分のだって先生に言ってくれた事とか、あとはね……」

「もういい」

 ソーセージのような指を口元に添えて、他に思い出そうとしているユメを止める。


 ロクな事を桜子に話してない。

 この情報からは、俺が良い奴っていうよりも、ユメのアホっぷりしか伝わってこなかった。

「えーまだあるのに」

 不満げに言ったユメは、もうすぐ冬だというのに、暑いというように額の汗を拭っている。

 

「まぁ、それは置いといてだ。今日の本題はそこじゃない」

 そんなユメに、俺は真っ向から視線をぶつけた。



「ユメ……お前、太ったよな?」

「そ、そんなことないよ!」

 ぎくぅ!とアニメなら効果音が付きそうなほどに、ユメの声が裏返る。

 急いでシャツの下からはみ出た腹のお肉を、ズボンを上げることで対処しようとしたユメだったが、お尻のあたりからビリっと布が裂ける音が聞こえた。


 外に出ないため真っ白なユメの二の腕に、手を伸ばす。

 ぷにっぷにの、たゆんたゆんだ。

 アゴに手を伸ばせば、たぷたぷとした肉が揺れていた。


 乙女ゲームの主人公として、見た目は重要。

 放っておけば、自堕落な食生活を送るであろうユメのご飯は、いつも俺が作っている。

 カロリー計算もバランスもばっちりだ。

 お菓子も時々のご褒美としてしか与えていない。


 なのに、この丸々としたシルエットはどういうことだろう。

 導きだされる答えは、一つだった。


「お前、桜子に餌付けされてるな」

「え、餌付けなんてそんな! お話するたびに茶菓子は出てくるけど、ほんの少しだよ!」

 確信を持って口にした俺に、ユメは目を逸らした。


「ちなみに昨日食べたお菓子と、その量は?」

「……フルーツタルトとショートケーキを1ホールと、おはぎを5つくらいかな」

 それ少しじゃない。

 がっつり食べてるじゃないか。

 聞けば、毎日似たような量のお菓子をユメは食べているようだった。


「元の体重に戻るまで、今日からお菓子は一切禁止だ。桜子からのものも断れ。あと毎日地獄のダイエットメニューをこなしてもらう」

「えぇーっ!」

「文句があるなら、飯を作ってやらないぞ」

「……頑張ります」

 すでに胃袋を俺に掌握しょうあくされているユメは、これに抗う術をもたない。

 うっと息を詰まらせ、ユメはうなだれながら答えた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 放課後をユメとのランニングの時間に当てると言ったら、暇だから竜馬も一緒にやると言ってきた。

 ヒロインとして、こういう裏の頑張りを見られるのは、本来あまりいい事ではない。

 ちょっと悩んだが、ユメに関しては今更な気もしたので、一緒に走ることをオッケーした。


「ひぃ、ふぅっ!」

 息も切れ切れにユメが走る横を、竜馬と二人で歩く。

「先輩、おれ運動してる気がしない」

 竜馬が正直な感想を漏らす。

 日ごろ運動しないユメが一生懸命走るスピードは、俺たちの軽い早歩きの速度と同じくらいだった。


「こいつ置いて二人で走ろう」

「付き合うって言ったのは竜馬だろ」

 ユメを指して言う竜馬にそうは言ったものの、気持ちはよくわかった。


 バスケ部もしばらく行ってないので俺自身、運動不足気味だ。

 できれば体を動かしたい。

 この速度に、じれったいものを感じているのは同じだった。


「退屈」

 ぼそりと竜馬が漏らす。

 これはもう飽きてどこかにいくな。

 そう俺は思った。


 竜馬は誰かに合わせて、面倒な事をするようなタイプではない。

 好きなものは好き、嫌いなものは切り捨てる。

 気が乗らなければ、女の子と約束をしていても断る。

 この短い付き合いで、俺は竜馬のそういうところを知っていた。


「……少し遠いけど、陸上競技場で走らない? あそこなら、子豚ちゃんにあわせて走らなくても、様子を見れるでしょ?」

 面倒だったら先に帰ってもいいぞ。

 そう言おうとしたら、意外な提案を竜馬がしてきた。


「どうしたの先輩。そんな顔してさ」

「いや、てっきり飽きてどこか行くと思ってたから」

 驚きが顔に出てたんだろう。

 竜馬は少し考え込むような顔になる。


「そうだね。いつものおれなら、むりやり先輩だけ連れて走りだすか、さっさと一人で帰ってるところだ。でもそうしたら、先輩気にするでしょ……というか、こういう考え自体、おれらしくない。意味もなく相手に合わせるなんて」

