3.お嬢様に喧嘩を売って、弟くんを味方につけようと思います【前編】
前回を読んだら分かると思いますが、大体あんなノリです。コメディ的な感じではありますが、BLやその類がいますので、苦手な方は注意してください。
夏、それは恋愛イベントたっぷりの季節だ。
どこに行っても、カップルのためのイベントが用意されている。
今日は八月末の夏祭り。この夏最後のイベントだ。
陽気な祭囃子がいつもとは違う空間を演出し、気分を盛り上げてくれる。
たとえ意識してなかった子でも、浴衣なんか着て可愛かったりするとドキッとしちゃうものだ。
俺の幼馴染である月島ユメの本日の装いは、完璧といってよかった。
落ち着いた色の浴衣には、金魚模様。アレンジした帯は豪華仕様で、見る者の目を引き付ける。
結い上げた髪はうなじが綺麗に見えるように工夫した。
年下男子の心を掴むよう、少し大人っぽく仕上げたのがポイントだ。
「どうかな、今日のために浴衣用意したんだよ?」
「えぇ可愛いと思います」
ユメがそう尋ねれば、一つ年下で俺と同じバスケ部のヨシキが頷く。
そうだろう、そうだろう。
時間かけてユメに似合う浴衣を選んで、着付けたんだからな。
「さすがはる先輩の見立てですね」
これはいい雰囲気なのではないだろうかと思ったら、ヨシキはユメを見るのもそこそこに、俺に対して尊敬の眼差しを送ってくる。
俺の頑張りをわかってもらえるのは嬉しいのだけれど、望んでいたのはそういう反応じゃなかった。
ユメに対して好感を抱いて欲しかったのに、ヨシキからは俺に対する好感度が上がる音しか聞こえない。
「はる先輩、今日は祭りに誘ってくれてありがとうございます。それでは行きましょうか」
そう言って、ヨシキは俺の腕をとって歩き出す。
「違うぞヨシキ。今日はユメが、お前を夏祭りに誘ったんだ」
「どうせはる先輩の指示でしょう? 何度も言ってますが、遠まわしに誘わなくたってオレはオッケーですよ。そんな照れ屋なところも……好きなんですけどね。二人で祭を楽しみましょう」
そういって、ちょっと照れたようにヨシキは笑う。
女の子なら母性を刺激されるところなんだろうが、男である俺としてはちょっと困るというのが本音だ。
慕われているのは、嫌じゃないんだけどな。
沢渡ヨシキ。
今年の春にユメの妹を保育園に迎えに行った時に出会った、一つ年下の子犬系男子。
彼は、この世界である乙女ゲーム『ドキドキ★エステリア学院』の攻略対象だ。
そしてヨシキに迫られている俺は、このゲームの主人公でもなんでもない。
「はるちゃん話が違うよ! 沢渡くんを祭りに連れていったら、後でわたしとお祭りに行ってわたあめ買ってくれるっていったじゃん!」
ヨシキを俺から引き剥がそうとしているユメが、何を隠そうこのゲームの主人公様。
俺の元の世界からの幼馴染なのだが、全くを持って残念すぎる子だったりする。
そして俺は、そんなユメの幼馴染でサポートキャラという役どころだ。
気がついたらこの世界にいた俺は、さっさとこのゲームをクリアして元の世界に帰るために日々努力している。
ユメと攻略対象がくっつければゲームは終わり。
ゲームをやりこんでいたユメなら、どうやればクリアできるかも知っている。
楽勝じゃないかと思っていたのは、遥か過去の話。
ヨシキ以外の攻略対象は、出会いイベントから失敗。
俺の機転でどうにか出会いまではこぎつけたヨシキも、ユメをアタックさせるほどに好感度が下がっていく始末。
気がつけばヨシキはユメそっちのけで、俺に懐くようになっていた。
それでも諦めずに、バーベキューに誘ったり、プールに誘ったりして、ユメとの距離を縮めようと画策したのだけど。
今の所、全て失敗に終わっていた。
「月島先輩、悪いですがはる先輩はオレと祭りをまわるんです。諦めてくれませんか」
「はるちゃんはわたしとまわるの。沢渡くんよりわたしの方が先だったし。わたあめ買ってもらう約束もしたんだから!」
ヨシキとユメが、俺をとりあってバチバチと火花を散らす。
「……わかりました。オレにこの場を譲ってくれるなら、それに焼きそばとたこ焼きもつけます」
「そ、そんなんではるちゃんを譲るわけないでしょ! 馬鹿にしてるの?」
やばい、ヨシキの誘惑にユメの心が揺れている。
お金を手に入れるとすぐに乙女ゲームを買ってしまうユメは、おごりとか、そういう言葉に弱かった。
「りんご飴もつけましょう」
「二人とも、七時に中央広場で待ってるねー」
りんご飴とヨシキが言った瞬間、ユメの目が輝いた。
