4.お嬢様に喧嘩を売って、弟くんを味方につけようと思います【中編】
「あんた最高。さっきのすげー面白かった」
学院の女王に宣戦布告され、しばらく俺がその場で呆然としていたら、拍手の音と共に攻略対象の竜馬がこっちにやってきた。
「そりゃどうも」
ちょっぴり投げやりに応じる。
どうやら、目的である竜馬をおびき出す事に成功したようだ。
しかし、代わりに俺の平穏は失われてしまった。
「あの女に歯向かう根性のある奴なんて、この学院にはいないと思ってた。名前、何ていうの?」
面白い玩具を見つけたときのようにわくわくした顔で、竜馬が尋ねてくる。
「相川 透哉。こっちは幼馴染の月島ユメ」
「あぁ、別にそっちの女には興味ないから」
折角紹介したのに、ユメのことを竜馬はばっさりと切り捨てる。
どうやら、竜馬の眼中にユメは入っていないようだ。
そして同時に、ユメの目にも竜馬は映っていない。
ユメは桜子が座ってた席で、桜子が投げつけてきたお菓子を幸せそうに頬張っていた。
もう当初の目的すら忘れている事だろう。
「おれ一条竜馬。さっきあんたが喧嘩売った、チョココロネの弟だよ。あぁ、一応言っとくけど、別に因縁つけにきたわけじゃないから。ちょっと話してみたかったんだ」
ふっと竜馬が俺を見て笑う。
年下のくせに、妙な色気があった。
竜馬はユメじゃなくて、俺に興味を持ったようだ。
これだと、ユメと付き合う流れにはならないだろう。
実は、攻略対象である一条竜馬は、出だしさえクリアすれば、一番付き合うのが簡単なキャラだったりする。
付き合う方法は、桜子に喧嘩を売る。
たったそれだけ。
そうすれば、興味を持った竜馬が近づいてきて、「おれと付き合わない?」と勝手に告白してくれるのだ。
竜馬がユメに告白すればこっちのもの。
後はどんな卑怯な手を使おうと、キープするのみ。
竜馬に群がる女の子を遠ざけ、ユメとの恋路を後押しする。
たとえ別れると言われてても、認めずにスッポンのように喰らいついていく覚悟は決めていた。
なのに、どうしてこうも上手くいかないんだろう。
「ねぇ、おれと友達にならない?」
絶望していたら、いきなり竜馬がそんな事を言ってきた。
「友達って、俺とか?」
「そう。駄目?」
上目づかいで、首を傾げてくる。
「いや別にいいけど」
思いがけない言葉に戸惑いながらもオッケーする。
どうやらまだ道は閉ざされていないようだと、俺は内心ほっとした。
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一条竜馬。
柔らかそうな色素の薄い髪はウエーブが掛かっており、一つ年下の一年生。
長身で大人っぽく、不思議な色気がある。
性格は気まぐれで猫のよう。
常に色んな女の子との噂が絶えない。
ゲーム内での竜馬のストーリーは、興味本位で主人公に近づいて行った竜馬が、そこからだんだん本気になっていくというものだ。
ここは俺が架け橋になって、ユメに興味を持ってもらうように仕向けるしかないだろう。
できるかなと不安になるけれど、勝算がないわけじゃない。
ユメからの情報によると、竜馬は退屈を嫌い、刺激的な事や面白い事を求める傾向があるらしい。
だから楽しそうだと思った事には首を突っ込むし、変わったものがあると手に入れようとする。
その点、ユメはばっちり竜馬の要望を押さえているんじゃないかと思うのだ。
ユメの側にいれば、まず退屈とは無縁だ。
日々振り回され、やれやれなんて言っている暇はない。
ユメがやっていた乙女ゲームの世界に巻き込まれ、毎日奔走してる俺が断言する。
しかし、その前に。
まずは、自分の事からだ。
教室の前で立ち止まり、小さく息を吐いて気合を入れる。
「おはよう」
ガラリとドアを開けて俺が挨拶をすれば、にぎやかだった教室が静まりかえった。
桜子の支配力は凄かった。
カフェテリアでの一件以来、いつも仲がよかった奴らさえ俺を遠巻きにしてくるようになった。
今まで築き上げてきた人望のおかげか、嫌がらせまではされないものの、誰もが腫れ物を触るような反応をしてくる。
これが、思っていたよりもキツイ。
乙女ゲームの主人公は、こんな中頑張るのか。
なかなか根性がないとできないことだ。
皆の視線を気にしないフリをしながら、席について授業の準備を始める。
俺でさえ堪えるのだ。
