28.最後のキャラは……だったようです5
「……俺もう死んでるんだな? 高校三年生のクリスマスイブ、ユメのゲームを買いに行ったときに」
そう俺が口にすれば、少しの間の後、そうだとタカは呟いた。
高校三年生のクリスマスイブ。
ちょうど『ドキドキ★エステリア学院』の続編『はらはら★エステリアワールド』が発売だった。
パソコン版の18歳未満お断りのやつ。
俺は続編の方を買って。
タカは妹がもういらないっていうからと言って、ユメにこれもやるといいと言って前作のヤツをくれた。
タカも続編の少しバージョンが違うやつを買って、二人で店を出た。
きっとユメは喜ぶ。
そんなことを考えながら帰る途中。
車がつっこんできて。
そこから俺の記憶はない。
きっとあの時に俺は死んで。
――この世界に生まれ変わってしまったんだろう。
「じゃあ、俺は最初から……元の世界になんて帰れないんじゃないか。馬鹿みたいだ。ユメのやつ、どうして教えてくれなかったんだろうな」
「そんなのわかってんだろ? お前に死んだなんて、あいつが言えるわけがない」
そうだ。ユメはそういうヤツだった。
タカの言葉をきかなくたって、それはわかった。
誕生日にプレゼントをいらないと言ったのも。
今年のプレゼントを特にユメが拒んだのも。
つまりは、俺の死を思い出していたからだ。
「おい、はるどこに行く」
「……ひとりにしてくれ」
その場にタカを置いて、俺は一人歩き出そうとした。
車のクラクションの音がして、そちらを見れば車がこちらに向けて走ってきていた。
横断歩道の信号は赤。
頭のどこかでまた死ぬのかと思った。
そしたら、腰に衝撃が走って尻から地面にたたきつけられた。
危ないだろと怒る運転手が去ってから、俺に抱きついて助けてくれたのがユメだと気づく。
「はるちゃん! どうして外に出たのっ!」
ユメは泣いていた。
大きな声で、俺をしかりつけてくる。
「やだやだやだよ! はるちゃん! またユメの前からいなくならないで。ユメわがままいわないから! はるちゃんがいるなら何もいらないから! だから嫌だよぉ……」
ぽろぽろと涙を流しながら、子供のようにユメは泣きじゃくって。
「ユメ悪かった。もう大丈夫だから」
その背中を撫でながら、そう言えば。
「はるちゃん……はるちゃん!」
もう絶対に離したりしないというように俺の服をつかんで。
ユメは俺の名前を呼び続けた。
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高校三年生のクリスマス。
俺は元の世界で、ユメの誕生日プレゼントを買って帰りに、タカと一緒に事故に会って死んだ。
ユメの元には血だらけのゲームが遺品として手元に残った。
最悪の誕生日プレゼント。
ユメは呆然としながらも、奇跡的に壊れてなかったそれをパソコンに入れた。
そしたら、そこに『相川透哉』がいて。
それが『俺』だと、ユメにははっきりわかったらしい。
俺はゲームの中に生きてる。
そう気づいたユメは、ありとあらゆる手段を使って、このゲームの世界まで追いかけてきたのだと白状した。
「馬鹿ユメ。わざわざ俺を追いかけてゲームの世界まで来たのか」
「馬鹿でいいもん。ユメははるちゃんさえいればそれでいい。はるちゃんがいない世界は……つまらなくて、苦しくて。ユメには耐えられなかったよ」
俺の叱る言葉に、ひっくとしゃくりあげながら、ユメはそう口にする。
家に帰ってもユメは俺から離れようとしないで、ずっと抱きついていた。
ユメは本当に馬鹿だ。
大切な生活とか色んなものがあったはずなのに、それを捨てて、俺なんかを追いかけてきてしまった。
常識とか、倫理とか、全て犠牲にして。