 自分自身の行動がわからなくて、もやもやするというように、竜馬は呟いた。


「おれが女の子に優しくするのは、色々と楽しい思いさせてもらえるからだし。男の先輩に優しくしたところで、何の得もないんだよね」

「さらりと言ったけど、割と酷いよな竜馬って」

 性格がいいなんて、お世辞にも言えない。


「そんなこと言わないでよ先輩。おれ、誰かのために何かするなんて、あまりしたことなかったんだ。しかも無意識に。自分でも思ってた以上に、先輩のこと気に入っちゃってるみたい」

 夕焼けをバックに笑う竜馬は、まるで大切な宝物でも見つけたかのように、幸せそうだった。


「そうか、ありがとな」

 嬉しいが、俺よりもユメの方にその好意を向けて欲しいものだと心から思った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 竜馬の提案を受け入れ、陸上競技場に移動する。

 思いっきり竜馬と走りながら、周回遅れのユメに声をかけていく。


「そろそろユメちゃん、休ませたほうがいいかも。おれあっちの自販機でドリンク買ってくるね」

 意外なことに、竜馬は積極的にユメに気を配ってくれていた。


 竜馬はユメの事を桜子の手下くらいにしか思っておらず、その態度はどこか冷たいものだったのに、優しい。

 呼び方まで子豚ちゃんから、ユメちゃんになっている。

 この短い時間の中で、何があったというのだろう。


 もしかして、とうとうユメを女の子として意識しだしたとか?

 しかし、そんな男心を掴む素敵要素が、今のユメにあっただろうか。

 いや、ないと断言できる。


 不思議に思ったけれど、暗くなったので引き上げ、家に竜馬も呼んで夕食を振舞うことにする。

「はるちゃん、野菜ばっかりだよ! わたしウサギになっちゃう」

「豚よりはウサギがマシだ。ちゃんと鳥のササミや豆腐は入れてあるから、バランス的には問題ない。ほら、ニンジン避けるな」

「うぅ……」

 ついユメといつもの調子でやりとりしていたら、竜馬がこっちを見ていた。


「どうした竜馬?」

 子供っぽいユメに失望してしまってはいないか心配する。

 そもそも失望するだけの好感度があればの話だが。


「いや、昔の母さんとおれみたいだなって子供の頃思い出した。この味も懐かしいし。先輩料理上手いよね」

 柔らかく微笑む竜馬の瞳は、優しい。

 最近、こんな顔も俺に見せてくれるようになった。


「気に入ったなら、ランニング後にまた食べにこればいい」

「いいの?」

 竜馬が期待に目を見開く。


「あぁ。人数が増えても作る手間は変わらないし。それにちゃんと付き合ってくれるなら、大歓迎だ」

「やった! おれ、頑張るよ!」

 喜ぶ竜馬の表情はどこか子供っぽくて、微笑ましい気分になる。


「それにしても、なんで突然ユメに対する態度が変わったんだ?」

 ユメが家に帰ったのを見計らい、竜馬に尋ねてみた。

 別にいいと言ったのに、竜馬は食器を洗うのを手伝ってくれている。

 その手つきは意外と慣れていた。

 元々母子家庭だった竜馬は、小さい頃家事をよく手伝っていたらしい。


「先輩があの子の事、大切にしてるみたいだったから、おれも優しくしようかなって思ったんだ」

「なんで俺が大切にしてたら、竜馬も大切にしようってなるんだ?」

 いい事なのだけれど、その行動の理由がよくわからなかった。


「さぁ? 考えたけど、おれもよくわかんなかった。でもそうしたいから、そうするよ」

 心変わりの理由は、竜馬もよくわかっていないようだったけれど、満ち足りた顔をしていたので、それはそれでいいかなと俺は思った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 毎日のように三人でランニングして、ヘルシーな夕食を食べる。