こんなのユメには無理だなと思った。
即効で家に引きこもるのは目に見えている。
まぁでも、失敗してよかったのかもしれない。
正直、クリアするという目標に目がくらんで、そこまでの過程を俺は失念していた。
ユメにこんな思いをさせたくて、桜子に喧嘩を売れと言ったわけではなかった。
「はるちゃん……」
ユメが俺に心配そうな目を向けてくる。
大丈夫だというように頭を撫でてやったけれど、不安そうな表情は消えなかった。
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「わたし、桜ちゃんとお話してくる! こんなのはるちゃんが可哀想だよ!」
放課後、俺にそう告げたユメは、珍しく怒った様子だった。
「ユメ……俺、今初めてお前が主人公っぽく見えたよ」
ユメが俺のために、こんな風に行動をしてくれるとは思ってなくてちょっと感動してしまう。
「何言ってるのはるちゃん。主人公っぽく見えるじゃなくて、ユメは主人公なんだよ。やるときはやるってとこ、見せてあげる! はるちゃんは、何もしなくていいからね!」
頼りがいのあることを言って、ユメは桜子のところへと向かっていった。
まるで子供の成長を見守る親の気持ちでいると、教室のドアのところで、竜馬が俺に手招きをしていた。
「探したよ。先輩だったんだね」
「一年だと思ってたのか?」
俺は身長も結構あるし、体つきもしっかりしてる方だ。
歳のわりに落ち着いていることもあって、年上に見られることはあってもその逆はなかった。
「桜子に喧嘩を売ってたから、何も知らない一年生なのかなって思ってた。二年ってことは、わかっててあんな事したんだ? 余計興味が沸いてきちゃった。これから一緒に遊びに行かない?」
もちろん俺は、竜馬の誘いに乗った。
連れて行かれた先は、ゲームセンターだった。
「先輩、あの車のゲームしようよ」
「いいぜ。やるからには勝負だな」
こういうところにくるのは久しぶりで、ちょっぴりテンションがあがる。
「うわっ、負けた。今度はリズムゲームで勝負しよう!」
竜馬は結構ムキになる性格らしく、子供のようにはしゃいでいた。
クールですましている奴かと思ったら、意外とそうでもない。
「そういうの苦手なんだよな。まぁでも、負けるつもりはないけど」
いつの間にか引きずられるようにして、俺もこの時間を楽しんでいた。
「おれ、こんなに楽しかったの久しぶり!」
竜馬が満足というように、大きく伸びをする。
「いつも女の子とばかりいるから、おれって男の友達っていなかったんだよね。なんか新鮮」
「俺もこうやって羽を伸ばすのは、久々かもな」
思い返してみれば、この世界にきてからというもの、常にこのゲームのクリアを意識してきた。
何も考えず、頭を空っぽにして遊ぶ機会はあまりなかったかもしれない。
「先輩も男友達いないの?」
「いるけど、広く浅くっていうか、あまり深い付き合いはしてる奴は少ないかな。お前は?」
「おれ、同性からは嫌われるタイプみたいなんだよね。金持ちだし、女の子にモテるし。ほら、わりと顔もいいからさ」
嫌味とも取れる台詞だったけれど、自虐のような雰囲気を感じ取る。
本人はそれをあまりよしとしていないようだった。
「そうだ先輩。帰りにハンバーガーでも食べない? おれ、友達と一緒に食べるっていうの、夢だったんだ。勝負に負けたから、おごるよ?」
いいこと思いついたというように、竜馬が言う。
「いいのか? というか、一条はファーストフードとかそういうところ行くんだな。なんか意外だ」
桜子が学院で幅を利かせていることからもわかるように、一条家は相当な権力を持っていて、お金持ちだ。
そんな庶民的な店に行くようには見えない。
「昔亡くなった父さんにつれてってもらったんだ。おれって、元庶民だから。桜子の父親と、おれの母親が五年前に再婚してさ。それからは金持ちらしくとか言われて、全然食べてない」
前にユメから桜子と竜馬の血は繋がっていないと聞いてはいたが、どうやら連れ子同士の再婚のようだ。
「変なこと聞いちゃったな、悪い」
「気にしないでよ。はい、先輩の分」
謝る俺に、竜馬はハンバーガーを手渡してくる。
「そういえば、一条はお姉さんの事が嫌いなんだよな。何で嫌ってるんだ?」
ハンバーガーを食べながら、気になっていたことを聞いてみる。
