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【番外編1】魔王様初めての敗北(真央視点)

 「魔王様の憂鬱」で没になった部分があったのを思い出したので、番外編として出してみることにしました。

 幼い魔王様と、はるの出会いの話です。


 昔から俺様は、できた子供だった。

 周りの大人にどう振舞えば、いいように扱えるかを教えられなくても知っていたし、同じ世代の子供たちが馬鹿に見えた。

 だからといって、彼らを見下すような態度を表に出す事はしない。

 彼らのレベルに合わせてやる度量を、俺様はちゃんと持ち合わせていた。


 俺様は自分が恵まれていることを理解していた。

 優しい両親に、余りあるお金。

 それでいて俺の容姿は見目麗しく、頭だってよかった。

 全てがうまくいくと約束された世界。

 ただ、ちょっと退屈で刺激にかけていた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●


 俺様がはると出会ったのは、八歳になったばかりの春だった。

 親が新しく家を建てた。

 それで、近くに住んでいるという父方の従兄弟に会うことになったのだ。


『真央くん、うちの透哉とうやとよければ友達になってあげてくれないか』

 そう頼んできたのは、父の弟。

 つまりは叔父だ。


 はること、透哉とうやは俺様より一つ年下で。

 全く友達がいなくて、大人びた言葉遣い。よくわからないことを言う子供だとのことだった。

 親である叔父にも心を開いてくれなくて、お手上げの状態らしい。

 同じ歳で落ち着いた俺様なら、はるも気を許すんじゃないかと思ったようだった。


「会えるの楽しみだなぁ!」

 そう電話の向こうの叔父に言えば、嬉しそうな声でお礼を言われた。


 当時の俺は、きっと適当にあしらっておけばいいかくらいに思っていた。

 笑顔で相手を肯定して、心地いい事を言っておけばいい。

 それは子供だろうと大人だろうと、同じことだ。

 要は何をされたら相手が嬉しいか考えて、求められるものを先に出してしまえばよかった。


 叔父の家で会ったはるは、想像以上に無愛想な子だった。

 顔立ちは俺様の従兄弟だけあって、わりといい。

 真っ黒な髪に、形のいい眉をしていて、凛々しいといえるような顔をしていた。

 ただその瞳は何かに対して憤っていて、眉の間にはシワが寄っていた。


「こんにちは、透哉くん。僕は君の従兄弟で、真央っていうんだ」

「あぁそうか」

 初めての会話はそこで終了した。

 俺様の顔さえ、はるは見ようとしなかった。


「ねぇ一緒に遊ぼう? 透哉くんはなにして遊ぶのが好き?」

「……」

 けど返ってくるのは沈黙ばかり。

 聞いてないってわけではなさそうで、時折早くどこかいかないかなという目で俺様に視線を寄越してきた。


 叔父に頼りにされてしまった以上、どうにかしてこの従兄弟の心を開かせてやりたい。

 誰だって心を開かせる自信が俺様にはあった。

 柔らかな物腰と、天使のような見た目。

 微笑みかければ大抵のものは、俺様のいいなりになった。


 けどはるは全く俺様に心を許さなくて。

 それで俺様は少し意地になった。

 毎日こりずに会いに行って、何度もはるに話しかけた。


 無視していれば、子供だからすぐに飽きて俺に構わなくなるだろう。

 そう、はるは考えていたらしい。


 当時のはるは、前世の記憶をすでに持っていた。

 乙女ゲームの世界に転生したと気づいたはるは、こんなの嘘だ、夢なんだと、現実を否定し続けていたようだった。

 

 でも根が優しいはるは、毎日かよってくる俺様を無視できなくなってきて。

 ちょっとずつ会話をしてくれるようになった。

「これ、一緒に食べようと思って持ってきたんだ。美味しいお店のあんぱんなんだよ。一緒に食べよう?」

「……まぁもらっとく」

 ただそれだけのことが、それが妙に嬉しかった。


 何でも望めば手に入った俺様にとって、こんなに手間取る相手は初めてで。

 どうやったらはるが俺様に興味を持ってくれるんだろう。

 はるは何が好きなのかな。

 今日は何を話してみようか。

 気づけばはるの事ばかり考えていて、あれこれ悩むのが楽しくてしかたなかった。

 

 そんな事を繰り返していたら、はるは無視から方針を変えたようだった。

「どうして透哉くんは、みんなと遊ばないの?」

「子供と遊んでもしかたないだろ」

 尋ねれば、冷たく突き放すようにそんなことを言ってきた。

 

「透哉くんは、大人と遊ぶのが好きなの?」

「そうだ。俺は本当は大人だからな。だから、子供の相手をする気はないんだ。おっさんに何言われたか知らないが、俺と仲良くするのは諦めろ」

 自分も子供のくせに、大人ぶってる。

 そう思うこともできたのに、何故だかそんな風に俺様は考えなかった。

 疲れたように俺をあしらうはるが、自分ととても似ている気がした。



 同じ歳の奴らの事を自分よりもガキだと、当時子供だった俺様は思っていた。

 話は合わないし、感情的で得にならない事ばかりして、馬鹿じゃないのかと内心思っていた。

 はるは、そんな奴らとは何かが違う。はるの持つ影ようなものが気にかかってしかたなくて。

 それを知りたいと思った。


「ねぇ、僕はやっぱり透哉くんと友達になりたい。だから何か困ってることがあったら言ってよ。助けてあげたいんだ」

 誰かが喜ぶからと計算しつくしたものじゃなくて。

 俺様自身が自分から誰かのために何かしたいと望んで口にした、おそらくは初めての言葉。


「……お前が俺を助ける? そんなの無理に決まってるだろ」

 この俺様にここまで言わせておいて、それをはるは突っぱねた。

 拒絶されたことなんて、今までなかった。

 その時初めて、俺様は『傷ついた』という感情を知った。

 