 何度かユメは俺との約束を守らず、桜子のところでお菓子を食べてきたりしていたが、この一週間は真面目にダイエットに取り組んでいた。

 約束を破ったとき、本気で叱ったのだけど、それが相当応えたらしい。


 かなり良い調子だ。

 しかし、お菓子断ちが思いのほか効いているらしく、ユメの目は死んでいた。

「チョコ、クッキー、モンブラン。ソフトクリーム、ふふっ、ふふふっ」

 焦点の合わない瞳で笑う姿は、不気味すぎて隣を走るのも躊躇ためらわれる。


「先輩、あれ大丈夫なの?」

 走りながらブツブツ唱える姿に、竜馬もドン引きだ。

 しかし、ここでお菓子を与えたら今までの我慢が無駄になる。

 一度食べてしまえば、ユメの性格上抑えはきかないだろう。

 ココは心を鬼にするしかない。


 そんな事を考えていたら、俺たちの走るコースに誰かが立ちふさがった。

 見事な縦ロールが、冬の訪れを思わせる冷たい風に揺れている。

「ユメ、ワタクシの誘いを断って、こんなところで何をしてますの!」

「あっ……チョココロネ、じゃないや桜ちゃんだ」

 とろんとした瞳で、ユメが桜子に近づいていく。


「まぁユメ、こんなにやつれて! ほらユメのお気に入りのチーズケーキを用意させましたのよ。一緒に食べましょう?」

 ユメの頬に手を添える桜子は、慈愛に満ちた表情をしていた。

 桜子のお付の人によって、トラックの真ん中にテーブルと椅子、そして菓子とティーセットが出現する。


「ちーずけーき……」

 離れ離れになった恋人の名前を呼ぶような切なさで、ユメがその名前を口にする。

 その口元からは雫が垂れていた。


「そうよ、チーズケーキよ。こんな辛いことしなくてもいいわ。ユメはワタクシと楽しくお茶していればそれでいいの。好きなだけ食べていいのよ?」

 桜子の言葉を合図に、ユメの側にやってきたお付きの人たちが持っていた皿の蓋を開ける。

 色とりどりのケーキがそこにはのっていた。


「でも、はるちゃんが……」

「またはるちゃんですの。いつもユメは、はるちゃんはるちゃんって。あなたにこんな辛い思いをさせている男の、どこがいいんですの? ワタクシなら、ユメに楽しい思いをいっぱいさせてあげられますわ!」

 誘惑と戦うユメの手を、桜子が引いていこうとする。

 空いている方のユメの手を、俺はがっしりと掴んだ。


「俺の教育方針に口を出すな。お前が甘やかすから、ユメがこんなになったんだろうが。このままじゃこいつ、豚になる」

 俺の言葉に、桜子が眉をひそめる。

「豚? 女の子に対して失礼な。こんなに丸々となって、柔らかくて、吸い付くような肌触り。愛らしいじゃありませんの」


 正気かと思ったが、桜子のユメを見る目はハートというか、愛おしさに満ちていた。

 攻略対象は一向に主人公であるユメになびかないのに、お邪魔キャラとも言える桜子は、すっかりユメに夢中のようだ。


「はるちゃん、一口だけ。ううん、ワンホールだけでいいの。駄目?」

 ユメがうるうるとした瞳で、俺にお願いしてくる。

「駄目に決まってるだろ。それと何気におねだりする量を増やすな。ほら、こっちにこい!」

「いいじゃんちょっとくらい! ユメ頑張ってるのにっ! はるちゃんの鬼、悪魔っ!」

 ユメは俺の手を振り払った。


「そうね。ユメはよく頑張ったわ。だから、ご褒美くらい許されますのよ」

「桜ちゃん!」

 ぎゅっとユメに抱きつかれ、桜子は勝ち誇った顔をしていた。


「……もう知らん。勝手にしろ」

 苛立ってその場を離れる。

 黙って様子を見ていた竜馬が、俺の後についてきた。


「あれでよかったの? ユメちゃん、大豚ちゃんになっちゃうよ?」

「いいわけない。けどあいつが決めることだからな。ユメのためを思うなら、お菓子を与えてはいけないって、なんで桜子にはわからないんだ」

 竜馬に言ったってしかたない。

 わかってはいたけど、苛立ちを押さえられなかった。


「いつだって好かれるのは、その場限りで甘やかす奴なんだ。真にそいつの事を考えているからこそ厳しくしている者がいつだって嫌われる。本当に納得いかない」

「……先輩って、時々子供を持った母親みたいだよね」

 俺の愚痴に、竜馬がぼそりと呟く。

 その日はユメへの当て付けも兼ねて、竜馬とカロリーを無視した豪華な夕食を食べた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 ユメが桜子の元へ行って、一週間。

 朝起こしに行く必要もないし、弁当だって作ってやる必要もない。

 面倒な事をする必要がなくて、俺はせいせいしていた。


 桜子はユメを家に招いて、面倒の一切を見ることにしたらしい。

 ユメの母は仲良しのお友達ができたのねぇと嬉しそうにしていた。

 きっと今頃、一緒にお菓子を食べたりしてるんだろう。


 そうやってぶくぶく勝手に太っていけばいい。

 成人病になったって、知ったことじゃない。


 それにしても、太ってシャツが短くなっていたけれど、お腹を出したまま寝てたりしないよな?

