31.バレンタイン大作戦【後編】
校門に行けば、タカが待っていた。
よっ、と俺に対して手を上げてくる。
「それで彼女作りは上手く行きそうか?」
「いやあまり上手く行ってない。何かと妨害されてるというか、チョコを手に入れてそれでお付き合いまで持ち込みたかったのに、一個も手に入れられなかった」
タカには俺が彼女を作ろうとしている事を話していたので、経過を報告すれば、やっぱりなというように笑われた。
「ゲーム内に他キャラと付き合えないよう『強制力』が働いているというより、攻略対象たちが妨害してきてるって感じだな。つーか、魔王様に協力を頼む時点で間違ってるだろ。ぜってーアイツが裏で糸を引いてるぜ? 魔王様ってそういうキャラだからな」
タカは元々『ドキドキ★エステリア学院』が大好きだ。
その中でも魔王様……真央兄がお気に入りだったらしく、ぞくぞくとしたかのように興奮した口調だった。
「それはゲームの中での真央兄の話だろ。この世界の真央兄は、全く性格が違うんだよ。タカは実際の真央兄を知らないから、そんな事言えるんだ。俺の事情もわかってくれて、協力だってしてくれてるんだから」
タカもユメと一緒で、ゲームの真央兄の印象が強すぎるようだ。
本当に真央兄が腹黒なら、そもそも手伝ってなんてくれないというのに。
そんな事を考えながら歩いていたら、分かれ道まできた。
じゃあなと手を振って別れようとしたら、タカが俺の口に何かを押し込んでくる。
「んっ……チョコ?」
「女の子から一個ももらえなかったお前におすそ分けだ。この俺でも五個は貰えたぜ? 乙女ゲーム仕様の顔だからか、結構モテるみたいでな」
にっと悪戯っぽくタカが笑う。
ちょっと悔しかったけれど、チョコはとても美味しかった。
「はるちゃぁん!」
家のすぐ前まで来ると、ユメが俺を見つけて自分の家の中に引き込んでくる。
「お前からのチョコなら、既製品以外はお断りだぞ。紫色の物体なんてチョコとは認めない」
「はるちゃん酷い! ユメの愛がつまったチョコなのに! でも今はそれどころじゃなくて、桜ちゃんからチョコが届いたんだけど、なんか怖くて開けられないんだよ!」
ユメが指し示す先には、人が入れそうなほどの大きな長方形の箱。
箱に耳をつけてみると、はぁはぁと荒い息遣いのようなものが聞こえる。
嫌な予感しかしない。
「よかったじゃないかユメ。きっと、あそこにいっぱいチョコが詰まってる」
「本当にはるちゃんそう思ってる!?」
俺の言葉に、ユメが涙でそんなことを言ってくる。
さすがのユメでもあれを開ける勇気がないらしい。
「しかたない。ヒモで縛って返品しよう」
「ちゃんと開けてくれないと、ワタクシが困るじゃありませんの!」
俺の提案に箱から声がして、茶色くコーティングされた桜子が出てきた。
肌に塗られたチョコが熱で溶け出してる。結構長い間、ここでこうやって待機してたんだろうか。
意外とプロポーションがいい。しかし、もう少し恥じらいはないものかと思いながら、目を逸らす。
「……ユメのチョコより性質が悪いな」
「あなたにはわからないでしょうね相川透哉。これはユメにチョコと一緒にワタクシを味わって貰おうという心意気ですわ。もちろん最高級のチョコをつかってます。リボン巻きと悩みましたけれどね」
なぜそこまで堂々とできるのか、桜子の脳内回路が謎だ。
ユメにさぁ食べてと迫りくる桜子。逃げ惑うユメ。
ちょっとユメが可哀想になってきた。
ふとテーブルの上に、俺の名前で用意された包み紙を見つける。開けてみると、そこには紫色の謎の物体。
素人の俺でも、一目でこれはヤバイとわかる妖気を放っている。
『ユメの特製チョコだよっ! 愛を込めて、はるちゃんへ!』
そんなメッセージカードがついているけれど、箱の中には謎の物体以外何もなく、チョコは見当たらなかった。
「はっ、相川透哉! それはまさかユメからのチョコじゃありませんの! それはあなたのものではなく、ワタクシのものですわっ!」
桜子が気づいて俺に襲い掛かってきたので、むしろこちらから謎の物体を放ってやる。
