32.ゲームのエンドと告白と
とうとう、彼女を作ることもできないまま、この日が来てしまった。
エステリア学院の卒業式。このゲームの終わり。
何事もなく終わりますようにと願いながら過ごす。周りのやつらがしんみりとしている中、感慨深い思い出に浸っている余裕は俺にはなかった。
この後、ゲームでは主人公が攻略対象から告白を受ける。
告白を受け入れれば、キスされてエンド。一人からの告白なら断ればそのまま終了なのだけれど、複数人から告白されていた場合は、断るとバトルモードに入って何故か告白してきた奴ら全員とお付き合いすることになる。
ちなみにエンド後に、後日談として通常エンドもバトルモードもR18シーンが必ずついているらしい。
うん……終わってる。
ちなみにタカによると、この『ドキドキ★エステリア学院(18禁)』。
通常のルートでは最後の告白の前に、すでに攻略対象とキスしたり、デート行ったり、それ以上のことをし終えているらしい。
それって世間一般的に、告白の後にすることじゃねーか。
順序おかしいだろと思わなくもないけれど、この世界でやった乙女ゲームの中にも意外とそういうのがあったから、こういう恋愛ゲームの世界ではわりとあるあるなのかもしれない。
「卒業かぁ……もうこのゲームも終わりだね。結局誰とも付き合えなかったし、ユメと一緒にこれからも過ごそうね、はるちゃん!」
教室から出て、体育館に向かおうとする俺に、ユメが話しかけてくる。
沈む俺に対して、ユメは本当ににこやかだ。
俺も元の世界に帰ることを諦めたし、攻略対象とくっつく必要もなくなったからだろう。
しかし、ユメはこの世界が実は『BLゲームの世界』でもあることを知らないのだ。
真央兄に事情を話した後、ユメにも話そうと思ったのだが、黙っておいた方がいいと言われたので内緒にしている。
ユメがこの事を知ってしまったら、余計なことをして、物事をさらに悪化させる可能性があると真央兄に言われたのだ。
彼女を作ろうとしてる俺の計画もあったので、確かにその通りだと思って、ユメには一切このことは伝えていなかった。
「ところでユメ……その頭の上の卵はなんだ?」
ユメの顔より少し小さいサイズの水色の卵。ユメの頭の上にある、茶色の細かな枝で組まれた鳥の巣の上に、その卵が鎮座していた。
「これ伝説のドラゴンの卵なんだって! 朝に校門前で出会った大賢者のお爺さんが、ユメに孵化させて欲しいってくれたの!」
俺の質問に、よく聞いてくれましたというようにユメは答える。
「あのな、ユメ。ドラゴンなんているわけないだろ。こんな変なもんに引っかかって。悪戯だよ悪戯。これから卒業式なんだから、どけるぞ!」
ユメは純粋すぎるというか、こういう夢がつまった話を素直に信じてしまうから困ったものだ。
というかこいつは朝、ずっとこれを頭につけてたのか。
今日はユメの仕度を送り出して後、少し一人で考え事をしていたから、ユメの異変に気づかなかった。
頭の上の卵をどかそうとしたけれど、まるで接着剤でくっついたように取れない。
「それがね、はるちゃん。頭の上から取れないんだな、コレが! いやぁ、ユメもまいっちゃって」
はははとユメは笑っている。
元の世界にいるときはあれでもまだ常識の範囲内だったユメのトラブル体質は、ゲームの世界にきてから、枷がなくなった感が否めない。
こういう変なことに慣れすぎて、ユメは物凄くあっさりしてる。
うんうんと頷くユメの頭の上の卵は、どうやってバランスをとっているのか、全く落ちる気配がなかった。
「ユメ、知らない人からモノを貰っちゃ駄目だって何度言ったらわかるんだ!」
「知らない人じゃないよ。異世界の大賢者モゴッホ・フモッフ・三世だよ!」
「いや誰だよそれ!」
叱ればユメがムキになってそんなことを言ってくる。
まぁしかし、ユメの頭に常に花が咲いてようが、卵が乗ってようがあまり変わらない気もしたので、諦めることにする。
卒業式は何事もなく進み。
怜司の挨拶に少し涙腺が潤んだくらいで、皆が涙を流すしんみりとした空気の中、俺は結局泣けずにいた。
花道を通り抜けたところですぐ後ろにいた王子が、俺を後ろから抱きしめてくる。
王子は本当、後ろから抱きつくのが好きだ。
「春斗、この後一緒に桜を見に行こうよ」
『ドキドキ★エステリア学院』のゲーム内では、卒業式の日丘の上の桜の木の下で告白を受けるらしい。
やっぱり来たかと思った。
断ろうとする前に、王子が手を引いて走っていく。
しかし、連れて行かれたのは丘の上なんかじゃなかった。
入学式の時、王子と出会った中庭だ。
「俺、ここで春斗と再会できて、本当によかったと思ってる。両親もいなくて、一人だった俺をいつも支えてくれて、幸せをくれたのは春斗だった」
王子の手には俺があげた四葉のクローバーでつくった栞。
「ねぇ春斗」
桜の木を背にした俺の顔の横に、王子が手をつく。
体を寄せてきて、逃がさないというかのようだった。
髪よりも濃い色合いをした蜂蜜色の瞳が、俺を真っ直ぐに見ていた。
「春斗は俺を家族だって、兄弟だって言ってくれたけど。俺は兄弟じゃなくて、春斗のパートナーとして家族になりたいんだ」
「いやいやいや、落ち着こうかゆき」
近い近い、顔が近いって!