 脂っこいものを食べ過ぎて、フキデモノができたりはしてないだろうか。肌の手入れもそうだが、ストレッチもサボってはいないよな?


「先輩、おれの話聞いてた?」

「うん」

 竜馬に話しかけられ、頷く。

 今日は前に食べ損ねた、新商品のハンバーガーを食べに来ていた。


「嘘だよね。またぼーっとしてるし。さっきのおれの話も聞いてなかったでしょ」

「うん」

「……先輩、しっかりしてよ。ユメちゃんがいないと、調子でないんだ?」

「あんな奴いなくたって、関係ない」

「関係ないって、ユメちゃんの話の時だけ反応したくせに」

 竜馬が呆れた顔で溜息をつく。


「そんなに気になるならさ、おれの家来る? ユメちゃんいるけど」

「だから、ユメの事なんてどうでもいいって言ってるだろ」

「先輩がそれでいいならいいけど。そろそろユメちゃん、桜子に脱がされてる頃だと思うよ?」

 ジュースを飲みながら、なんてことのないように竜馬がそんな事を言った。


「……脱がす?」

「桜子って男嫌いで、女の子が大好きなんだ。いわゆる百合ってやつ。まぁでも、先輩には関係ないよね」

 気がつけば、俺は竜馬に案内させて、一条の家の前に立っていた。

 お屋敷というのがふさわしい豪邸に、足を踏み入れる。


「ユメはどこにいるんだ」

「先輩必死すぎ。心配しなくても、先輩が想像するような痛いことは全くないと思うよ。あいつ手馴れてるし、気持ちいいだけだって。あいつの取り巻きの女の子たちも、皆そう言ってたしさ」

 竜馬は平然とした顔でそんな事を言ってのけたが、そんな問題ではない。

 この兄妹は、性に関して奔放な面があるみたいだから特にだ。


「ここからは静かにね」

 一際大きな扉の前で竜馬が立ち止まり、そっと扉を開く。


「んっ、ふぅ……そこ、痛いっ」

「あら加減を間違ってしまいましたわ。これもユメがいけないんですのよ。どこもかしこも愛らしいから、つい力がこもってしまいます」

 中から聞こえてきたのは、ユメのうめく声と、うっとりとした桜子の声だった。


「白くてぷにぷにで、柔らかい肌ですわね。本当、赤子のよう……」

「桜ちゃん、そこは駄目だよっ。ん、くすぐったいっ」

 ぬちゅぬちゅと滑り気のある音。

 ユメの声は気持ちよさを我慢するかのように、上ずっている。


「ユメッ、無事か!」

 色々とユメが危ない。

 そう思って飛び込んだら、中にはアロマの香りが充満していた。


 ベッドに裸でうつぶせになるユメ。

 体はオイルでぬるぬるしている。

 その上にまたがる桜子は、腕まくりをしてユメの背を押す形のまま固まっていた。


 これは、どうみても……。

 マッサージというか、エステ?


「はるちゃん、迎えにきてくれたんだね! ごめん、ユメが悪かったよぉ!」

 がばっとベッドからユメが立ち上がり、涙目で俺の元へ走ってくる。

「服着ろ、服!」

 大切なところは肉に隠れて見えなかったが、慌ててシャツを脱いでユメに被せる。

 ちらりと横を見ると、竜馬が声を潜めて笑っていた。


「おい、竜馬」

「なに先輩?」

「お前……俺を騙したな?」

「おれユメちゃんが脱がされるって言っただけだよ。桜子肌フェチで、気に入った女の子にマッサージするのが好きなんだ」

 確かにその通りなのだけど、釈然としなかった。


「あんな言い方されて、ただのマッサージだと思うわけないだろ!」

「あれ、先輩何想像してたの? やらしいなぁ」

「そういうお前だって、わかってるならやらしいだろうが!」

 俺をからかって、竜馬は楽しそうだ。

 ムキになるだけ喜ばせるとわかっていたのに、つい声を荒げてしまう。


「何故この男を屋敷にいれたのです、竜馬」

「先輩おれの友達だし、桜子に指図される覚えはないけど」

 バチバチと一条兄妹の間で火花が散る。


「愚弟が。友達なんて、一条の名前に釣られてきた蝿に過ぎないというのに、愚かな子」

「先輩はそんなんじゃないから。そんなんだから桜子は友達できないんだよ」

 はっと竜馬に鼻で笑われて、桜子が眉を吊り上げた。


「友達なんて必要ありませんわ。下僕さえいれば十分ですもの。あなたもそれに早く気づいたらいかが?」

「ふーん、じゃあ桜子にとって、ユメちゃんも下僕の一人なんだ?」

「そんなわけないでしょう。ユメは私にとって、友達でも下僕でもない。たった一人の特別な人ですわ!」

 情熱を瞳に燈した桜子の言葉に、竜馬が目を見開いた。


「ユメだけは、ワタクシを一条家の娘ではなく、桜子として扱ってくれた。ユメは友達だとワタクシの事を言ってくれましたけれど……ワタクシ、それだけじゃもう満足できませんの」