すばらしいほどの変わり身の速さで、あっさりと売り飛ばされてしまう。
勝ったという笑みを浮かべるヨシキに、ずるずると引きずられる。
そんなんだからユメは駄目なんだ。
心の底からそう思った。
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どうしよう。
もう、このゲーム詰んでるんじゃないだろうか。
この世界にきて、何度思ったかわからない事を心の中で呟く。
『ドキドキ★エステリア学院』は乙女ゲームで、簡単にいえば主人公のユメが男の子を落とすゲーム。
攻略対象は五人。
現在は出会いイベントがどうにか成功したヨシキに的をしぼり、ユメにアタックを続けさせていた。
しかし、ヨシキのユメに対する好感度をここからあげるのは、もう無理だ。
なんかもう、ヨシキはユメを俺に纏わりつく邪魔なペットくらいにしか思ってない気がする。
ユメはユメでヨシキに対してライバル心むき出しなのだけれど、エサにあっさり釣られちゃうものだから、最近では手なづけられている気さえするほどだ。
他の攻略対象を落とすしかない。
そう俺は考えていた。
しかし他の四人はすでに出会いからして失敗している。
どうにかきっかけを作って、無理やりユメと恋に落ちてもらうしかないだろう。
幼き日の思い出が重要なメインヒーローは、そもそも幼き日の思い出イベントが起こっていないんで、パス。
優等生キャラに絡むには、ユメが劣等性すぎて相手にされない可能性が高すぎるので、これもパス。
残るは不良キャラと、学院を牛耳るお嬢様の弟か。
どっちが出会いのきっかけを作りやすいかと言えば……。
ちょっと悩んでから、俺は後者に狙いを定めることに決めた。
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お昼休みのカフェテリア。
俺はそこに攻略対象である『一条 竜馬』の姿を確認した。
奥の日当たりのいい席は空いていて、こんなに混雑しているのに誰も座っていない。
あの席は竜馬の姉であり、この学院を牛耳る『一条 桜子』の指定席なのだ。
竜馬は姉である桜子の横暴な態度と、それに逆らえない人たちに対して反感を持っている。
ゲームでは、何も知らない新入生が桜子の指定席に座り、それを主人公が庇う。
それを見て面白い奴と思った竜馬が声をかけてきて、二人の出会いは始まるのだ。
まぁ四月にそのイベントが起きた時、ユメは桜子の権力に見事なまでに屈してしまったのだけど。
用は桜子に喧嘩を売れば、竜馬は興味を持ってくれるのだ。
「そういうわけだから、ユメ。桜子に喧嘩を売ってこい」
「嫌だよ、何その無茶振り!」
説明したのに、ユメは嫌がった。
「大丈夫だ。ユメならできる。喧嘩を売ることなら得意だろう?」
「そんなの得意じゃないもん! はるちゃん、わたしをどんな風にみてるの!?」
酷いとユメは少し涙目だ。
「よく考えてみろ、ユメ。お前自身、何もしてないつもりなのに、相手を怒らせていることってないか?」
「……うん、それはよくある。この前も田中さんの髪飾り褒めたつもりだったのに、怒らせちゃった」
「そのバレッタ並んだお尻みたいで可愛いとか言ったら、そりゃそうなるだろうよ」
田中さんのバレッタは、小さな桃が三つ並んだものだったのだけど、色が肌色に近かった。
皆多分ユメと同じことを思っていたのだけど、ブランド物なのよと自慢げだったから、言えなかっただけだ。
「とにかくだ。お前には人を怒らす才能がある。だから、何も考えずに桜子に声をかけてこい。ユメならできる」
「なんだか褒められてる気がしないけど、はるちゃんがそういうなら頑張ってみる!」
おだてると調子に乗りやすいのがユメのいいところだ。
ちょうどやって来た桜子がいつもの席に座り、ユメが近づいていく。
そしてすぐに戻ってきた。
「とりあえず、こんにちわって挨拶してきたよ! そしたら、あら誰がこの学院の主かちゃんとわきまえてるようねって褒められた! 思ったより怖くない人なのかも!」
ちゃんとできたよというように、ユメが報告してくる。
「うん、そうか……よかったな」
遠くにいる竜馬が、あいつも桜子の仲間かと蔑んだ目でユメを見ていた。
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次の日も竜馬がカフェテリアにいる事を確認し、ユメを桜子の元へ行かせる。