「苗字嫌いだから、竜馬でいい。というか、桜子に喧嘩売った先輩がそれ言うんだ?」
面白そうに竜馬が笑う。
「俺が売るつもりじゃなかったんだけどな」
「?」
「こっちの話だ。それで、桜子を嫌いな理由は?」
つい零れた本音に、竜馬が首を傾げる。
気にするなと手で話を促した。
「何でも自分の思い通りにならないと許せないって態度と、女王様気取りなトコが嫌い。あいつの事嫌いなくせに、いい顔して従ってる奴らはもっと嫌いだ。あの女みたいに、自分からすり寄っていく奴とか吐き気がする」
馬鹿にしたように竜馬は吐き捨てる。
竜馬がいう『あの女』は、たぶんユメの事だろう。
好感度上げるどころか、マイナスじゃないかこれ。
確かにアレは、嫌々桜子に従っているというより、自分から尻尾振ってついていったようにしか見えなかった。
ここからどうやって挽回しよう。
悩んでいたら、店内に着信音が鳴り響いた。
俺のじゃなくて、竜馬のスマホからだ。
実はゲームセンターにいたときから、竜馬のスマホは鳴りっ放しだった。
面倒くさそうに溜息をつくと、竜馬は電源を切ってしまう。
「それ、さっきから鳴ってるけど、でなくていいのか?」
「いいんだよ。女の子からの誘いの電話だから。ちゃんと断ったのにしつこいから困る」
「モテるんだな、お前」
改めてそんな事を思う。
正直、ちょっと贅沢な悩みだと思った。
俺なんて元の世界にいる時から、女の子に誘われたことなんてないというのに。
一度ちょっときてくれる? なんて呼び出されて行ってみたら、ユメを保護者として引き取れとかそういうオチだった。
男友達は多かったんだけど。
「モテるのは、おれが一条家だからだよ。あと見た目。別にあいつら、おれ自身が好きなわけじゃないから」
どこか空虚な瞳で、竜馬は呟く。
その姿は寂しそうで、一人ぼっちの幼い子のように見えた。
「ねぇ、先輩。また遊びに誘ってもいい?」
なんだか、放って置けない雰囲気のある奴だ。
いいよと俺が頷くと、やったねというように竜馬はいい笑顔を見せた。
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本来のゲーム内だと、桜子は主人公を敵とみなし、執拗なイジメをすることになっている。
しかし主人公はそれに屈しない。
焦れた桜子は自ら主人公を落としいれようとして失敗。逆に助けられ、そこで主人公を認めるというのが流れだ。
ここで桜子に認められないと、竜馬は離れていく。
つまりは、悪役である桜子を倒せるかどうかが竜馬のハッピーエンドへの鍵と見ていい。
そこで今回は、竜馬を落とす前に、ユメには桜子を陥落してもらう事にした。
作戦はこうだ。
ユメは桜子と仲良くし、俺に対する『宣戦布告』を撤回させるよう働きかける。
そしてあわよくば、桜子の横暴な態度も改めるように持っていく。
一方俺は竜馬と仲良くし、ユメが俺のためにプライドを捨てて桜子に取り入っているのだとアピールする。
これによって誰かのために、プライドを捨てて健気に頑張る主人公という構図ができあがるわけだ。
最終的に、桜子がユメの働きかけで自分の行動を改めたのなら。
きっとその時には、好感度のマイナスも覆るほどに、竜馬はユメを見直すはずだ。
さっそく俺は竜馬に、ユメが桜子に取り入る理由を伝えた。
「へぇ、おれにはただ桜子に尻尾振ってるようにしか見えないけど。先輩はあの子のこと信頼してるんだ」
けれど思ったようには行かなくて、竜馬の言葉には信じるだけ無駄なのにという同情が滲んでいた。
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あれからすでに二ヶ月。
一人で行動するのにも慣れてきた。
この頃になると、俺に話しかけてくるのはヨシキとユメ、そして竜馬くらいになっていた。
迷惑をかけたくなくて部活も休んでいた俺は、自然と竜馬と遊ぶことが多くなり、ユメは未だに桜子の元へ通っていた。
俺への『宣戦布告』は解かないものの、桜子はユメを自分と同じ席に座らせるようになっている。
迷惑そうにしながらも、桜子はあれでユメの事を気に入っているようだ。
ユメが桜子に声をかけると、一瞬その表情が和らぐ。
ふっくらとしたユメの頬に触れる手つきは、まるで壊れ物に触れるかのように優しい。
