26.最後のキャラは……だったようです3
屋上は風が気持ちいい。
朝だからか少し空気が澄んでいる気がする。皆が勉強している時間に、こうやってくつろぐなんて、悪い事をしてる気分になるのと同時に、少しわくわくする。
普段絶対にみれないこの景色が特別な気がした。
「タカ、授業受けなくていいのか?」
「……それはこっちの台詞だ。なんでここにいる。近づくなって言ったよな」
隣を見れば、このゲームの攻略対象の一人『須賀浩介』。
金髪に猛禽類を思わせる目つきの不良系キャラだ。
けどその中身は、元の世界での俺の親友『タカ』だった。
「俺は納得してない。なんで俺から逃げるんだよ」
「別にどうでもいいだろ」
問い詰めれば冷たくタカは言い放って、その場から去ろうとする。
その後を追いかけた。
「ついてくんな。関わるな」
「嫌だ。なんでだよ。友達だろ」
早足で歩くタカの後を追い掛け回す。
立ち止まったかと思えば、タカは肩越しに振り返り、それから近くの空き教室に俺を引き込む。
「はる、オレはもう須賀浩介なんだ。ここで生きてる。主人公に攻略されて、茨の道を歩く気はこれっぽっちもないんだ。平穏にまともに生きていきたいから、ずっと主人公には近づかないようにして、ようやくここまできたんだ。頼むからそっとしといてくれ」
拒絶の言葉。
よほどユメに攻略されるのが、タカは嫌らしかった。
「……だから、もう俺とも関わらないってことか?」
「そうだ」
タカはこっちをみないで告げる。
静かな教室に響く言葉に、胸の奥がじゅくじゅくと痛んだ。
「どうしてだよ! 納得いかない。もう須賀浩介だから、俺が相川透哉だから友達じゃないって、タカは言いたいのかよ!」
タカに近づいて、胸倉を掴む。俺だけが友達だと思っていたのかと、悔しくて怒りもこみ上げてきた。
「はるは友達だ。オレだけかもしれねぇが……親友だと思ってる」
「だったらなんでだよ! 攻略なんてさせないから、今までどおりでいいだろ! どうしてようやく会えたのにそんなこと言うんだよ……」
視線をそらしたまま、苦しそうにタカが告げる。
俺の言葉の最後は、喉の奥にはりついて消え行くようだった。
「っ、そんな傷ついた顔すんな。あーもう、どうしていいかわからなくなるだろ!」
逆ギレしたようにそう言って、わしゃわしゃとタカが俺の頭を乱暴に撫でてきた。
「オレははるを友達だって思ってるし、親友だって思っていたいんだ。だから駄目だ。頼む、わかってくれ」
「全然わからない。どうして友達でいたいなら避けるんだ」
聞き分けのない子供に言い聞かせるように、タカが困った顔で呟いてくる。けど、理解はできなかった。
「ホント、お前って昔から鈍感だよな」
そう言って、タカは俺から距離を取る。
呆れたような声には少し皮肉っぽい響きもあった。
「そんなの例えはるに攻略する気がなくても、オレが……はるに攻略されそうだからに決まってるだろ」
「どういう意味だ?」
「……ほらな。全然意味がわかってない。だから鈍感だって言ってんだ」
溜息混じりにいうタカは頬が赤くて、俺からふいっと目線を逸らす。
「とにかく。オレはBLは好きだが、自分がやるのはゴメンだ。ああいうのは二次元だからいいんだ。オレは、はると友達のままでいたい。だからオレに近づくな。ここまで言えば理解できたか?」
一語一語切って、タカは諭すように口にするが、やっぱりよくわからなかった。
びーえるってなんだ。
そもそも友達でいたいと、近づくなが繋がらない。
「納得できない」
「あーもう、とにかく駄目なものは駄目なんだっ! わかったな!」
俺がそういえば、タカは叫んでその場から走り去ってしまった。