お昼を食べ終えた桜子は、なんだかイライラしている様子で、お付の子にお菓子を用意させていた。
これはいけるかもしれない。
昨日はフォローもできなかったので、少し近めの席を確保してユメの様子を窺う。
「桜子様こんにちわ! 今日もそのチョココロネみたいな髪型がおいしそうですね!」
とりあえず桜子を褒めておけと指示は出したが、ユメは俺の期待通りの事をしてくれた。
周りがざわつく。
「あなた、今何といいまして?」
「チョココロネ……そういえば、お腹すいてきました」
さっきお弁当を食べたばかりだというのに、ユメのお腹からぐーっと大きな音が鳴る。
この空気の読めないところは、さすがユメだ。
一応乙女ゲームのヒロインなのに、恥じらいとかどこにおいてきたんだろう。
「あなたワタクシを馬鹿にしてますの! そんなにお腹が空いたなら、これを差し上げますわ! 庶民らしく拾って食べたらいかが?」
ユメの態度がいい感じに逆鱗に触れたらしく、桜子は持参していたらしい高級菓子を床にばら撒いた。
おぉ、いい感じじゃないか。
ここまでこれば後は、つっぱねるだけだ。
皆が迷惑しているのとか、あなたを学院の女王だと認めないとか、主人公の台詞をかましてやればいい。
ぐっと拳を握って、ナイスユメとたたえていたら、ユメはおもむろに床に膝を付き、高速でお菓子を拾い始めた。
全て拾ってすっと立ち上がる。
そうか、そのお菓子を桜子にたたきつけるつもりなんだな。
演出としては悪くない。
「これ、全部貰っていいの? いいんだよねっ?」
両手にお菓子を抱えたユメは、キラキラした目で桜子を見つめてそう言った。
「え、えぇ」
「やったぁ! 桜ちゃんいい人っ!」
「さ、桜ちゃん!?」
ユメのテンションの高さに、あの桜子が押されていた。
こんな反応をされるとは思ってもなかったのだろう。
ユメの中では、お菓子くれる人イコールいい人なのだ。
小さい頃はこれでよく知らない人についていって、トラブルに巻き込まれまくっていた。
今お菓子をあげたことで、桜子に対するユメの好感度はマックスだ。
他の攻略対象もこれだけチョロければ、俺も苦労しなくて済むのにななんて思わなくもない。
「このアホユメっ!」
我慢できずにユメに近づき、頭を叩く。
「痛っ! はるちゃん痛いよ。何すんの!」
「何すんのじゃねぇ。何で拾えって言われて素直に拾うんだよ」
「だってくれるっていったよ?」
ユメはなんで怒られるかわからないという顔だったが、突然はっとした顔になる。
「大丈夫だよはるちゃん。ちゃんとはるちゃんの分もあげるから」
「そんな心配してねぇ。いいから捨てろ」
「やだよ。確かに落ちたかもしれないけど、包み紙されてるし、三秒で拾ったもん」
落ちたものでも三秒以内に拾えば大丈夫とか、そういう問題じゃない。
これはプライドの問題だ。
絶対に返さないからねというような顔で、ユメがむくれる。
こいつの食べ物に対する執念が凄いのを、俺はすっかり計算に入れ忘れていた。
「落ちてるものを拾えって時点で馬鹿にされてるんだよ。いいから、渡せ」
「いーやーだ! これわたしが桜ちゃんから貰ったんだもん。高級なお菓子なんだよ! はるちゃんだって食べたいくせに!」
「いらねぇよ! 誰もがお前みたいに、お菓子に釣られると思うな!」
攻防を続けているうちに俺の手がすべって、お菓子の一部が桜子のテーブルめがけて飛んでいった。
「あ」
お菓子は桜子のティーカップをなぎ倒し、その紅茶が桜子の綺麗に仕立てた特注の制服に染みをつくった。
プルプルと桜子が震えている。
しかもその目は、ユメじゃなくて俺をロックオンしているように見えた。
「あなたお名前は?」
「……相川透哉」
「わたしは月島ユメ。よろしくね桜ちゃん!」
威圧感のある眼差しを向けられて、名前を口にする俺に対し、聞かれてもいないのにユメが能天気に自己紹介する。
「全員に伝えなさい。今から相川透哉を、ワタクシ一条桜子の敵と見なします!」
ばっと手を横に振って、響く声で桜子が告げる。
大変なことになったと生徒達が騒ぎ出す。
「この学院でワタクシに逆らって、生活できると思わないことね? どれだけ持ちこたえるか楽しみだわ」
高笑いしながら、桜子が去っていく。
ちょっと待て。
これってもしかして、ゲームが詰んだというよりも。
俺の人生が詰んだんじゃ……。
「はるちゃん、気を落とさないで。お菓子あげる」
たくさんあるお菓子の中から、一番小さい包みをユメがそっと手渡してくれる。
なんだか泣きたい気分だった。
2/27微修正しました。