なにより、ずうずうしいまでにくっついてくるユメに対して、『宣戦布告』をしない事こそ、桜子がユメを受け入れている証拠のようなものだった。
「先輩の幼馴染、今日も桜子に取り入ってるね。先輩をこんな目に合わせてる奴と仲良くできるなんて、気がしれないよ」
ユメはうまくやっているようだなと思っていたら、一緒にカフェテリアでお昼を食べていた竜馬が呆れた声をだす。
「あいつにはあいつの考えがあるんだって、何度も言ってるだろ。あの行動も全部俺のためなんだよ」
「先輩ってポジティブっていうか、お人よしだよね」
フォローした俺に、竜馬は呆れたようなため息をつく。
しかし、その目には心配そうな色があった。
まるで真実が分かったときに、俺が傷つかないか恐れていると言った感じだ。
側にいるうちに気づいたことなのだけど、竜馬は人間不信の気があった。
皆自分の外側しか見ていないと思っている節があり、そんな人たちを侍らして女王様を気取る姉を、心から軽蔑して同時に可哀想だと思っているところがある。
よく見ていれば、女の子にちやほやされている時も、笑顔を浮かべながらどこか冷めている。
ユメから聞いた情報によると、人嫌いは桜子にも見られるようだ。
皆自分の家柄にしか興味ないと漏らしていて、あなたもそうなんでしょうと言われたらしい。
この兄妹、実は似たもの同士なのかもしれない。
そんな事を思った。
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秋の新作バーガーが食べたい。
昨日、急に竜馬がそんな事を言い出した。
しかしもう時間が遅かったので、次の日に食べる約束をした。
そして本日。
雨が降っていたので、校門ではなく一年生の靴箱の前で竜馬を待っていたら、運悪く女子の集団に囲まれてしまった。
「あんたなんなの。最近竜馬くんにべったりして。迷惑なのよ」
俺と友達になってからというもの、竜馬は女の子たちそっちのけで俺とばかり遊んでいた。
竜馬に相手にされず、彼女達はかなり怒っている様子だ。
「そう言っても、竜馬から誘ってくるんだ」
「断りなさいよ。遠慮ってものをあんた知らないの?」
女の子たちは、身の程を知れと威圧的に俺を睨みつけてくる。
「遠慮ならそっちがしてよ。おれが先輩と遊びたくてそうしてんの」
どうしようか困っていたら、現れた竜馬に腕を掴まれる。
「竜馬くん!」
とたんに女の子たちがオロオロとしだす。
さっきまで鬼のごとき形相だったのに、一瞬でしおらしくなった。
「先輩にちょっかい出すなら、おれあんたたちの事嫌いになるけど、いいんだよね?」
「ごめんなさい! そんなつもりはなかったの!」
「遅れてごめん、先輩。行こう」
この世の終わりのような顔をして謝りだす女の子たちを無視して、竜馬は俺の腕を引いて校門の方へと歩いていく。
「濡れるだろうが! せめて傘差せ!」
慌てて傘を開いたが、この土砂降りのせいですでに手遅れだった。
ゆっくりとした動作で、竜馬が俺を見る。
それから自分の濡れた手を見て、初めて雨が降っていることに気づいたかのようだった。
ぼーっとしているし、顔も心なしか赤い。
「お前ちょっと変だぞ。もしかして、体調悪いのか?」
「平気。早く、ハンバーガー食べに行こう」
短く答える竜馬の息は上がっていた。
まさかと思って額に手を当てると、かなり熱い。
「熱あるじゃないか! 今日はもう家に帰れ。送ってやる」
「嫌だ」
辛そうに竜馬が首を横にふり、ふらついて俺にもたれかかってくる。
立っているのもやっとなんだろう。
「なんでだよ。バーガーなんていつだって食べられるだろ」
「家に帰るの嫌。一人でいると、気が狂う」
駄々をこねる子供のように、竜馬はそんな事を言う。
何も頼るものを持たないかのように、心細そうな表情をしていた。
「なんてね。先輩、本気にした?」
けれどそれも一瞬のことで、竜馬はすぐに表情を繕った。
くすりと笑って、支えとして捕まっていた俺の服から手を離す。
「今日は調子悪いから、先輩と遊ぶのはまた今度にする」
そう言って、竜馬はスマホで電話をかけ始める。
「いずみちゃん? おれだけど。今日そっちに泊まっていい? うん、そっか。じゃあ他当たるわ」
どうやら竜馬は女の子の家に泊まるつもりのようだった。