パートナーって何だ!
とりあえず手で胸を押し返して、必死に訴える。
「王子本当にここにいたぁ!」
「一緒に写真とってください!」
そんな時、女の子たちの声がして、あっという間に王子が囲まれてしまった。
今だ逃げようと思ったら、手をぐっと引かれる。
「はる先輩探しました。こっちです!」
ヨシキに手を引かれて、部室棟のあたりへ避難する。
そこには部活の先輩や後輩たちがいて、俺の卒業を祝福してくれた。
最初俺ははユメにヨシキを攻略させるため、やりやすい環境を作る目的で、このバスケ部に入部していた。
「相川、卒業しても元気でな。たまには顔見せろよ」
「先輩がいないと寂しいです!」
けど、こうやって俺との別れを惜しんでくれる仲間が、いつの間にかできていたんだなと嬉しくなる。
そっか、卒業なのか、皆と会えなくなるのかと今更に理解して、少し泣けてきてしまった。
「はる先輩。最後に一回だけ、勝負いいですか?」
ヨシキにお願いされて、簡易的なバスケのリングが設置されている場所へ行く。
休み時間によく学院生が遊んでいるこの場所に、今日人はいなかった。
三ポイント先にとった方が勝ちというルール。
ヨシキは入学当初よりも、キレもスピードも段違いで。バスケの選手にしては背が低いけれど、それを補うくらいの才能があった。
俺が三年生になった頃にはすでに追い抜かれている気がしていたけれど、その差はさらに広がっていて、俺は一ポイントも取ることができなかった。
「凄いな、さすがヨシキだ」
「先輩が教えてくれて、応援してくれたからここまでこれました」
俺の褒め言葉に嬉しそうにはにかんで、ヨシキは笑う。
「オレ、はる先輩が好きです! これから先も先輩とバスケがしたい!」
真っ直ぐ目を見つめて、ヨシキがそんな事を言ってくる。
情熱的な言葉に思わず目を丸くする。
……これはきっと普通に先輩として、慕ってくれてるというアレでいいんだよな?