「んな顔するな。別に、お前が頼りにならないとかじゃなくてだな。俺の心の問題で……って、こんなこと小学生に言ったってわかんねぇよな」

 ショックを受けた顔を俺様はしていたんだろう。

 今まで一度も無表情を崩さなかったはるが、おろおろとうろたえた。


「言ってよ。僕は透哉くんが何を考えてるか知りたい。どうしていつも悲しい顔をしてるの? 僕じゃ力になれないかもしれないけど、何かしたいんだ」

 その瞬間を、俺様は見逃さなかった。

 訴えれば、はるは悩んだような顔になって。

 それからぽつりぽつりと、自分の身の上を話し始めた。


 自分が春斗はるとという高校生だったこと。

 気づいたら『ドキドキ★エステリア学院』という乙女ゲームのサポートキャラと同じ名前で、子供になっていたこと。

 こんなのありえない、夢なんだと思うのに、中々覚めてくれなくて。

 どうしたらいいのかという胸のうちを、はるは俺様に打ち明けた。


 それは相談というより、どうしていいかわからない憤りを吐き出しただけと言った感じだった。

 子供相手だから言ったっていいか。

 そんな態度だったように思う。


 正直、当時の俺様にははるが言ってることがよく理解できてなかった。

 わかったのは、はるが高校生の記憶を持った子供だということくらいだ。

 それが本当かどうかはさておき、はるがそういうんだから、そういうことにしておこうと思った。


「俺は元の世界に帰りたいんだ。なのに、一向に夢が覚めない。どうしたらいいかわからないんだよ……」

 いつもツンとしているはるの顔が、くしゃりと歪んで。

 そんな弱々しい顔を俺様だけにはるが見せていると思うと、高揚する気持ちがあった。


「泣かないで。僕も一緒に考えるから。透哉くん……はるくんが元の世界に戻れるように、僕も方法を探すよ!」

 元気付けるようにそういえば、はるは驚いた顔をして。

 それからふっと力を抜くようにして、笑った。


「ありがとな。真央まお

 気を許したという感じの、柔らかな微笑み。

 それが自分に向けられた瞬間、体の中で血がどっと熱くなったのを感じた。

 ドッドッと心臓が早くなって。

 今まで自分の体にこんな現象が起きたことがなかったから、わけがわからなくて戸惑った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●


 事情を話したことで、はるは俺様に対してだけ心を開くようになった。

 俺様という味方ができたことで、はるはふてくされていても、状況は何も変わらないと察したらしい。

 しばらくすると、体裁だけは子供っぽくふるまうようになった。


「真央の方が一応年上だから、真央まおにぃってこれからは呼ぶことにする。だから真央も俺のことは呼び捨てで、はるって呼んでくれ」

「わかった、はる」

 提案を受け入れて名前を呼び捨てにすれば、はるは嬉しそうだった。


 二年くらいが経つころには、はるは俺様にべったりになっていた。

 真央兄、真央兄。

 そんな風に俺様に呼びかけてきて。

 別に可愛い見た目をしているわけでもないのに、可愛いなと思ってしまうようになった。


 はるは未だにこの世界を『乙女ゲーム』の世界だと思っていて。

 正直、はるの話を信じていたわけじゃなかった。

 でもそれに関する情報を集めていけば、はるは目を輝かせる。

 だから、それを口実によく二人で過ごした。


 俺様の家と違って、親戚とは言えどはるの家は庶民よりだ。

 はるの両親は共働きな上仕事人間で、ほとんど家にいることがない。

 だから、遅くまではるの家にいると、はるが夕飯を作ってくれる。

 それを食べるのが俺様は好きだった。


 俺様の家では、シェフを雇って食事を作らせていた。

 けど、はるの作る素朴な味の食べ物の方が、一流のシェフが作ったものより俺様を満足させる。

 それが不思議でしかたなかった。


 はるは一人で食べるのが嫌いらしく、俺様が行くと喜んでくれた。

 それが嬉しくて、毎日のように足を運んでいたけれど、一つだけ気に食わないことがあった。


「こら、ユメ。にんじん残すな!」

「だって美味しくないんだもん!」

 はるが叱り付けているのは、俺様のもうひとりの従兄妹ユメ。

 母方の従兄妹で、何をやらしても駄目駄目な女の子。

 この俺が完璧な微笑みを向けても、何故か怯えたように警戒してくる変なやつ。


 時折ユメは、はるの家にやってくるのだけれど。

 ユメは、はるの元の世界からの幼馴染らしくて。

 はるは何かとこのユメに構う。


「はるちゃんが食べさせてくれるなら考える!」

「はぁ……まったく、一個だけだからな。後は自分で食べろよ」

 甘えてくるユメに、はるは優しい。

 文句を言いながら、ユメのわがままを受け入れてしまう。

 

 どんなにはるに尽くしても。

 何をしてあげようとも。

 一片たりともユメに劣っているところがないはずの俺様が、はるの愛情に関してこいつに勝てない。

 それはたぶん、俺様が味わった初めての敗北で。


 あんなやつよりも、俺様の方が優れている。

 それに俺様の方がはるの役に立っているはずだ。

 ――なのに、なんで俺様にも見せない甘い顔をそいつにだけ見せるんだ。


 表面上は、にこにこと二人のやり取りを見守るふりをしながら。

 いつもそんな事を思っていた。

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