 戸惑う俺と竜馬を無視して、桜子がユメを後ろから抱きとめて俺から引き剥がす。

 それからユメを自分の方へと向かせ、まっすぐ目を見つめた。


「何でも欲しいものをあげますし、贅沢をさせてあげます。あなたをたっぷり甘やかしてあげますわ。ですからユメ。ワタクシの元に戻ってきなさい」

 切望するような桜子の言葉。

「はるちゃんのとこに戻る」

 しかし、ユメはふるふると首を横に振った。


「その男のどこがいいのです。ワタクシなら一生あなたを養って、働かず幸せな生活を保障できますわ。人気ブランドをいくつか持ってますし、家に頼らずとも将来性はありますのよ!」

「……それでも、わたしはるちゃんがいい。ユメをちゃんと叱ってくれるはるちゃんが、大好きなの」

 健気なユメの言葉に、思わずほろりとくる。

 それだけで、全ての苦労が報われたような気がした。


「あーあ、桜子ふられた」

 俺がユメと仲直りしていると、桜子をからかうように竜馬がそう口にした。

「うるさいですわ、愚弟。あなただって、お気に入りの先輩をユメに取られて面白くないくせに」

「ユメちゃんは先輩の子供みたいなもんだから。それにおれ、先輩に女がいたところで気にしないし」

 桜子の指摘に、竜馬はなんでもないような態度をとる。

 するとくすりと桜子が笑った。


「嘘ですわね。ワタクシとあなたは血が繋がってませんけれど、根っこは腹が立つほどに似てますわ。いい子になって好かれていれば満足なんて、逃げじゃありませんこと?」

 桜子が見透かすような意地の悪い笑みを浮かべ、竜馬がむっとする。


「そうですわ、こうしましょう! 表向きワタクシがそこの男と結婚して、竜馬はユメと結婚する。そして相手を交換してしまえば、家も何もかも安泰。全員一条家なら、はるちゃんと一緒にいたいというユメの願いも叶って、全て丸く収まるのではなくて?」

 桜子がとんでもない提案をしてくる。


 何を言ってるんだこいつは。

 何か桜子に言ってやってくれと、竜馬に視線をやる。

 すると竜馬はあっけにとられた顔をしていた。

 このとんでもない提案に呆れすぎて、空いた口が塞がらないようだ。

 気持ちはよくわかる。


「……その手があったね」

 ぽつりと竜馬が呟く。

 一瞬聞き間違いかと思ったが、竜馬は桜子と目を合わせてにやりと笑い、固く握手する。


 兄妹の仲がいいことに越した事はない。

 それは何よりなんだけど、嫌な予感しかしなかった。


「女同士という小さな問題も、あなたの望みもこれで全て解決ですわね。安心してワタクシの嫁になりなさい、ユメ。必ず幸せにしますわ!」

 ユメの唇ギリギリにキスをかまし、桜子が宣言する。


 ちょっと待て、それプロポーズってやつだよな。

 しかも結構男前な事を言ってるし。

 ユメは完全にフリーズしてるし。

 なんか、変な流れになってないか?


「先輩」

 囁くように竜馬に声をかけられ、ビクリとしてそちらを向く。

 甘えるような目で、竜馬が俺を見ていた。


「おれが損得関係なく、誰かのために何かしたいとか、側にいたいって思ったの先輩が初めてなんだ。こんな気持ちになるの、後にも先にも先輩だけ。責任取って、側に置いてくれるよね?」

 疑問系なのに、まるで決定事項だというように竜馬が俺を見つめてくる。

 フェロモンでもでてるんじゃないかというように、無駄に色っぽかった。


「そういうわけだから、先輩。これから覚悟してね?」

「そういうわけですから、ユメ。これから覚悟してもらいますわ」

 竜馬は俺を、桜子はユメを見つめ、声をそろえて不敵な笑みを浮かべる。


 元の世界に帰りたい。

 ただそれだけなのに。

 なんでさらにややこしいことになってしまったんだろう。


「覚悟なんてできるわけないだろうがァァ!」

 俺のツッコミが、空しく広い屋敷に吸い込まれて消えていった。

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