他の所に電話をかけようとしていたので、スマホを取り上げる。
大分遅れた動作で、ゆっくりと竜馬が俺を見た。
「何、先輩。かまって欲しいの?」
「違げーよ。そんなに熱出してるのに、人のところに行くつもりか。迷惑だろ」
「迷惑と思ったから、先輩とは遊ばないって言った。いいからスマホ返してよ」
怒ったような口調の俺に釣られたように、竜馬も苛立った様子でスマホに手を伸ばしてくる。
その手を、俺はさっと避けた。
「誰かに迷惑かけるくらいなら、俺のところに来たらいいだろ。そんなに家に帰りたくないなら、熱が引くまでの間くらい面倒見てやる。親も家にほとんどいないし、明日も休みだしな」
「おれに優しくして、先輩に何のメリットがあるの?」
俺の行動が理解できないというように、竜馬は首を傾げた。
最初こそゲームのクリアのため、竜馬に近づいたが、今のはただ単に竜馬を心配しての言葉だった。
だからこそ、竜馬の態度に少し傷つく。
「お前な……自分で俺と友達になろうって言っておいて、それはないんじゃないのか? ほら、行くぞ」
強引に家に連れて帰る。
ぐったりしている竜馬の服を脱がせ、体を拭いて新しい服を着せてやる。
病院に連れていこうかとも思ったけれど、本人が嫌がるので、市販の薬を与えて様子を見ることにした。
竜馬は眠ったものの、高熱のせいで苦しそうだった。
やっぱり医者に連れて行ったほうがいいかなと、顔を覗き込む。
睫毛が長く、寝ていると幼く見えた。
「っ、やだ……やだよ」
ぎゅっとシーツを握って、か細い声で竜馬が呟く。
怖い夢でも見ているんだろう。
その光景が、幼い時の自分と重なった。
元の世界の時にいた頃、両親がいつものように家にいなくて。
熱を出した俺の側には、ユメがいてくれた。
看病らしい看病なんてユメにはできなかったけれど。
ユメがついてるんだから大丈夫って、根拠のないことを言って手を握っていてくれた。
それが何よりも心強くて、安心できた。
思い出して、竜馬の手を握ってやる。
薄っすらと竜馬の目蓋が開いて、目があった気がしたけれど、すぐに安心したように寝息を立て始める。
その手はしっかりと握られていて。
手を外すタイミングもわからずに、疲れていた俺もそのまま寝てしまった。
「ん……」
「おはよう、先輩」
目を覚ますと、竜馬がこっちを見ていた。
「どうだ、熱下がったか?」
「たぶんちょっと下がったと思う。気分いいし。それより、なんでおれの手握って寝てるの?」
困惑したような口調。
この状況が気恥ずかしいのか、照れているようにも見えた。
「寝ぼけた竜馬が離さなかったんだろ。それより、夕飯食べれるか?」
「……うん、ありがと」
素直に頷いて、竜馬がお礼を言う。
らしくない様子にちょっと驚いたけれど、意外な一面を見た気がしてくすぐったい気持ちになる。
「何にやにやしてるの、先輩」
「いや、別に」
「変な先輩」
とりつくろうようにツンとして見せるのは、きっと照れ隠しだ。
それに気づいてしまうと、生意気な態度でも、少し可愛らしく見えてくるから不思議だった。
竜馬は用意した夕食を全部食べた。
食欲はあるようなので、大丈夫だとほっとする。
「服、先輩が着替えさせてくれたの?」
「まぁな。覚えてないのか?」
「髪拭かれるの気持ちいいなって思った覚えはあるよ。本当、先輩って世話焼きだよね。放っておいてもよかったのに……本当にお人よし」
呆れた風を装う竜馬の口調だけど、その顔には思わず零れたというような、ふんわりとした笑みがあった。
その日、竜馬は自分のことを色々話してくれた。
友達のフリをして近づいてきた奴が、竜馬の家や金が目当てで傷ついたこと。
竜馬の見た目に魅かれた女の子たちが、竜馬自身の中身を見てはくれなかったこと。
そんな奴らに絶望しているのに、一人が嫌で離れられない自分が大嫌いだということ。
「こんなの、格好悪くて誰にも話したことないのに。おれ、熱でおかしくなってるんだ」
顔を片手で隠しながら、熱のせいだからと竜馬は何度も念押しする。
こんなこと話すつもりではなかったんだろう。
弱いところをさらけ出してくれるほどに、心を許してくれていると思うと、嬉しくなる。
人慣れしてない猫が、自分にだけ懐いてくれたかのような優越感を、俺は覚えていた。
前後編にしようと思いましたが、長すぎたので分割しました。