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「何度言ったらわかる。オレに近づくなって言ってるだろ!」
「俺は嫌だっていってる!」
あれから俺は毎日のようにタカを追いかけまわしていた。
タカはなんだかんだで真面目なので、初日に俺を避けるためサボった以外は真面目に授業を受けていた。
お昼休みになると毎回、チャイムの合図と一緒に追いかけっこが始まる。
「いいかげんしつこいぞはる! 頼むから放って」
走りながら後ろを振り返ったタカが、前から来た御堂に捕まった。
「廊下は走るな。捕まえたぞ、はる!」
「ありがとな怜司!」
「いや別にいい。他でもないはるの頼みだからな」
怜司が手伝ってくれたお陰で、今日はタカを確保できた。
両側でがっちりタカを挟み込むようにして、そのまま中庭のベンチへと連行した。
「はいこれ、タカの分」
「……いらねぇ。何度も言わせるな。オレに関わるなって言ってるだろはる」
弁当を渡せば、タカが手で押し返してくる。
「わざわざお前のために作ったんだ。貰ってくれなきゃ、捨てるしかない」
「ちっ」
俺がそういえば、舌打ちしてタカは弁当を受け取った。
怜司にも弁当を渡し、タカを挟むようにして三人で弁当を食べる。
食べる間タカは無言だ。
付き合ってくれた怜司には事情をほとんど話してなかったが、タカを逃がさないよう、俺の頼みを聞いてそこにいてくれていた。
「なんだ。別にもう今日は逃げねーよ。さすがにそこまで往生際は悪くねぇ」
じっとタカを見ていたら、視線に気づいたのかタカがそんな事をいう。
「いや、ちゃんと口に合うかなって思ってさ」
「はるの料理がまずかったことなんてねーだろ」
さらりとそういって、タカは弁当を全部あっという間に平らげてしまう。
「うまかった。ありがとな」
そう言ってがしがしと俺の頭を撫で、タカは立ち上がる。
「……食べ終わるまでいてくれてもいいだろ」
手が離れていく感触に、喪失感を覚えて。
「ちっ、わかったよ」
俺がお願いすれば、不本意そうな顔をしながらタカは食べ終わるまで側に座っていてくれた。
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放課後。すぐに逃げようとするだろうタカを捕まえようと立ち上がれば、その肩を強く椅子に押し付けられた。
「ねぇ春斗。どうしてあの金色頭と一緒にお昼してたの? しかもここ最近あいつを追い回してるって聞いた。オレのいない間に何があったの?」
耳元にねっとりと舐るような声。
後ろから抱きしめてきたのは王子だ。
やっかいなのに捕まったと思う。
仕事で午後から学校にやってきた王子に、タカと弁当を食べてるところを目撃された辺りから嫌な予感はしていた。
「ずるいよね。俺だって春斗に追いかけてもらいたいのに、あいつだけ追いかけてもらうなんて。ねぇ……俺も追いかけてよ」
声には抑揚がなくて、ぞわぞわと背筋を虫が這うような悪寒を感じる。
事と次第によっては何かやらかす気満々だ。
男同士で密着しすぎだ。王子の距離感は正直近い。
そして目立つ王子がこんな事をすると、女子の目がこっちに向いているのがわかる。
幼い頃知り合った女の子で文通友達の『ゆき』だと俺に知られてから、王子のスキンシップは激しい。
前々から距離感近いやつだなと思っていたけれど、最近では人前でも抱きついてきたりするので困っていた。
ちらりと横を見ればクラスメイトの鈴木さんが、こちらを凝視している。
男同士でくっつきすぎだと大和撫子な鈴木さんは変に思っているんだろう。
芸能人である王子は目立つので、女子の視線が半端ないのだ。
しかし、王子を振り払うと後がやっかいなので、ぐっと堪える。
一旦ヤンデレモードが発動すると、何をしでかすかわからないからだ。