こんなゲームの世界まできてしまう馬鹿を、俺は他に知らない。
あやすように頭を撫でる。
俺がいないと、駄目だという幼馴染。
依存されていると思うのに、それが心地よくて。
こんな世界まで俺を追いかけてきて、ずっと側にいてくれたんだと思うと、たまらなく愛しくなる。
必要とされている。
その事にたまらなく心が満たされる。
たぶんコレは、一般的な男女の恋愛とか、そういう感情とは違うんだろうとは思うけど。
俺にはユメが必要で、ユメには俺が必要。
一緒にいるのが当たり前で、自然な事。
それさえわかっていれば十分で。
生まれた時からそうだったから、それはこれからもずっと変わらないと、そう思えた。
「ありがとな……ユメ。こんな世界まで俺を追いかけてくれて」
ぽんぽんと頭を叩けば、ユメがうるうると瞳を潤ませて勢いよく抱きついてくる。
「うん。はるぢゃん……ユメ、はるちゃんが大好きだよぅ……!」
「あーもう! そんなの知ってる! だから、鼻水擦り付けるな!」
いつもと変わらない関係に、変わらない日常。
それは一度俺が、失ってしまったもので。
でも今はちゃんとここにある。
俺を必要としてくれる幼馴染に、俺を好いてくれる友達もいる。ここにいてくれと言ってくれる人たちがいる。
――それならこの先、この『乙女ゲーム』の世界で生きていくことも。
悪くはないような気がした。
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家のいつものソファーで隣り合って座って。
真央兄に、実は元の世界で俺が死んでいたという事情を話した。
今まで悩んで苦しんでいたことが嘘のように、すっきりとした気分で話すことができた。
「はるが元の世界で死んでたなんてね。でも僕としては、はるがこの世界で生きることを決めてくれてよかったよ。ユメちゃんがはるのいない世界に耐えられないように、僕だってはるがいない世界は嫌だから」
ほっとしたようにそんな事を言いながら、真央兄が目を見てそんな事を言ってくる。
「きっとはるが本気で帰ろうとしてたら、縛ったり監禁したり、拘束してでも行かせはしなかったと思うな」
「ははっ、優しい真央兄がそんな事俺にできるわけないだろ」
真央兄の冗談に笑っていたら、優しく肩を抱き寄せられた。
「こんな事言うのは何だけどね。はるが僕の前に現れてくれて、心から感謝してるんだ。この世界に、はるが来てくれてよかった」
「真央兄……」
胸の奥がほんのり温かくなる。
「俺も真央兄に会えてよかったよ。真央兄がいなかったら、小さい時に俺は壊れてたかもしれない。真央兄が支えてくれたから、どうにかやってこれたんだ」
体を離して、感謝を伝えるように目を見て言葉を紡ぐ。
「……本当、はるって可愛いこと言ってくれるよね」
一瞬真央兄の瞳に怪しい色が灯った気がして、ぞくりと背があわ立つ。
けど気のせいだったらしく、身をすくめた俺に真央兄が柔らかく微笑んできて。
「もうすぐ『ドキドキ★エステリア学院』は、エンドを迎えるよね。最後に選ぶのは誰なのかな?」
「選ぶも何も、ユメに相手なんていないだろ」
そんなの知ってるくせにと思いながら口にすれば、真央兄が首を横に振った。
「違うよ。はるが選ぶ人」
ふふっと笑って、真央兄はよくわからないことを言って立ち上がる。
首を傾げる俺の鼻に、真央兄がちょんと人差し指の先を置く。
「まぁ僕以外を選ばせる気はないけどね?」
不敵に真央兄が笑う。
まるで別人のように、自信の満ち溢れた表情で。
以前に王子が家に来たとき、一瞬見せたあの王者のような顔。
戸惑っていたら、子供の頃にやっていたように、真央兄は俺のおでこにキスをして。
「じゃあおやすみ、はる」
そう言って、帰って行ってしまった。