「大学、バスケのサークル入るつもりだから。ヨシキも卒業したらこいよ」
「はる先輩!」
そう言えば、感極まったようにヨシキが俺に抱き着いてこようとしたのだけど、それをどこからか現れた竜馬が邪魔した。
「はい、タイムアウト。王子を遠ざけるため、女の子呼んできたのおれなんだから、それくらいにしといてよね」
どうやら俺が王子に絡まれている時、竜馬も協力していたらしかった。
「……はる先輩。オレ、絶対先輩と同じサークルに入ります。またバスケ一緒にしましょうね! それと、後で一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
「あぁもちろんだ」
渋々と言った様子でヨシキは俺から離れながらも、頷けば笑顔を向けてくれた。
竜馬に連れられて向かったのは、カフェテリアだった。
今日は休業だったので、ほとんど人はいない。
缶ジュースを渡されていつもの席に座る。
「先輩と出会ったの、ここだったよね。最初面白いヤツがいるなって先輩に近づいて、いつの間にか皆でここで食べるのが当たり前になってたけど。明日から先輩がいないと思うと……やっぱり寂しい」
竜馬の顔は今まであったことを懐かしんで、噛み締めてるようだった。
「今まで先輩に出会うまで、ずっと寂しかったんだ。おれが一条家の人間だから、この見た目だから皆近づいてくるんだって思ってた。でも先輩はちゃんとおれを見てくれて。おれには先輩がいるって思っただけで、今までずっと苦しかった心が軽くなったんだ」
ありがとうと、改めてと言った様子で竜馬は口にした。
「そんな大したことした覚えはない。普通に仲良くなっただけだろ」
「うん。その普通がずっとおれは欲しかったんだよ、先輩」
そんなところが好きなんだけどと、さらりと口して竜馬は微笑む。
まるで子供みたいな、純粋な目を俺に向けていた。
「卒業してもさ、こうやって一緒にいてもいい?」
竜馬にしては珍しい、答えを少し怖がるような問いかけ。
「そんなのあたりまえだろ。なんでわざわざ了解をとる必要があるんだよ」
「……そうだよね。ありがとう、先輩」
いままで当たり前にそうしてきたくせに、なぜ今更そんなことをいうのかと少し呆れてそう言えば、安心したというように竜馬が顔をほころばせる。
「先輩を独り占めしたいって気持ちもあるけど。おれを受け入れてくれたように、皆に優しい先輩がおれはやっぱり好きなんだよね。例え同じ高校にいなくても、離れても、先輩がおれの場所を心の中に置いてくれるなら……それでいいよ」
竜馬はすっきりしたというように立ち上がって、カフェテリアの奥の方へ目を向けた。
「御堂先輩、話があるんでしょ?」
その竜馬の声に、おずおずと現れたのは怜司だった。
竜馬が立ち去り、その場所に怜司が座る。
「卒業生代表の挨拶、とてもよかった」
「ありがとう。聞いていてくれたんだな」
俺の言葉に、恥ずかしそうに怜司が顔を赤らめる。
「勉強以外の大切なことを、ここで出会った親友が教えてくれたって、ぼくは言ったが……あれは、はるの事だ。気づいてくれたか?」
「あぁもちろんだ。それでちょっと不覚にもうるっときた」
そうやって友情を示してくれるのは、素直に嬉しい。
「まぁ……はるとは、大学も同じ学部だし、これからも一緒なんだがな」
嬉しそうに怜司は笑う。
「そういえば、俺はてっきりお前が医学部へ行くものだと思ってたんだが、経済学部でよかったのか? 医学部の方も受かってただろ?」
怜司の親は医者だ。
親の期待に答えるため、怜司は今まで優等生をキープし続けていた。
「いいんだ。実をいうと僕は血が苦手で、医者になんかなりたくはなかった。そうしないと両親に捨てられるとばかり思っていて、顔色を窺うための選択だった。優等生でいい子の僕じゃなくても、はるは親友でいてくれるだろ?」
晴れやかに笑う怜司は、初めてあったときのような、切羽詰った雰囲気がどこにもなかった。
それを見て、怜司はいい方向に変わったなと思って嬉しくなった。
「あぁもちろんだ」
「ありがとう、はる。ぼくはこれから先も、もっとはると友情を深めていきたい」
頷けば、そっと手を怜司が握ってくる。
「手を繋ぐ以上にどうすれば、もっとはるにこの友情が伝わるのか……初めての友達がはるだから、ぼくにはよくわからなくてもどかしい。はるのことばかり考えて、一緒にいると嬉しいのに、胸の奥がきゅっと握られたように痛くなるんだ」
まるで助けてほしいというように、切ない熱の籠もった瞳で怜司が見つめてくる。
「でもこの胸の痛みは、どうやら病気ではないらしくて。痛いのに悪い気はしないし、幸せな気持ちと同時に襲ってくるんだ。治し方を探しても見つからなくて、でもきっとはるならどうにかできる気がしてる」
眼鏡の奥の瞳がまるで俺を求めてるようで。
どうやって答えたものかと考えていたら、向こう側からタカが走ってきた。
「緊急事態だ! 悪いが、はるを借りてく!」
「なっ!」
怜司が驚く中、強引にタカが俺の手を引く。
相当に焦っている様子だった。
次回でラストです。
補足として、はるちゃんはユメがこのゲームを『BLゲーム』の世界だと知らないと思っていますが、実際には知っています。
ただ、ユメははるちゃんがこの世界を『BLゲーム』の世界だと知ってることを知りません。
ユメの頭の中にはあまりハーレムルートの情報がないため、この時点で「はるちゃんが誰ともお付き合いしてない」=「ノーマルルート」と思い込んでます。
最終回は夕方17~19時の間に投稿を予定してます。