暗い瞳でいっきにまくし立てられるのは心臓に悪いし、持ち歩いているペーパーナイフの刃先をじぃっと見つめるのはやめていただきたかった。
「追いかけるも何も、ゆきは俺から逃げたりしないだろ」
「……それもそうだね。うん、俺はずっとはるから離れないよ。どこまでもついてく」
俺の答えが気に入ったらしく、王子はストーカー宣言をかまして、ぎゅっと抱きしめてくる。
その時、教室の一番前の廊下側にある俺の席の前を、タカが通って行った。
目が合って、呼び止めようとして口を開きかけたら、視線を逸らされた。
まるで声をかけるなというように。
それだけで心がずーんと暗く落ち込む。
「……俺のことなんて、あいつはどうでもよくなったのかな」
「須賀浩介が春斗をそんな暗い顔にさせてるの? 春斗はあいつと友達になりたいの?」
悲しくなって呟けば、小さなその言葉を王子が拾って問いかけてきた。
「俺は友達になりたくても、あいつは嫌なんだとさ」
「ふーん。春斗が友達になりたいなら、手伝うよ。春斗の望みなら、何でも叶えてあげる」
自嘲するように口にすれば、前に周りこんできた王子が、純粋な瞳でこっちを見て口にしてくる。
「いいよ。こういうのは人の力を借りちゃ駄目だから」
「そう? 俺、春斗のそういう頑張り屋なところ好きだな。でも、俺も見てくれないと妬けちゃうからね?」
きっぱりと言えば、ははっと爽やかに冗談めかした雰囲気で王子は口にする。
王子は俺のストーカーなのだけれど、基本的に俺の交友関係にまで束縛はしてこない。
同じ事を自分にもしてくれと言ってくるくらいだ。
とりあえず、『兄弟』である自分が上で特別であれば、問題はないらしい。
次の仕事があるからと名残惜しそうな王子と別れ、家に帰れば真央兄が待っていた。
「おかえりなさい、はる」
「ただいま真央兄。夕飯の材料買ってきてくれたんだ? 悪いな、俺も手伝う」
真央兄が俺の家に来るのはタカと出会った日以来だから、一週間ぶりくらいだった。
タカの事を考えて暗くなっていた気持ちをふりはらうように、明るくそう言って、台所に立つ真王兄の横に行く。
ユメたちも呼んで夕飯を食べ終わって。
それからリビングのソファーに座って、流れるテレビの映像をぼーっと眺めていたら、真央兄が横に座ってきた。
「はる、何かあった?」
柔らかくそう言って、真央兄がココアの入ったコップを手渡してくれる。
明るく振舞っているつもりだったのに、真央兄には俺が落ち込んでいるのがわかったらしい。
昔から真央兄には隠し事ができなかった。
タカの事を言おうか少し迷って。真央兄にはやっぱり聞いてもらいたかったから話すことにする。
「ユメちゃんとはる以外にも、この世界に来てる子がいたんだね」
「友達だから近づくなって。わけがわからない。俺はタカとまた仲良くしたいのに、あいつは俺を避けるんだ」
真央兄に打ち明ければ、考え込んでしまう。
その横顔は険しく、いつも優しい瞳に鋭い光が宿っていた。
「……主人公に攻略されるつもりはない、ハーレムの一員になる気はない。そう確かにはるに向かって言ったんだね?」
「あぁ。あいつ昔からユメの起こすトラブルに巻き込まれてきたから、絶対にユメと恋仲になるのが嫌みたいなんだ。ユメはハーレムどころか全然誰も落とせてないのに、それを伝えても、俺とは友達になれないって」
質問に答えているうちに、悲しくなってくる。
タカを追い掛け回していたけれど、その態度に自分でも思いのほか傷ついているみたいだった。
「まさか、タカちゃんがここに来てたなんてユメも驚きだよ」
ユメにも話を聞きたいと真央兄に言われて、ユメを電話で家に呼び出す。
ユメにタカもこの世界にいるという話をすれば驚いた顔になった。