「はるちゃんユメからのチョコを人にあげるなんて酷いよ!」
「ユメ目を覚ましなさい。あなたが愛を注ぐべきは、この桜子なのですから! 一欠片たりとも、ユメの愛は渡しませんわ!」
抗議してくるユメの前で、桜子が謎の物体を潔く食べる。
勢いよく顔面から床に倒れそうになったので、予測して桜子の体をキャッチした。
とりあえず弟である竜馬に電話して、桜子は引き取ってもらった。
よくわからない物体を食べるから、あんなことになるんだ。
うわ言で「お母様今そちらに行きますわ……」とか言ってたけど、桜子の実の母親はすでに亡くなっている。三途の川を渡りかけてないかがちょっと心配だ。
「なんか疲れたな……」
チョコはもらえなかったのに、疲労だけは溜まった。
今日はさっさと寝ようと決めて、家のドアを開ければ。
そこにユメの家で見たような、人が一人入れそうな長方形の箱があった。
「……」
とりあえずヒモをさがして、そっと音を立てないよう、けど容赦なくきつく縛り上げる。
それからゆっくりと箱をひっぱって、玄関の外へ持って行き、ドアに鍵をかけてチェーンまでする。
これでよし。
今日はさっさとご飯食べて、風呂入って眠ろうか。
そう思いながら台所に行けば、ディナーと言うにふさわしい豪華な夕食が二人分用意されていた。
「ご飯にする? それとも俺を食べちゃう?」
後ろから抱き着いてきたのは、振り向かなくてもわかる、王子だ。
ゆっくりと腕を振りほどいて後ずさり、距離をとる。
王子はほぼ裸同然というか、裸に太めのリボンを巻きつけた、正気を疑うような格好をしていた。
桜子と同レベルだ。しかし無駄にいい体をしてるので、様になっているような気がするのは俺の目がおかしいからだろうか。
「酷いよね、春斗は。俺が入ってる箱を開けもせずに外に締め出すなんて。折角愛を伝える日だから、俺をプレゼントしようと思ったのに。照れ屋なんだから」
王子は唇を尖らせて不満げだ。
というか、どうやってあの箱から抜け出してきたんだろう。チェーンも掛けたし、庭に合鍵を隠すのはやめたから、家の鍵を持ってるのは俺以外に両親とユメと真央兄しかいないはずなのに。
「さぁ春斗俺を食べて……? あれ、なんか足が?」
ヤバイなと思いつつ、じりじり迫ってくる王子から逃げていたら、体から力が抜けたというように王子が床に膝を着いた。
「どうした? 大丈夫か?」
様子がおかしい。
さすがに心配になって近づいてみたら、王子の顔は赤く息が荒かった。
「ん、何これ……体がいうこと聞かないし、熱い……」
「冬にそんな格好してるから、風邪引いちゃったんだね。可哀想に」
吐息交じりにいいながら、とうとう床に崩れ落ちた王子に声をかけたのは、いつの間にか家に入ってきていた真央兄だった。
「大丈夫? 相当辛そうだね」
「んんっ、やっ、さわるなぁっ! そうかお前が……春斗のチョコに、一服盛った……な?」
真央兄が顔に触れると、王子がその手を弱々しく払いのけ、息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。
「可哀想に、意識が朦朧としてるね。触っただけで過剰反応だし、もしかしたら風邪じゃなくて、王子が貰ったチョコの中に媚薬が入ってたのかも。時間差で効くやつとかも中にはあるからね……はるに食べさせるつもりだったのに余計なことを」
薬に詳しい真央兄には、王子の症状からチョコに何か入っていたことがわかったらしい。
後半は小さな声で聞こえなかったけれど、真央兄は抵抗する王子を抱きかかえる。
「王子は僕の家に連れて行って調きょ……解毒してあげなきゃ。後ではるの家のドア、鈴木を寄越して切れたチェーンと鍵交換させるから、こんな変態もう家に入れちゃ駄目だよ?」
「悪い、真央兄。ゆきを頼んだ」
「まかせといて」
真央兄はこんな王子にすら優しい。ただ、一瞬『調教』と言おうとしてたような……きっと気のせいだろう。
結局バレンタインデーは、女の子からチョコを一個も貰えずに終了した。