「ユメちゃんに聞きたいんだけど、『ドキドキ★エステリア学院』にハーレムエンドはあるのかな?」
「初心者はこれだから。乙女ゲームの場合、ハーレムエンドなんて滅多にないんですよ魔お……真央兄」
真央兄の質問に、やれやれと言った様子でユメが答える。
ちっちっちっと指を横に振る動作が、妙に腹立たしい。
「へぇ? そうなんだ? ユメちゃんさっきまで寝てたんだね。よだれの跡があるから拭いてあげる」
「いやいいですって。いだっ! 魔王様っ。皮膚が、皮膚が剥げます! 調子に乗ってすいませんでしたぁ!」
真央兄が親切に拭いてくれてるのに、ユメは大げさだ。
俺に背を向けて、向かいに座るユメのよだれを拭いてあげた真央兄が、これでよしと言ってソファーに座りなおした。
「ほら続けてユメちゃん」
「……乙女がハーレムなんてはしたない。主人公が誰にでも愛想がいい尻軽みたいに聞こえてしまうでしょう? だから乙女ゲームにハーレムは少ないんです」
真央兄に促されて、ユメが口を開く。
「格好いい攻略対象全員に好かれる愛され系。みんな仲良くでいいじゃない。そんな乙女の望みを叶えるルートは、ハーレムではなく大団円ルートと呼ばれているのです!」
「名前が変わっただけじゃねーか」
「まぁ、そうとも言うね!」
拳を握って声をあげたユメにつっこめば、あっさりと肯定された。
「基本的に大団円ルートは制限があって、全員クリア後とか、攻略対象全員の好感度が一定以上ないとルートが開きません。『ドキドキ★エステリア学院』は後者のパターンなんだけど、ルートが複雑すぎてユメは挫折しました!」
「それじゃあ、タカくんが嫌がるルートの内容がユメちゃんにはわからないってことだね。まぁそうでなくてもハーレムなんて響きが嫌なのはわかるかな」
堂々としたユメの宣言に、ちょっと苦笑しながら真央兄がそんな事を言う。
「はるは攻略対象の子たちと仲良くなっているよね。それでそのはるがユメちゃんの側にいる。きっと、彼の目には主人公のユメちゃんがハーレムを作ってるように見えてるんじゃないかな?」
「……どうやったらそうじゃないって、分かってもらえるんだろうな。俺はただ、アイツと元のように友達になりたいだけなのに」
真央兄の考えと俺の考えは一緒だった。
あいつの目にはユメがハーレムの中心にいるように見えてる。別にハーレムを作る気もないし、誤解なんだと言っても信じてもらえなかった。
俺が辛いときに、タカはユメと一緒に側にいてくれた。ぶっきらぼうで口は悪いけど、とても仲のいい友達だったのだ。
しかたねぇなとかいいながら面倒なことにも付き合ってくれて。
礼とかを言うと、別にそんなんじゃねーよといいながら、耳が赤かったりするところが意外と可愛いやつだった。
折角再会できたのにこのまま誤解して、すれ違ったままなんて絶対に嫌だと思う。
「俺やっぱり、タカにわかって貰えるまで説得することにする! 俺やっぱりあいつとは友達でいたいし」
「タカちゃんはそっとしてあげたほうがいいよ!」
宣言した俺に、ユメが何故か必死な声でそう言ってきた。
「なんでだよユメ?」
「そ、それは……なんでもだよ!」
明らかに何か隠している態度だ。問い詰めるような視線をじーっと送ってやると、ユメはだらだらと脂汗を流し始めた。
「とにかく。タカちゃんには近づいちゃ駄目!」
「ユメ。お前、もしかしてアイツが俺を避ける原因について何か知ってるな?」
叫んだユメにそういえば、怪しすぎるくらいにブンブン首を横に振る。
「知らない! ユメなぁんにも知らないからっ! だから、タカちゃんに近づいたら駄目だからね! おやすみなさいっ!」
そういい残して、ユメはその場から逃げるように去って行った。




